シュラアート・オンライン   作:メガネザル

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同じ世界で (後)

 

イルファング・ザ・コボルドロードのHPバーが三本目になって3分が経過した頃__

 

___フワ、キリト、女性プレイヤー___三人は並んで静かに他のパーティの戦闘を眺めていた。

 

「・・・・結局、暇になるのね・・・・」

 

始めの取り巻きの対処法と同じで囲んで攻撃しているプレイヤー達を眺めながら、女性プレイヤーはウンザリしたように呟いた。

 

「べ、別にいいんじゃないか?それだけ順調ってことだろ」

 

不満たらたらの女性プレイヤーをキリトが必死に宥めている横で、フワは大きな欠伸をしていた。

 

「もしかしたら、ボスのHPバーが最期の一本になったらボスの武器だけじゃなく、湧く取り巻きの数も増えるかもしれないし気を抜くのは早いって」

 

キリトの言葉に女性プレイヤーはフード越しからキリトを睨んだ。

 

「分かってるわよ、仮にも命が掛かっている状況なのよ・・・・でも、隣で大欠伸している人を見ていると腹の虫が・・・・!」

 

女性プレイヤーがキリトから視線を横に移すとフワは再び大きな欠伸をした。

 

「もうじき、ボス戦も終わるから我慢して下さいよ。お嬢さん」

 

その答えに女性プレイヤーは怒りを押さえながら首を傾げた。

 

「貴方は一体何を言ってるの?」

 

「何って、腹の虫ってことはお腹が空いてイライラしてるんじゃないの?」

 

女性プレイヤーは拳をフワへと突き出すが避けられた。

 

「お腹が空いたぐらいでイライラするほど食い意地はってません!!」

 

「いや、クリームパンの食べっぷりから考えると・・・・あり得るな・・・・」

 

フワを狙っていた拳がキリトへと向かっていった。

 

「殴るのはいいけど、それで犯罪者認定されて《オレンジ》にはならないのか?」

 

フワが疑問に思ったのか口に出すと、犯罪という言葉を聞いて女性プレイヤーの動きが止まった。

 

「戦闘中でのパーティを組んでいる人達内で誤爆してもダメージが入らないんだ。だから、殴る方も《オレンジ》にならないし、殴られる方もHPは元より基本的に痛覚もないから不快感だけで問題ない」

 

「なるほどな、そしてキリトよ・・・・お前はもしかしてMなのか?」

 

「なんで今の受け答えで、そんな言葉が出て来るんだ・・・・よ?」

 

キリトの前に笑みを浮かべた女性プレイヤーが右腕を引き絞って立っていた。

 

「え?ぷわらぁっ!?」

 

女性プレイヤーが使う《リニアー》の如く正確にキリトの顔面に突き刺さった。

 

「痴話喧嘩の続きは次が終わってからにしてくれ」

 

フワの言葉を聞いて女性プレイヤーが睨みつけるが、フワは女性プレイヤーに見向きもしなかった。

 

「ボスのHPバーが最後の一本になるぞ。俺もHPバーが最後の一本になる前に撤退したから、何が変わるのか俺も知らないから___」

 

___油断するなよ___その言葉を聞くまでもなく状況を理解した2人は思考を戦闘へと切り替えた。

 

湧き出たセンチネルの武器をフワが弾いた。その隙を逃す事無くキリトが片手剣のソードスキル《レイジスパイク》を喉元に叩きつけてHPを半分以上削りながらノックバックを起こすと女性プレイヤーが間髪入れずにセンチネルの前へと躍り出た。

 

不意に部屋に凄まじい咆哮が聞こえた。

 

その咆哮は武器を替える前の合図、この咆哮の後、腰に差した得物に手を掛けるのだろう。

 

しかし、その咆哮に含まれた__何か__、その何かを感じたのはフワとキリトだけだった。

 

「何か嫌な感じがする・・・・」

 

キリトは感じた事をそのまま口にすると、フワはキリトに感心するように笑みを浮かべた。

 

「まさか殺気に気付くとは、やっぱり面白いなキリトは」

 

「何を言って__「それよりも、SAOでの曲刀と刀の違いって何だ?」__そ、そりゃ名称通り曲刀は刀身が湾曲してい___まさか・・・・!?」

 

キリトは獣人の王が右手で腰から引き抜いた得物を改めて見て背筋を凍らせた。

 

「あ・・・・ああ・・・・!!」

 

キリトが驚きで喉を引き攣らせていると、青い髪の騎士が勇ましい声を上げた。

 

「俺も出る!全員で囲みながら一斉攻撃!!」

 

青い騎士とその仲間達が獣人の王を囲みながら、思い思いの攻撃をしようとソードスキルのモーションを取る中でキリトが叫んだ。

 

「だ・・・・だめだ、下がれ!!今すぐ全力で後ろに跳べええええ!!」

 

しかし、キリトの叫びは届く事はなかった。

 

プレイヤー達のソードスキルが発動する前に獣人の王は得物を左肩へと引き絞りながら垂直に跳んだ。

 

プレイヤー達のソードスキルは全て不発や当てる事が出来ず、技後硬直で動けなくなった所に、獣人の王は引き絞りながら跳び溜めに溜めた力をソードスキルに乗せ、一気に解放した。

 

___刀ソードスキル《旋車》___

 

そのソードスキルは360°の範囲全てに大ダメージを与え、一時的に行動不能にするバッドステータス《スタン》にする。

 

青い騎士とその仲間は攻撃を喰らいHPバーを半分ほど削られ、全員仲良く《スタン》になり動けなくなっていた。

 

リーダー格の青い騎士達が一撃で死へと向かっていく事に、他のプレイヤー達は驚きで身体が固まってしまい動けなくなった。

 

「追撃が・・・・」

 

キリトの言う通り、自分の周りで動けなくなっている憐れな獲物を狩る筈なのに___獣人の王の視線は一点から微動だにしなかった。

 

「・・・・覚えているのか?ホントに良く出来た世界だよ」

 

フワと獣人の王は目が合い、獣人の王が静かにフワの方へと歩を進めようとすると足元に邪魔な何かが転がっていた。

 

「はあはあ!!」

 

獣人の王の足元に転がっていた青い騎士はレベルの高さゆえか《スタン》が解けて立ち上がって獣人の王と相対した。

 

「っくぅあ・・・・!」

 

が、獣人の王の視線が自分に向くだけで青い騎士は目の前の死に恐怖して動けなくなった。

 

「早くそこから離れろおお!!」

 

キリトの叫びも虚しく響き、ターゲットが青い騎士へと移り、獣人の王は右手の野太刀を構えてソードスキルのモーションを取った。

 

「っうおおおおおお!!」

 

青い騎士は気勢だけの雄叫びを上げながら自分もソードスキルを放つが、獣人の王の刃が青い騎士の左腰から右肩へと斬り裂かれながらゴミの様に宙に舞った。

 

___刀ソードスキル《浮舟》___

 

右下から左上に逆袈裟に斬り付けて相手を浮かす、そして浮かせた相手に次のソードスキルを叩きこむ為の開始技でもある。

 

宙へと舞っている青い騎士に獣人の王は次のソードスキルを放った。

 

___刀ソードスキル《緋扇》___

 

上から下と下から上へと二連撃の後に一拍置いてからの突き、その三連撃は全て凄まじい衝撃音と鮮やかなダメージエフェクトを出し、全てクリティカルヒットである事を示していた。

 

突き飛ばされた青い騎士はフワへと一直線に飛んで行った。

 

「ったく、邪魔臭い奴だな・・・・」

 

フワは受け止めるべく重心を落として青い騎士を受け止めると、上半身と下半身が真っ二つに割れて後ろへと転がっていった。

 

「ディアベル!!」

 

ディアベル、キリトが割れた上半身へと駆け寄りながら叫んだ名前___

 

「そうそう、ディアベルって名前だったな」

 

フワの呟きは誰にも聞こえなかった。

 

いや、聞こえなくて良かったのだ__その残酷な呟きは__

 

背後でポリゴンの砕け散る音が聞こえている筈なのに、フワは見向きもせず殺気を放っている獣人の王へと目を向けた。

 

既にゲームの常識から逸脱している獣人の王は、まだ周りで蠢いている獲物に見向きもせずフワを睨みつけながら右手に握った野太刀を左腰に構えてソードスキルのモーションを取った。

 

フワも短剣ソードスキル《エッジ》のモーションを取ると、獣人の王と同時に前に出た。

 

___刀ソードスキル《辻風》___

 

左腰に刀を構えたままターゲットへとの間合いを詰めて、居合の様にターゲットを一閃する。

 

そんな技をフワは知っている筈がないのだが、二人同時にソードスキルを放った。

 

左腰から放たれた《辻風》に合わせるように《エッジ》を下から当てて《辻風》の軌道を上へと逸らした。

 

その一連の行動はあまりに淀みなく、ソードスキルの輝きも相まって美しさを感じるほどだった。

 

基本技な分だけフワの方が先に技後硬直が解けて獣人の王の腹を斬り付けた。

 

『うわ、人数増えるだけで此処までHP量に差がでるのか・・・・こりゃ倒すのは飽き切った頃だろうな』

 

そんな事を考えながらフワは上から振られた野太刀を横に避けながら斬り付ける。

 

何も変わらなかった。獣人の王が得物を片手斧とバックラーから野太刀に替えてもフワとの戦闘は一方的に斬り付けられるだけだった。

 

何も変わらなかった。前の戦闘時よりもHP量は増大している筈なのに、前と同じ速度でHPが削られていく。バックラーという防御手段が無くなった分だけ斬り付けられる回数が増えたからだ。

 

何も変わらなかった。今まさに獣人の王と相対して命の駆け引きをしている筈のフワの顔がつまらなさそうにしているのが。

 

「ッグオオオルアアアア!!」

 

獣人の王は咆哮と共に手にした野太刀を振るうが掠る事もない。

 

野太刀の振るう速度より速い訳ではない。

 

振るより速く動いて避ける。

 

まるで未来でも見えているかの様に全く無駄なく動いて避けながら攻撃も加える。

 

何度も斬り付けた後、フワは獣人の王へと口を開いた。

 

「刀に持ち替えたのは失敗だったな。俺の家系は元を辿れば千年もの間、命のやり取りを続けてきたんだ」

 

繰り返す様に獣人の王は野太刀を振るうが、繰り返す様にフワは避けながら斬り付けた。

 

「物足りないんだよ、その程度の業じゃ・・・・」

 

横薙ぎに振るった野太刀をフワは地面すれすれに身体を前に倒しながら避けて《ピアース》のモーションを取って振り払いで隙だらけになった獣人の王の胸元へと突き刺した。

 

隙だらけの身体にクリティカルヒットした所為で獣人の王は強烈なノックバックを起こして後ろに仰け反った。

 

「うおおおっ!!」

 

「せやああっ!!」

 

計ったようなタイミングでキリトと女性プレイヤーが仰け反った獣人の王の両脇にソードスキルを放った。

 

ここまでフワが削っていた分も含めて最後のHPバーが残り三割を切った。

 

「悪い!遅れた!!」

 

更に仰け反った獣人の王を見ながらフワへの謝罪を口にした。

 

「別にいいさ。それよりもお節介は焼き終わったのか?」

 

案の定フワは全く気にせずに他のプレイヤー達を助けていた二人に疑問を投げかけた。

 

「大丈夫よ、負傷者は退避出来たし、追加で湧き出た取り巻きの対処も出来たから」

 

技後硬直が解けた女性プレイヤーは細剣を振るって構えながら答えた。

 

「あそ、それじゃ後はコイツだけって事だな」

 

三人の前にはフワだけでなく、キリトと女性プレイヤーも敵と認識した獣人の王が身体を震わせながら間合いを詰めて野太刀を振りかぶった。

 

「悪いけど攻撃は逸らす事は出来ても受け止める、もしくは弾けないから__「ああ!俺が弾くから攻撃は頼んだ!!」__さすがキリト!」

 

キリトと獣人の王、二つのソードスキルがぶつかり合って弾き合った。

 

武器が跳ね上がり、パッと見は互いに隙が出来たように見えて女性プレイヤーは左から間合いを詰めるが、獣人の王は重心を前に残していた。

 

「左に跳べ!!」

 

フワは女性プレイヤーに向けて声を出すと、女性プレイヤーは驚きながらも反応し、回り込むように左に跳ぶと元居た場所に逆袈裟切りで振るわれた刃が通り過ぎた。

 

「はあっ!」

 

超至近距離で《リニアー》を放ち、間合いを若干広げると更にフワが《ピアース》を放ち間合いを離した。

 

技後硬直で動けない二人へと獣人の王はソードスキルを放とうとするが二人の間を駆け抜けたキリトが再びソードスキルで相殺させた。

 

そして再び斬り付ける__までは良かったのだが、女性プレイヤーが《リニアー》を放つが、獣人の王はすぐに反撃をしなかった。

 

『重心を落とした?まさかアレか!?』

 

フワは獣人の王の次の行動が分かり、咄嗟に前に出た。

 

「なっ!?《旋車》!?囲んでもないのに!?」

 

キリトも気が付いたのか、驚きながらも対処法を考えているとフワが獣人の王との間合いを触れ合えるほど近づいた。

 

「__っふ!!」

 

フワは息を吹きながら振るわれる《旋車》の軌跡に短剣を差し込んで受けた。

 

しかし、膂力の差や武器の重量の差でアッサリ押されるが、力に逆らわず身を捻りながら吹き飛んだ瞬間、短剣が砕けた。

 

そのおかげで《旋車》の軌跡は上へと逸れてキリトと女性プレイヤーは範囲外へとなり無傷だった。

 

「フワアアアア!?」

 

吹き飛んだフワを見て、キリトはディアベルが死んだ事が頭を過ぎり叫んだ。

 

フワは地面に手を着いて体勢を立て直し着地した。

 

「掠っただけだ!《浮身》で跳んでるから心配ない!それよりも二人とも前を向け!!」

 

キリトだけでなく女性プレイヤーも目の前で自分達を庇って吹き飛んだフワが気になり、獣人の王から目を離していた。

 

《旋車》の技後硬直が終わった獣人の王は二人を無視して吹き飛んだフワの方へと《辻風》を使う為に左腰に野太刀を構えた。

 

「させるかあああ!!」

 

キリトは咄嗟に相殺させる為にソードスキルを獣人の王へと放った。

 

「なっ!?」

 

しかし、獣人の王は直ぐにキリトへと向き直り、半円を描きながら横からの刃は下からへと変化した。

 

___刀ソードスキル《幻月》___

 

同じモーションから上下にランダムに変化する技。

 

だった筈だが、《辻風》のモーションから変化するモノでは無かった。

 

キリトは驚愕しながら下からの斬り上げを喰らって吹き飛んで女性プレイヤーを巻き込んで地面に転がった。

 

近くに居るキリトと女性プレイヤーに向けて、更にソードスキルを放とうとしていた。

 

「くそっ・・・・間に合うか・・・・」

 

フワは掠っただけとはいえ《旋車》を喰らい《スタン》に陥っていた。

 

「ぬ・・・・おおおッ!!」

 

野太い声が響き、黒人風の男が両手斧ソードスキル《ワールウインド》を放ち、二人を襲うとしていた野太刀を弾いた。

 

「すまんな、ずっとダメージディーラーにタンクをさせちまって。ここからは俺達も手伝うぜ!」

 

その頼もしい声に応えるように黒人のパーティメンバー達が獣人の王へと向かって行った。

 

キリトがポーションを飲みながら指示を出すが、キリト自身も薄々気が付いている。

 

囲まれなくても《旋車》を使えるのなら一、二撃喰らっても《旋車》を発動させて一網打尽にする事を__

 

「グルゥオオオッ!」

 

考えていた通り、獣人の王は一、二撃喰らいながらも踏み込んで《旋車》の範囲内に全員を入れた。

 

「悪い、肩を借りる」

 

「ぅあ?っくおっ!?」

 

黒人は誰かが耳元で囁いた事に気が付くと同時に、自分の身体が地面へと叩きつけられ痛みで息が詰まった。

 

その瞬間、目の前の獣人の王が垂直に跳び上がった。

 

全てのプレイヤーが視線を上に向けると空に居たのは獣人の王だけではなかった。

 

「・・・・じゃあな、落ちろおッ!!」

 

フワの右跳び蹴りが獣人の王の顔面に突き刺さった。

 

獣人の王は苦悶の声を上げて錐揉みしながら地面へと墜落した。

 

「キリト!終わらせろおお!!」

 

「ああ!頼むアスナ!最後の一撃を!!」

 

「了解!!」

 

キリトとアスナと呼ばれた女性プレイヤーは一緒に墜落した獣人の王の元へと走った。

 

バットステータス《転倒》に陥っていた獣人の王は体勢を立て直し切っていないにも関わらず野太刀を振るった。

 

が、ソードスキルではないソレをキリトは避けながら踏み込み左肩から右腰にかけて痛烈な一撃を放ち、続く様にアスナが渾身の《リニアー》を胸に突き刺した。

 

それでも獣人の王のHPは僅かに残った。

 

「お・・・・おおおおおおッ!!」

 

キリトが使ったソードスキルは《バーチカル・アーク》、片手剣ソードスキルで特徴は袈裟斬りに放った一撃が跳ね上がりV字に斬り付ける二連撃。

 

キリトの咆哮と共にV字の軌跡を描いて跳ね上がった一撃が獣人の王の左腰から顔面を斬り裂いた。

 

酷く小さな断末魔の声を上げながら獣人の王はポリゴンの欠片となって盛大に弾けた。

 

ポリゴンの欠片が周囲に舞う中、目に見えない恐怖に誰もが沈黙していると全員の目の前に《Congratulation》と書かれたウインドが現れ、獲得経験値や分配された金、そして獲得アイテム。

 

最初は理解し切れなかったみたいだが、徐々に理解出来てきたのか安堵を口に出し始めていき歓喜の雄叫びが部屋に響いて喜びを分かち合っていた___

 

「この・・・・人殺し!なんでディアベルさんを殺したんだ!!」

 

 

___そんな悲痛に満ちた叫びが聞こえるまでは___

 

 


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