「__しかし、やはり先の者の方が良いか。手にした剣は飾りではない、さぞかし見事なソードスキルを使うのだろうな」
現れた化け物は虚ろな眼をしたキリトを見て、舌舐めずりでもするかの様に呟いた。
「め・・リュジート・・・・何故その姿をしている!?何故貴様が秘鍵を持っている!?それも一つでは無いな!言え!何個持っているのだ!?」
自分も変わっているからか、ノルツァーは化け物が誰か一目で見抜いた。
「森エルフの城に立て籠もった仲間達の分も全て持って来たというのか!?この力が無ければ森エルフの城に立て籠もった仲間達は!」
「__ソードスキルで倒されてしまっては此処まで上手くはいかなかっただろうし」
視界に入っている筈の同類を無視して化け物は呟き続ける。
「答えろ・・・・答えろォォォォォォォォォ!!」
自分を見ていないと理解したノルツァーは吠えながら駆け出し《ブラスト》の構えを取った。
「__それに比べ進歩のない連中よな、貴様等は」
迫りくるノルツァーを化け物はつまらないモノを見る目をしながら右手を前に出した。
甲高いが鈍い音が混じった音が響き渡った..
「そんなバカな・・・・!?」
ノルツァーは今の光景を信じられない様に呟いた。
ノルツァーの放った《ブラスト》は化け物の右手を振り上げるだけで膂力に負けて上へと弾き飛ばされ、体勢を崩された。
「__愚かな奴め、貴様の得た力の五倍を持っているのだぞ。只の力技が通じるわけが無かろうに__そんな事も分からぬか?」
化け物が一歩踏み出してメリュジートの胸へと手をやり、服ごと何かをもぎ取った。
「貴様!私の秘鍵を!」
化け物の手には引き千切られた服と共に《紅蓮の秘鍵》が握られていた。
「__我の一部を俺のモノとは、愛しき者の台詞なら喜ばしい事この上ないのだが、只の弱者に言われても嬉しくも何ともない」
つまらなさそうな顔のまま化け物が言うが、メリュジートには届いていなかった。
「バカめ!今さら秘鍵を奪った所で私の力は変わらない!!」
「__よい、その力は只の報酬じゃ。今さら返せ等と言わぬ。それに、まだ理解しておらぬのか?愚か者め」
化け物の気迫に押されてノルツァーは一歩後ずさった。
「__貴様の力は変わらぬ。そう、我との力の差も変わらぬ事が__分からぬか?」
その一歩を踏み出した化け物はゴミを払うように左手で薙ぎ払った。
「っ!!?」
本当にゴミクズのようにノルツァーは吹き飛ばされて聖大樹の根に叩きつけられた。
「愛しい化け物が追って来ているのであまり時間が無い。これで見逃してやるから___」
ノルツァーに視線を向ける事もなく歩きだした化け物はキリトの顔見て告げた。
「__好きにせよ__」
キリトの横を通り過ぎると同時に化け物は森へと駆け出して姿を消した。
「あら?少し遅かっただけで案外追い付けたのか?」
聖堂の入り口から少し意外そうな声で話すフワが化け物が消えて行った方向を見ていた。
「よ、キリト無事で何より。さっきまで居たアレを凌いだのか?思った以上に戦れるみたいで安心したよ」
キリトの異様な気配を感じ取ったフワは子供の成長を見る親のような笑みを浮かべた。
「・・・・聞きたい事がある・・・・少し待っててくれ」
キリトの眼は木の根に叩きつけられ膝を地に付けていたノルツァーしか映していなかった。
「・・・・終わりだ。力が無ければ好機すらない。森エルフの城ごとダークエルフ共に蹂躙されているであろう・・・・ならば」
ノルツァーは両手剣を握りしめて立ち上がった。
「全て道連れに!種族など関係無い!全て道連れにしてやる!!」
長い、長い、時の間、望み続けていた全てが、たった一人の裏切りによって、全てが崩れ去った。
その結果、ノルツァーは狂うしかなかった。
「まずは死ね!弱小種族がアアアアッ!!」
全て聞き終わる前にキリトは走り出していた。
ノルツァーはキリトの胴体から真っ二つにする為に《ブラスト》の構えを取った。
「それ以外ないんだな」
「アアアアアアアッ!!」
キリトは無表情のまま間合いを詰め、ノルツァーは吠えながら《ブラスト》を放った。
放たれた《ブラスト》をキリトは地面に掠るほど身体を前に倒して躱した。
躱しながら剣を構え身体を跳ね上がらせながら、大口を開けているノルツァーの口に剣を突き刺し、そのまま貫通させて根へと磔にした。
「______」
脳髄を貫かれたノルツァーは既に死んでいるのかもしれなかったが、キリトは剣から手を離し、左拳を握りしめると輝き始めた。
__体術スキル《閃打》__
キリトは躊躇の一欠片もなく、ノルツァーの右頬へと放った。
キリトの左拳は根に突き刺さった剣に切り裂かれながらも止まったが、ノルツァーの顔は半ばから引き千切られてポリゴンが溢れていた。
一拍置いてから爆散。
しかし、キリトの眼には喜びは無く、何かが欠けた眼でフワへと向き直った。
「邪魔になると思うから少し離れててくれ」
キリトの眼を見たフワは肩に担いだエルミアを降ろすと少し距離を置いた。
キリトの視線はフワを捉えたまま動かなかった。
「あの時、第八層で会った時に既に分かっていたんだろ?」
キリトは時間経過で元に戻った右手で突き刺さっていた剣を取り、幽鬼のようにゆっくりとフワへと近づいて行った。
「分かっていた?ああ、姫さんが正常じゃなかった事か?」
フワが横目でエルミアを見ながら答えると、キリトは歩みを止めることなく首を振った。
「ソレだけじゃない。全て分かっていたんだろ?封印されている力から人族の魔法がなくなる。コレがどういう事になるのかも分かっていた筈だ!」
「まあ予想は付くが、これはゲームだろ。何をそんなに気にしているのか俺には分からないんだが?」
ゆっくりと近づいていたキリトが突然弾かれたように動き、フワへと斬りかかった。
「ゲームでも実際に人が死ぬ!それでも気にしないのか!?」
袈裟がけに振られた剣をフワは少し後ろに下がるだけで躱した。
「本当に弱い人達が自分の所為で死ぬことになっても気にしないのか!?」
キリトは一歩踏み込みながら逆袈裟に振るった。
「まあ実際、そんな奴等が幾ら死のうが気にはしないが、積極的に殺そうとも思わない。ホントにどうでもいいんだよ」
逆袈裟に振るわれた剣を左に跳んで避けたフワは事もなげに答えた。
「なら何故あいつ等に協力した!多くの人の命が争い死んだのに!どうして協力したんだ!?」
キリトは斬りかかりながらフワへと問い掛けた。
「ああ?アスナは其処に居るじゃねえか。犯罪者プレイヤー以外にもこのクエストに参加したプレイヤーが死んだのか?」
横薙ぎに振るわれた剣を避けながらフワはキリトに問い掛けた。
その問いを聞いた瞬間、キリトの動きが止まった。
「__キズメルが居ない__ダークエルフが!俺達の仲間が死んだんだ!あの時フワが本当の事を言ってくれれば死ぬ事は無かった筈だ!!」
キリトの咆哮に今度はフワの動きが止まった。
「まさか本当にアレをプレイヤーと同じように思っているとは・・・・言っただろうが、誰かに依存すると弱くなるってな」
フワの眼が何処か憐れむような色を帯びてキリトを見つめた。
「キズメルは!キズメルだけは違ったんだ!フワの言葉に怯え、震えていた女の子だったんだ!そんなキズメルを只のプログラムだなんて言わせない!!」
キリトはその眼を拒絶するかのように吠えた。
「会話にならないか。なら、その手にした刃を俺に突き立ててみせろ」
フワはウインドを操作してキリトに決闘《一撃決着モード》を申し込んだ。
「今のキリトじゃ掠らせることも出来ねえよ」
フワの宣告をキリトは受けた。
「何が起きているの?」
今しがた目が覚めたアスナは目の前の状況を理解できなかったが、ある程度の推測は立てられる。
周囲にキズメルが見えない事からキズメルは死んでしまったのだろう。
その事に悲しみを感じながらも、目の前で繰り広げられているキリトとフワの対立を理解出来ずに戸惑っていた。
「・・・・大切な人を失ったのに、どうして戦うのよ貴方達は!?」
アスナは向かい合っている二人に向かって叫ぶが、その叫びは二人には届かなかった。
アスナの叫びも届かない二人はカウントが過ぎるのを待っていた。
「なんで、何でフワはこの世界に居る人達を認めないんだ?」
フワを睨み付けたままキリトは問い掛けた。
「それは俺達プレイヤーを除いてって事か?」
そんな視線を受け流しながらフワは詳細を訪ねた。
「ああ、元からこの世界にいる人達の事だ」
キリトはゆっくりと右手に握った片手剣を構えた。
「それは誤解だ。認めているさ、この世界の一部だと」
フワの言葉にキリトは肩を震わした。
「なら何故あんな酷い事を言えるんだ?」
キリトの言葉に改めてフワは呆れたように目頭を手で押さえ、目を隠しながらため息を吐いた。
「酷い事ねえ・・・・」
フワが静かに手を下ろした瞬間、その場が凍りついた。
「いい加減にしろよ。知り合いの電波を聞き流せるほど、俺は人間が出来ちゃいねえんだ」
少しでも動けば肌を切り裂くピアノ線が、その場に張り巡らされたような感覚。
「っ!?」
この感覚にキリトは覚えがあった。何度か感じた事がある感覚、初めて感じた時に目の前の男に教えられたソレの名前は
_____殺気_____
そしてソレは今まで何となく分かる程度のモノだったが、今はハッキリと分かるほど強烈なモノだった。
「言葉はいいから来い。その茹った頭、一瞬で醒まさせてやる」
カウントがゼロになり《決闘開始》の文字が目の前に現れた。
結局フワは武器を取り出すことはなかったが、キリトに油断は無かった。
第一層でシミター使いのリンドとの《決闘》をキリトは今しがた見たかのように思い出せた。フワの自信の大きさから考えると、何も考えずに突っ込めばあの時と結果は同じになるだろう。
だからと言ってフワから仕掛けさせていいのか、フワの武器は短剣か体術。懐に入られたらキリトが圧倒的に不利。キリト自身も体術スキルを使えるといってもサブスキル、フワはメインスキルといっても過言ではない。
当初の考えでは、開始と同時に速度とリーチに優れる片手剣ソードスキル《ソニックリープ》で決めるつもりだったが、フワの殺気に当てられてキリトの頭は冷えていた。
「・・・・意外と冷静だな。動かないなら俺から行くぞ」
フワは右手で腰の後ろから短剣を引き抜き、逆手に構えた。
初めて構えたフワに対してキリトは驚きながらも覚悟を決めた。
「__フッ__!」
フワが前に出た瞬間、自分も前へと踏み出してフワとの間合いを一瞬で縮めた。
呼吸を置き去りにする感覚で踏み出したキリトは同時に《ソニックリープ》を放った。
視界がスローモーションになる中、キリトは見ていた。意外そうなモノを見る顔をしていたフワに笑みが浮かぶ所を。
「______」
フワは何も持っていない左の掌で輝きに包まれた剣の横っ腹に添えながら押し出した。同時に右足を後ろに引きながら半身になり、自身の右へと逸らした。
二人の身体がぶつかり合い動きが止まった。
「かはっ__!?」
キリトの鳩尾にはフワの短剣の柄が叩き込まれていて、キリトは息も絶え絶えになっていた。人体の急所の一つである鳩尾は強く叩かれると横隔膜が痙攣して碌に呼吸が出来なくなり、手足が痺れて立っていることすら難しくなる。
そんな苦しみを味わいながらキリトは自身の迂闊さを嘆いていた。
痛みが無い事に甘えていたのだ。実際に第一層で痛みに溺れるリンドを見た筈なのに長い間、痛みから離れていた事で何処か楽観視していたのだ。
"これはゲームであっても遊びでは無い"この言葉をキリトは今感じてる痛みを持って更に理解を深めていた。
「くふふ・・・・やっぱりキリトは面白いな。殺気に当てられて頭を冷やしながらも、逃げずに前へと踏み出した」
本当なら崩れ落ちるキリトをフワは支えながら称賛していたが、苦しみで意識が飛びかかっているキリトには届かなかった。
「やっぱ俺は出来損ないだな。絶対とか言いながら、その通りに出来ねえんだから」
フワは自嘲気味に笑いながら、右肩から微かに零れるポリゴンを左手で拭った。
「さて、これで俺の話も聞いてくれるかな?」
立ち尽くした二人を案じながらエルミアとアスナが駆け寄って来るのを横目で見ながら、フワは小さく呟いてから偽物の空を眺めた。
しかし、その空は本物と見分けが付かないほど精巧な代物だった。