やはり妹の高校生活はまちがっている。   作:暁英琉

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奉仕部はいつもどおり

 お昼を奉仕部部室で過ごした小町はお兄ちゃん達と別れて自分の教室に戻りました。

 それにしても、お兄ちゃん達の関係はすっかり元通り……いや、前以上に親密になっているようで小町は安心です。一時期は雪乃さんか結衣さんが生徒会に流出しちゃって奉仕部崩壊の危機にまでなっていましたが、お兄ちゃんは普段はゴミいちゃんだけどやる時はやりますからね! ……まあ、そもそもお兄ちゃんのせいで崩壊しかけたんだけど。

「あ、小町おかえりー。どこ行ってたの?」

 教室に入ると友達のところへ直行です。昨日できたばかりの友達ですが、小町のコミュ力にかかれば一日で名前呼び捨ての関係になれます。お兄ちゃんは心配しすぎなんだよね。心配のしすぎは小町的にポイント低いよ。

「ただいまー。お兄ちゃんと先輩たちとお昼食べてたんだよ」

「もう先輩たちと仲良くなってるの? さすが小町だねー」

 まあ、もう一年近く一緒に遊んだりしてるからね。これもお兄ちゃんのおかげかなー。いや、そもそもお兄ちゃんを奉仕部に入れてくれた平塚先生のおかげ? ま、どっちでもいいよねー。

 実際奉仕部に入ってからお兄ちゃんは変わったと思う。根本的なところは全然だけど、少しずつ周りと接点を持つようになってきたし、最近は時々家で資料みたいなのを作ったりしてる。生徒会の手伝いみたいだけど、口では面倒だのなんだの言いつつ毎回引き受けてるお兄ちゃんはやっぱり捻デレてるなーと思う今日この頃です。

 そういえば、お兄ちゃん未だに自分のことぼっちって言ってるけど、どう考えてもぼっちじゃないよね。そんなこと言ったらまた屁理屈言ってくるんだろうけどさー。

 まあ、小町はお兄ちゃんが満足してて、早くお義姉ちゃんと呼ばせてくれる人と恋仲になってくれれば満足だけどね。あ、今の小町的にポイント高い!

 お義姉ちゃん問題についてはまだまだ厳しいそうだなー。お兄ちゃん相変わらず変な自制しまくってるし、すぐ相手の好意の裏を読もうとしちゃうからね。まあ、そこがお兄ちゃんらしいと言えばらしいけど。むー、そんならしさはいらない気もする。

「そういえば、昨日もお兄さんと帰ったんでしょ? そうとう仲いいんだねー」

「まあね、十五年も一緒に過ごしてたら仲良くないとやっていけないよ。それに、あれはあれで頼れるお兄ちゃんだからね」

「ほうほう、小町似のイケメンお兄さんなのかな? 今度紹介してよー」

 いや、それはさすがに無理でしょ。お兄ちゃん目が腐ってるし捻くれてるし口下手で無愛想だし、紹介しても期待外れ扱いされるのは小町も気分悪いもの。それに……

「将来、お義姉ちゃんと呼べない人に紹介するつもりはありません」

「クスッ、なにそれ」

 お兄ちゃんの相手が私より年上じゃないとかちょっとありえないんだよ。

 あーあ、早く放課後にならないかなー。

 

 

 放課後である。午後の授業は寝てて一切聞いていない。我が高に理数系は存在しないのだ。いいね?

 去年の今頃なんて放課後に特別棟に通うことになるなんて考えたこともなかった。そもそも部活に入る気がなかったわけだし、無理やり部活に入れてくる教師がいるとも思っていなかったわけであるが。つうか、常識的に考えてそんな教師は存在しない。総武高校では常識にとらわれてはいけないのです!(AA略)

 まあ、今となってはこの入部もいいことだったと言えるだろう。様々な人達に出会えたし、あのまま一人で過ごしていたら絶対にできなかった体験もできた。多くの間違いもしたし、それを通して自身を見つめ直すこともできた。いつの間にかあの空間は俺にとって特別なものになっていたんだ。

 そう考えてることはおくびにも出すまい。どうせ出したら弄られるし、そもそも出す出さないであの空間の関係性は変わらんだろう。

「……うっす」

 部室の扉を開けるといつものように雪ノ下は本を手に佇んでいた。相変わらずその姿は一つの絵画のようで、一年近く経った今でもつい息をのんでしまう。

「あら、比企谷君いらっしゃい」

「あっ……おう」

 彼女の声に反応して身体が再起動する。極力平静を装いながら指定席に座り、本を取り出す。

 自然と世界の音が姿を消し、時々ページをめくる音だけがかすかに響く。

「…………」

「…………」

 俺達の間に会話はない。そして、俺はこの静寂が嫌いではなかった。学校と言う本来なら比較的騒がしい空間の中に存在する静寂。まるでこの教室だけが隔離されてしまったかのような錯覚は、不思議と俺を安らぎに包んでくれるよう――

「やっはろー!」

「……短かったなぁ、俺の安らぎ」

 は? と由比ヶ浜は眉をひそめる。別にいいよ、お前がいる以上この部室の静寂は破られる運命なのだ……。

 と、由比ヶ浜の後ろから小町、平塚先生も入ってくる。

「あー、まあ皆もう分かっていると思うが、今日から比企谷の妹が奉仕部に入ることになった。君たち三人とはまた違った人材たりえるだろう。今後も奉仕部の活躍に期待しているぞ」

 それだけ言うと、先生はすぐに戻っていった。ああいうサバサバしたところ嫌いじゃないけど、世の男子は一色みたいなキャピキャピの方がいいのかね。むしろ先生の歳でやったらドン引きまである。つまり、すべて時間が悪い。ほんと誰かもらってあげて!

「ということで、皆さんよろしくお願いします」

 行儀よく挨拶をする小町。俺達としても、それを拒む理由も意思もない。むしろ大歓迎なのである。うちの妹が人気でお兄ちゃんうれしい。

「よろしく、小町さん」

「小町ちゃんよろしくね!」

「よろしくです! ところで、普段奉仕部ってどんなことやってるんですか?」

 そういえば、小町は基本的に依頼を受けている俺達の姿しか見ていない。よろしい、ならば見せてやろう! 普段の奉仕部の活動を!

「読書だな」

「読書ね」

「ケータイ弄ってるよ」

 さて、この中で仲間はずれのガハマさんは誰でしょう。そう、由比ヶ浜です。そういえば、こいつほんといつも携帯弄ってるけど、ガラケーってそんなに延々弄り続けるほどなんか機能あったっけ? スマホにすればもっと遊べると思うぜ、由比ヶ浜。

「……それだけなんですか?」

 おそらく、小町は奉仕部がほぼ何かしらの依頼を抱えているのだと思っていたのだろう。今後のためにその誤解は解いておく必要がある。

「小町。奉仕部って言うのは基本的に受け身な部活なんだ。依頼がないと動かないし、そもそもほとんど知らない人間を頼る状況なんて極々一部だ。だから基本的には依頼を待ちつつ、時間を潰しているんだ」

「まあ、いつもできる活動らしい活動と言えば、相談メールの確認くらいかしら」

 説明しつつ、雪ノ下がパソコンを起動する。少々の起動時間の後、メールフォームを開いた。新着メールは二通。一通は材木座だった。

「もうこいつのアドレス受信拒否にしようぜ」

「そうね。どうせ返信しても来る時は来るのだから見るだけ手間ね」

「中二だしね」

 材木座のアドレスを受信拒否リストに放り込む。ふぅ、良い仕事したぜ。

 もう一通を見てみると、こちらも見覚えのある名前だった。

「あ、これ優美子だ」

 確かにその名前は以前三浦が送ってきた名前だった。だから、三浦よ。ネット上で本名はあまり使わない方がいいぞ。そもそも、なんの相談だろうか。一年ですでに葉山に言い寄ってくる女子がいるとかだろうか。そんなのあーしさんの一睨みで粉砕ですよ。いや粉砕しちゃダメだろ。

 内容を確認するために開いてみるとそこには一言『ありがと』とだけ書いてあった。自然、思い出されるのは文理選択とマラソン大会。あーしさんは無事葉山と同じクラスになることができた。しかし、由比ヶ浜はともかく俺や雪ノ下に面と向かって礼を言うのは女王様のプライドが許さなかったのだろう。特段悪い気はせず、三人とも自然と笑みがこぼれた。

 実際奉仕部の実態はこんなものだ。依頼なんてめったに来ないし、基本はただの暇つぶし。小町としては拍子抜けもいいところだろう。

「けど、お兄ちゃんなんかよく家に仕事って言って資料とか持ってきてなかったっけ? 一昨日もパソコンの前でなんかしてたし」

「え? あ、あれはだな……」

 少々痛いところを突かれる。ごまかすつもりで視線を泳がせると、ジト目の由比ヶ浜と雪ノ下に包囲されていた。なんなの、空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギィーアイ)なの? 吸血鬼なの? やだ! ボディが奪われちゃう!

「はあ、比企谷君。あなたはまた……」

 いやまあ、言ってしまったらどうせこう言われるだろうなとは思っていたんで言わなかったんですけどね。

「ヒッキー……ずるい……」

 由比ヶ浜? なにがずるいんだ? お前も仕事したいの? すでに社畜精神バリバリとか怖い。

「あれ? なんか小町失言したっぽい?」

 大丈夫だ小町。特に説明していなかった俺が悪い。いや、そもそもあいつが悪いんだ。

「こんにちは~!」

 噂をすればなんとやら。諸悪の根源、一色いろは生徒会長が現れた。間が悪い! 非常に間が悪いですよ、生徒会長!

「せんぱ~い。聞いてくださいよ~……ってあれ?」

 俺に寄ってこようとした一色も空気がいつもと違うことに気づいたようだ。いや、ある意味いつも通りなのだが、入ってきて早々春の教室が氷点下の氷結世界だったら誰でも困惑するだろう。俺達の眼の前には、氷の女王が冷たい微笑を浮かべて君臨していた。

「……一色さん」

「ひゃいっ!」

 緊張しすぎだろ一色。いや、気持ちは痛いほどわかるけど! わかるけど!

「またあなたはうちの備品を勝手に使っているようだけれど、この備品もあまり高性能と言うわけではないだから、あまり頻繁に持ち出されては困るのよ」

 いやだから備品扱いはやめてください。というか、別に頻繁に出動したからって壊れないよ! 八幡使い捨てじゃないから。……使い捨てじゃないよね?

「けど~、せんぱいには私を推した義務がありますし~。責任とってくれるって言ってくれましたし~。こないだも私のお願い聞いて二つ返事で手伝ってくれましたよ~? いくら部長と言っても、部員の行動をそこまで監督しちゃうのはやりすぎじゃないですか~?」

「たしかに推したのは俺だが、責任うんぬんに了承した覚えはないし、この間はお前がしつこく電話してきて俺が折れただけだろ。だが、後半はおおむね同意だ。俺は誰にも縛られない」

 嘘の否定と決め台詞、同時に決まったぜドヤァ。……あれ? なんで皆ちょっと引いてたりするのん?

「せんぱいひどいです~。責任、取ってくれないんですか?」

「比企谷君、責任とは何の責任なのかしら?」

「ヒッキーいつの間にいろはちゃんと連絡先交換してたの?」

「お兄ちゃん……責任逃れは小町的にポイント低いよ」

 え、なに? なんで皆そんなに“責任”に反応してるの? 生徒会長に推した責任のことだよ? 他意はないよ? 連絡先だって三月末に無理やり一色に交換させられたんだよ?

 脳内で言い訳をしている俺をよそに、一色は小町に目を向ける。

「“お兄ちゃん”ってことはあなたが小町ちゃん?」

「はい! 比企谷小町です! 兄がいつもお世話になっています!」

 いや、お世話してるのはむしろ俺なんだけどね。小町は何か真剣顔で一色をじろじろ見ているし、一色は生徒会長のキャラを崩したくないからか非の打ちどころのない笑顔。ところで、さっきから二つほど視線が痛いんですけど、そんなに見つめられたら穴が開いちゃうだろ。

「ふむ、気持ち小町とキャラが似通ってるけど、お兄ちゃんへ別角度からアプローチできそう……。お義姉ちゃん候補としては十分……」

 何かブツブツ言ってるなー。何も聞こえないなー。いや、ほんとこいつ何を言っているんだ。妹が何を言っているか分からない件。

「お義姉ちゃんってなんですかせんぱい。まさか直接は振られるから妹さん伝いで間接アピールですか? そういうのちょっと気持ち悪いんで直接来てくださいごめんなさい」

「なにも言ってないのに振られるとか斬新すぎるだろ。というか、一色。なんか用があったんじゃないのか?」

「あ、そうなんですよ~。せんぱい、16日のあれなんですけど~」

 一色の“あれ”には覚えがあった。4月16日は土曜日で、生徒会が企画した新入生歓迎会が企画されており、企画の発案と同時に一色は俺に声をかけていた。今回は小町も関係する企画と言うことを盾に交渉してきた一色に、俺はあっさり負かされてしまったのだ。

「ん? この間の会議で俺の担当資料は出したし、お前の資料の推敲もしただろ。他になんかあったか?」

「あぁ、準備の方はだいぶ済んでるんですけど、ちょ~っと追加でせんぱいにお願いしたいことがあって~」

「断る」

 なにこの子怖い。さっきからずっとにやにやしてるし、絶対何か企んでるよ。俺は地雷に飛び込むとかいう酔狂な趣味は持ち合わせていない。むしろ家から出ないまである。八幡まじヒッキー。

「え~、せんぱいここまで手伝ってくれたのに最後まで参加してくれないとかありえなくないですか~?」

 それを言われるとぐうの音も出ないのだが、あまり手伝いすぎるとこいつの生徒会長としての能力が育たんだろう。え、今でも十分手伝いすぎてる? しらんな。

「う~~……あっ」

 恨めしそうな目で俺を睨んでいた一色だったが、何を思ったのか小町を呼び、こそこそ話し始めた。いかん、なんかすごいいやな予感がする。八幡のお兄ちゃんレーダーが妹の行動に危険信号出してる。

「おにーちゃん!」

「せ~んぱいっ!」

 意思の疎通が終わったのか、二人とも悪戯心満載の笑みでこちらを見上げてくる。この二人、今日会ったばかりのはずなのになんでこんなに息合ってるの? というか近い近い近い。

「……なんだよ」

 なるべく平静を装う。小町はともかく一色さんは近くによらないでください、意識しちゃうから!

 俺の心の苦悩を知ってか知らずか(たぶん知ってる)、二人は上目遣いで俺を落としにかかる。

「お兄ちゃん……。小町のために頑張ってくれてたんだね。小町、お兄ちゃんが最後まで頑張ってる姿見たいな」

「せんぱい。せんぱいが手伝ってくれれば、もっと良い企画になると思うんですよ~。……だめ、ですか?」

 くっそ、かわいいじゃねえかこいつら。なんか最近一色のあざとさも可愛いと思ってしまうあたり、俺の人間強度が落ちている気がする。大変! ぼっちの修行し直さなきゃ!

 しかし、ここで折れるわけにはいかない。そもそもこれは奉仕部の依頼ではないし、最近一色を甘やかしすぎだと前に雪ノ下にも言われている。ここは断固たる決意で拒絶するのも優しさだ。……よし、八幡冷静さを取り戻した。

 二人を見つめ返す。

「…………」

「…………」

 きらきらうるうるうわめづかい。

「はあ、しょうがねえな……」

 落ちた! 八幡弱い! 俺の手首はボロボロ。だってこの二人あざといんだもん。あざとくてかわいい小町と、あざとくて最近少しかわいい一色が合わさって最強に見える。大志ハイスラでボコるわ。

「やった! せんぱい、早速生徒会室に行きましょ!」

 言うが早いか、一色は俺の袖を引っ張って連行する。雪ノ下たちからの追及を逃れたいのだろう。今でも視線で急速冷凍してきそうなくらい睨まれてるものね。

 出て行く途中、ちらっと部室を見ると、小町が二人を説得していた。小町が説得したらあの二人も納得しちゃんだろうな。俺の周囲が小町に甘すぎる気がするぞ。

 というか、この間の会議で後は当日の設営と撤収くらいしかないと聞いていたはずなのだが、何をするのだろうか。

 




一色が来るようになってからの奉仕部って結構にぎやかになったイメージだったので、小町も入るともっとにぎやかになりそう。

一色と小町のあざといコンビでのお兄ちゃん籠絡作戦は今後も積極的に使っていきたい。
そういえば、アニメ11話の八幡一色にデレデレしすぎ! いいぞもっとやれ!

もうちょっとこういうぬるま湯のようなお話が続く予定です。大まかな構想しか考えていないので、途中でなにかぶっ込むかもしれませんけどねっ。

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