やはり妹の高校生活はまちがっている。   作:暁英琉

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プールに咲く向日葵

「お兄ちゃんお兄ちゃん!」

 夏休み、部屋で受験勉強をしていたら小町が飛び込んできた。ふむん? 愛しの妹がどうしたのだろうか。

「小町は夏休みの宿題を見事終わらせました!」

「おー、すごいじゃないか」

 実際すごい。まだ夏休みも前半だし、進学校である総武高校の課題量は結構多いのだ。それをお兄ちゃんの手伝いなしで終わらせるとは、小町もちゃんと勉強できる子に育ってくれてお兄ちゃんうれしいよ。

 心の中でむせび泣いていると、小町はこほんとわざとらしく咳払いする。

「お兄ちゃん、小町は宿題を頑張りました」

「ああ、そうだな」

「なので頑張った小町にはご褒美は必要です。小町はお兄ちゃんと一緒にお出かけを希望します」

「ああ、それはかまわな……」

 流れで承諾しようとして、ふとデジャヴを感じてしまう。こんなことが去年の夏休みにあったような……いや、確実にあった。かわいい妹のために千葉まで出向いたら待っていたのは行き遅れのアラサー暴力教師だった。なんか残念な称号ばっかりですね、平塚先生。誰か本当にもらってあげて!

「小町、一応確認しておきたいんだが……今回は奉仕部とかは関係ないんだよな? お兄ちゃんと二人でお出かけするだけだよな?」

 なんだかんだ去年の妹の裏切りは精神的にきつかったので、つい声が震えてしまうのだが、小町は「何言ってんだこいつ」みたいな三白眼でため息をついてくる。やめて! お兄ちゃんそういう趣味ないから! むしろ妹兼彼女にそんな目で見られたら結構凹むから!

「お兄ちゃん、いくらなんでも彼氏を騙すわけないじゃん。そもそも今回は平塚先生から連絡も来てないでしょ?」

 おお、それは確かにそうだ。去年は再三にわたる先生からのメールや電話を無視した結果、小町経由で駆りだされたわけなのだから。いやしかし、先生メールだと嫌に他人行儀の長文で怖いし、電話も間髪入れずに何度もしてくるとか軽くホラー。そもそも長期休暇中に先生と会うとかもはや罰ゲームである。つまり俺は悪くない。

 脳内会議で俺の無罪が決まって喚起していると、小町がもじもじもごもごしだした。なんか頬を赤らめててドキッとするんですが……。

「その、さ……夏休みに入ってからお兄ちゃんも勉強とかばっかりで、あんまり一緒に遊んでないというか、できれば、その……夏休みらしいお出かけがしたいなー……って……」

「あー……」

 つまりあれだ。

 デートのお誘い。確かに曲がりなりにも受験生な俺は毎日相応の時間机に向かっていた。うちの妹はよくできた子だから、そんな俺を気遣ってあまり声がかけられなかったのだろう。

「じゃあ、俺もたまには気分転換したかったし、出かけるか」

「ほんと!?」

 ぱぁっと笑顔の花が咲いた。なにこの子かわいすぎでしょ。一瞬向日葵畑が幻視できたわ。

「じゃあお兄ちゃん! 水着用意していこ!」

「水着?」

 水着か……着るのは三年ぶりかもしれない。あったっけ?

 少々不安になりながらタンスの奥を開けるのだった。

 

 ネタバレ:あった。

 

 

     ***

 

 

 そんなわけで俺達二人がやってきたのはレジャープール施設である。夏真っ盛りで親子連れとかカップルとかがいっぱい。俺の精神はいっぱいいっぱい。しかし、せっかくの小町の誘いである。楽しまなければ小町に失礼だ。

「おにーちゃーん!」

 更衣室で着替えて先に外で待っていると、よく通る明るい声が届いてくる。いや待って、花も恥じらう女子高校生が人前でお兄ちゃんをそんな大きな声で呼ばないで! ほら、なんか周りのお父さんお母さんが生温かい目で見てくるから。

「おまたせ!」

「……あぁ」

 少し非難の目を向けて見るが、小町はそんなことはどこ吹く風とにひっと笑う。かわいい。

 小町の水着は青と白のストライプのビキニタイプだった。去年の黄色の水着も小町の快活さに合っていたが、この水着は清潔感が際立っていて、なんというか……。

「ん? お兄ちゃんどうしたの?」

「え? あ、いや、その水着……綺麗だな、って……」

「ほぇ!? あ……そ、そう……?」

 やっだお互い顔赤ーい。なんかもう近くに丁度いい水場だからけだしすぐに顔を沈めたい。それくらい顔が熱い。ま、まあ、俺がお兄ちゃんなわけだし? ここは妹を優しくエスコートするべきではなかろうか。

「じゃ、じゃあ行くか。まず何に入る?」

「あ、ちょっと待って!」

 ナチュラルに手を握られて少しドキッとしたが、大人しくついていく。プールサイドに常設されているパラソル付きのチェアに腰掛けると小物入れから日焼け止めクリームを取り出した。女子は日焼け嫌うもんな。塗り終わるまで待っとくかと思ってぼーっとプールの様子を眺める。このレジャープールには初めて来たけど、結構種類あるんだな。ウォータースライダーや流れるプールといった定番ものから、アスレチックのあるプールやジャグジーのような泡を発生させるものなどもあるようだ。

「……ん?」

 腕をくいっと引っ張られたので、塗り終わったのかと振り向くとチェアにうつぶせで寝そべっていた。この子何してんの?

「塗り終わったんなら行かねえのか?」

「いや、その……小町結構身体硬くてね? 背中まで手が届かなくてね? あの……その……」

 …………。

 オーケー、お兄ちゃん数学は苦手だけど、状況を数式に当てはめるのは得意だ。だからこの状況を整理してみよう。

 

 さっきまで日焼け止めを塗っていた小町+小町は背中に手が届かない=背中にはまだクリームが濡れていない。

 

 ふむ、それは由々しき事態だ。日焼け止めはムラなく塗らないとまばらに日焼けしてしまう。そうなれば塗らない時よりも恰好がつかなくなってしまい、最悪小町がそれをネタに弄られて黒歴史になってしまうかもしれない。

 

 歯切れ悪く少し頬を赤くした小町+片手に握られた日焼け止めクリームの容器=……。

 

…………。

 ……………………。

 ………………………………。

 いや。

 いやいやいやいや。

 ちょっと俺に学年三位の国語力を持ってしてもちょっとこの数式は分かりませんね。やっぱ数学ってクソだわ。

 ま、まあ。ひょっとしたら俺が小町に日焼け止めクリームを塗るなんて答えを書き入れる奴がいるかもしれないが、そんなのはぶっちゃけありえないというか――

「お兄ちゃん……小町の背中に、塗ってくれない、かな……?」

 ……ありえた。

 八幡フリーズ。

 いやあのですね、いかな十五年連れ添った兄弟とは言え年頃の健全な男女なわけで、しかも恋人同士なわけでしてね? しかも小町の表情が妙に色っぽいせいで俺のハートビートが俺の意思に反してBPMをBA・KU・A・GEしてくるんですよ。いやもうなんか心臓が胸から飛び出してくるんじゃないかってレベル。

 しかし、しかしだ。このまま俺が塗らなかったら我が愛しの小町の背中にはダサいまばらな日焼けが付いてしまって小町の繊細な乙女メンタルがボロボロになってしまいかねない。そんなことお兄ちゃんが許せるはずがないのだ。

「……わかった」

 クリームの容器を受け取って掌に垂らす。大丈夫大丈夫、相手は妹なんだから。確かに年頃の男女で恋人だがそれ以前に大前提として十五年連れ添った妹だ。別に背中に触るくらいどうってこと――

 

 ――――むにゅ。

 

 なにこれなにこれなにこれ、肌やっわらか! 背中だぞ、なんでこんな柔らかいの? しかもすっべすべで触ってるだけで幸せになれそう。

 もう掌から伝わる感触だけで心臓バックバクである。

「ん……ふぁ……ぁ……はふ……」

 であるというのに小町が妙に色っぽい声を出して俺の聴覚まで刺激してくる。ていうかあなた敏感すぎません? 俺、ただ背中にクリーム塗ってるだけなんだけど。

 そういえば、女性の大半は背筋が性感帯らしい。少女漫画とかで背筋つつーってやるシーン多いもんな。つまりあれは性行為だ。大変、議員のジジバ……お年を召した方々に知られたら有害図書に放り込まれちゃう!

 ……こほん。ということは背中を撫ぜられての小町のこの反応は実は世の女性の普通の反応なのだろうか。いや、そうだったら女性向けのマッサージ店は早々に店じまいだな。つまり、小町は背中が敏感……なのだろうか。

「ふぁ……ひん……はぅ……」

 そうだとしたら、背中を触られるだけでこんなだとしたら、背筋を弄るとどうなってしまうのだろうか。

 そっと背骨のラインに指を添えて、ゆっくりと下から上になぞってみる。

「ぁんっ~~~~~~~!!」

 うっわ……。

 鯱鉾にでもなろうかという勢いで背中を反らせてきた。出そうになる声を抑えようと口は真一文字に引き結ばれ身体は小刻みにピクピク震えていて、エロい。肌ももちもちですべすべだし、もうちょっとこの感触を楽しみたいなと思っていたのだけど。

「はっ……はっ……おにいちゃ……ストップ……」

 パシッと腕を掴まれた。お前背中まで腕届いてるじゃねえか。文句を言おうとしたがすごい睨まれたから黙ります。起きあがった小町は肩で息をしている。遊び始める前にそんな疲れさせちゃってごめんね?

「……鬼畜、変態、えっち、ボケナス、八幡」

「最後は悪口じゃないからね?」

 いや本当にちょっとやりすぎちゃったかなとは思うけど、背中にクリーム塗っただけであんな反応する小町も悪いって。

「……家でならいくらでも触らせてあげるけど、こんなところだと恥ずかしいじゃん……」

 あの、小町ちゃん? そんなこと言ったら家で俺、理性保てる自信なくなっちゃうんだけど……。

「さ、早く遊ぼ、お兄ちゃん!」

「お、おう……」

 まあ、今はプールを楽しみますか。

 

 

     ***

 

 

「おおぉぉぉ……」

 ジャグジープール……侮れない。ぶくぶくと細かい気泡が身体を撫でていく感触は少しくすぐったいがくせになりそう。

「お兄ちゃん、そろそろ次行こうよ。ここでぷかぷか浮かび始めてもう三十分くらい経ってるよ」

「おぉ、マジか。あまりも気持ち良くて時間を忘れてしまった」

 まったくゴミいちゃんなんだから、とか言いながらも小町は楽しそうににやけている。なんだかんだこういういつもの兄妹としての接し方も楽しいものなのだ。

 ただ、せっかくのデートなのだから彼女を楽しませなければというのも事実なわけだが。

「じゃあ、ウォータースライダー行こうぜ」

「わーい!」

 ウォータースライダーはやはりレジャープールの花形なだけあってそこそこ列ができていた。というか、よく見ると列が二列ある。片方には看板が立っていて……カップル専用?

「お兄ちゃん! カップル専用だって! あっち行ってみようよ!」

 小町に引かれるがままカップル専用側の列に並ぶ。毎度思うけどなんでカップルを優遇する取り組みばっかり多いのか。独り身専用とか用意すればきっと喜ばれるのに。あ、けどそこに並ぶと独り身確定になるから誰も利用しないまであるな、だめじゃん。

 列と言ってもそこまで長くないし、ウォータースライダーの列なんて速攻ではけるものなのですぐに俺達の出番になる。どうやら一般のスライダーよりも幅を広くして二人同時に滑れるようにしているようだ。だったらこのスライダーは独り身用にするべきだな。イケメンのバイトを雇って一緒に滑れるサービスを始めたらアラサーアラフォーに受けそう。まあ、そんなことやってる独り身が脱独り身で切るかと聞くと口をつぐむしかないのだけど。

 ところで二人一緒に滑るということは、基本的に男の股ぐらに女が座る形になるわけだが……。

 

 なんだよこれめっちゃ恥ずかしいんだけど、抱きかかえなきゃいけないから柔らかいしあったかいしなんかいい匂いだし落ちつけ八幡、公共の場なんだからいつも以上に理性的であれ、相手は妹相手は妹かわいくて天使だけど妹だから大丈夫落ちついて。

 自分に暗示をかけていると後ろからスタッフさんの声がかかる。少し足に力を込めて滑りだす。グネグネと曲がりくねったスライダーの中で加速度的に速度が上がる。今俺は二次関数を身体で感じているのだ、たぶん。ところで二次関数って何?

「きゃー! さいこー!」

 俺の腕の中で小町ははしゃいでいる。はしゃぐのはいいんだが、あまり暴れないでいただきたんですけど。ていうか暴れるとお前支えられないんだよ! マジ危ないから!

「おい小町、あんまり暴れんな!」

「ひゃっほおおおおお!」

 こいつ聞こえてねえ……。こいつ軽いからマジで手ぇ離したら吹っ飛びそうなんだけど、とか何とか考えてたら暴れた小町のせいで腕がゆるんで、案の定小町がバランスを崩しそうになる。

「あぶねえ!」

「ひゃっ!?」

 慌てて小町をもにゅっとホールド。そのままスライダー下に設置されたプールにダイブ。大きな水音と共に水中に投げ出される。

「ぷはっ……思った以上にスライダー長いな。……小町?」

 一緒に投げ出された小町を探すとなにやら真っ赤になって鼻まで水につかってぶくぶく泡を作っていた。ここはお風呂ではないのだけど……。目は俺になにやら抗議の意を訴えている。

「お兄ちゃん、どさくさにまぎれて変なとこ触らないでよ」

「は? ……あ……」

 水中でぼやけてはっきりとは見えないが、小町の両手は胸をがっちりガードしていた。そういえば、さっきホールドした時にやけに柔らかい感触を掴んでしまったような……。

 おちつけ比企谷八幡。まずは謝ることが大事だ。いかに不可抗力によるラッキースケベでも男は謝らないと女の機嫌は収まらない。だからまずは謝るんだ。男弱すぎじゃないですかね。

「いや、その……悪かった。……けどな、お前暴れすぎだろ。俺が掴まなかったら怪我してたかも知れねえんだからな?」

「ぁぅ……それは……小町もごめんなさいです……」

 ああ、ちょっと凹んでしまった。いたしかたないはずなのに、言い知れない罪悪感が来るのはどうしてなのかしら。

「はあ。ほら、他にもまだ遊んでないプールあるから行こうぜ」

 頭をばりばり掻きながら空いている手を小町に差し出すと、みるみる笑顔の花が咲いて差し出した手を掴んできた。本当に今日は向日葵みたいに笑う。

「うん!」

 そんな笑顔がとんでもなく魅力的なわけだけど。

 

 

 ちなみにあの後ウォータースライダーには三回滑りに行きました。

 

 

     ***

 

 

「今日は楽しかったね!」

「そうだな」

 ちょっと疲れたけどとは言わないでおこう。あの後遊び尽くした俺達は閉園時間まで施設内で過ごした。プールの授業の後のような気だるい疲労感が身体を支配している。帰ったらすぐ寝そう。

 横目に隣を歩く小町を見る。さすがに少し疲労感のある顔をしているが、それでも楽しそうに、嬉しそうににこにこ笑っている。

 思えば、俺が企画した七夕イベント以降はテスト勉強や受験勉強に集中してしまって、こうして一緒に遊ぶこともなかった。小町からすれば楽しくないし、不安でもあっただろう。本当に俺は、こういうところで気が効かない。ゴミいちゃんなんて言われても仕方ないな。

「……小町」

「なに?」

「まあ、その……なんだ……俺は結構大学受験余裕あるし、そりゃあ暇な時は勉強しているけど、逆にそういうときは暇してるってことだから……一緒に遊びたい時は遠慮せずに言えよ。俺も……お前と遊ぶのは楽しいし……」

 こんな遠回しな言い方しかできない自分が歯がゆい。けれど小町は気にした様子もなくニコニコ顔をさらにぱあっと明るく咲かせる。

「うん! いっぱい一緒に遊ぼうね!」

 どちらからともなく手を握る。夏の暑さの中でも、そこから感じる熱は不思議と心地がいい。それは隣に咲く向日葵の笑顔のせいだろうか。

 

 まだ夏は半ば。向日葵の花はまだまだ満開に咲き続ける。

 




久しぶりに小町のお話でも

最初はちょっとプールで遊ぶだけの話だったのに肉付けしたらお色気シーンが入ったぞ?
あれれー? おっかしいぞー?
今後も何かネタを思いついたら不定期に小町は投稿するかもしれません

ではではヽ^シ'ω')ノシ

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