___2022年12月2日___
「キギャッ!」
鎧を着た半獣人型モンスターの《ルイン・コボルド・ランサー》が甲高い声を出しながら槍をフワの胸へと突き出した。
フワは突き出されている槍の柄を右手で横から掴んで左へ逸らしながら半身にして引っ張り前に出たコボルドランサーの喉元へ右足で横蹴りを放った。
「グゲェッ!?」
コボルドランサーは弱点の鎧の隙間の喉元をカウンターで蹴られHPが半分以上削られて苦痛の声を上げるが手にした槍は離さなかった。
「獲物を離さないとは・・・・」
フワは感心しながら柄を左手に持ち直して後ろに投げ捨てるように引っ張りながら前へと出た。コボルドランサーも槍を引っ張られた事によりバランスを崩しながら前に出た。
必然的に二人の間合いが詰まり、コボルドランサーがバランスを取るために頭を下げた瞬間、計ったようにフワの左膝がコボルドランサーの喉元へと突き刺さった。
衝撃で跳ね上がるコボルドランサーの上半身、そして跳ね上がったせいでさらけ出された弱点に間髪入れず二段蹴りの二段目の右足が突き刺さりポリゴンの破片へと爆散した。
「たいした根性だったよ」
フワは何処か賞賛するような声を出しながら更に迷宮の奥へと歩を進めた。
デスゲーム開始から約一ヶ月、外部からの干渉は一切無く、死者は1000を超え、第一層すらクリアされてなかった。
それでもデスゲームは続いていた。
「第一層が一番広いとは聞いてたけど、予想以上に広い・・・・」
フワはうんざりしながら歩いていると先に拓けた場所と大きな扉が視界に入った。
「もしかしなくても、この扉の先がボス部屋か。とりあえず、マップデータをアルゴさんへと送って・・・・っと」
フワはアイテムストレージを開いて空きを確認するとボス部屋の扉へと手を伸ばした。
ピコンと軽快な音が響きフワの手が扉に触れる寸前でアルゴからメッセージが届いた。
『何をしようとしてるンダ?』
まるでリアルタイムで見てるような返信にフワは驚きながら辺りを見回した。
当然、近くにアルゴの姿は無くフワはホッと息を吐いてから再びボス部屋へと手を伸ばした。
ピコンと再び軽快な音が響きフワの動きが止まると同時にピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンと音が鳴り響いた。
「恐い・・・・戦闘中に気が散りそうだし音は切っておこう」
フワは言いながら設定画面を開いて操作を始めた。
「その前にオネーサンのメッセージを見ないカ」
「どうせ内容はコピペで全部一緒だろうか・・ら・・・・い、いつの間に?」
フワの背後にニコニコと見た目だけは可愛らしい笑顔を浮かべたアルゴがいた。
「今来たとこダヨ。ところで
___何をしようとしてるンダ?___」
うっわあああっとフワが叫んだのは仕方がない事だった。
___30分後___
一通り説教が終わるとアルゴは呆れていた。
「まったく、ソロでボスに挑もうなんて正気を疑うヨ」
「でも、ボスは部屋にいる人数に応じてHPが変わるってアルゴさんが言ってましたよね?」
フワの言葉にアルゴは感情を押し殺す様に答えた。
「確かにβテスト時に検証した結果、ボス部屋にいる人数に応じてボスのHPの増減を確認したヨ。だが!」
「変わるのはHPだけですよね」
爆発しかけた感情をフワの言葉が遮った。
「そうだ・・・・ボスの攻撃の威力も速度もAIのアルゴリズムでさえ何も変わらない。それどころか取り巻きにいたってはHPすらも変わらない」
「知ってます。それもアルゴさんから教えて貰いました」
アルゴの押さえこまれた感情が沸々と湧き上がっていく。
「それに!ソロだと回復も碌に出来ない!不測の事態に陥ったら誰もフォローしてくれない!!明らかにソロの方が厳しいなんて分かっている筈ダ!!」
「でしょうね。1人なんですから」
あまりに淡々としたフワの声色にアルゴの感情が反転して寒気を与えた。
「・・・・ふ、フワっちは死にたいのか?」
ゲームの中で感じる筈の無い口渇感を感じながらアルゴは聞かずには居られなかった。
「別に死にたいとは思ってませんよ」
「_______」
そう、当たり前の事を口にした筈なのに、自分が望んでいた言葉を言った筈なのに、アルゴは言いようのない不安を感じていた。
「な、ならどうし「どうしてアルゴさんは俺に気を掛けてくれるんですか?」
本当に分からないと言った顔をしたフワにアルゴは固まってしまった。
「デスゲーム開始から1週間後にガイドブックを作る為の資金として約5万コルを渡しましたよね。それで借りは返したと思ってたんですけど・・・・いや、情報の価値としてはまだ足りないのかも・・・・」
勝手に納得しているフワを見て、アルゴの感情が再び反転した。
「死ぬかもしれないからダ!!自分の目の前で死地に行こうとしているフレンドを止めない訳ないダロ!!」
「・・・・そうですか、確かに知り合いが目の前で死なれるのは気分の良いモノじゃないですね」
フワの納得したような顔を見てアルゴはようやく通じたのかと思い息を吐いた。
「クリアを急ぐ気持ちは分かるが心配しなくても、ボス部屋が見つかった事をリーダー性があるプレイヤーに知らせれば夕方にでも攻略会議が開かれて次の日にはレイドでボス部屋の攻略が始まるヨ」
「・・・・次の日までに新しいガイドブックを出しますか?」
アルゴの言葉を聞いてフワは少し考えてから言葉を口にした。
「あ、ああ。βテスト時のになるけど一層のボスの情報を纏めたモノを作るつもりだが・・・・」
アルゴは急速に膨らんでいく不安、言い換えれば嫌な予感がした。
「偵察と言う事でボス部屋に入りませんか?もしかしたらβテストと正式サービスじゃ大きな違いがあるかも知れませんし」
アレだけ言ったのにコイツはまだ納得してなかったのかと頭に血を昇らせるとフワが言葉を続けた。
「情報は出来る限り正確に、その違いで誰かが死んでしまうかも知れませんから」
アルゴの昇った血が一気に冷めた。そうだ、たかが情報、されど情報、出来るだけ正確に伝えなければならないモノと気付き沈黙してしまった。
「何も死ぬまで戦うつもりはありません。アルゴさんは扉付近で待機してボスと取り巻きの観察、そしてアルゴさんのタイミングで撤退します。これなら大丈夫でしょ?」
具体的にどうするかすら決めていないが思考が鈍っている今のアルゴでは正常な判断が出来なかった。
「それじゃ、始めますか」
後は流される様に2人は扉の前に立ち、一歩前に出たフワが扉を押し開けた。
ボス部屋はβテスト時と同じで左右20メートル奥行きが100メートル程の長方形で奥に進んでいくに連れて松明に光が灯っていき、一番奥に粗悪で巨大な玉座があり何かが座っていた。
「βテストじゃ部屋の中程まで行くと玉座からボスが飛び出して戦闘開始、ボスと接敵すると取り巻きの《ルイン・コボルト・センチネル》が三体ポップする筈ダ。ボスのHPバーが一本無くなる度に再び三体ポップされる。そしてボスのHPバーが最後の一本になると武器を換える・・・・もちろん最後のを確認する前に撤退するゾ」
部屋に入って20メートル程でアルゴの情報を全て聞いたフワは頷いた。
「分かりました。言った通り撤退のタイミングはアルゴさんに任せますので声を掛けて下さい」
そう言ってフワは一気に走り出した。
部屋の中程を越えると玉座に座っていた何かが跳んで地響きを立てながら着地した。
「グラアアアアッ!!」
2メートルを越える赤い身体を震わせながら咆哮を上げた獣人の王《イルファング・ザ・コボルドロード》
演出なのか威嚇の為の咆哮かは分からないがフワは咆哮を全く気にせず更に加速して短剣を右逆手に持ち《エッジ》を発動させて不意打ち気味に右膝を斬り付けた。
ファーストアタックなのか本当に不意を突かれたのかは定かではないがコボルドロードはバランスを崩して右足を地に着けた。
「さあ、失望だけはさせてくれるなよ。獣人の王とやら」
コボルドロードが膝を着いた事で目線の高さが同じになったフワは壮絶な笑みを浮かべながら獣人の王を嗤った。
___10分後___
ボスのHPバーが一本なくなり次の取り巻きがポップされた。
本来なら取り巻きの再ポップが確認された時点で撤退すべきなのだがアルゴは取り巻きの再ポップすら眼中に無かった。
見惚れていたのだ。フワの戦いぶりに___ボスと取り巻きを含めて計4体からの攻撃を紙一重で避け同志討ちを誘いながら3分で取り巻きを片づけるとボスとの一騎討ちでの戦いは更に一方的なモノになった。
ボスの武器である骨を削って作った巨大な斧を右手に、人が持つとタワーシールドと呼びそうなバックラーを左手にして片手斧スキルを連発しているが一度もフワに当てれていない。
確かに一度でも当てられたら死に直結するので避ける事は当たり前なのだが避け方が尋常じゃなかった。
ギリギリまで引きつけて避けると同時に踏みこんで斬り付ける。ボスが攻撃している筈なのにボスの体力がガリガリと削られていった。
そして再び取り巻きを含め4対1へとなったがアルゴは声を出す事が出来なかった。
「キギィッ!」
フワの背後から取り巻きの内の一体がハルバードを腰に構えて突いた。
フワは後ろを見ずに回転しながら避けてセンチネルとの間合いを詰めて右手で頭部を掴み引き込みながら喉元に膝を叩き込んだ。
弱点を攻撃されノックバックで身を丸めたセンチネルを追撃せず、跳んでセンチネルの肩に乗った。
「グオオオオッ!!」
駆け寄る取り巻きごと薙ぎ払うつもりなのか、コボルドロードは憤怒に塗れた雄叫びを上げながら両手斧スキルの筈の《ワール・ウインド》を片手で放った。
取り巻きは全員巻き込まれ駆け寄っていた2体が吹き飛び、フワを攻撃していた1体は胴から真っ二つになって爆散した。
その中にフワの姿は無く、コボルドロードが視線を上げると空中で上下逆さになった状態のフワがコボルドロードに襲いかかった。
ソードスキルの技後硬直で動けないコボルドロードの顔、胸、腹と落下までに3回斬り付けて着地と同時に股の下をくぐり抜けながら右膝を斬り付けた。
技後硬直から解けたコボルドロードは振り向きざまに斧を振るうが当たる事は無く、再び出来た隙に斬り付けられてHPバーを削られていった。
「___つまらないな___」
フワは戦闘を始めた頃の笑みが消えており、心底つまらなさそうな顔をしながら呟いた。
小さく、アルゴには聞こえない程の声だったが獣人の王には聞こえた。
所詮データでありプログラムである筈の獣人の王は怒りに震え咆哮を上げながら再び斧を振るった。
アルゴは再び始まった一方的な戦いに見惚れていると何かが視界の端に移ると強烈なノックバックが身体を貫き弾き飛ばされた。
「っくはぁっ!?い、一体何が・・・・?」
混乱する頭でなんとか今のが何かを理解することが出来た。先程のボスの攻撃で弾き飛ばされた2体のセンチネルが自分に襲いかかった事を。
「ゆ、油断し過ぎタ。フワっちに任せきりにしてた罰かもナ・・・・」
ボーナスポイントを耐久値に3敏捷値に7に振っていたアルゴはクリティカルヒットの一発でHPの半分を削られた。
「せめて一体くらい。フワっちの邪魔にならないように・・・・」
静かに死んでやる。そう思いながらアルゴは愛用のダガーを構えた。
「__ここが限界か__」
そんなアルゴの様子をしっかりと見ていたフワにコボルドロードは斧を握った右手を左へと引き絞りソードスキルを発動させた。
同じようにフワはバックステップで避けてからコボルドロードの懐へと入るがソードスキルはまだ終わっていなかった。
《ツイン・スラスト》コボルドロードが発動させたソードスキルであり、名前通り2連撃のスキル。単発のソードスキルばかり使い行動をワンパターン化させてAIとは思えないほどの狡猾な罠を張っていた。
獰猛な笑みを浮かべるコボルドロードの前でフワが一気に加速した。
《ツイン・スラスト》は左に引き絞った一撃目から左足を軸に一回転して二撃目を放つ、そして一回転した後で踏み込めるように右足は宙に浮いている。
その右足の着地する寸前目掛けてフワは《ピアース》を放った。
フワも最初の一撃以降ソードスキルを使わず、コボルドロードのアルゴリズムを一定にさせて突然の加速に対応させずにしていた。
狙いすました一撃がコボルドロードの右足に突き刺さり、コボルドロードは完全にバランスを崩し《ツイン・スラスト》はキャンセルされバッドステータスの《転倒》に陥った。
そんな状態のコボルドロードに見抜きもせずに走り抜けたフワは跳び上がり、アルゴを襲っているハルバートを持ったセンチネルの後頭部へと右足での跳び蹴りを叩き込んだ。
コボルドロードの一撃を受けて既にHPが赤くなっていたセンチネルは爆散した。
仲間がやられた事に驚いたのかターゲットをフワに変えた瞬間、アルゴの《ピアース》が弱点の喉元に突き刺さり同じく爆散した。
「な、なんで「いいから撤退しますよ!走って下さい!!」お、おう!!」
2人して開きっ放しの扉に向けて走っていると背後からコボルドロードの咆哮が背を撃つが2人は止まらなかった。
コボルドロードが《転倒》から回復した時には既にボス部屋から出て扉が閉まりかけていた。
コボルドロードのHPバーは三本目に突入していて背後には新たな取り巻きがポップしている中でコボルドロードは一際大きな咆哮を上げた。
閉まりかけている扉から見える自分をコケにしたプレイヤーの姿を目に焼き付けるようにフワを睨みつけながら。
扉が閉まるまでの間、フワはボスと目を合わせていた。
『ここからでも分かる。憤怒に染まった殺気・・・・ホントに良く出来たゲームだよ』
フワは獣人の王にではなく、この世界に対して感心していた。
フワは殺気を自覚しながらも、殺気を出している獣人の王は眼中に無く、創造主の茅場明彦を見ていた。
扉が完全に閉まるとフワは一息ついてから地面に座り込んで息を荒げているアルゴへと向き直った。
「アルゴさん大丈夫ですか?とりあえず回復を__」
フワはストレージからポーションを取り出してアルゴへと差し出したが、アルゴは微動だにせずに呟き始めた。
「・・・・すまナイ、ソロなら倒せてたかもしれないのに・・・・」
アルゴは後悔していた。あの時に自分が油断しなければと、扉付近で待っていなかったこと、一番始めにソロで挑もうとしていたフワを止めた事に__
「気にしなくていいですよ。むしろ倒さなくて良かったのかもしれませんし」
「慰めにしても適当なこと言うナヨ、クリアするなら出来る限り早い方がいいダロ」
アルゴはフワの言葉を鼻で笑った。
「だからこそですよ。誰も彼もが訳も分からない内に第一層がクリアされました。なんて言ったらどうなると思いますか?」
「どうなるって・・・・」
アルゴはどうなるか考える為に言われた状況に自分を当てはめてみた。
「どうしてクリアされたのかを調べるヨ」
その答えにフワは笑みを浮かべるが首を横に振った。
「それはアルゴさんだからです。その他大勢はどうなると思いますか?」
アルゴは少し考えた後、ハッとして顔を上げた。
「プレイヤーが何もしなくてもゲームがクリアされると思う・・・・」
「正解です。確かに始まりの街で引き籠っている人達は何も変わらないかもしれませんけど、他は別です。今まさに最前線で攻略している人達や、その人達をサポートしたいと思っている人達までも・・・・」
アルゴに答えを言わせる為にフワは言葉を途切れさせた。
「・・・・何もしなくなるかもしれナイ・・・・」
そうなった時の事を想像してしまったのか、アルゴは微かに震えながら答えを口にした。
「もちろん全員が、とは言いませんけど確実に攻略する人は減ります。その結果、相対的にゲームがクリアされるまでの時間が増えます」
話の結論を出す為にフワが一拍置いた。
「だから今はボスを倒さなくて良かった、と言ったんですよ」
そう言いながらフワは再びポーションをアルゴに差し出した。
「そうか・・・・この場では間違っていたかもしれないが、全体からみれば間違っていなかったんダナ」
アルゴはホンの少しだけ笑顔を浮かべながら差し出されたポーションを受け取った。
「それに今ボスを倒してしまったらアルゴさんが皆に知らせるじゃないですか。そうなれば俺一人に押し付けられるかも・・・・考えただけでも面倒で吐き気がしますよ」
フワは勘弁してくれと言わんばかりに舌を出して惚けた。
「確かに押し付けられるかも__ぶおあっ!!?」
アルゴは話しながらフワから貰ったポーションを口にした瞬間、口の中で一か月放置して腐りきった青汁みたいな味や匂いが炸裂して驚きと共に吹き出した。
「ど、どうしたんですか!?まるで腐った牛乳を飲んだみたいな__」
アルゴは身体を震わせながら右手に握ったポーションのステータスを表示させてフワの目の前に出した。
「?・・・・消費期限11月12日・・・・そういえば、始まりの日で買ってから一回も使ってない、必然的に新しく買ってもいないから・・・・」
フワが恐る恐るアルゴの顔へと視線を向けると、口直しの為に自分のポーションを口に咥えながら般若のような顔になっていた。
フワは謝罪を言いながら逃げ出し、アルゴはポーションの瓶を噛み砕き怒りの言葉を叫びながら追いかけた。