東方生還録   作:エゾ末

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⑪話 名誉は要らないがお金は欲しい

 

 

「お金だけください、だと……?」

 

「はい、不比等様の用心棒になるつもりはないので」

 

 

 輝夜の用心棒になってからまだ間もないのにすぐに乗り換えるってのもなぁ。

 それに今の生活に不満があるわけではない。

 貴公子の用心棒なんて自慢できるほど名誉な事であると思うが、どうせそんな名誉、100年もすれば錆びれる。

 それにおれもそんなにこの都に長居するつもりもないしな。輝夜が(おじさんの目的である貴族の)嫁に行くのを見送ってからこの都から出るつもりだ。

 人に深入りしすぎるといずれ来る“永遠の別れ″が来たとき、虚しさが倍増するだけだからな。

 人と一緒にいるのは早くて1年、遅くても10年程度だ。これが歳の詐称を怪しまれないかつ、相手がその間に死ぬ確率の低い年数でもある。

 

 つまり、おれが言いたいのは目先の名誉なんか要らないってことだ。

 目先の名誉か居心地の良い暮らしかどちらか選べと言われたら躊躇なく居心地の良い暮らしを選ぶね。

 

 

「私に仕えるということは名誉なことなのだぞ。それを態々蹴るというのか?」

 

「名誉なんて必要ないんで。楽に生きることに越したことはありません」

 

「……不比等様の申し出を断るなど、貴様にできると思っているのか」

 

 

 と、後ろからノロノロと出てきた糸目がおれを咎める。

 まあ、確かに貴公子の褒美をつっぱねるのは駄目だよなぁ……

 でもここで働きたくもないし、輝夜が心配だしな……

 あいつ、中々危なっかしいからなぁ。目を離すといつも危険なことをしている。屋敷の屋根に登ったりだとか。

 

 

「ふむ、そうかそうか。名誉など不要と申すか」

 

 

 そう言って顎を手で擦りながら口角を上げる不比等。

 ん、なんで今おれを見て笑ったのだろうか? 

 もしかして、私に歯向かうなど笑止千万! 今すぐにでも処刑してくれよう! ってな感じの笑いか?

 よし、そうなったら今すぐおじさんを連れて逃げ…………おじさん倒れてる!? ふ、不比等め。流石は貴公子、やってくれるな……

 

 

「何を憎たらしげに此方を見ている? 別に熊口が嫌だというのならば引くつもりであったぞ」

 

「引くつもり?」

 

「用心棒の件だ。無理に強行して熊口が暴れ狂われたりでもしたらこの都自体が危機的状況に陥るからな」

 

「は、はぁ……しかし不比等様、おれにそこまでの力、無いですよ?」

 

「何を言っている。この都でも五本の指に入る陰陽師をほぼ無傷で倒しているではないか。おそらく、この都一の輩を連れてきたところで熊口には勝てないだろう」

 

 

 な、なんだ不比等のおれに対する過大評価は……無傷っていっても普通の戦いでは1つの攻撃で致命傷になることが多いんだ。実際、先の戦いでも糸目の攻撃はどれもおれの体に深刻な傷を負わせるのには充分な威力はあった。

 つまり、もしおれが無傷ではない場合、致命傷を受けていることになる。

 これまでの戦いだってそうだ。1度食らえば死ぬようなものばかり。だからおれも全神経を研ぎ澄まして避ける。まあ、そのおかげで今では大抵のものは避けることが可能になったけどな。特に普通の人間には目視できないほどの速さで攻撃を仕掛けてくるやつとか。例で言えば射命丸とあのゴリラ2号だな。あいつらの場合速さに絶対的な自信があるため、動きが単調になる事が多い。だから奴らの動く軌道を予測しながら避ければ大抵はいける。その予測も霊力で目を強化すれば大分楽になるしな。

 

 おっと話が逸れた。つまりはおれが言いたいのは今回での戦いで無傷以外での勝利は捨て身でもしない限り無かったって事だ。……予想外による怪我もあるけどな。例えばゴリラ2号にとどめをさした蹴りで足を骨折したとか。あ、因みに足はもう完治してる。もう骨折が数日で治るなんて当たり前の事になってきたから別に驚きはしない。おじさんや輝夜はかなり驚いてたけど。

 

 

「私も無理強いするつもりはない。褒美を受け取らぬもお主の自由だ」

 

「ん? おれ、おじさんから『身分が高い人は身分が低い人が褒美を無視したり断ったりでもすれば大層ご立腹なさる』って聞いたんですが」

 

「それを承知で断ったのか……」

 

「いやぁ、不比等様なら大丈夫かなぁっと思って」

 

「私でも人によっては今のお主の言ったような対応をするぞ」

 

 

 んー、もしその対応されてたらおれも腹を括ってたかもなぁ。

 でもまあ、さっきからの不比等の反応からして、怒る可能性は低いと踏んだからおれは断ったんだ。

 これでいきなりキレだしたらおれの目が甘かったって事だけど、やはりおれの目は正しかったようだ。

 

 

「つくづく変わった奴だ。お主といたら退屈しなさそうだな」

 

「はは、よく言われます。特に退屈しなさそうな所が」

 

「変わったの方が圧倒的に多いだろうが。妖もどきめ」

 

「はは、糸目君。負け犬の遠吠えも甚だしいよ」

 

「事実を述べただけだ」

 

 

 何を言ってるんだ。おれが他と変わってるところなんて、怪我の治りが早いのと長生きなだけだ。後は霊力操作と剣術とかそのぐらいの戦闘知識ぐらいか。

 それだけで変わってるなんて言うなんてそいつは失敬過ぎる馬鹿者だな。うんうん、充分過ぎるほど変わってます! ってどっかで聞いたことあるような守護霊のツッコミが聞こえた気がしたが気にしないでおこう。ただの幻聴だ。

 

 

「さて、話もそれぐらいにしておいて、私らも酒を飲み交わそうぞ。周りはもうお祭り騒ぎだ」

 

「そ、そうですね」

 

 

 確かに煩い。おれらの話だけ見ると静かな雰囲気のように見えるが、周りはもうドンチャン騒ぎになっている。

 何かの演舞を踊っている者や瓢箪に入った酒をらっぱ飲みしている者、飲み比べをしてダウンしている者もいる。

 正直誰のための宴なのか分かったもんじゃない。

 

 

「……ふん」

 

「ん? どうした明徳。お主は宴に参加しないのか?」

 

「我はこのような騒がしいのは好まぬ故。またご用があれば連絡を下さい。直ぐに駆けつけます」

 

「そうか。その時が来れば宜しく頼むぞ」

 

「御意」

 

 

 そう言って不比等に頭を軽く下げ、おれが入ってきた道へと歩き出す糸目。

 

 

「熊口生斗」

 

「……なんだよ」

 

 

 帰るのか、と思いきや、こちらの方へ振り返りおれの名前を呼ぶ。ん、そういえばこいつに名前で呼ばれるのは初めてだな。

 

 

「……」

 

「なんか言えよ」

 

 

 糸目は何も喋ることもなくおれの顔を睨み付ける。

 こいつはおれに何が言いたいんだよ……

 

 

「……まあいい。本当は認めたくはないが、認めるしかないのだろう。」

 

「は?」

 

「礼を言う。我の親友の仇を討ってくれて」

 

「え……あ、ああ?」

 

 

 仇って……あのゴリラ2号の事か?

 

 

「では、機会があればまた会おう、熊口生斗」

 

「お、おう。じゃあな。んーと……明徳って言ったか?」

 

「その通りだ」

 

 

 そう言って踵を返す糸目。ほんと、なんなんだよこいつ……よくわかんない奴だな。

 ん? ちょっと待てよ。糸目と明徳、糸明徳って繋がるじゃないか! ……下らないな。なんで今そんなこと考えてしまったんだか。

 

 

「ん……はて、わしは何を……」

 

「あ、おじさん」

 

 

 そういえばおじさんが倒れていたの忘れてたな。ていうかおじさん、なんで倒れていたのだろうか? 不比等の仕業ではないと思うけど……

 

 

「造よ。お主にはあの余興はちと刺激が強すぎたようだな」

 

「不比等様……は! 決着は!?」

 

「熊口の勝ちだ。良い用心棒を持ったな。正直羨ましいぞ」

 

「さ、左様ですか!」

 

「おじさん……取り敢えず倒れていた理由を教えてください」

 

 

 おじさん、起きて早々騒がしいな。不比等も苦笑いしてるし……

 

 

「まあ、その話も酒を飲みながらでも良いだろう__おいそこの者、お猪口を三つと上等な酒を持ってきてくれ」

 

「はっ、かしこまりました」

 

 

 そして不比等もいい加減酒が飲みたいらしい。さっきも飲もうっていってたからな。

 おれ、酒弱いからそんなに飲めないんだけどなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~2時間後~

 

 

「飲まないのは飲まないので結構キツいな」

 

 

 現在、おれは不比等とおじさんの酒のテンションに耐えきれず、用を足しに行くと言って逃げてきた。

 日が暮れ始めている今でも、宴が終わる気配はない。まるで鬼の宴に来ているかのような騒ぎっぷり、どんだけここの連中、娯楽が好きなんだか……まあ、娯楽が少ないのもあるんだろうけど。

 

 因みにおれも別にこういうのは嫌いではないけど、あまり知らない奴らと騒ぐのも気が引けたので、静かに見守ることにしている。

 酒を飲んでいないのは、帰るときに何かと不便になるためだ。

 

 

「よいしょっと……」

 

 

 小腹も空いていたので酒のつまみを何皿か取り、部屋の端の方に行き、腰を下ろす。

 

 

「……」ボリボリ

 

 

 そして無言でつまみの煮干しを食べる。頭の方は少し苦味があるが、別に不味くはない。

 次は枝豆と、漬物。

 枝豆の方は塩加減が絶妙で美味しい。幾らでも食べられそうだ。漬物は茄子と生姜。前世では漬物はそこまで好んで食べていなかったが、今は違う。この時代では味が濃い食べ物はあまりないが、漬物はしっかりと味がついていて美味だ。酒よりも米が欲しくなるほどにな。

 

 

「……」モグモグ

 

 

 枝豆に張り付いている薄い膜を舌を使って引き剥がす、ちょっとした暇潰し。

 ……早くも枝豆の皿が底を尽きそうだ。身のつまっていない皮だけが皿の上で山を作り始めている。

 

 

「……ねぇ」

 

 

 そういえば宴会なんていつぶりだろうか。妖怪の山にいた頃はしょっちゅうやっていたが、妖怪の山を出て以降、1度としてやってなかったからな。

 あいつら、元気にしているだろうか……ほんとは何度か帰ろうとはしたが、おれは一応群れを離れた身。鬼はともかく天狗は1度抜けた者を快く受け入れてくれるとは思わない。秋天とか射命丸とかは別だろうけど、他の奴らは皆同じではないだろう。それに天魔である秋天は立場上、おれを処罰しなければならない。

 だからおれは妖怪の山へは帰ら(れ)ない。友人に迷惑をかけられないからな。

 

 

「ねぇ」

 

 

 あ、でも諏訪子と神奈子さんの所へは1度帰ったことはあるな。

 出会い頭に諏訪子からエルボーを食らったのはまだ記憶に新しい(といっても80年くらい前だが)。どうやら全然帰ってこなかったおれに対して腹を立てていたらしい。

 神奈子さんは懐かしそうな目でその光景を眺めた後、おれに腕相撲を仕掛けてきた。久々に神奈子さんとの模擬勝負だったが、そこは男の気合いと言うものを発揮し、()()()()。うん、発揮してないね。

 そして勿論の事、早恵ちゃんや道義、そして枝幸ちゃんの姿は無かった。だが、早恵ちゃんそっくりの巫女がいたな。諏訪子がいわく枝幸ちゃんの曾曾孫だそうだ。

 あんな小さかった枝幸ちゃんに曾曾孫が……と、どれだけ時間が過ぎたかそこでおれは再認識した。

 その巫女が早恵ちゃんに似ていたからか、翠はやたらとその巫女に絡んでいた。その光景をみると、昔の翠と早恵ちゃんが楽しく会話をしている光景を思い出す。

 あの光景はなんか少し悲しくなったな。もう二度と早恵ちゃんや道義、枝幸ちゃんに会えないという事実を、改めて分からされたような気がしたから。

 

 まあ、でもおれはそれについては割り切っている。

 翠はどうかは知らないが。あいつ、大丈夫なように振る舞って自分一人で抱え込むからなぁ。

 

 

「ねぇっ!」

 

「えあ!? ……ん、なんだ?」

 

 

 と、1度諏訪子達と再会したときの事を思い出していると、いつの間にか目の前にいた赤い目をした黒髪の女の子が急に大声を出しておれを呼んだ。……なんだよ、呼ぶだけならそんなに声を荒げる必要なんてないだろ。

 

 

「さっき戦ってた人だよね! ……確か名前は~、熊口生斗!」

 

「ああ、そうだが」

 

 

 やけに興奮してるな、この女の子。鼻息荒くしておれと目と鼻の先ぐらいの距離まで顔を近づけてくるし。

 

 

「凄かった! どうやったらあそこまで強くなれるの!?」

 

「いや、別におれ、そんなに動いてなかっただろ」

 

「いやいや! あの陰陽師の猛攻を全て華麗にかわし、なおかつその隙をついて光る刀を突きつけて相手を無力化するなんて普通出来っこないよ!」

 

「そ、そうかぁ?」

 

 

 あ、いかん、癖が出る。そう思い、咄嗟に右手で口元を隠す。

 それにしてもこの子、見た目の割に戦いが好きなんだな。勝負事でここまで興奮するとは……もう2時間以上は経ってるってのに。

 

 

「生斗ってほんと凄いね! 空も飛べるし刀も出せるし強いし! 尊敬する!」

 

「お、おぉ? そうかな? おれ、そんなに凄かったっけ? まあ、そうだろうなぁ。確かに自分でも? 人間の中じゃ結構上位に入るくらい強いと自負してるよ。だって最近百戦錬磨だからな!」

 

 

 やっちまった……ついおだてられて癖が出てしまいやがった。百戦錬磨ってなんだよ。確かに最近は戦って負けてはいないが、戦う前から逃げるって事は結構してるんだよな。だからもし逃げなしで全部戦っていたら負けていた戦いもあったかもしれない…………ていうかこの前神奈子さんに完敗したし。まあ、腕相撲だけど。

 でもこれ、絶対に引かれたよなぁ。成人にならともかく、子供に引かれるのはちょっとくるものがあるんだよな……

 

 

「そうそう! もっと素直になっても良いんだよ!」

 

 

 あ、おれこの子、好きだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 ~少しして~

 

 

「鬼は強い。だからもし見かけても絶対に戦うな。全力で逃げるか、酒を出せ」

 

「でも生斗はその鬼に勝ったんでしょ?」

 

「まあな。そりゃあおれ、強いし?」

 

 

 おれはいつの間にか、赤い眼の女の子とずっと話していた。

 飲む予定もなかった酒も女の子から酌をしてもらいながら飲んでしまっている。

 なんでだろうなぁ……やっぱり自分のコンプレックスを認めてもらえたことが嬉しいからかな? 酒もいつも以上に美味く感じる。

 しかも今、酒も合間って調子乗りモードに入ってるってのにこの子は笑ってくれる。大抵のやつは苦笑いするかうざがるってのに。

 はぁ~、ほんと良い子だ。良い意味で親の顔が見てみたい。

 

 

「熊口殿、ここにいたのですか」

 

「あ、おじさん」

 

 

 そんな中、騒ぐ奴らを避けながらおじさんが来た。

 

 

「おや、そこの可愛らしいお嬢さんは?」

 

「ああ、おれのファンらしいです」

 

「ふぁん?」

 

「あ、愛好者的な事です」

 

「ああ、そういうことですか。確かに熊口殿にはふぁんとやらが出来てもおかしくありませぬからな」

 

「そうですか? いやぁ~参っちゃうなぁ。もし沢山ファンができたらどうしよ~」

 

「……何故変顔をされているのかよくわかりませぬが……」

 

「あ、はいすいません」

 

 

 しまった。おじさんにもつい腑抜けた顔をしてしまった。これが普通の反応なんだよな……

 

 

「ごぼん……それよりなんでここに来たんですか?」

 

「あ、そうでした。熊口殿が用を足しに行くと行ったっきり戻ってこないので連れ戻しに行けと不比等様に言われまして」

 

「そういえば……」

 

 

 確かにそういう口実で逃げ出していたな。

 

 

「……わかりました。戻ります」

 

 

 ほんとは行きたくないんだよぁ。不比等酒に酔いすぎてご乱心気味だし。よくそれでおれがいないことを気付いたのかは知らないけど。

 まあ、身上の人からのお呼ばれだ。行かなきゃ駄目だろう。

 そう、めんどくさげな態度満開に立ち上がりつつ、おじさんと共に不比等のいる所へと行こうとした。

 

 

「あ? なんだ、君は来ないのか?」

 

「え? いや、うん……私は、いけない」

 

 

 が、座ったまま動こうとしない女の子が、ちょっと暗い顔のまま不比等の所へ行くことを拒んだ。

 

 

「そうか。まあそうだろうな。不比等様の絡み、中々疲れるし」

 

「!! 父上の悪口を言うな!」

 

「え……父上?」

 

「……あ」

 

 

 父上……不比等……え、まじか。父上って不比等の? この子が? 全然似てないんだけど……まず不比等の奴、目とか赤くないぞ。

 

 

「お前、不比等様の子供なのか?」

 

「なに!? このお嬢さんがですか!?」

 

「え、あ……」

 

 

 口を滑らせてしまったようだな、この子。完全にやってしまったというような顔で口をぱくぱくさせている。

 不比等の子供って事を知られたくなかったのだろうか。貴公子の娘となれば自慢しても良いようなことだっていうのに……ん、ちょっと待てよ。そういえばこの子、他の貴族連中に比べると少しみすぼらしい格好をしてる。 なんで貴公子の子がみすぼらしい格好を? 何か理由があるんじゃないだろうか。それにこの子の目が赤いのに、不比等の目は黒い。そして先程会った不比等の嫁を何人か紹介されたが、そのどれもが黒い眼をしていた。

 もしかしたら、この子はその紹介されなかった妻達とはまた違う女との子なのかもしれない。紹介されていないということは紹介したくない、あるいは紹介するに値しない人物ということだ。そうなると、この子の母親は貴族でない可能性が高くなる。それなら合点がいくからな。

 そのおれの予想が正しければこの子は妾の子ということになる。

 妾の子は基本的に望まれない子だ。使用人等と行為をした結果、たまたま出来てしまった偶然(?)の産物。

 それでも一応不比等の血を受け継いでいるからこの屋敷に留まらせてもらっているということか。それゃ随分と肩身の狭い生活を強いられるよな。

 

 ……まあこれはおれのただの予想なだけであって、本当はどうなのかは知らないけどな。ただ単に不比等が子供に厳しいだけの可能性もあるんだし。

 

 

「あ、あう……」

 

 

 そんなおれの失礼な考察をしている間にも、この子は先程滑った口の言い訳が思い付かず、いまだに口をぱくぱくさせている。

 うむ、可愛らしい。

 だけど、このまま去るってのもなんだしな。少しからかってやろう。

 

 

「やや! これは失礼いたしました! まさか貴方様があの尊いご身分である不比等様のご子息であられるとは! 先程までの無礼、誠に申し訳ありません! 腹を切って詫びをしますので、どうかこのご老人の命だけは……」

 

「え!? ちょ、生斗!?!」

 

「熊口殿!? 何をいってるのですか!」

 

 

 腹を切ると言うのは少し言い過ぎたか。からかいの度を少しオーバーしたな。

 まあ、嘘だし別にいいか。あ、こういうのをブラックジョークというのか。翠の得意ネタだな。

 

 

「ていうのは冗談だ」

 

「え?」

 

「おれがちょっとの無礼ぐらいで切腹するわけないだろ。今のはちょっと君を驚かせようと思ってな」

 

「た、質が悪いよ……」

 

「まあ、ともかく。お前が不比等様の娘ってことをなんでそれを隠そうとしているのかは聞かなかったことにする。それじゃあな、お嬢さん」

 

 

 相手が嫌がることは無理に詮索しないのが紳士というものだ。

 ……いや、別にめんどくさそうだからさっさと去ろうとかそういう考えは持ち合わせてませんよ?

 

 

「んじゃ、また縁があればまたな」

 

 

 と、ぽんぽんと女の子の頭を叩く。

 んじゃ、面倒だけど不比等の相手をしてやるか。

 

 

「あの……ちょっと待って!」

 

「ん? なんだ?」

 

「まだ、名前、言ってなかったよね?」

 

「あ、そうだったな」

 

 

 結構喋ったのにまだこの子の名前聞いてなかったな。

 

 

「妹紅、藤原妹紅っていうの」

 

「妹紅か。知ってると思うが、熊口生斗だ」

 

 

 

 その後、おれとおじさんは妹紅と別れて、不比等の所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~夜(輝夜屋敷 生斗の部屋)~

 

 

「え~! 宴会したんですか!? なんで私を呼ばなかったんです?!」

 

「煩い、頭に響く……ていうかお前が輝夜の習い事見るっていって自分で留守番をすることを選んだんだろうが」

 

「うぅ、久しぶりにお酒が飲みたいです……」

 

「買ってくれば良いじゃないか」

 

「夜は何故か居酒屋空いてないし昼は外に出れないんです! そもそも私、お金持ってません!!」

 

「金はやるから行ってこい」

 

「だから外に出られないんですってば!」

 

「酒が飲みたいんだろ? 苦難を乗り越えた後の酒は旨いぞ」

 

「苦難どころか一歩外に出た瞬間歩行不能になります。熊口さん、私がそれで成仏しても良いんですか?」

 

「さっさと成仏しろや」

 

「……私、熊口さん嫌いです」

 

「安心しろ、おれもお前が嫌いだ」ゴソゴソ

 

「ん、布袋の中を探って何してるんですか?」

 

「あ? なんか目が覚めたから不比等から貰った高級な酒で迎え酒でもしようかと」

 

「持ってるじゃないですか! 嘘つき!」

 

「なにが嘘つきだ。おれは一言も酒を持ってないなんて言った覚えはないぞ」

 

「まあまあ、そんなこといいじゃないですか~。とにかく、飲みましょ飲みましょ!」

 

「いや、駄目だ。翠お前、酒癖凄まじく悪いだろ」

 

「さっき自分で買いに行ったら飲んでもいい的なこといってたじゃないですか!?」

 

「それは不可能なことだったからだ」

 

「……熊口さんってほんと屑ですよね」

 

 

 この後、結局翠と飲むことになった。

 結果は勿論のこと、酔った翠に関節を極められ、危うく右腕の骨を折られるところだった。

 ……くそ、覚悟をして酒瓶を出したけどやっぱり酒乱モードの翠はやばいな……以後、こんなことはしないようにしよう。

 

 

 

 

 




はい、無駄に長い不比等家訪問も終わりました。

妹紅についてですが、蓬莱の薬を飲む前の容姿が、黒髪だったこと以外よくわからなかったので目が紅いのはそのままにしました。

後、諏訪子達のところへ帰った話はいずれ番外編に出そうと思います。

次回は私の大好きな日常回です。

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