「おにいちゃーん!」
翌日、駅で待っていると小町が駆け寄ってきた。ハーフジーンズにラインポイントブラウスが小町の快活さを引き立たせていてかわいらしい。
「おまたせっ」
「おう、じゃあ行くか」
踵を返して踏み出そうとすると、裾を小町に掴まれて踏み出せない。そんなにひっぱったらお兄ちゃんの服伸びて台無しになるんですけど。
「お兄ちゃん、なにか小町に言うことあるんじゃないの?」
小町、目が笑ってなくて超怖いんですけど。後怖い。
まあ、言わんとしていることは分かる。去年も由比ヶ浜や雪ノ下と出かけることがある度にいろいろとアドバイスをもらっていたわけだし、つまりそのアドバイスは小町がやってもらうとうれしいことということになる。相手は小町だし、何度かやっていることだからクールにきめてしまおう。
「あぁ、そ、その服、元気な感じでかわいい、な」
「うん、ありがとっ」
全然クールじゃないしどもってた。けど、小町の反応もいいからセーフだよな! な!
「けどお兄ちゃん、『そんなに待ってないから大丈夫だ』がなかったのは小町的にポイント低いよ」
「いや、三十分早く家から追い出しといてそれはねえだろ……」
そもそもなぜ駅集合なのか。普通に一緒に家を出た方がいい気がするのだが、主にぼーっとして消化された俺の三十分的に。
「だって、外で待ち合わせした方がデートっぽいじゃん!」
「そんなもんか?」
ほんと、女心ってわかんないわ。
「それに、これならお兄ちゃんに新しい服披露できるし」
「まあ……それは、な……」
実際俺が出かける時はこいつパジャマだったし、どんな服で来るのかなーと多少考えたりもした。うん多少。べ、べべ別にうれしいとか思ってないし!
「まあ、お兄ちゃんの言い分も一理あるし、今回は及第点にしといてあげる」
なんか理不尽な気がするが、許してもらえたので良しとしよう。まあ、小町はかわいいから大抵のことは許すんですけどね!
「それで、今日はなにするんだ?」
聞くと、小町はフフンと胸をそらしながらドヤ顔する。なにそれかわいいんですけど。
「今日はペアルックを買おうと思います!」
「な、なんだってー!?」
ペアルック。
それはところ構わずいっちゃいちゃするようなバカップルかやるというあのくっそ痛々しいあれのことか!? 絶対周りからの視線が痛いし、別れたときその服を見た瞬間に黒歴史を紐解くことになってしまう地獄のアイテム。むしろ別れてなくても黒歴史になるまである。
「や、やだよ。さすがに妹と同じ服装とか雪ノ下あたりに見られたら嬉々として罵倒受けそうで怖い。おそろいのI LOVE 千葉Tシャツなら許せるけど」
「なんで千葉Tなら許せるのか小町にはちょっと理解できないけど……別に同じ服を買うとかじゃなくて、おそろいのアクセサリーを買おうと思って」
そう言いながら小町が俺を連れてきたのはアクセサリーショップ。それも女子校生が好きそうなキャピキャピしたデザインのものではなく、シックなものを取りそろえているようだ。
まあ、確かにこういうののペアルックなら見られてもそんなに恥ずかしくなさそうだ。むしろかっこいいまである。
「お兄ちゃんこういうアンティークっぽいの好きでしょ? この指輪とか」
実際アンティークチックなデザインは男心をくすぐるところがある。デザインとして個を確立しているし、懐中時計とかかっこよくて昔買った。なのでそういうデザインは好きだ。好きなのだが――
「ただ、うちの学校目に見えるアクセサリーは没収されるぞ? 平塚先生そういうのやけに厳しいし」
いや、たぶんあれは異性にもらった可能性のあるアクセサリーを見せびらかされているようで八つ当たりしているのだろう。染髪やゲームの持ち込みまで許している学校がアクセサリー程度でそんなにぎゃーぎゃー言ってくるとは思えないし。たぶん過去に何かあったな。ほんと誰かもらってあげて!
「むぅ、じゃあ指輪とかはダメか。毎日つけとかないとお兄ちゃんすぐつけなくなりそうだし」
よく分かっているじゃないか小町。もうお前は八幡検定免許皆伝だよ。
「まあ、目立たないようなのなら大丈夫だと思うぞ。由比ヶ浜もなんか黒いネックレス?
紐? 付けてるし」
「あー、あれはラリエットだよ」
小町が言うにはあれはネックレスとは違い、いろんなところのワンポイントとして使える装飾具らしい。つまり、例の紐もラリエットということか。ちなみにカウボーイの投げ縄、あれが語源で、由比ヶ浜のようにシンプルなものもあれば、真珠や宝石などを連ねたものもあるそうだ。
なにはともあれ、ネックレスなら服の下につけておけば基本見えないし、平塚先生の眼光に引っかかることもないだろう。
「ふむふむ、それじゃあこれなんてどうかな?」
小町が手にしたのはロケットペンダント。楕円形の銀色ロケットには緻密な模様が刻まれていて、見惚れるほど綺麗だ。
「あぁ、小町によく似合うと思うぞ」
「へへぇ、お兄ちゃんにも似合うと思うよ」
二人して笑い合う。同じものをもう一つとり、小町からペンダントを受け取ると会計に向かった。
「俺が払うよ」
「え、でも、小町が買いたいって言ったし……」
「せっかくの二人の思い出なんだから俺に買わせろよ。それに、お兄ちゃんちょっとお金持ってるし」
スカラシップで予備校の金をちょろまか……節約しているので財布には多少余裕があった。俺の財布に入った瞬間この金は俺の金なのだ! フーハハハ!
俺が引く気がないと分かったのか、小町はにかっと笑うと「ごちになりまーす」と敬礼してくる。いや、別に食べ物を奢っているわけでもないし、敬礼も意味分からんのだがかわいいからどうでもいいか。
ペンダントをすぐつけられるようにしてもらい、店を出ると二人で付けてみる。少々あどけない小町がシックなデザインのそれをつけると少し大人びて見えて、俺の知らなかった別の魅力が垣間見えた気がした。
「……綺麗だ」
「ふぇっ!?」
「あ、いや……」
やばい、つい口をついて出てしまったようだ。小町の顔がみるみる赤くなっていくし、俺の顔も沸点限界かというくらい熱くなる。なんか周りの視線が微笑ましいし、余計恥ずかしくなるから見るのやめて。
「よ、よし、ちょっと早いけど飯食いに行こうぜ」
「う、うん。あ、今日は行きたいところ見つけといたんだけど」
少々歯切れの悪くなってしまった小町に案内される。お互いの手は自然と指をからませて離れないように結びついた。
…………。
まあ、昼食を食べに来たんですが。
「小町……本当にここで合ってるのか……?」
「……うん」
なんだこの超オサレな店。店の前に立つだけで膝が笑いだすオサレ力……だと!?
「小町、お兄ちゃん生きて帰れる自信ないんだけど……」
「入っただけで死なないから! 大丈夫! お兄ちゃんイケメンだから!」
いやまあ、もうイケメンってこと否定はしないんですけどね。ただ、俺が気負いしているのは決してオサレ力のせいだけではないのだ。いや、もうオサレ力だけで死にそうだけど。
店のメニューが並ぶショーケースの横にでかでかと貼ってあるポスター。そこにはさわやかな男女が腕を組みながら並び、『カップル限定半額』の文字。さすがオサレなお店は非リアに厳しい。
おそらく、小町の目的はこれなのだろう。結構長い間やっているキャンペーンのようなので、目星をつけていた小町が知らなかったわけないし。やばい、本当に生きて帰れる自信なくなってきた。むしろ今ここで死ねるまである。
しかし、これは小町たっての希望なのだ。別に理不尽な要求されているわけでもないし、小町が俺と楽しく過ごしたいと思ってここを選んでくれたのならば、それを拒否する道理はない。
よし、意志は強い! 八幡いけます!
「カップルキャンペーンの適用のためにカップルの証明になるものはございますでしょうか?」
ふえぇ、もう死んじゃうよぉ……。
無理、八幡無理。カップルの証明ってなんだよ、カップル検定でもあんのかぁ?
完全に思考が止まってしまった俺の横で、多少緊張しながらも小町がバッグの中を漁る。「これでいいですか?」
目当てのものが見つかったようで店員に見せると、「はい、大丈夫です」と席に通された。どうやらこの前のプリクラを……ってそのプリクラ確かお前からキスされた奴だよね!? やめて! 店員さん初なカップルを見守る眼差し向けてくるのやめて! ヒッキーのSAN値ごりごり削られて狂気に陥るから!
「お前なぁ……」
見せるにしても普通のプリクラでよかったではないか。なぜそれをチョイスしてしまったのか……。
「ごめんね。どんなのなら恋人証明になるのか分からなくて……」
だよなぁ。恨むべきはこのカップル証明という曖昧なキャンペーンである。ツーショット写真だけでカップルになるのなら、きっと葉山なんて何股もかけてることになってしまう。やだ、葉山君不潔!
まあ、そう考えると小町のチョイスは悪くなかったのだろうか。いや、やっぱり悪かったよなぁ……。
「ま、これで半額になったんだから頼もうぜ」
メニューを開いてみると、なにこれぱっと見どれもおいしそうなんだけど。ムール貝のエスカルゴバター焼きとかマジおいしそう。写真付きのメニュー表は殺人的だな、めっちゃ目移りしてしまう。
「うーん、じゃあ俺はこの欧風カレーにしようかな」
悩んだ末にカレーという選択。カレーおいしいしね! 日替わりトッピングらしいし、単純におなか膨れそうだし。
「小町は自家製ミートソースのパスタグラタンかなー」
注文を済ませると改めて店内を見渡してみる。ゆったりと席が配置された店内はオレンジ色の照明に照らされて温かな雰囲気だ。店内に流れる穏やかなクラシックがより上品な雰囲気を作っていた。
「よくこんな店見つけたな」
「えへへ、前に友達と来たことがあって、彼氏ができたら来たいと思ってたんだー。ちょうどカップルキャンペーンもやってたしラッキーだねー」
実際ラッキーなのだが、そんな照れながら彼氏ができたら来たかったとか言わないで。八幡恥ずかしすぎて死にそうだから。
「ふぇっ、お、おに……ふぁ……」
恥ずかしさをごまかすために小町の頭をぐりぐりと撫でる。小町の頭は俺の精神安定剤だからな。撫でるとほんと落ち着く。
いやほんと落ち着く。年中無休で撫でまわしていたいまである。髪ふわっふわだし頭のサイズ収まりがいいし――
「あのー……」
「ひゃいっ!?」
「お待たせしました。その、お料理の方を……」
急に声をかけられて振り返ると、料理を持ってきたらしい先ほどの店員さんが困った表情をしていた。慌てて小町の頭から手を離して居住まいを正すが時すでに遅し。料理を置いた店員さんは先ほど同様の生温かい視線を向けてきた。死にたい。
というより、店中から生温かい視線のオンパレードなんですけど。視線予測線があったら俺を中心に予測線の球体ができるレベル。避けれないじゃん!
このままでは今日が八幡の命日になってしまいかねないので、周りを意識の外に追いやって、料理を食べ始める。少し甘めのルーはスパイスによって深い味わいを出しており、ターメリックライスも程よい硬さでおいしい。今日のトッピングはビーフステーキでミディアムレアのジューシーさがさらに食欲をそそった。
「うまいな」
「お兄ちゃんの口に合ってよかったよ。あ、こっちもおいしいから食べてみる?」
グラタンを一口掬うと猫舌な俺のためにふーふーと冷ましてくれる。ふーってやるとちょっと唇が強調されて、グラタンもおいしそうだけど唇もおいしそうって思っちゃうのは小町の唇がおいしいせいで俺のせいじゃないと信じたい。
はいあーん、と差し出してきたグラタンを口に運ぶ。大丈夫、ぼっちは視線に敏感だけど、プロぼっちは視線を無視するのも必須技術だから得意なのだ。
「ん、これもうまいな」
「でしょ? じゃあ、そのカレーもちょうだい?」
ふっ、周囲の視線を消し去った俺が小町にあーんするなど朝飯前あれ? なんか手が震えてるぞ? おっかしーなー。
「はむっ、おいしー!」
どうやら全然朝飯前じゃなかったようだが、なんとかあーんもすることができた。大丈夫まだ生きてる。
その後は特に恥ずかしくなる事態も起きなかった。料理自体リピート性のあるおいしさだし、たまに通ってもいいなと思った。
「ありがとうございましたー」
店員さんに三度目の優しい眼差しを喰らい、再び死にそうになりながらも店を出る。キャンペーンで半額とはいえ、この値段でこの味は十分満足できた。一般的な男性の胃袋には一品だと物足りないかもしれないが、小食な俺には十分だったし。
「またこようね」
「そうだな」
多少恥ずかしさに瀕死の重傷を負いかけたが、なんとか致命傷で済んだし、店の雰囲気も気に入った。カップルキャンペーンがなくなったらちょっと手が出しにくくなるが、またたまにデートで来てもいいだろう。
さて、次はどこに行こうかと小町に話しかけようとしたとき――
「あら? こんなところでなにをしているのかしら?」
世界が――凍った。
クーラー効きすぎじゃねと思うほど冷え切った空気の中、二人してギギギと正面を向くと――
「ずいぶんと仲がいいわね、シス谷君、小町さん」
氷結の女王が、悠然と君臨していた。
付き合う前と付き合った後のデートって勝手が違うんでねえの? 知らんけど
イケメン眼鏡八幡とあどけない小町がデートしてたらそりゃ生温かい視線向けられるから
ちなみにお昼のお店はフレンチ料理のお店の設定