焚火がキリトの影を作り出し、ゆらゆらと影が揺らめいている。
フワとの会合のお陰で状況がどれほど緊迫しているのかは分かっている。
普通なら休んでいる暇など無いのだが、フワとの会合の所為で3人は動けなくなってしまった。
思えば第九層に入ってからまともに休んでいなかった。
HPがゼロになれば死んでしまう世界の中で、疲労からミスを誘発してしまうと___
そう考えると休むのは悪い判断ではないが、キリトは黙ったまま揺らめく火を見ながら一人で座っていた。
『フォールンエルフは秘鍵を九つ全て集めて《聖大樹の聖堂》にある封印を解き、人族最大の魔法の消去が目的。森エルフは《聖大樹の聖堂》にある扉の前で王族が祈れば一族を救う力が手に入る。一つは秘鍵が揃えば魔法の消去、もう一つは王族が居れば力の獲得。種族が違えば得るモノも変わるのか?』
「隣に座ってもいいか?」
思考という泥沼に沈んでいたキリトは声を掛けられるまで気付かなかった。
「き、キズメル・・・・?」
焚火を挟んだ向かい側にキズメルが腰を落としてキリトに問いかけていた。
「ダメか?」
少し寂しげなキズメルの顔を見たキリトは慌てて少し横にずれて自分の隣を開けた。
「ありがとう」
キズメルはそう言ったきり先程のキリトと同じように、ゆらゆらと揺らめく焚火の火から目を逸らさなかった。
「・・・・どうかしたのか?アスナは?」
沈黙に耐えきれなかったキリトは隣で黙ったまま座っているキズメルに問いかけた。
深刻になり過ぎない様に出来る限り明るい声でアスナという緩衝材を挟んで
「アスナならテントの中で眠っている。やはり疲労が溜まっていたのだろう」
キズメルは視線を火から移す事無くそう告げた。
「キリトこそ大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫。ゆっくりするだけでも休めるから」
そうか、キズメルはそう言ったまま微動だにしなかった。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
今度は何も言わなかった。
そうして一時間か、本当は十分だったのか、キズメルが火を見つめたままで口を開いた。
「私は何なのだろうな?教えてくれキリト」
その声は自傷するような声色だった。
「そ、そんなの決まってるじゃないか。俺とアスナの仲間で女王陛下の騎士だろ?」
「ああ、私は女王陛下の騎士だ。・・・・それなのに私はフワというあの男___あの男に恐怖した」
「いくら襲いかかって来たとはいえ、私の同族を殺した時にあの男の目は何も無かった、何も感じていなかった。殺してしまった罪悪感どころか自分の命が助かった安堵や喜びさえも無く。そしてその目で私を見たんだ___あの言葉と共に___」
___NPCそれらは全てプログラムだ___
その言葉がキリトの頭をよぎった。
そして見た。目の前で自分の全てに疑問を持ち、自問自答を繰り返し恐怖で泣きそうなキズメルを。
いつもの凛々しく強い姿と比べるとあまりにも弱々しく、儚げで崩れ落ちてしないそうな女の子の姿を。
『違う・・・・違う!フワが何を考えていようと何と言おうとも!今ここに居るキズメルは違う!!自己を疑い!その事に恐怖を抱き!誰かに縋り恐怖を和らげようとしているキズメルだけは違う!キズメルはキズメルなんだ!!」
どこから思っていた事が口に出ていたかはキリトには分からなかった。
が、それでも意識せずに抱きしめたキズメルは震えながらもキリトを両手で抱き締め返す。
焚火で映し出された二人の影が、ゆらゆらと儚げに揺れながら。
___翌日___
日が傾き始め、木々が日差しを遮り薄暗い中をフワ達は進んでいると、先頭にいたフワがある一点を見つめて止まった。
「また見つけたのですか?」
メリュジートが半分呆れながらフワへと声を掛けた。
「ああ、あそこに擬態した《タイニートレント》がいる」
フワは何気なく指差した20メートル先には周囲にある木々と何も変わらない木が一本あった。
「この距離でか・・・・ダメだ。私には判断がつかない・・・・」
エルミアが目を細めてフワが指差す木を見るが、判断がつかず首を横に振った。
「・・・・本当にわからないのか?不自然に動いてると思うんだが」
「し、失礼ですが私にも判断がつきません」
フワは呆れを含んだ目でエルミアを見ているとメリュジートが若干焦りながらエルミアに賛同した。
「・・・・あっそ、とりあえず片づけてくるから此処で待ってろ」
フワは右手で短剣を持つと、指差した木へと走り出しながらソードスキルのモーションを取り更に加速して《ピアース》を繰り出した。
「ックゥオオオオオ・・・・!!」
《ピアース》を受け、短剣が突き刺さった木が枝を粘土の様にグネグネと動かしながら声をあげた。
一拍置き《ピアース》の硬直が解けたフワは右手逆手に持ち直して《エッジ》を放ち、突き刺した所から右に切り裂きながら短剣を引き抜いた。
「キュ・・・・キュオオオオッ!!」
自身の半分を切り裂かれた瞬間、動きが止まるとグネグネと動かしていた枝を槍の様に尖った先を構えてフワへと狙いを定め
放った
フワは躊躇することなく、間合いを詰めながら何も持っていない左手で枝の一本を添えるように触れながら顔の横に逸らした。
逸らしながら身体を左に半回転させて左から迫る枝へと右逆手に持った短剣を突き刺した。
回転を止める事無く短剣を突き刺した枝を切り裂きながら引き抜き、左手で逸らした枝も切り落とした。
右から迫っていた枝が切り落とす為に振り切って開いたフワの身体を真正面から突き刺し身体が浮いた。
しかし、枝は身体に届く寸前で左手で横から掴まれ、勢いはフワの《浮身》で殺されて届かなかった。
掴んだ枝も切り落としたフワは一拍遅れて頭上から襲う枝に見向きもせずに《エッジ》を放った。
今度は左から《ピアース》を突き刺した位置まで切り裂いた。
切り口が繋がる様に切られた《タイニートレイン》は切られた時の衝撃と自分の動きに耐え切れずに真っ二つに折れ、地面に倒れる前にポリゴンの破片になり爆散した。
「凄い、何度見ても思ってしまうくらい鮮やかな手並みだ」
フワへと近づいたエルミアは何処か目を輝かせながらフワを見た。
「ありえない。《タイニートレイン》を倒すには枝の届かない範囲から5、6人で囲んで重装備が囮になりながら隙をついてダメージを与える筈なのに・・・・」
メリュジートが今見た光景を信じられない様に呟きながら近づいた。
「これで《聖大樹の聖堂》に入る為の条件は満たした訳だな?」
ブツブツ呟いているメリュジートを無視してフワは聞いた。
「あ、はい。一人一つブランチがある事が条件ですので」
フワはストレージから木の枝を三本取り出した。
「コレの事か、それじゃ《聖大樹の聖堂》へ__「申し訳ないが、少し時間を貰ってもいいだろうか?」__何だよ?」
フワの言葉を遮る様にメリュジートが声を発した。
「姫様の薬が無いんです。直ぐに採取して作るので少し待ってくれませんか」
メリュジートが自身の懐を確認してからフワに懇願した。
「・・・・まあ、たしかに伝承通り力を授かったとしても後があるからな。分かった、俺と姫さんは此処で待ってるよ」
「ありがとうございます、材料の位置は目星がついているので時間はかかりません。すぐに戻ります」
フワは手を振ってメリュジートを見送った。
「そ、その・・・・私の所為で__」
意味も無く二人で居る事に罪悪感を覚えたエルミアがフワへと声を掛けるとフワは近くの木へと座った。
「ただ待っているのもなんだし、飯でも食べるか?」
フワはストレージから携帯食を取り出してエルミアへと差し出した。
「え?・・・・ああ、ありがとう」
エルミアはフワの手から携帯食を受け取って隣に座った。
少しの間、二人は一言も話さず沈黙がエルミアを少しずつ責めていた。
「・・・・どうしてフワは私を助けてくれるんだ?」
沈黙に責められ耐え切れなくなったエルミアは意を決したように話し始めた。
「突然どうしたんだ?また体調でもわるくなったか?」
フワの言葉が、目が、面倒くさそうと言わんばかりのモノになった。
「いや、そうじゃない。あの時・・・・守護獣の部屋であった人族はフワの知り合いだったのだろう?それなのに何で私達の味方をしてくれたんだ?何で私達を助けてくれるんだ?・・・・教えて欲しいんだ」
エルミアは何処か縋る様な声を出しながら俯いた。
そんなエルミアを見ていたフワは___笑みを浮かべた。
「面白そうだったから。このまま姫さんの護衛をした方が面白くなる気がしたから手を貸している」
「__えっ?いったい・・・・どういう「ただ、それだけさ」
エルミアの問いを遮る様にフワは立ち上がると草むらが揺れてメリュジートが戻って来た。
「お待たせしました。姫様、簡単な食事とお薬を」
「飯ならお前を待っている間に食べた。薬を飲むだけでいい、その出した携帯食は歩きながらお前が食べろ」
メリュジートが薬をエルミアに渡したのを見たフワは飲み水をエルミアに渡して立ち上がった。
「さ、案内してくれ。その力がある《聖大樹の聖堂》って所まで」
先程まで浮かべていた笑みとは違う、小さな子供が浮かべる様な純真な笑顔を浮かべて。
___同時間___
「でも本当にいいのか?」
キリトは切り揃えられた草の間に身を隠した状態でキズメルに問いかけた。
「密命を受けた騎士もよく使うモノだ見つかる心配はない。それに今の状態では絶対にキリトとアスナは女王陛下に合わせて貰えないだろうからな」
「ま、そうよね。私達じゃないけどプレイヤーがダークエルフを襲ったみたいだし、同じ種族の私達を直接女王陛下に合わせる訳がないものね」
アスナも同じように切り揃えられた草の間に身を隠して答えた。
「すまん。だが女王陛下が信用に値する人物だと思って貰えるには直接会って貰うのが一番だと考えてな」
その気持ちは嬉しいけど、キリトとアスナはそう考えながらキズメルの指示通り兵の死角を通りながら城の中を進んでいった。
城壁を前にキズメルの足が止まった。
「・・・・五番目の石を・・・・」
キズメルが石を押し込むと音も立てずに城壁に人が通れる通路が出来た。
「この先に女王陛下がいらっしゃる。中に明りがない所為で何も見えない、迷わない様に私の手を握ってくれ」
そう言ってキズメルはキリトに手を差し出した。
「っ___」
あまりにもキズメルがいつも通りでキリト自身もいつも通りでいられたが、不意に差し出されたキズメルの手を見て昨夜の事を思い出してしまった。
無意識の内とはいえ、いきなり抱きついてしまったが、あの時に感じたキズメルの体温は___
冷静に考えればゲームの世界なのだからナーヴギアが脳へ送る錯覚の一部なのだが、無性に恥ずかしくなってしまったのだ。
「__キリトくん?__」
不意に聞こえたアスナの声は異常に冷たかった。
「そ、そうなのか?!うん!うん!ありがとう!」
キリトは全て反射的に答えて差し出されたキズメルの手を握った。
「ほらアスナも!」
そう言って自分も手を差し出した瞬間、しまったと自分の行動の失敗を悟った。
「悪いが、あまり騒がれると困るんだが・・・・」
アスナの照れから来る爆発をキズメルの冷静な声が遮った。
「う・・・・うぅ~~・・・・!」
今いる場所と状況を思い出したアスナは怒りを抑え込んでキリトのコートの端を握った。
「足元には気を付けてくれ」
アスナがコートの端を握った事を確認したキズメルは通路へと足を踏み出した。
真っ暗な中で螺旋を描く様に上へ上へと昇っていくと進む先に微かな光が見え、その光へと進んでいき、キズメルが先程と同じように何かを押し込むと壁が開いた。
そこは机と椅子があるだけの部屋だが、机や壁の彫刻は品があり歴史を感じる様な部屋だった。
キズメルがキリトの手を離して一歩前に出ると片膝を着いて頭を下げた。
その先には一目見ただけで分かる程、高貴な雰囲気を身に纏った女の人が座っていた。
キリトとアスナは直視する事も失礼なのではと思いながらも、褐色色の肌と尖った耳を見てこの女の人がダークエルフの女王陛下だという事を遅まきながら理解が追いついた。
「急な謁見をお許し下さい。ですが、一刻も早く御報告したい事があります」
「もちろん許しますよキズメル。でも、その前に後ろの方々を御紹介して下さらないかしら?」
女王陛下の視線がキリトとアスナの方に向いた。
視線を向けられた二人は緊張で身体が固まってしまった。
「失礼しました__「いえ、名を聞くなら自ら名乗らなくてはね」__えっ?」
キズメルの言葉を遮って椅子に座っていた女王陛下が立ち上がって三人に近づいた。
「私の名は《エレンミア・シュバル・ジーン・ド・リュースラ》短くエレンミアと呼んで下さい」
「え、えっと・・・・キリトと申します。そして隣が__「アスナと申します」
女王陛下の対応に二人は戸惑ったが、キリトが先に立て直し自己紹介するとアスナも同じように自分の名を告げた。
「そうですか、よろしくお願いしますね。キリトさんとアスナさん」
そう言って笑った女王陛下にキリトは思わず疑問を口に出してしまった。
「あの、俺達と同じ種族の者がダークエルフを襲撃したのに__」
キリトは口に出していると自覚して直ぐに口を閉じたが、女王陛下は笑ったまま答えた。
「キズメルが此処に連れてくるくらいです、襲撃したのは貴方達ではないのでしょう?私とキズメルだって同じ種族だけど全く別の存在です。それなのに人族は全て同じなんて理屈に合いませんわ。キリトさんとアスナさんというだけでも全く違う様に見えるのに」
その言葉にキリトとアスナは互いに顔を見合わせてから頭を下げた。
「ありがとうございますエレンミア女王陛下」
「お礼なんて__「申し訳ありませんが御報告を」__そうですわね、キズメル。報告をなさい」
そこからキズメルは得た情報や体験した事を全て話すとエレンミアに問いかけた。
「密命では既知である森エルフの王女の保護でしたが、王女自身が何も分からないと否定しました。情報が錯綜し過ぎた為に一度ご報告と指示を貰いに来ました」
エレンミアが黙るとキリトとアスナも息を飲んでエレンミアを見つめた。
・・・・流石キリト!!
・・・・ラブコメするには修羅の門は難し過ぎる・・・・
ということで、修羅の刻の昭和編を見よう!
何とも言えない恋心が切なくなります!
・・・・おっかしな。何で宣伝してるんだろ?