やはり妹の高校生活はまちがっている。   作:暁英琉

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比企谷小町は静かに兄を想う

 生徒会室での用事を終わらせた俺はやつれていた。小町を迎えに行くと、「どしたの、お兄ちゃん」と聞いてきたが、適当に言葉を濁す。小町へのサプライズ的意味合いもあると一色は言っていたし、正直あんなの話したくない。お兄ちゃんクリスマス以来のアイデンティティクライシスに陥ってる。

 極力平静を保ちつつ自転車を取るために二人で駐輪場に向かっていると、後ろから小町を呼ぶ声が聞こえてきた。二人して振りかえると一年生数人のグループが寄ってくる。

「小町、今帰り?」

「うん、部活終わったからねー」

 どうやら、もう友達ができているらしい。さすが、我が妹とは思えないコミュ力の高さ。俺がいても邪魔だろうと思い少し離れようとしたが、その前につかまってしまった。

「ひょっとして、小町のお兄さんですか?」

「あ、あぁ。君たちは小町クラスメイトかな? 小町と仲良くしてやってくれ」

 最愛の妹のマイナスイメージになるわけにはいくまい。できる限りキョドらないように、捻くれないように気をつけつつ応答した。冷汗だらだら。

 このまま一緒にいるとまた何か質問されて気疲れしてしまいそうだったので、一言言って自転車を取りに行く。いつもの場所に止めてあった自転車を引き出すと、小町が駆け寄ってきた。

「もういいのか?」

「う、うん。早く帰らないとご飯作る時間も遅くなっちゃうでしょ」

 にこにこ笑っている小町だが、少し様子がおかしかった。極々わずかな変調だったが、十五年連れ添ってきた兄妹だからわかる。そして、その原因も思い当たる。

「なんか俺のことで言われたか?」

「あー、まあ目つきちょっと怖いねとかそんなとこだよ」

 頬を掻きながらぼかしているが、好印象と言うわけではないは見てとれた。そっと小町の頭に手を乗せる。

「まあ、いつものことだろ。お前が悪く言われてるわけじゃないんだから気にすんなよ」

「ん、わかった」

ぽんぽんと頭をなでてやると少し目を細める。その後すぐにいつもの笑顔に戻った。

「ま、お兄ちゃんが好印象なんて与えるわけがないよねー。むしろ今回の感想が好印象まであるよ」

「どこの世界に“怖い”に好印象を持つ女子高生がいるんだよ」

 軽くおでこを小突くと小町は大げさにのけ反り涙目でにらんでくる。あざといなー。涙目作れるとか将来は演技派女優になれるかもしれない。

「DVだ! ドメスティックだ!」

「学校内だから家庭内じゃないな」

「そんな屁理屈いらないよーだ」

 べーっと舌を出しながら荷台に乗ってくる。つい出てしまう溜息もそこそこに、ペダルを漕ぎだす。腹部に回る小町の両腕。必然的に幾許か成長している柔らかい双丘が押しあてられるが、ペダルは規則正しくペースを乱すことはない。不意に成長に驚くことはあっても、妹に特別な感情を抱くことはない。

 そこにはあるのは十五年変わらない兄弟愛だけだ。

 

 

 次の日もお兄ちゃんの自転車の荷台で送ってもらいました。入学三日でお兄ちゃんを存分に使っているあたりは我ながら苦笑物だし、文句を言わないお兄ちゃんも私に甘いと思うよ。

 教室に入ると昨日の友達グループはすでにみんな来ていた。皆昨日は帰りが一緒だったようだが、同じ部活に入ったわけではなく、一緒に部活を見て回っていただけみたい。その大半がサッカー部で葉山先輩を応援することに消費してしまったようだけど。まあ、今や葉山先輩は学校の超有名人だもんね。小町の中学でも総武高受けるって知った女子はみんな葉山先輩の話してきたし。

「おはよー皆!」

「あ、おはよー小町!」

「小町ちゃんおはよ!」

 皆が集まっているのは教室の窓側後方。お兄ちゃんから言わせるとトップカーストの専用スペースらしいけど、小町にはよくわかんない。

「小町ちゃん今日もお兄さんを一緒に来たんだね。ほんと仲いいんだー」

 一年の窓からは丁度駐輪場が見えるので、お兄ちゃんに送ってきてもらったところを見られたらしいです。うーん、慣れているとはいえ知り合いに見られるのはちょっと恥ずかしい。ついつい言い訳がましくなってしまう。

「お兄ちゃんに無理言って送ってもらってるだけだよ。使えるものは兄でも使えってね」

「妹怖いなー。けど、怖いって言えば、お兄さんも怖くない?」

「あー、小町には失礼かもだけど、確かにちょっと目つき怖いよね。あんまりしゃべらないっぽいし」

 皆の感想は正直私にはわからない。目は腐ってるとは思うけど、別に怖いとは思わないし、そもそも近しい人間とはお兄ちゃんはよく話すのだ。けど、きっと皆の持っている感想が“比企谷八幡”の第一印象なんだろう。それを理解するのと同時に、少し胸がせつなくなる。

「んー、まあお兄ちゃん目が腐ってるから、ちょっと怖く見えちゃうのかなー? 実際全然怖くないし、無口なのも単に口下手なだけだよ。ゴミいちゃんだし」

「小町それフォローになってないよ。ゴミいちゃんて……」

「フォローだよフォロー! それに口下手なのだって、一人で何でもできちゃうから、あんまり人と関わらなくてもいいからだし、あれで文系科目は学年トップクラスなんだよ? 顔も目以外は結構いいから寝てるときとか普通にイケメンだし、それにそれに――」

「あーわかったわかった。小町がブラコンなのはよーくわかったよ」

 なんか皆から苦笑されました。むー、小町はまだ言い足りないのに!

 お兄ちゃんがあまり良い評価を受けないのはいつものことだし、お兄ちゃん自身今の自分に自信を持ってる。小町だって今の自分に自信を持ってるお兄ちゃんは好き。好きだけど……なんでこんなに切なくなるんだろう。

SHRもまだなのに、もうお兄ちゃんとのお昼が待ち遠しくなっちゃっている小町がいました。

 

 

 四時間目の授業が終わるとするっと教室を抜け出す。昨日のような惨事を起こさないために、三時間目の休み時間の段階で小町に中庭集合のメールを送ってある。購買などに向かう人ごみを抜け、自販機でマッカンとお茶を買う。衝撃の事実だが、小町はマッカンをあまり飲まない。俺の妹が実は千葉県民ではない可能性が出てきているが、妹の前には千葉も霞んでしまうから大したことではない。まあ、そもそも小町に言わせれば「食事中にコーヒーはあり得ない」みたいなのだが。

「おーい、お兄ちゃん!」

 中庭に出ると丁度来たらしい小町が駆け寄ってくる。人目引くからあんまり大きな声出さないでね。

「じゃあ、行くか」

「行くってどこに?」

「俺のベストプレイス」

 さっと小町の持っていた二つの弁当をかっさらうと歩き出す。首をかしげながら(かわいい)小町も付いてくる。少し歩くとテニス部コートの近く、いつも昼食を取るベストプレイスが見えてくる。

「お兄ちゃん……いくら戸塚さんが好きだからってのぞきだなんて犯罪だよ」

「なにをいっとるんだお前は。そもそも俺は一年の時からここ使ってる。つまり戸塚に会う前から使ってるんだよ。そりゃ、今は天使の演舞を眺めることもあるが、決してのぞきではない。むしろ、戸塚と会うために天が俺をここに導いたまである」

「はいはいそーだね。ほら、早くご飯食べよ」

 正論を言ったはずなのになぜか呆れられて流された。言いたいことを言って呆れられるこんな世の中じゃ~POISON~

 小町に片方の弁当を渡して、自分の弁当を開ける。俺もある程度料理はできるので朝、二人で作った弁当だ。愛妻弁当ならぬ兄妹愛弁当だな。唐揚げや卵焼きなどの定番のおかずが並び、彩りのための赤の役目を人参が担っているのが特徴だ。トマトは滅びよ。

 俺がベンチに座ると小町も隣に座る。しかし――

「近くね?」

 長ベンチには十分なスペースがあるはずなのだが、なぜか小町は俺に寄りかかるように座ってきた。

「いいじゃん。ベンチの硬い背もたれより、お兄ちゃんの方が多少ましなんだし、多少」

 それは褒めているのか? と思わなくもないが、確かに妹の座環境を良好に保つのも兄の役目だろう。

 手を合わせ、まずは唐揚げに箸を伸ばす。小町が作ったそれは冷めてもおいしかった。まだ食事を始めていない妹の方を見ると、こちらをじっと見つめてきていた。

「うまいぞ、小町」

 感想を言ってほしいことを読み取った俺は、言いつつ小町の頭を軽くなぜる。目を細め顎をくすぐられた猫のようにリラックスした笑顔を見せる小町に不思議と心が温かくなる。満足そうに笑いながら、小町も弁当に箸を伸ばす。口に運んだのは俺の作った卵焼き。

「お兄ちゃんの卵焼きあまーい」

「こいつ……」

 露骨に変な顔しやがった。さっきとは違い頭ワシワシしてやると、きゃあきゃあ暴れ始めた。お前楽しそうね。

「冗談だよ。小町も甘い卵焼き好きだし」

「冗談は顔だけにしとけ」

 ん? むしろ、さっきのは顔だけが冗談だったのだから問題ないのか? 妹の嘘の表情も見抜けないとは兄として一生の不覚。

 そんなふうに適当なやり取りをしながら弁当と食べていると「はちまーん」と俺を呼ぶ天使の声が。

「おお、戸塚。よっ」

「うん、よっ」

「戸塚さん、こんにちは!」

「こんにちは、小町ちゃん」

 天使と天使で大天使が現れた。昼練終わりの戸塚は少し息が上がっているがいつも通りニコニコしている。いや、いつも以上にニコニコしていた。

「どうした戸塚?」

「え? ううん、やっぱり二人とも仲良いなと思って」

「まあ、仲がいいのは認めるが……」

 ぶっちゃけ仲がよくなきゃ兄妹なんてやってられないし、千葉の兄妹はこれが普通だって高坂さんとこも言ってた。

「だって八幡、今まで学校じゃそんなに笑ってなかったし」

 言われてはっとなる。確かに小町といると自然と笑みを浮かべる自分がいる。ここ一年で学校の知り合いと過ごす時間も増え、そこに楽しみを感じるようになった自分もいる。しかし、やはり小町といるときのような充足感には及ばないのだ。妹を支える存在であるはずの兄がここまで妹に依存してしまっているというのは非常に恥ずかしいな。

「ま、小町は俺の自慢の妹だからな!」

「っ! お兄ちゃん……」

 照れ隠しに小町の頭をまたワシワシと強めになでると、小町の気恥かしいのか縮こまっていた。

 依存してしまっているなら、その分余計に支えてやろう。少しでもお兄ちゃんの妹でよかったと小町が思えるように。そう考えると、昨日一色から提案された案も多少は受ける気になった。

 まあ、あの程度でそんなに変わるとは思わないが、やっていても損はないだろう。

 




モブの子達の名前を考えようか悩んで、めんどくさかったので名無しで続行
対話シーンとかで厳しくなったら名前入れて全修正するかも(めんどい

作品お気に入り数が50件超えました ありがとうございます!
今後も自分のペースでのんびり書いていきますー


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