修羅がいた。
千年ほど昔から歴史の中にいた。
鬼神や化け物、果ては軍神とまで呼ばれていた。
しかし、その存在は光を浴びる事は無く、影に生きていた。
故に極一部の者しか知られる事はなかった。
曰く、人殺しの武術である
曰く、人ではなく化け物である
曰く、千年もの間で敗北は一度もない
半ば物語だけの存在のようなモノが
世界に知られる事になった。
その名も___陸奥圓明流___
歴史の影に生きていた存在を光の中に引きずり出した者
陸奥 九十九
その男は日本で、世界で、見る者全てを魅せた。
そう、魅せられた人達の中に・・・・天才も居た。
小石が投げられた水面の様に、何かが変わり始めた。
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___2022年11月1日___
人も疎らな公園で黒い学生服を着た少年が、着物にコートという変な格好をした糸目の男に声をかけた。
「ゲンさん、久しぶり。毅波さんは元気?」
少年の微かな笑みを浮かべながら言う姿を見ると、少年と男の関係が親しいモノだと分かる。
「元気も元気、あいも変わらず尋常じゃない量の修練を積んでる。全くもって大した執念だよ」
男は糸目のまま何処か可笑しそうに口元に笑みを浮かべていた。
「そっか、それで今回の用件は?また仕事?」
「いきなり本題かい?っと、いつもなら言う所だけど今回はちょっと困ったことになってねぇ」
糸目のまま舌を出して笑っている男を見て少年は呆れたように溜息を吐いた。
「困ったことって、また受けた事を忘れてた依頼の期限がギリギリですか?もしくは結構大も「僕と陸奥九十九の関係がバレた」
少年の言葉に被せながら言った言葉に周囲の音が消された。
「・・・・そうですか、俺には関係ないですね。ご自分で何とかして下さい」
そう言って背を向けて去ろうとした少年の袖を男が掴んだ。
「まあ、そう言わずに。君も誰にバレたのかくらい知っても損は無いだろ?」
少年は更に大きな溜息を吐きながら男の方に向き直った。
「別に知られてもいいんじゃないですか?そんな理由で殺しなんてアホらしくて俺は嫌ですよ」
あまりに自然に殺し__誰かの命を奪う事を言った少年に男は当たり前のように聞き流して笑みを浮かべたまま舌を出した。
「さすがに目立つことは勘弁したいかな?」
「でも、前に役者に向いてるかもって言ってたような、陸奥九十九のネームバリューがあれば何処のテレビ局でも引っ張りだこですよ」
少年がそう言うと男は舌を出したままばつが悪そうに顔を逸らした。
「は、はは・・・・役者にはなってもいいけどソレは流石に・・・・知ってるでしょ、陸奥と不破はそんな簡単なモノじゃないって」
男の糸目が薄く開いて何かを思い出している様に見えた。
「もちろん分かってて揶揄ったに決まってるじゃないですか」
呆気カランと言い放った少年に男は一本取られたと言わんばかりに額に手をやった。
「君くらいだよ、僕に口で勝つのは・・・・」
「素直に喜べない褒められ方ですね」
男は糸目を薄く開けて少年の顔を見た。
「素直に喜べば良い、僕に口で勝つのは頭が要る。僕と陸奥九十九の関係が分かるくらいにね」
「アレはただの勘です。カマを掛けるとアッサリとぼろを出したゲンさんが迂闊だっただけです」
少年が男と同じように舌を出して惚けると男は糸目に戻って笑みを浮かべた。
「それでゲンさんと陸奥九十九の関係を知った頭の良い方は誰なんですか?」
「ああ、コレを作った人だよ」
男は何処か誇らしげに横に置いていた大きな紙袋の中から何かのソフトを取り出した。
「・・S・・A・・O?何ですかソレ?」
男の誇らしげな顔が呆れからか固まった。
「・・・・うん、予想してたけど本当に知らないとは思わなかった。ここ二、三日ニュースとかで話題にもなってた筈なんだけど・・・・」
少年は、手渡されたソフトを手にしながら首を傾げていた。
「つい一週間前にヴァーリ・トゥードがありましたからね。そのせいで他への関心が薄くなっちゃって」
「分からなくもないけど・・・・これはSAO、ソードアート・オンラインというモノだよ」
その言葉を聞いて少年は何か思い当たったのか顔を上げた。
「そういえばクラスの男子が同じ言葉を言ってたような気がします」
「気がします・・って、学校で親しい友人とか居ないの?」
まさに呆れたと言わんばかりの男の態度に少年はムッとした。
「別れる前から数えて千年前からマトモに勉強したことのない家系から、中学だけとはいえ初めて義務教育を受けている子孫に向かって何を言ってるんですか?」
その言葉を聞いた男が参ったと舌を出して両手を上げた。
「僕も受けたことないからなぁ、出来れば感想を聞かせてくれないかな?」
「本音を言うと、実にくだらない。教える側の人間すら外部の目に怯え常識すらも録に教えない始末・・・・行くだけ時間の無駄です。中学が終わり次第、俺も裏の世界に完全に入るつもりです」
そう言った少年の目は人に恐怖を与えるくらい冷めていた。
「ははは、だろうね。いつでも紹介してあげるから期待しているといい」
笑う男を見て少年は話を変える為に手にしたソフトを強調するようにブラブラと揺らした。
「それでコレを作った人は誰ですか?ちょうど仕事を受ける気になった所ですから」
少年の冷えた目から光が消えていた。
そんな目を見ながらも男は少しも動じないで首を横に振った。
「やだなぁ、早とちりしないでよ。今回は仕事というより頼み事って言った方がしっくり来るモノだからさ」
その言葉を聞いた少年は訳が分からないのか再び首を傾げた。
「頼みっていうのはね、このソードアート・オンラインをやって欲しいんだ」
「・・・・どうしてゲンさんがそんなことを?」
「実は僕だけの頼み事じゃないんだよ。ソードアート・オンラインの製作者__茅場晶彦__からの頼み事でもあるんだ」
少年は怪訝そうな顔をしながら目を細めた。
「ゲンさん、その茅場晶彦と知り合いですか?」
男は更に笑みを深くして頷いた。
「うん、一年くらい前かな。色んなパイプを作る為にウロウロしてた時に声を掛けられたんだ」
「その時に話をして、残った髪の毛か唾液から遺伝子情報を記録されたって所ですか・・・・」
少年の呆れた表情に男は自分の失敗を認めるかのように舌を出した。
「その通り、油断してたよ。まさか何も無い状態で僕と陸奥九十九の関係を疑うなんて欠片も考えてなかったし、彼からは強者の気配がしなかったしね」
「なるほど、確かにそれは天才と呼ぶに相応しい人ですね。その茅場晶彦の頼みがゲームのプレイですか・・・・・・これ、本当は陸奥九十九にやって欲しがってると思うんですが」
「まあまあ、そこで僕からの頼み事があるんだよ。それに君にも参加資格はある。茅場晶彦から贈られてきたナーヴギアとソフトと一緒に手紙も付いてきたんだよ」
男は紙袋から出した手紙を少年に手渡した。
「拝啓 突然このようなモノを贈られ、さぞ驚かれているかと思います。
私は茅場晶彦という者です、恐らく貴方は覚えではないでしょうが一度お話をさせていただき、その時に得た遺伝子情報を使って貴方と修羅である陸奥九十九殿との関係を知ることが出来ました。
そこで貴方に一つお頼みしたい事があります。
修羅の血を引く者を私の作った世界へと招待したいのです。
ゲームなどと一笑に付するかも知れませんが必ず身に宿る修羅が血を滾らせます。
最後にこの言葉を『これはゲームであって遊びではない』この言葉通りになりますので是非ご参加の程をお願い致します。 茅場晶彦」
少年が、声に出して読み上げると男は嬉しそうに頷いた。
「何を頷いているんですか、俺は圓明流史上最高の駄作。たしか、ゲンさんも言ってましたよね」
男は笑みを浮かべたまま、薄く目を開けて少年を見つめた。
「だからだよ、このゲームは必ず君にとって一種の機転になるだろうと思ってね。だから僕から君への頼み事なんだよ」
しばらくの間、二人は無言のまま対峙し続けると少年が諦めるように溜息を吐いた。
「分かりましたよ。このゲームをやればいいんですね?飽きやすい性格ですから続くかどうかは期待しないで下さい」
少年は紙袋を拾い上げてソフトと手紙を中に入れて歩き出した。
「次に会う時を楽しみにしてるよ、年相応に楽しんでくるといい」
少年は生返事を返しながら家路についた。