「フワ殿、すまないが姫様にお食事の時間を」
第八層の迷宮区タワーへと向かい初めて直ぐにメリュジートがフワへと言いだした。
「えらく呑気な事だが、アンタが来るまでの間に姫さんと二人で食べたから心配ないよ・・な?」
フワはメリュジートの言葉に呆れながらも確認するようにエルミアを見た。
「ああ、礼代わりに食材を出し合って食事をしようと・・・・」
エルミアがその時の事を思い出しながら肯定した。
「・・・・そうでしたか、お忘れですか?お食事の後はお薬を飲んで頂かないと」
エルミアはメリュジートの言葉を聞いて自分の身体の調子を確かめるように身体を動かした。
「必要ないんじゃないか?自分でも驚くほど身体の調子が良いんだ。これなら薬に頼らなくても___」
「ダメです!この緊急時に何を仰っているんですか!?いざという時に調子が悪くなったらどうするんですか!?」
エルミアの楽観的な言葉にメリュジートは子供を叱る様に声を荒げた。
「本当に調子が悪くなった時に一番困るのは姫様ではなく、私とフワ殿なんですよ・・・・」
「うっ・・・・す、すまない。今すぐ飲むから許して欲しい」
メリュジートの言葉を聞いたエルミアは不安そうな眼差しでフワを見た。
「別に気にしてない。それよりも何かの病気なのか?」
「実は一か月前から原因不明の眩暈や立眩みで倒れられる事があって、身体の調子を整えて気が安らぐ薬を処方されています」
フワの問いにメリュジートが答えるとフワが可笑しそうに笑った。
「失礼だけど、アンタ厳つい顔してるけど細かい所まで気が付くんだな」
「よく言われます。お前は顔に似合わない行動が多いと・・・・」
フワの言葉にメリュジートは苦笑しながら答えた。
「__んくっ、その通りだ。メリュジートが最初に裏切り者の存在に気が付いて私を逃がしてくれたんだ」
薬を飲み込んだエルミアが何処か自慢するように話し始めた。
「・・・・逃げたって何処から?」
「そんなの森エルフの王城からに決まってるだろう」
フワの問いにエルミアが当然とばかりに答えた。
「・・・・森エルフの王城って第九層にあるんだよな?それが何で逃げたら第八層の端に居るんだよ?」
「《霊樹》を使って逃げる時に何らかの妨害を受けたからだと思う・・・・」
「一緒に入った私でさえ、姫様とは違う所に転移してしまったので」
エルミアは悔しそうな顔をしていたが、メリュジートは何処かホッとした顔をしていた。
「一時はどうなるかと思いましたがフワ殿のような方が居てくれて本当に助かりました」
『アルゴさんからの情報から考えると、おそらくイベント発生のトリガーが第九層到達とプレイヤーである俺が特定の場所の近くに居たから・・・・だろうな』
あの時の事を思い出すとタイミングがあまりにも良かった為、フワはそんな事を考えながら再び迷宮区タワーへと歩き始めた。
「ところで、今日の夜はどうするんだ?一応姫なんだろ?野宿でもいいのか?」
フワがエルミアを見ながら二人に問いかけた。
「ああ、もちろん我々は野宿するつもりだが、付き合う必要は無いぞ。街で宿に泊まってくれ」
エルミアの問いにフワは呆れた顔をしながら口を開いた。
「お前アホか?」
あまりにも失礼な言い方にエルミアはキョトンとしたが、代わりにメリュジートが慌て始めた。
「ふ、フワ殿!?姫様を相手に失礼が過ぎますぞ!」
「あのさ、俺を示すカーソルの色が見えるか?」
フワはメリュジートの言葉を無視して注目させるようにカーソルを指さした。
「お、オレンジだが、それがどうかしたのか?」
エルミアが戸惑いながら答えるとメリュジートが耳打ちをした。
「ひ、姫様。人族では自身を示す色がオレンジだと犯罪者扱いされ街などに入れなくなるんです」
ソレを聞いたエルミアは盛大に焦った。
「そ、そうだったのか!す、すまない!無神経な事を言ってしまった!」
「それも理由の一つだが、一番重要な事があるだろ」
エルミアは分からないのか首を傾げているが、メリュジートは分かっているのか全く違う方を見て顔を逸らしていた。
その様子を見たフワは大きな溜め息を吐いた。
「俺が受けた依頼は二人を九層にある聖樹の大聖堂に連れていく事だ。その中には姫さんの護衛も含まれている」
フワの言葉を聞いてエルミアは理解したのか目を見開いた。
「だから依頼が終わるまで俺はアンタを守らなきゃならない。それなのに一番危険な寝る時に俺が近くに居ないなんてバカな話があるか?」
「そ、それはそうだが・・・・」
エルミアは何処か申し訳なさそうにフワへと視線を向けるが
「元々オレンジだから宿で寝れないし気にする必要なし、と言う事で野宿決定だな。暗くなり次第休むから、暗くなるまで先に進む・・・・でいいよな?」
二人は頷き、三人は少しペースを上げて歩き出した。
▽
暗くなるまで歩いた三人は簡易テントを張り、焚火を起こしている途中でエルミアの顔色が悪くなり立っている事すらままならなくなり焚火の前で横になっていた。
「姫さん、大丈夫・・・・じゃなさそうだな」
「心配ない。いつも通りだ、薬さえ飲めば直ぐに治る・・・・から」
エルミアは気丈に振舞っているが、調子が悪いのが見て取れる。
「その肝心の薬が無い状態で何言ってんだか。もうじきメリュジートが薬を作って持って来るからソレまで我慢するか、我慢できないなら無理にでも寝かしてやるけど?」
「・・・・頼む・・・・」
フワはストレージを操作して薬草を手にした。
「《エンゼルトランペット》ってアイテムだ。コレを煎じたモノを飲めば一瞬で眠りに着けるが、少々深い眠りでな。少なくとも明日までは何をされても起きられないが、ソレでもいいか?」
「ああ、フワになら何をされても大丈夫だから・・・・」
フワが説明して確認するとエルミアは弱々しく頷いた。
「ったく、ホントに調子が悪くなると弱々しくなるんだな」
焚火で温まりながら寝ているエルミアを見ながらフワがストレージから出した鍋にエンゼルトランペットを入れてシステムによる調理を始めた。
その光景を見ていたエルミアがクスリと小さく笑った。
「どうした?何か幸せなことでも思い出しているのか?」
「いや、今日の昼食時にも思った事だが、フワは料理スキルを持っているんだなって」
「まあな、一人で生きていくには必要なスキルだったからな。そんなに俺が料理している姿は可笑しいか?」
焚火に照らされたフワの横顔を見ながらエルミアは否定を口にした。
「ううん、可笑しいって言うよりも落ち着く。調子が悪い時はいつも不安で苦しいんだけど今日は___」
エルミアの言葉を遮る様にフワは《エンゼルトランペット》を煎じたモノを渡した。
「ほら出来たぞ。さっさと飲んで寝ろ、調子悪い時は寝るに限るからな」
差し出されたカップを見てエルミアは少し不満げな顔でフワを見た。
「・・・・女心が分かってないって言われるだろ」
「言われた事無い、というか言う奴が周りに居ないからな」
フワは笑いながら言うとエルミアは不満げな顔のままでカップの中身を飲んだ。
「・・・・此処で寝てもいいか?」
「ダメだ、今すぐテントに行け」
エルミアの懇願はアッサリと切り捨てられた。
「・・・・調子が悪くて立てそうにな・・・・い?」
「エンゼルトランペットの睡眠効果が出始めたんだよ、大人しく寝てろ運んでやるから」
「す、すまな・・・・」
口に出してる事とは裏腹にエルミアは半分意識を手放しながら抱えられた時の温かみに身を委ねた。
「これでよし、さっさと火を消して迎え撃つか」
エルミアをテントに運んだフワは焚火を消した。
唯一の明りである火を消すと周囲は木々が月明かりさえも遮り、何も見えないほどの闇になった。
明りは消えたが、焚火の匂いが残っている。
少し注意すれば誰でも気が付く様なモノだが、フワはソレを逆手に取っていた。
「さて、どれくらい釣れるかな?」
何処か期待する様な声色でフワは微かに笑った。
▽
闇に包まれた森、本来なら風が揺らす木々の音や小さいが確かな存在感のある虫の声が響き、余計な音など何一つ無く安らぎを与えるモノだが、今夜は余計な音が混じっていた。
聞こえるのは金属同士がぶつかる特有の甲高い音や怒りや焦りが混じっている人の声。
「・・・・釣れたのはいいけど各勢力が鉢合わせにでもなったのか・・・・誰1人来ないとは、せめて注意を引きつけている間に別同隊で姫さんを確保しに来ればいいのに・・・・」
暇だ。とフワは呟いて聞こえる剣戟の音に耳を澄ませていると何かが草を掻き分けて近づいてきた。
「___フワ殿、無事ですな?少々手間取りましたが薬の用意が出来ました。此処は危険です、姫様の体調が戻り次第離れましょう」
出て来たのは薬を持ったメリュジートで聞こえる剣戟の所為で焦りながらフワに話しかけていた。
「そりゃ無理だ。姫さんは明日の朝までは絶対に起きないから」
「そ、そんな一体どうやって?いえ、それよりもどうするんですか?」
フワの淡々とした言葉にメリュジートは更に焦りの色を濃くした。
「テントは見つかりづらいようにカモフラージュしているから、アンタは近くで護衛してくれ」
フワはそう言うと立ち上がり軽く身体を動かした。
「い、一体何を・・・・?」
「そろそろ俺も寝たいからな、騒音を消しに行くだけ」
メリュジートはフワの言葉を理解できたが納得出来なかった。
「む、無責任な!フワ殿も姫様の護衛が重要だと言っていたではないで__っ!?」
フワは声を荒げたメリュジートの腹を殴り黙らせた。
「声が大きいんだよバカ。何の為にテントが見つかりづらいようにカモフラージュしてると思ってるんだ?」
メリュジートは殴られた腹を抱えて答えなかった。
「相手側も此処まで騒げば俺達に気付かれてると思うだろ。その状態で此処に来て何も無かったらどう思う?既に逃げて此処には居ないと思うだろ。だからアンタも隠れながらテントを護衛してくれるだけでいい。もしバレた時には大きな声を出せ、すぐに助けに向かうから」
メリュジートは黙ったまま何度も頷くとテントの近くの草むらへと身を隠した。
「さてと、心配性の奴も居る事だし・・・・さっさと終わらせますか」
メリュジートが隠れるのを確認したフワは剣戟の音がする方へと走り出した。
▽
木々が立ち並ぶ影で剣戟の音を聞きながら仰々しい装備を付けた森エルフが怒りに震えていた。
「__っく、交戦してから半刻は過ぎたか。既に姫様達は逃げ出している筈・・・・くそっ!フォールンエルフと人族はまだ分かる!が、何故ダークエルフまでもが介入してくるのだ!?」
近くの木に拳を叩きつけた森エルフを部下と思われる一人が冷静になるようにと宥めた。
「我々にはやらねばならない事が他にもあります!この場で戦力を落とさない為にも撤退を!」
「・・・・その通りだ。ここは引くぞ交戦中の味方にも指示を」
「はっ」
部下の森エルフは剣戟の音がする方へと向かって行った。
見送った森エルフはしばらくすると顔を俯かせた。
「・・・・くそ、どうしてこんな事に__許さぬ__必ず全ての種族に報復を・・・・」
「報復って、裏切ったのはアンタ等じゃないのか?」
怒りに震えた森エルフの声に答えるように誰かが問いかけた。
「!?誰だ・・・・ひ、人族___うぅ薄汚い人族かぁ・・・・!!」
森エルフは右手に腰の長剣を引き抜き、左手の盾を急所を守る様に構えて、声のする方へ顔を上げると軽装で短剣を右手に持ったフワが立っていた。
「うーん、やっぱりコレが普通の反応だよな」
フワの視界では《T,laut:Forest Elven General》を指し示す緑色のカーソルがフワを見つけた瞬間、少し濃い赤色に変わっていた。
「一人では何も出来ないクズ種族がぁ・・・・ちょうどいい、皆が集まる前に__「そりゃ無理だな」
固有名がラウトの森エルフの言葉をフワは否定で遮った。
「何が無理だと?皆が集まる前に貴様等クズ種族の一匹を狩るのがか?」
「全部だ。誰も帰って来ないんだ。俺が何処に立っていて何処から来たのか考えてみろよ」
ラウトは気が付いた。部下が皆に撤退を伝えに行く為に向かった場所に寸分違わずフワが立っていた事に。
「は、はったりを・・・・私の部下は精鋭揃いだ。たった一人のクズ種族にやられる訳が__」
ソレを聞いたフワはつまらなさそうな顔をしてラウトに言い放った。
「アレで精鋭?なんだ、大したことないんだな__森エルフって種族も__」
戸惑っていたラウトはフワの言葉を理解するのが遅れたが、理解した瞬間に整った顔立ちを怒りで歪ませた。
「その口を閉じろおおおっ!そんな出鱈目に惑わされるとでも思ったかあああ!!」
ラウトは右手に構えた長剣を弓の様に引き絞るとソードスキルを発動させた。
___片手剣ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》___
相手との間合いを詰めて突きを放つ。単純なソードスキルだが、システムアシストによりジェットの如く加速して逃げる事も受ける事も困難な一撃に変えるソードスキル。
ラウトの構えた長剣がソードスキルの輝きに包まれていく。
フワとラウトの間合いが十メートル以上離れていて、今からではフワがソードスキルを止めるのは間に合わない。
「十分惑わされてると思うんだが・・・・」
フワは焦るどころかラウトの言葉に呆れながら構える事もせずに棒立ちしていた。
「一撃で終わりだあああっ!」
ラウトの叫びと共に発動した《ヴォ―パル・ストライク》はジェットの如く加速して十メートル以上の間合いを一息で詰めて、フワの胸元へと剣を突き出した。
凄まじい勢いで突き出した一撃はフワを貫通したように見えたが、フワは突き出された長剣を躱して右脇に抱え込みながら密着するほど間合いを詰め、蛇の様に相手の右腕に自分の右腕を絡ませて肘の逆関節を取ると同時に左手で胸元を掴み、巴投げの様に《ヴォーパル・ストライク》の勢いを殺さずに身体を捻りながらラウトを投げた。
「っぅぁっ!?き、貴様・・・・何をしたぁっ!?」
ラウトは投げられて地面に叩きつけられた頭よりも痛みを発している自分の右腕を見て信じられない様に言葉を発した。
まるで粘土の様に自分の右肘があり得ない方向に曲がっていたからだ。
「《蔓落とし》極め、投げ、折るを一連の流れで行う技だ」
信じられない顔で自分の右腕を見るラウトにフワは技の説明をした。
「冥土の土産に教えて上げたけど、まあ意味の無い事だったか?」
フワは腰の後ろに差した短剣を右手で引き抜くと笑みを浮かべた。
こんな状況での笑みなら不快感を与えるモノでなければならないのに、それを見たラウトは魅入ってしまった。
フワの笑みは見た誰もが優しさを感じてしまう菩薩の様な笑みだったから。
短剣を握った右手が動き出したのを見てラウトは我に返った。
「こ、こんな所で死ぬわけには___イカンのだああッ!!」
膝を着いたままだったが左手の盾を動かして《シールド・バッシュ》を発動させた。
防御スキルの一つで手にした盾を相手に叩きつけて吹き飛ばす。
システムアシストにより超人のような動きで密着した状態のフワを吹き飛ばす事に成功した。
二、三メートル飛んで着地したフワは驚きは無かったが、追撃を掛けなかった。
ラウトも《シールド・バッシュ》の技後硬直は終わっている筈なのに膝立ちのままで引き裂かれた左腕を見ていた。
肘から手首の手前に掛けて引き裂かれて大量のポリゴンが溢れていた。
「__この化物め__」
今度のはラウトも見えていた。盾をフワに当てた瞬間、盾を持っていた左腕にフワの右手の短剣が突き刺さったのを。
それでも発動したスキルは止まらず、フワの身体が離れると同時に左腕が引き裂かれた。
痛みに耐えて視線を上に向けたラウトはフワがゆっくりと淀みない動きで《エッジ》を発動させるのを見ていた。
「__申し訳ありません__陛下__姫さ__」
ラウトの言葉は途切れた。
首から上が地面に落ちて先に消えたから。
「・・・・最後のセリフ、中々面白い事が聞けたか」
フワは黙ったまま短剣をしまうと、ポリゴンの欠片へとなっていくラウトへ見向きもせずに未だに鳴り続けている剣戟のする方へと歩を進めた。
蔓落とし読み方は(かずら)です。