やはり妹の高校生活はまちがっている。   作:暁英琉

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比企谷小町は偽る事をやめる

 小町はお兄ちゃんが好きです。

 今までそれは「お兄ちゃん」として、だと思っていました。いつも物事をめんどくさがったり、斜に構えたり、小町にはよくわからない持論をドヤ顔で語ったりするゴミいちゃんだけど、一度やると決めたことは意地でも完遂する意思の強さと実行力があるし、困っている人がいたらそれが誰であろうと助けようとしてしまうお人よしだ。生徒会選挙のときだって、当時全然知らない人だったいろはさんも助けなければという使命感に駆られて、奉仕部といろはさんの板挟みに合っていた。お兄ちゃんは不器用で捻デレだから、「別に依頼だったから依頼をこなそうとしただけだ」とか言いそうだけど。

 そう、お兄ちゃんは不器用なんです、自分の心に。本当ならお兄ちゃんが受けるはずだったお父さんとお母さんの愛情を小町がめいっぱい受けてしまって、愛情の受け方も、愛情への接し方も、そもそも何が愛情なのかも分からないほど不器用になってしまいました。だからお兄ちゃんは小さな好意にすら「愛情」を幻視してしまって、接し方が分からないそれを掌からこぼすまいと必死になって足掻いて、その結果受けたのが酷い害意でした。

 「愛情」を掴もうと必死に伸ばした手は何度も払いのけられ、やがてお兄ちゃんは自分を「最下層の人間」「ぼっち」と揶揄して自虐的になることで自分を守るようになりました。自分を自分で蔑むことで周囲に壁を作り、けれどその壁の中で愛情に飢えて、また掴もうとして払いのけられて。

 小町が誰もいない家に疎外感を感じて、家出をしたのはお兄ちゃんの自己防壁はかなり分厚くなっていた頃でした。

 公園の遊具の中に隠れていた小町を見つけてくれたのはお父さんでもお母さんでもなく小さい身体を汗でぐっしょりに濡らしたお兄ちゃんで、小町はお兄ちゃんの胸の中でワンワン泣きました。なんで小町をそんなに必死に探してくれたんだろう。小町はお兄ちゃんから「愛情」を奪ってしまった悪い子なのに。ちょっと寂しさを感じただけで家出してしまうような弱い子なのに。涙で歪む視界の先で、お兄ちゃんは困ったような顔で「帰ろ?」と言ってきました。

あぁ、この人は優しくて、強くて、ずるい。自分が辛い時はなにも言わないのに、人が困っていると無視できない。小町を恨んでもいいはずなのに、そんな素振りを一切見せない。それなのに、やっぱりどこかで愛情に飢えている。だから、私は決めたんだ。

私が誰よりも多くの愛情をお兄ちゃんにあげるって。

今思うと、この時には小町はもう、お兄ちゃんのことを「異性」として好きになっていたのかもしれません。けど、小町達は兄妹だから、この想いは表に出しちゃいけないんだ。そう思っているのに、小町がお兄ちゃんにできるのは「お義姉ちゃん」候補の人たちと仲良くできるようにサポートすることぐらいなのに。

お兄ちゃん。もう、小町は自分に嘘、つけないよ……。

 

 

 眼鏡をかけ始めてから一月近く経った。初めのうちは女子の好奇の視線や男子の嫉妬の視線に体力をごりごり削られていたが、最近では視線の数もだいぶ減ったし、耐性がついてきたのか放課後に満身創痍になることもなくなった。結局見た目が変わっただけで中身は比企谷八幡そのままなので、遠巻きに見られることは多くても話しかけてくる人間はほとんどいなかったのも幸いしているだろう。葉山みたいに囲まれでもしたら速攻保健室に逃げ込んで次の日から不登校になるまであった。

 なので、周囲の視線が少し変わっただけで、結局俺がぼっちであることに変わりはない。そして、奉仕部周辺も大きく変わることはなかった。相変わらず雪ノ下は罵倒を浴びせてくるし、一色は生徒会の仕事を持ってくる。あ、由比ヶ浜から「キモい」ってほとんど言われなくなったのは変化か。奉仕部自体も基本だらだらしてお茶飲むだけだし、というか今年生徒会関係以外奉仕部まともな活動してねえな。

 ただ、小町の様子が少しおかしい。いや、新入生歓迎会後の一時的なよそよそしさがあるわけではなく、兄妹仲良くしている、仲良くしすぎている。

 露骨にスキンシップが増えた。学校で抱きついてきたり、腕を組んできたり、ソファーで俺の膝に座ってきたり、それでいて急に真っ赤になって恥ずかしがったり。

 正直この変化が掴めない。今までも仲は十分良かったが、それにしてもここまで露骨じゃなかった……と思う。

 そして、学校も休みで朝から起きる必要もない土曜日。

「…………」

「……すぅ……」

 朝起きたら、妹が俺のベッドで寝ていました。

「……んん??」

 ちょっとなにこの状況、八幡ワケワカンナイ。俺の記憶が正しければ、こいつが最後に「お兄ちゃん一緒に寝てー」と言ってきたのは小町が小六のときなのだが、どうした花も恥じらう高一女子。妹と一緒に寝れたという嬉しさよりも、妹の将来が不安になる兄なのだが。

「ていうか、無防備すぎるだろ」

 いくら家族の前とはいえ無防備すぎる。ここが阿良々木家だったらさらっとお兄さんに唇を奪われているところだぞ。ありゃりゃぎさんまじシスコン。失礼噛みました。

 それにしても無防備すぎる。一緒のベッドで寝るだけでも無防備なのに、来ているのは俺の中学時代のジャージだし、そのジャージだってフロントのチャックが半分くらい下ろされているし、ズボンも若干ずり落ちている。そしてそこから見える純白のパンツと柔肌。寝るときにブラは付けないものだと聞いたことがあるが、それにしても裸に直接ジャージってどうなの? なんか見えちゃいけなそうなピンクの奴が見えそうになってるよ?

「んぁ……あ、お兄ちゃん、おはよー」

「おう、おはよ。今日はやけにアグレッシブな起こし方ですね」

 まだ寝ぼけているのかキョトンとしている。あれ、これって息子の布団に母親が潜り込んで息子の目を覚まさせるという怖気も走る起こし方のまねじゃないの? 小町だったらむしろ安眠だけど。

「小町、ちなみにいつ俺のベッドに潜り込んできたんだ?」

「んー、二時くらい?」

 あ、起こすパータンじゃねえじゃん。がっつり寝に来てるし。

「この歳になってお兄ちゃんと一緒に寝るとか大丈夫か? なんか怖い夢でも見たのか?」

「あーえっと……まあ、怖い夢みたいなのを見た気がしなくもない……かな?」

 なんか曖昧だな。まあ、夢なんて起きるとだいたいどんな夢だったか忘れるもんな。曖昧になるのも頷ける。

 くあぁぁと大きめのあくびが漏れる。時計を見ると七時、いつもならまだ寝ている時間だ。

「お兄ちゃんまだ眠い?」

「あぁ、いつもの土曜なら目は覚めてないしな」

「じゃあ、寝ちゃう?」

「珍しいな、いつもなら二度寝なんてさせてくれないのに」

 小町もまだちょっと眠いんだ、という妹はとろんとした表情でほのかの頬を染めている。普段見たことのないその表情に思わず息をのむ。いや、正確には最近小町はこういう表情、女の表情を見せることがあった。その度に小町の中にある“女”を意識させられ、少しの間心がざわつくのだ。下着姿で歩き回られても何とも思わないのに、表情一つにドキリとするとか俺自身よくわからない。

 小町が抱きついてきたので、苦笑しながらそっと肩を抱く。女性的な柔らかさは落ちつきこそすれ、それ以上の感情は生まれな――

「お兄ちゃん、小町今すっごいドキドキしてる」

 身体が見えない何かに覆われたような感覚、身体中の筋肉が硬直してしまったかのように動かない。妹の声はこんなに艶めかしいものだっただろうか、こんなに脳髄に響くものだっただろうか。

「お兄ちゃんが近くにいるから、すっごく、ドキドキしてるんだよ」

 やがて、規則正しい寝息が胸元から聞こえ始める。視線を下げることはできない。身体のどこもまともに動かすことができない。ただ、ただ、呼吸が乱れないように努め、思考することしかできなかった。

 前に平塚先生に言われた。人の心が分からないなら状況から計算しつくせ、と。ぼっちによって鍛え上げられた思考力で何度も考える。今まで起こった事象、小町の性格、小町の言葉。何度も思考の迷路に嵌まっては迷宮を捨て、新たな迷宮に挑戦する。そして、ある一つの結論を見つけてしまった。

 

 ――小町が、俺のことを、好き……?

 

 とてもではないが、二度寝をする気にはなれなかった。

 




今回はちょっと短めです
勢いだけで書いているので今回は結構踏み込んだ感じに書いたなーと思っています

ちょっと小町を積極的にしすぎたかな? 大丈夫かな?

※お気に入りが300件を超えました! ありがとうございます!


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なんだかんだ毎日投稿をしてきた本シリーズですが、週末は私用で出かけるため更新できません
早くても更新は月曜になると思います ご了承ください

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