やはり妹の高校生活はまちがっている。   作:暁英琉

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そして彼と彼女の関係は・・・・・・

 ――小町、探したぞ。

 小町を呼ぶ声に振りかえると、小さな肩で息をして、汗をびっしょりかいたお兄ちゃんが立っていました。

 それはあの日の記憶。誰もいない家に孤独感を感じて家出した、あの時の。

 最初は怒られると思っていました。身勝手な理由だし、たくさん心配もかけたから。だからお兄ちゃんの顔を見るのが怖くて、ドーム状の遊具の中でずっとうずくまっていた。

 けれど、頭に乗せられた手は優しくて、思わず見上げた顔も安堵と優しさに満ちたもので、小町は訳が分からずぼろぼろ涙を流して泣いてしまいました。

 突然泣き出した小町に、お兄ちゃんは慌ててしまいます。そんなお兄ちゃんをもう一度見上げて、どうしてと問いました。どうしてそんなに優しくするの? どうして怒らないの? 小町のせいでお兄ちゃんはお父さん達からぞんざいに扱われてるのに。

 ――かわいい妹を大切にするのはお兄ちゃんとして当然だろ?

 少し思案するように首をかしげていたお兄ちゃんの口から発せられた優しい言葉は、地上を照らす太陽のように小町の暗く沈んだ心を照らして、温めてくれました。あぁ、お兄ちゃんはこんなにも小町のことを大切にしてくれてる。孤独なんかじゃ全然なかったんだ。そう思うと無性にその太陽に手を伸ばしたくなって、飛びつくようにお兄ちゃんに抱きついていました。お兄ちゃんは少し困ったような顔をしながら、髪を梳くようにゆっくりと撫でてくれました。

 

 

 どうやらビンゴだったようだ。

 あの日のようにドーム状の遊具の中から振り返る小町。ぼろぼろ泣いたのだろう、くしゃくしゃになってかわいい顔が台無しだ。しばらく見つめ合っていたが、はっとした小町はまたうつむいてしまう。

「なんで、ここが……」

「お兄ちゃんだからな。妹のことはなんでもわかる」

 言ってて恰好がつかない。小町の気持ちをわかっていなかったからこんなことになってしまっているのだから。

「……本当は、何も分かっていなかったんだな。そのせいで小町に悲しい思いをさせちまった。ごめんな」

「お兄ちゃんが謝ることじゃないよ。小町がわがままだったから……」

 違う。俺は小町の気持ちを何も分かっていなかった、考えていなかった。皆を俺から遠ざけるという提案も、結局は小町やあいつらのためじゃなくて俺自身が傷つかないためのものだったんだ。ただのエゴであり、残酷な……偽物。

 小町の頭にそっと手を乗せ、髪を梳くように撫でる。

「っ……どうして……」

触れた瞬間小町はびくっと一度震え、うつむいたまま口を開いた。

「どうしてお兄ちゃんは、そんなに小町に優しいの?」

「どうしてって……かわいい妹を大切にするのはお兄ちゃんとして当然だろ?」

 小町が顔を上げる。俺に向けられたその顔は、安心したような、しかしどこか悲しそうな顔で、俺は喉の奥が枯れ果てたかのようなひりつきを覚えた。

 今の言葉は本心から来るもの……だったはずだった、いままでは。もちろん妹を大切にする兄の心は持っているが、それは一番じゃない。本心はもっと単純で、けど複雑なものだった。

 今それを言葉にするべきか、俺は未だ悩んでいた。この想いを伝えれば、俺達の関係は変わってしまう。ひょっとしたら取り返しのつかないレベルで壊れてしまうかもしれない。そう思うと……怖い。

 だが、一番大事なことを隠し続ける関係。ぬるま湯のような、熱湯のような矛盾した関係ではきっとまたこいつを傷つけることになってしまうと思うと、声は、意外と素直に出てきた。

「それに……」

 静かに小町を抱きしめる。

「それに、俺の一番大事な女を絶対に離したくはない」

「えっ……?」

 何を言われたのか分からないように目を見開く。俺は抱きしめる腕に力を込めて、禁断の言葉を口にする。

「俺は、小町が好きだ。兄としてじゃなく、比企谷八幡個人として、比企谷小町が好きだ」

 小町が俺のベッドに入ってくるようになってからずっと考えていた。自分の気持ちに、自分の奥にあるかもしれない本当の気持ちに。論理立てし、理詰めして、けれどいままで答えが出なかった、この公園で小町の姿を見るまでは。

見た目以上に小さく見える小町を見つけたとき、こいつが、俺が一番守りたい存在なんだと、不思議と腑に落ちた。論理や理屈なんて関係なく、心がそれを受け入れた。きっとこの心は俺が求めた“本物”の一つなのだと、そう理解した。

「拒絶したかったら拒絶してもいい。軽蔑したかったら軽蔑してもいい。けど、これが俺の……っ!?」

 続く言葉は俺の背中に回された腕のせいで出なかった。胸元に押し付けられた小町の顔は見えない。きゅっと回された腕から優しく力が伝わってきた。

「小町はね……」

 その声は顔をうずめているせいでくぐもっていて、感情は汲みとれなかった。拒絶してもいい、軽蔑してもいいと言いながら、その言葉を恐れている自分が情けなかったが、それだけこの感情が本心なのだと実感することができた。

 次の言葉を紡ぐ前にゆっくりと小町は顔を上げる。

「小町もね、お兄ちゃんのこと、好き。妹としてじゃなくて、比企谷小町個人として、比企谷八幡が、好きなの」

 あぁ……。

 やはり間違っていなかったんだ。悩み、不安に押しつぶされそうになりながらも口にした言葉も、抱きしめたこの腕も、抱きしめられた小さな身体も。

 だって、小町が笑っているんだから。涙でくしゃくしゃになった顔に浮かべた、めいっぱいの笑顔を見れば、全てが正しいのだと肯定できた。

「お兄ちゃん……」

「小町……」

 徐々に近づくお互いの距離。吐息が混じり、肺を満たす。お互い目を閉じて唇が触れ――

 

 ――きゅぅぅぅぅ。

 

 ――あうことはなかった。動きがピタッと止まる。恐る恐る目を開けると、真っ赤な顔で口をパクパクしているかわいい生き物がいた。

「……ぷっ」

「っ!! お兄ちゃん! 笑わないでしょ!」

 真っ赤な顔して怒られても全然怖くないし、そんな力なくポカポカ叩かれても痛くない。なんか気恥かしいけどな。

「そうだな、腹も減ったし、早く帰ろうぜ」

 くしゃっと頭を撫でてやると、納得いかないのか「むぅぅ」とうなり続けている。これはあやしながら帰ることになりそうだ。

 小町の鞄をかごに入れ、自転車にまたがると後ろから腰に手を回される。背中に感じる小町の鼓動や熱、柔らかさに俺の鼓動も高鳴る。最近こいつを自転車に乗っけていた時にいつも感じていたドキドキ、それに近いけれど全然違うように感じるのは俺がこの感情を受け入れたからだろうか。この胸の高鳴りが逆に俺を安心させているようだった。

「お兄ちゃん……」

「……ん?」

「ありがとう」

「……俺の方こそ、ありがとう」

 雲ひとつない夜空には静かに輝く満月。これからのことがうまくいくと、なんとなく、そう思えた。

 

 

「それでお兄ちゃん。結局これからどうするの?」

 帰りついた時間が遅かったため、簡単な食事で済ませた俺達はソファーで一息ついていた。そこに小町のこの質問である。

「まあ、昼間の案はお前含めて全員から却下されたから無理として、一応行動に移せることは他にあるんだ」

 なんか憮然とした目で睨まれてるんですけど、お前俺のこと好きなんだよね? ちょっと怖いよ?

 まあ、そんな案があるならあんな案提示するなってことだと思うのだけど、そもそも最初は切る気がなかったカードなわけで……ってこんなこと言っても言い訳ですよね。

「まあ、この策はお前も含めて何人か手伝ってもらわないといけないんだ。……協力してくれるか?」

「もちろんだよお兄ちゃん!」

 胸の前で小さくガッツポーズをして小町は了承してくれる。めちゃくちゃかわいくて八幡的にポイント高い。

「まあ、その前に他の奴らに協力を要請しておかないとな」

 スマホを取りだすと何件か電話をする。小町以外に自分から電話をするのは久しぶりだからなんか緊張するが、なんとかこなす。女の子に電話とか緊張のしすぎでどもるの必至なんですけど、ちゃんと伝わったかな。

 これで電話は終わりと考えていたが、ふとある可能性に思いいたり、着信履歴を遡る。大体が小町なその履歴の中で、一つだけ電話帳登録されていない携帯の番号があった。そこにリダイヤルをかけた。

 ワンコールで通話がつながる。

「我だ。どうした我が相棒よ。いや、皆まで言わなくても分かっておる、新作のプロットが見たいのであろ――」

「あ、やっぱ切るわ」

 なにこいつすっげーうぜえ。ついでに着信拒否にしておこうかな。

「あぁっ! 待って八幡! 冗談だから!」

 通話を終了しようと耳元からスマホを離すと慌てた声で材木座が待ったをかけてきた。こいつキャラぶれるの早すぎな。いや、ぶれなかったら今頃切ってるんだけど。

「はぁ、まあいいや。材木座、頼みがある」

 俺にはこいつが欲しい情報を持っているという確信がった。二言三言会話をすると、望みの返答も返ってくる。明日会う約束を取り付け、電話を切った。

「さて、うまくいくだろうか」

「うまくいくよ、きっと」

 俺の肩に頭を乗せた小町がどこか自身ありげに返してくる。その言葉が頼もしくて、つい顔がほころぶのを感じた。

 

 

 小町に今後の予定を説明し終えると、もう時間は十二時を回っていた。じゃ、寝よっかという小町に促されベッドにもぐる。小町と一緒に寝るのはもはや日常になっていた。いつものこと、いつものことなのだが……。

「? お兄ちゃんどうしたの?」

「い、いや……」

 自分の気持ちを認識した途端恥ずかしさと緊張に寝れなくなるとか思ってなかったからやばいやばいやばい。かわいいし近いしシャンプーのいい匂いするしなんか柔らかい!

 あと小町絶対わかってるだろ! 変にもぞもぞ動くのやめて! お兄ちゃん変な気分になっちゃう!

「へへぇ」

 そんな顔すると許すどころか理性も手放しちゃいそうになるから! お兄ちゃんもういっぱいいっぱいだから!

 これは眠れそうにない。そんな俺をよそに、小町は楽しそうに俺の胸に顔をうずめるのだった。かわいいなぁ、ほんと。

 




千葉の兄妹ではよくあることです


そろそろこのシリーズも終盤かなーと思いつつ書いていますが、ひょっとしたら衝動的に話をつけたす可能性も無きにしも非ず(無計画


※UA40000ありがとうございます!

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