やはり妹の高校生活はまちがっている。   作:暁英琉

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奉仕部での昼食は騒がしい。

 総武高校は千葉でも割と指折りの進学校ということもあり、始業式初日から授業がある。一年の始まりくらい早く帰りたいという声を聞くし、俺も去年まではそれに同意だったのだが、去年一年間で無駄に社畜スキルが上がってしまった俺にとってはたかが一日程度どうということはない。やだ、社畜精神こわい!

 で、当然昼休みもあるわけなのだが、ここで俺氏痛恨のミス! 入学式のときに学生鞄とは別の鞄に財布を入れてしまったために財布がない! お金がない! ふえぇ……ご飯が買えないよぉ……。

 しかたがない、おなかがなるのは寝て紛らわそう。どうせ午後の授業は数学と科学だから寝るつもりだったしね!

 そう思って机に顎をつき、ぼーっとしていると、視界の端、前の入り口に見覚えのある顔がひょこっと顔を出した。

「あ、おにーちゃーん」

 きょろきょろと教室を見回した小町は俺を見つけるとぶんぶんと手を振って呼んでくる。正直全力で他人のふりをしたいところなのだが、最愛の妹が呼んでいるというのに無視するというのは兄としてやってはいけないことだというのが八幡憲法の第一条に存在するので、軽くため息をつきながら入口へ向かう。

「小町ちゃん? 上級生の教室に遊びに来てどうしたのかな?」

「お兄ちゃん? そんなこと言っていいのかな?」

 む、なんだこいつは。むふふ~とか言いながらドヤ顔してくるんだが。かわいいけどむかつく。

「お兄ちゃん、今日お財布忘れたでしょ?」

「……なぜ知っている」

「ふふふ、簡単なことだよハチソン君」

 誰だよハチソン。

「小町はお兄ちゃんの事なら何でも知っているのです。あ、今の小町的にポイント高い!」

「……あーそうだな。高いぞーかわいいぞー」

「……棒読みなのは小町的に非常にポイント低いよ、お兄ちゃん」

 軽く頬を膨らませた小町がポカポカ肩を叩いてくる。小町のあざといアクションはかわいいのに一色のあざといアクションはかわいくないのはなんでだろうか。やっぱり妹だからかな? やだ、妹愛が後輩愛に負ける気がしないわ!

 というか、何やら周囲の空気がおかしい。ちらっと見ると葉山達小町を知っている人間からは生温かい眼差しを向けられているし、他のクラスメイトからは好奇の目で見られている。どうやら教室なのを忘れて家のノリになってしまっていたらしい。

「小町、とりあえず場所移すぞ」

 小町の返事を待たずに手を掴んで移動する。いつもやっていることだから行為自体は恥ずかしくないのだが、さすがに学校だと目立つのか多方向から視線がぶつかってきて超恥ずかしい。

「というか、お前。クラスの友達とかと飯食わなくていいのか?」

 小町の歩調に合わせていつもより少し遅めの早歩きで三年の廊下を抜けだしたところでようやく口を開く。

「だってお兄ちゃんがご飯食べれないとかわいそうじゃん」

「まあ、一食抜かしても問題はないけどな。じゃあ、ちょっと金貸してくれ」

 妹の友達付き合いを邪魔する気はさらさらないのでさっさと金を受け取ろうと手を出したのだが、なぜか小町は口をとがらせる。

「いいじゃん。一緒に食べれば」

 は?

 いやいや、別に俺は構わんが、わざわざ兄のために交友関係を狭めるようなことをする必要はなかろう。ブラコンは歓迎だが用法容量を守って正しくお使いください。

「昼休みって結衣さんと雪乃さんっていつも部室で食べてるんでしょ? お兄ちゃんも一緒に食べようよ」

「えー……」

 放課後だけでもいっぱいいっぱいなのに昼休みもあの百合空間で過ごすとか花のかほりでお兄ちゃんむせちゃうよ……。レズが嫌いな男子はいないというが好きにも許容範囲があるのですよ。むせる。

 まあ、これからほぼ一年放課後は一緒に過ごすことになるわけだし、昼食も一緒に過ごすことは悪いことではないだろう。それに、行かないとお兄ちゃんにお昼を恵んでくれないらしい。やだ! 妹に逆らえない! 悔しい! けど従っちゃう!

 選択権のないお兄ちゃんは渋々首肯して、妹とともに購買に向かうのであった。

 

 

「どうもー、結衣さん雪乃さん」

「うっす」

 部室の扉を開けると、百合百合空間が広がっていた。むせそう。まあ、春になったけどまだ肌寒いもんな。ついくっつきたくなるもんなんだろうな、知らんけど。

 ゼロ距離でいちゃついていた由比ヶ浜・雪ノ下ペアは突然の来訪に一瞬時を止めたが、すぐに再起動して居住まいを正す。

「比企谷君、小町さんいらっしゃい」

「ふ、二人ともやっはろー」

 割と外でもあんな感じだし小町も見慣れている光景だから今更取り繕う必要はないのではないかと思うのだが、あ、やっぱ俺の前ではむやみにいちゃつかないでください花のかほりでむせるんで。

「お昼ご一緒させてもらっていいですかー?」

「ええ、構わないわ。小町さん、改めて入学おめでとう」

「おめでとう! 小町ちゃん!」

「あ、ありがとうございます……」

 合格祝いの食事会で一度彼女らには祝われているが、入学後となるとまた別なようで小町はもじもじしだす。まあ、あの食事会最終的には酔った平塚先生の愚痴祭だったしな。教師が一生徒の合格祝いに来ていいのかと言われると甚だ疑問なのだが。ばれなきゃ問題じゃないんですよ、ばれなきゃ。

「小町さんはともかく、比企谷君も来るとは珍しいわね。早速教室からゴミ認定されて捨てられたのかしら」

「昼間っからその毒舌は聞きたくなったんだがな。来ないと俺の分の飯がないんだから仕方なくだよ仕方なく」

 あと、ぼっち認定はされているけどゴミ認定はされていない。されてないよね?

「あら、ただでさえ親の脛をかじっているというというのに、妹にもたかっているの? 最低ねヒモ谷君、ほんと最低」

「たまたま財布忘れたから金借りただけだ。後で返すし、俺は専業主夫になるつもりはあっても、ヒモになる気はない」

 もうなんか三学期から絶好調ですね、雪ノ下さん。しかし、主夫とヒモって傍から見るとどっちも同じように見えてしまうのだろうか。どこぞの工作員も家事全般やっていたけどヒモだったって言っていたし。何を言っているか分からない旦那も在宅はご近所には理解されないと言っていた。主夫と在宅に厳しすぎるでしょ。もうあれだな。いっそ会社制度を取っ払って全員在宅にすれば優しい世界になるのではなかろうか。ならない。

 ま、ここでも教室でもベストプレイスでも、基本はしゃべらないのだからたまには食べる場所が変わるのもいいだろ。

 自分の指定席に座って、買ってきたパンにかぶりついた。小町が俺の近くに椅子を置いて座るが、なかなかパンに手をつけようとしない。見ると雪ノ下たちの弁当を真剣なまなざしでじっと見ていた。

 二人の弁当はどちらもかわいらしい小さなもので、中身のそれぞれ色鮮やかだ。しかし、彩りのためにプチトマトを入れているところが気に入らない。なんで弁当の彩り=プチトマトって発想が割と定番化してるんだろうな。もっと他にパプリカとかあるでしょ? 八幡イミワカンナイ!

 というか、小町ちゃん。雪ノ下の弁当を見たときは目をキラキラ輝かせるのは分かるが、由比ヶ浜の弁当を見て驚愕に目を見開くのはやめてあげようね。何考えてるのか丸わかりだよ?

「結衣さんいつの間に料理の腕上がったんですか! これは小町的にポイント高いですよ!」

 口に出しちゃったよこの子。由比ヶ浜は一瞬きょとんとしたが、バツが悪そうに目を泳がせ始める。

「小町……残念ながら由比ヶ浜の料理スキルは驚愕に顔をひきつらせるほど成長していない。あれはな、きっと親が作ったものだ。……察してやれ」

「あ……」

 共働き社畜街道を行く両親を持つ小町には、特別な行事でもないのに親が弁当を作るとう考えがあまりないようだ。まあ、中学までは給食だものね。

 全てを察した目を向ける小町に「やめて……そんな目で私を見ないで……」と涙目で制止をかける由比ヶ浜。少し言いすぎてしまっただろうか。しかし、何一つ間違っていないんだよな。ごめん由比ヶ浜、フォローのしようがないわ。残念だけど、これって現実なのよね。

「そうだ、お兄ちゃん。明日からお弁当持ってこようよ」

 小町が笑顔で振り向く。いや、それはいいんだが由比ヶ浜をほっといてやるなよ。ほら、由比ヶ浜が雪ノ下に泣きついてしまったじゃないか。百合のかほりでおなかいっぱいになっちゃうぅぅぅ。

「それはいいが、もう俺ここでは食わんぞ?」

 だって、ここにいるだけでおなかいっぱいになっちゃうんだもの。

「じゃあ、お兄ちゃんいつもどこで食べてるのさ。トイレ?」

「いや、さすがに便所飯はやったことないからね? ……まあ、いつも食ってる場所はあるけど」

「じゃあ、明日はそこで食べよ!」

「いや……しかし……」

 小町の申し出はうれしい。だが、奉仕部で食べるならともかく、兄とだけ昼食をとるなら教室なりなんなりで友達と食べる方が今後の小町のためなはずだ。うちの中学から総武高に進学してくる人間が毎年少数な以上、交友関係の構築はほぼゼロからのスタートになる。あまりブラコンをこじらせ過ぎて妹までぼっちルートに入る必要はないだろう。

「大丈夫だよ。お昼一緒に食べなくても小町はお兄ちゃんと違って友達ちゃんと作れるから」

 あ、うん。そうだね。俺に似ずコミュ力高いものね。うん……うん……。実際、由比ヶ浜も昼食を一緒に昼食と取らなくなってからも葉山グループとはちゃんとした交友関係を築いているわけだし、コミュニケーションをしっかりとれる人間には些細なことなんだろうな。

 というか、昨日もそうだがこいつ、なんか去年以上に俺の近くにいようとしている気がする。高校という新しい環境にテンションが上がっている結果なのか、コミュニケーション努力の必要ない俺を使って息抜きをしているのか、ぼっちなお兄ちゃんを気遣ってくれているおせっかいなのか。……どれも当てはまりそう。混乱してるの? お兄ちゃん利用してるの? お兄ちゃんのためなの? やだ、うちの妹の側面が多面性すぎる。

「まあ、そこまで言うなら別にいいけどよ……」

 小町は割と頑固なところがある。それに伴う行動力、発言力のおかげで中学では生徒会もやれていたし、友人も容易に作ることができるのだろう。おかげでお兄ちゃんの発言権がほとんどないんですけどね! ここまで来たら小町は絶対引きさがらないので必然的に俺が引きさがるほかない。……妹が頑固なのか兄が弱いのか分からなくなってきたがたぶん後者。いや、後者なのかよ。お兄ちゃんの威厳が。

「よかったわね、ぼっち谷君。一人寂しいご飯と味気ないパンという二つの問題を同時に解決できたじゃない」

「いや、雪ノ下……。そのぼっち飯のおかげで去年葉山達とのテニス勝負に勝てたんじゃないか。つーか、味気ないとか言うなよ! うまいだろパン!」

 総菜パンとか最高じゃないか。手も汚れず、単体で栄養素的にも一食たりえるし、菓子パンなら食事にもおやつにもなりうる。欠点と言えば腹もちが悪いことくらい。

「ああ、ごめんなさい。そうね、パンに失礼だったわね。パンには食べる人間を選ぶ権利はないのだもの」

「なんかパンを上げつつ俺を下げるのやめてくれない?」

 というか、ガハマさん静かだと思ったらまだ立ち直ってなかったのか。大丈夫、君のよさは別のところにあるから。だから料理は絶対作らないでね!

「……ふふっ、お兄ちゃん楽しそうだね」

 小町ちゃん。忍び笑いしながら適当なこと言わないでくれない? なに? 節穴アイ? ブルーベリーいる?

「今のが楽しそうに見えるか? ただ罵倒されただけだぞ……」

「だってお兄ちゃん、小町とより話はずんでるよ。小町的にはお義姉ちゃん候補と仲良くなるのはうれしいけど、妹的にはお兄ちゃんが遠くに行っちゃったようでちょっと悲しいよ」

 ヨヨヨと泣き崩れる小町。何お前、平安貴族なの? 小野小町なの? 文才ないじゃねえか。

「小町さん何を言っているのかしら。私は別にこの奉仕部の備品を楽しませるために会話しているわけではないの。私には彼を更生させるという平塚先生からの大事な依頼があるから、仕方なく会話をしてあげているだけで、その上で彼の欠点を指摘してあげているだけなの。まあ、彼が罵倒で気分が高揚してしまう変態の可能性がぬぐえないけれど、それは決して私のせいではないし、そもそも小町さんに「お義姉さん」と呼ばれるような関係を彼と築くことなんて万に一つもあり得ないのよ」

「ハッ! そうだよ小町ちゃん。ゆきのんとヒッキーなんて絶対釣り合わないよ! むしろ……わ、わた……し……」

 雪ノ下、取り乱しているのは分かるが、長い。つうか、俺れっきとした人なんですが。備品じゃないんですが。後、シスコンではあるがMではない。由比ヶ浜も再起動した途端何か言いかけたがすぐに顔を真っ赤にしてどんどん声が尻すぼみになってんぞ。ちゃんと最後までしゃべりなさいよ。

 呆れてなにも言えない俺に終始にやにや顔の小町、まだ何か早口でまくし立てている雪ノ下に茹でダコ状態でまた機能停止してしまった由比ヶ浜。

 今年の奉仕部も何かと騒がしくなりそうな予感がした。

 




ペースが速い! うれしい!(自己満足

早くいちゃいちゃを書きたいんですが、そういうのは短編SS書くときに取っとこうかと思っています。まあ、日常? というかいちゃいちゃ前のまったり雰囲気も書いていきたいですからね。

更新は不定期ですが、筆がノればなるべく早く更新したいですね。

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