あの日の奇跡と東風谷早苗について   作:ヨウユ

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今回は早苗が輝いている回……なはず。
それと、1000pt達成しました。本当にありがとうございます。


東風谷早苗について 5

 元旦。年の初めの日。まあどの家庭もこの日から数日くらいは、家族団欒に過ごして、親戚の集まりだとかで、父母の実家だとかで和気藹々とのんびり過ごしているのではないだろうか。

 勿論、移動の手間等で慌ただしいと感じる人もいるだろうが、俺はこの日を心行くままにゆったりと、自宅の炬燵の中で過ごして……いたかった。

 時刻は午前10時ごろ、大晦日の特別番組を見て、夜遅くまで起きていた俺は、その事を若干後悔しながら、東風谷の住まう守矢神社へと向かっていた。

 我が家は、例年親戚などへの挨拶は2日以降なので、今日1日は特にしなければならないことは無かったのだが、元旦であるこの日に、東風谷がどうしても神社にお参りに来てくれとせがむものだから、眠い身体に鞭打って家を出たのであった。

 取りあえず布団から出るまでは地獄だったが、朝の山道は、そうであるのが当然のように肌寒く、歩いている内に眠気は失せていた。自分の口から出る白い息を見ながら、随分とこの階段にも慣れたものだと思う。

 最近では、受験勉強を一緒にするという目的のもと、東風谷の家に足を運ぶ頻度が異様に増えたのだが、どうにも一緒にやれば効率が良くなるというものではないらしい。

 よく考えてみれば当然だが、効率よく学力を向上させるなら、二人で勉強をするならば、片方がもう片方よりも勉強が出来ていなければいけない。

 総合的な点数にそこまで差が無い俺と東風谷では、教えようにも、教えたものが当たっているのかさえ定かではないのだから、まあ、ぶっちゃけ一緒にやってる意味はない。

 ただ、東風谷と過ごす時間は嫌いではないし、それが口実となって一緒に居られる時間が多くなるのなら、それでいいとも思う。

 そんなことを考えていると、雪溶け水によって濡れている鳥居と、積もった雪で薄らと、白く染められた黒瓦の神社の一角とが見えてきた。

 石段を、足を滑らせないように気をつけて登りきり、境内を視界いっぱいに見渡せる状態になると同時に、待ってましたと言わんばかりに東風谷が俺の姿を捉えて駆けてきた。

 

「あ、綾崎。あけましておめでとうございます!」

 

 そして、その光景には目を見開いてしまうほどに驚かされた。

 主に、東風谷の身を包む、その衣服に。

 

「おう、おめでとさん。てか東風谷……その格好」

 

 いつもとは違ったその姿に、頭の天辺からつま先まで、視線が吸い込まれるように誘導され、確認してしまう。

 

「どう、ですか?」

 

 俺の視線に恥じらいを見せる東風谷。彼女の格好には幼い頃に覚えがある。ずっと昔、たまにだが、神社で遊ぶ時に、この青白版の巫女服を着ていたのだ。

 正確には、風祝としての衣装らしいそれは、水玉模様のようなものが書かれた青いスカートと、白地に青く縁取りされた上着。それらは彼女の緑がかった綺麗な髪と、端正な容姿とすごく合っている。そこまでは過去の記憶にもある。幼い東風谷がそれを身に着けて、俺に意見を求めてきたときに、紅白じゃないんだ、変なのー、と子供故に歯に衣を着せぬ感想を言って泣かせてしまったことまで、はっきりと覚えている。

 しかし、今の東風谷のその装束は、下のスカートは良いとしても、上着が肩口で袖と切り離されていて、肩から二の腕くらいまでを露出させているのだ。腕をあげようものなら腋が丸見えになってしまうような露出度であるし、何とは言わないが、起伏も目立つ。何というか、東風谷にしては大胆な格好であった。

 腋フェチ等の特異な趣味はないが、流石にその格好は見ていて恥ずかしい、というかエロイです、東風谷さん。

 そんな大胆な格好をして、こちらに感想を求める東風谷の顔は紅潮している。彼女は、自分の胸元と俺との間に、視線を二、三度、行き交わせてから、最後に俺を見つめてくる。それなりに気合を入れて着付けてきたということなのだろうか。正直、それを変な目で見ないようにしつつ、直視しなくちゃいけない思春期の男子の心の内まで把握してくれるともっとありがたいんですが。

 もし、ここに他に野郎が居たら俺はそいつらが東風谷を視界に収める前にその目を潰して歩かにゃならんな。

 神奈子様と諏訪子様には悪いけど、この神社に人気が無くて今だけは良かった。

 

「いや、どうって言われても……」

 

 言葉を慎重に選ぼうとして、こんな言葉が出てきてしまい、次が詰まる。こういう時は思ったままに言ってやるのが、本当に良い仲ってやつなんだろうけど。……いやでも、流石に今日はエロイな、なんて言ったら不味いよね。

 見えないお二人も近くにいるんだろうから、その逆鱗に触れるかもしれないし。

 新年早々、頭がショートしそうなくらいに思考を働かせて、言葉を探していると、目の前の東風谷の様子が段々としおらしくなっていく。

 そんな様子が俺の感想を、東風谷としては無意識に、急かしてくる。

『無難に褒める』『思ったままに言う』という二つの選択肢が頭に浮かぶ。

 どうする、どうすんのよ俺。

 一度ため息をつく。落ち着け、落ち着くんだ、まず素数を云々。

 

「まあ、良いと思う。良く似合ってるよ」

 

 選ぶのは、俄然、無難な方でしょう。どう、と問われた時のベストアンサーこれね。

 狡い言葉だとは自分でも思うが、取りあえず相手のこちらへの詮索を避けれる、当たり障りのない感想だろう。

 重要なのはあまり頻繁に使わないことだな。多用すると、またそれぇ、みたいなのを言われます、と言う彼女居ない歴=年齢の俺からの妄想アドバイス。

 

「そ、そうですか」

 

 そう言って東風谷は顔を少し赤くして、縮こまるようにして俯いて、俺から視線を逸らす。恥ずかしくなるなら聞かないでくれよ。俺も恥ずかしいんだから。

 羞恥もあるようだが、東風谷は俺から満足な返答を貰えたようで、もう一度自分の格好を自分で確認して、得心したように頷いて小さくガッツポーズをした。

 

「その格好、気に入ってるのか?」

「はい、守矢の風祝としての衣装ですし、神奈子様と諏訪子様に仕えてる証ですから」

 

 東風谷は、嬉しそうに顔を綻ばせてそう答えた。その台詞には二柱の神も陰で感激してそうだな、と思う。

 

「それに、結鷹に昔この格好変だって言われて、今日はリベンジするつもりだったので」

 

 ぼそり、と呟く程度の声量だが、都合よく聞き逃すことは無かった。

 

「東風谷……」

 

 やっぱり根に持っていたというか、覚えていたのか。東風谷と昔のことを話していると、俺が忘れてしまっているようなことでも、彼女は鮮明に覚えているのか、いろんな話や、やりとりを思い出させられる。

 今回は、俺も彼女の格好を見た瞬間に、その出来事を想起させていただけに、心臓がどくんと、跳ね上がるのを感じていた。

 勿論、理由はそれだけではない。

 東風谷が子供の頃にその風祝の衣装を着てきたのは、気に入っているその格好を俺に褒めて欲しかったのだろう。それに対する感想とその後は、まあ彼女の思惑とは逆のものだったのだが。

 

「えへへ、なので、リベンジ成功です」

 

 そう言って、はにかむ東風谷。

 そうして、思い至る。巫女服としての一面もあるのであろうその青白の着物を、初詣と言うイベントに乗じて、公然と着ることのできるこの元旦を選んで、わざわざ俺に褒めさせるために、頼み込むように今日の神社に呼んだのだと、そう思ってしまったから。おそらく、これは自惚れでもなんでもなく、事実だろう。

 ああ、もう。可愛い奴だな、ちくしょう。

 

「ごめん、言い直す」

「ん、何をですか?」

 

 さっきのやり取りで満足したらしい東風谷には、いまいち俺の言わんとすることが理解できていないようだが、丁度いい。いつも俺が受けているもの、それを今日は東風谷にも味あわせてやろう。

 そんな、僅かばかりの悪戯心と、彼女の心理を辿ってみて払わねばならぬと感じた誠意をもって口を開く。

 

「可愛いよ、早苗」

 

 あの日以来、東風谷は無意識か意識してか、俺のことを名前で呼ぶ時と苗字で呼ぶ時とが結構頻繁に変わる。名前で呼ばれるその度に心臓が僅かに強く鼓動する思いをさせられているので、それも含めて仕返しだ。普段は気恥ずかしさで、苗字で呼ぶが、そういう口実があるのなら、彼女を前にして、名前を呼ぶのもやぶさかではない。

 

「……? ぁ……ぅ」

 

 不意を打たれた東風谷は、しばらく何を言われたのやら分からんといった様子で、ぽかん、としていた。そんな東風谷が、俺の言葉を吟味するのに数秒要したようで、聞き取った言葉を味わって、理解して、今度こそ、東風谷は顔を林檎のように真っ赤に染めて黙り込む。混乱した様子の東風谷はしばらく黙ったのちに、何か言い返さねばと、目をぐるぐると回して何かを口にしようとして、その実ぱくぱくと小さく口を開閉させるだけで何も言葉に出来ていない。そんな彼女を見て、俺はしてやったり、と思う。

 ……とは言ったものの、俺も顔が熱い。うん、らしくないことはするもんじゃないな。今、さりげなく俺の黒歴史がまた一つ増えた気がする。

 お互いが喋ることも無く、顔を紅潮させている巫女と参拝客兼友人。客観的に見ると、随分とおかしな図だ。だが、それを理解したところで、ここに羞恥ゲージというものがあるのなら、振り切っているのであろうこの状況を容易に打破することはできない。自分を客観的に捉えられることと、自分を変えられるかは別なのだ。

 こほん、と咳払いをして、話す意思表示をする。

 

「まあ、あれだな。あんまりその格好他所でするなよ」

 

 強引な話の切り出し方だったかもしれないが、かまわない。このまま互いに気恥ずかしさで黙り込んでいたら、それこそ参ってしまう。

 しかし、頬をかきながら、苦し紛れに適当に言った言葉ではあるが、適当であるが故に、心の内で隠しつつも思っていた言葉であった。それに、顔を真っ赤にしていたはずの東風谷が、電波を受信したかのように、ぴくり、と反応して顔をあげて不思議そうにこちらを見てくる。

 

「それ、どういう意味ですか?」

 

 あやっべ、ちょっと失言だったわ。無かったことにしてくれない、今の発言。

 

「いや、特に深い意味は無くてだな……」

 

 そう言って、不思議にこちらを見る東風谷から目を露骨に逸らす。正確には、逸らしてしまった。

 不味い。

 東風谷は俺のその挙動で何か察したようで、瞳に妖しい光が宿る。まさか状況を打破するための苦し紛れの言葉によって、自ら反撃の機会を与えてしまうとは。ふぇぇ、東風谷お姉ちゃんこわいよー。

 

「あやさきー、それって」

 

 東風谷の艶めかしい視線を顔を背けることで躱すが、東風谷は何やら蟹股気味に怪しげなステップをしながら回り込んでくる。なんだ、そのへんてこな動きは。

 

「ど・う・い・う・意味ですか?」

 

 もう一度別方向に顔を逸らして、ねっとりとした視線を避けると、今度は両手を後ろに組んで、左右に上体でウェーブを描くように、ステップを刻んで回り込んでくる東風谷。東風谷は、どうしても俺のさっきの失言の本懐を引き出したいらしい

 ダメだ、時間を稼いでも全く、気の利いた上手い言い訳が思い浮かばない。テンパると途端に頭の回転が鈍るのは、俺の豆腐メンタル故か、本当に勘弁してほしい。

 さっき、してやられたせいか、今回は全く引く様子を見せない東風谷。どうやら、飢えた肉食動物の前に、俺は自らの肉体を曝すような間抜けを犯してしまったらしい。

 この状況を上手く躱す手だてを思いつかず、観念して両手を挙げて、白旗を振る意思を示す。

 分かったよ、正直に言うよ。

 

「いや、何というか、俺以外の男がそれを見るのは気が進まないというか、困るというか、なんというか……」

 

 自分でも言ってることの意味を理解してるだけに、口篭もっていき、尻すぼみに声は小さくなる。だって、こんなのどう聞いたって。

 

「つまり」

 

 そう口にする東風谷の頬は緩み切り、にんまりと笑っている。殴りたい、この笑顔。原因が己にあるとは言え、そう思わずにはいれない。

 

「ジェラシーですか? 嫉妬ですかあ? しょうがない子ですねえ綾崎は」

 

 そうドヤ顔で語り始めた。その様は例えるなら蛾のように舞い、蚊のように煽るとでも言えばいいのだろうか。

 ですよね。そうなるよな。語調を上げていくな、コンチクショウ。

 俺の失言が招いたこととは言え、この東風谷、大変愉快そうである。

 もう完全にスイッチ入ってますね、これ。

 こうなったら俺には、この暴風のような彼女を止める術はない。

 

「どうですか? 神社が賑わう様になったら、今みたいに結鷹だけがこの姿を見る、なんてことはないんですよ?」

 

 ほら、ほらほら、と自分の風祝の衣装を見せつけるように身を翻して衣装と髪とをはためかせる東風谷の様子は、舞っているようで、本当に楽しそうで、綺麗だと思う。

 ただ、そこまで露骨だと、羞恥も消え失せるというもの。東風谷もノリノリなせいで、気恥ずかしさは無くなっていた。

 いつもは、のどか、と言えば耳当たりの良い言葉だが、その実退屈な年の明け。明日からは親戚の集まりと言っても、俺にはその空間は居心地のいいものではない。従兄弟も俺とはいくつも年齢が離れていて、俺にも問題があると言えば、あるのだが、気を遣って過ごすあの空間は苦手だった。

 それに比べて、此処はなんて心地が良いのだろうか。もはや、どこが本当の家なのかすら分からない。

 一年の最初の日である元旦、その日を、騒々しくも陽気に楽しく、東風谷と二柱の神と過ごせることに、心から感謝した。

 

 

 

 

 


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