シュラアート・オンライン   作:メガネザル

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また明日・・・・は

 

___2022年11月6日___

 

 

__また明日__

 

 

今日を振り返ると、その言葉の可笑しさに思わず笑みが零れる。

 

・・・・いつもなら、思いだすだけでも呼吸が出来なくなり身体が震えるのに、今日は違った。

 

あの時と同じ、いや、あの時よりも身体も心も成長している分だけ感じた恐怖は大きかったかもしれない。

 

なによりも、あの時の事を思い出しても発作が起きない。

 

あの時が頭を過ぎるだけで息が詰まって視界が暗くなり、全身の感覚が無くなって立つ事すらままならなくなるのに、今は若干の息苦しさがあるだけ。

 

恐怖を乗り越えた訳ではない事は自覚している。

 

今だって恐怖から息苦しさを感じている。

 

ただ、今日あった事を思い出すだけで恐怖が和らぐ気がする。

 

明日からの事を考えると何処か期待している自分が居る。

 

彼の傍に居れば《強さ》の意味が分かるかも、私自身《強く》なれるかもしれない。

 

「フフッ・・・・また明日・・・・」

 

朝田詩乃は同年代と比べて思考はかけ離れているが、表情は恋をして浮かれている様な年相応の顔をしていた。

 

そして、テレビで流れている"大量殺人事件"の言葉さえ、上の空で聞こえていても何も考えていなかった。

 

 

___2022年11月7日___

 

 

学校での朝田詩乃は一人だった。

 

昨日の事が既に学校中に広まって、いじめをしていた連中すら何かに怯えて誰も視線を向ける事すらしなかった。

 

「___いない___」

 

しかし、少女はそんな事どうでもよかった。

 

彼が居ないのだ。__また明日__と言った筈なのに彼は何処にも居なかった。

 

「どうして・・・・?」

 

それだけで息苦しさを感じている。あの時を思い出した訳でもないのに軽い発作が少女を襲っていた。

 

彼は風邪を引いただけかもしれない。と自分自身を誤魔化しながらも膨れ上がってくる恐怖を押さえ付けながら担任に聞きに行った。

 

「___________」

 

担任は言いずらそうにしながらも話すが、途中から聞こえなくなっていた。

 

身体の芯から冷えて感覚が曖昧になり、息をしている事すらも忘れていた。

 

《SAO》昨日からのテレビは全てソレに関する事だった事を今更ながら思い出していた。

 

既に死者が200人以上も出ている《デスゲーム》と呼ばれるモノ。

 

少女は心配してくれた担任に《SAO》の患者達を受け入れる病院へと送って貰った。

 

「ホントにここまででいいのか?」

 

担任の言葉に頷いて肯定すると覚束ない足取りで受付へと向かった。

 

「SAO患者で山田という少年は本病院に入院されておりません」

 

足元から全て崩れていく気がした。

 

少女は受付に手を掛けながら地に膝を落とした。

 

驚いた受付の方が誰かを呼びながら、膝を落とした少女へと駆け寄り呼びかける。

 

が、少女は答える所ではなかった。

 

もう何が何だか分からなかった。

 

何が現実で何が幻想なのか、今の少女には区別が付かなかった。

 

他にもショックで倒れる人が居たのか、案外すんなり待合室の席へと運ばれて呆然としていると奇妙な着物を着た男が受付へと向かった。

 

呆然としていた少女は無意識の内にその男へ視線を向けていた。

 

何故と聞かれても困る、既に頭は真っ白で何も考えておらず、目に付く恰好をしていた男へと視線が向いていただけだった。

 

「え~?SAO患者で山田という少年は入院していないんですか?可笑しいなぁ・・・・菊岡さんは此処の病院だって言ってたと思うんだけどなぁ・・・・」

 

山田と聞いて少女は少し正気を取り戻した。

 

もしかすると変な着物を着たあの人は彼のお父さん、少なくとも親族の方ではないかもと考え、何とか立ち上がって受付へと近づいて行った。

 

「あー、もしかして不破って少年が入院していたりして・・・・」

 

男がそう言うと受付の人は過敏に反応して、男の方を驚いた顔で見た。

 

「も、もしかして不破さんの親族の方ですか?」

 

少女の予想通り彼の親族の方だったが、それよりも彼を指すであろう聞き覚えの無い名前が聞こえて動きが止まった。

 

「え?」

 

無意識の内とは言え、久しぶりに声を出した。

 

その声に受付と男が反応して少女へと視線を向けた。

 

「もしかして、こちらの方も親族の?」

 

「違いますけど、この子がどうかしたんですか?」

 

「いえ、さきほど彼女も山田という少年が入院していないかと・・・・」

 

変な着物を着た男は糸目を薄く開き、足元の覚束ない少女を見ると何かに思い至ったのか某中学校の名前を口に出した。

 

「あ、はい。山田くんのクラスメイトの朝田詩乃です・・・・」

 

少女は戸惑いながらも答えると、男は糸目のままニッコリと笑みを浮かべた。

 

「そっかそっか、なんだかんだ言ってもキッチリ青春してるじゃないか」

 

感心感心と男は頷くと受付に向き直った。

 

「どうやら入院している彼の友人みたいなので、彼女にも彼の病室が何処か教えてあげて下さい」

 

男がそう言うと受付の女性は周囲を確認して言いづらそうに話した。

 

「あ、あの・・・・口に出せないので御案内させて頂きます。えっと、御一緒に行きますか?」

 

男の後ろに居た少女が頷くと静かに立ち上がり、受付を他の人に代わると男と少女の案内を始めた。

 

エレベーターに乗ると男が参ったと言わんばかりに頭を掻きながら口を開いた。

 

「あの、一体どういう事か説明してくれませんか?」

 

その言葉に案内している女性は何処か怯えながら男を見た。

 

「いえ、本病院には本来ならば知られていないVIP待遇の病室がありまして、政府の方があるSAO患者の為に使用すると・・・・」

 

糸目の男は呆れたように額に手をやって溜め息を吐いた。

 

「ったく、色々と張り切り過ぎな気が・・・・」

 

そんな話を聞いていた少女は気が気ではなく、あの一件で只の人ではないと思っていた彼が本当に何者なのか分からなくなって困惑していた。

 

「こちらが不破さんの病室になります」

 

案内された部屋は絨毯が敷き詰められていて、日当たりの良い大きな窓に景色が一望できて大きなソファと少し離れた所にベットがあった。

 

そして、その上に探し求めていた姿があった。

 

「っ____」

 

無骨なヘルメットを被り寝ているかの様に目を閉じている彼へと近づいて、無意識の内に彼の右手を握っていた。

 

強く、強く、強く・・・・!

 

もしかすると起きてくれるのではないかと、叶う訳が無いと頭では分かっていても少女は彼の手を強く握っていた。

 

そして彼は起きず、分かり切っていた筈なのに少女は涙を流した。

 

「__ぁっ__」

 

涙を流していると自覚した少女は身体を小さく震わしながら、声を殺して泣いた。

 

「・・・・何か御用があれば内線で申し付け下さい」

 

あまりに痛々しい姿を見ていられなくなったのか案内してくれた女性は業務に戻ろうとした。

 

「あっと、今後あの子が一人で来てもお見舞い出来るようにお願いしても__」

 

男がそう言うと女性は静かに頷いて部屋を後にした。

 

ソファに腰を掛けた男は少女が泣き止むのを静かに待った。

 

 

 

            ▽

 

 

  

しばらく泣いていた少女は落ち着いたのか、ソファに座っている男へと向き直って頭を下げた。

 

「ありがとうございます。私なんか関わる事すら許されなかった筈なのに・・・・」

 

「気にしなくていいよ、彼の初めての友人だ。むげに扱うと彼に怒られそうなんでね」

 

男は糸目のまま軽い対応で答えた。

 

が、薄く目を開けて少女を問いかけるように見た。

 

「それと、色々と聞きたい事があるだろう?答えられるモノなら答えるよ」

 

少女は驚きながらも何を質問するのかを決めたのか息を飲んだ。

 

「彼の本当の名前はなんですか?」

 

「あ~、その質問ね・・・・」

 

答えずらそうな男の態度に少女は戸惑ってしまった。

 

「す、すみません・・・・!答えられないモノなら答えなくて__」

 

「いや、何と言おうか・・・・たぶん、そのまま声にすると返って混乱する気がして・・・・」

 

男は気まずそうに舌を出して頭を掻いた。

 

「どんな答えでもいいです。教えて下さい、お願いします」

 

「・・・・彼はね、本当の名前が無いんだ」

 

少女は男の言った通り意味が分からず混乱している。

 

「いや、もしかすると彼は何も無いかもしれない・・・・」

 

少女は混乱しながらも聞いた話で質問をした。

 

「あの、フワではないんですか?」

 

「う~ん、お嬢さんは不破って名に聞き覚えがあるかい?」

 

男の質問に少女は申し訳なさそうに首を横に振った。

 

「すみません、聞き覚えがありません」

 

「それならそれで都合が良いから。まあ、不破って家系は色々あってね。彼自身が不破ではないって考えてるから彼には名前が無いんだよ」

 

なんとなく納得したのか少女は次の質問をした。

 

「何もないとは・・・・?」

 

「ソレは言葉通りの意味だ。多分だけど彼には何も無いと思うよ」

 

これ以上言える事がないと返された少女は黙り込んでしまった。

 

「それじゃ僕は失礼するよ。病院の方とは話を付けてあるから、何時でもお見舞いに来るといい」

 

そう言って男は部屋を出ようとした。

 

「え!?あのっ、彼の顔を見なくても・・・・」

 

男は顔だけ少女へと向けて糸目のまま答えた。

 

「此処からでも顔は見えるし、心配しなくてもゲームのルールが分からなくて死んだのなら既に死んでるよ」

 

「えっ?一体どういう・・・・」

 

「彼はそう簡単に死なないだろうって言ってるだけ、最初の方は簡単らしいから心配する必要も無いんじゃないかな?」

 

何処か納得し切れていない少女に向けて男は舌を出した。

 

「ま、無理もないか。言った通り病院とは話を付けてあるから好きな時に来るといい。僕も時間を見つけたら様子を見に来るから」

 

今度こそ男は部屋を後にした。

 

心配で不安の一欠けらも無い、飄々とした男の態度に少女は不安から来る恐怖を忘れていた。

 

「・・・・今更だけど、貴方の事を何も知らなかったのね・・・・生きて帰って来れたら教えて欲しいな・・・・」

 

二人しかいない部屋で少女は目を閉じたままの彼に話しかけていた。

 

 


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