やはり妹の高校生活はまちがっている。   作:暁英琉

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だけど、比企谷小町は我慢する

 お兄ちゃんの靴箱にあの手紙が入ってから一週間が経ちました。特にお兄ちゃんから変化や動きは聞きません。けど、小町はある変化に気づいています。

 一か月前と比べると女子の会話も落ち着いたように思えます。サッカー部で一年生の目にも入りやすい葉山さんはともかく、基本的に一人でいるお兄ちゃんの話題はほとんど上がりません。それでも時々上がるんですが、まあ時々だし。そこは大して問題ではないんです。

 問題は男子。あまり大きな声ではないですが、文化祭、実行委員長、罵倒といった単語が聞こえてきます。文化祭はまだだし、明らかに去年お兄ちゃんのことです。本当にありがとうございます。なんて茶化せるほど小町は寛容じゃない、ものすごいいらいらしています。けど、ここで小町が男子達を怒ることをお兄ちゃんは望んでいない。だから、今は我慢して聞こえないふりをするんだ。

 男子が文化祭の噂話を口にするようになったのは二、三日前。少し女子に人気が出たからって陰口ばっかりで自分を磨かない男子なんてお兄ちゃんの人気が急上昇してなくてもそもそもモテるわけがないのに見苦しい。しかも、去年のことが噂になっているということは、先輩達もこれに加担しているということだよね。確かにお兄ちゃんのやり方は最低だし、褒められるようなものではないけれど、お兄ちゃんのことを何も知らないくせに、知ろうともしないくせに、上辺の情報に踊らされている様は滑稽で……醜い……。

「小町、大丈夫?」

「……え? え、と……なにが?」

 友達が心配そうに話しかけてきたので、笑ってごまかします。ちょっと考え込んでて真正面に断たれたことにも気づいていませんでした。

「いや、あんた結構怖い顔してたよ?」

「っ!?」

 言われて思わず頬に手を置いてしまいます。そんな心配されるほどいらいらが顔に出ていたのかな、それは小町的にポイント低い。少し頬が硬いような気がして両手でもにゅもにゅしていると笑われてしまいました。恥ずかしい……。

「ま、あいつらのことなんて気にしないのが一番だよ。ブ男たちの嫉妬なんてしょぼいしょぼい」

「うん……」

 分かっているんです、気にしなければいいというのは。けど、どうしても気にしてしまう、聞こえてしまう。聞こえて、どうしてもいらいらしてしまう。これは兄妹のことを悪く言われているからなのでしょうか。それとも……。

 それに、最近ずっと胸の奥にわだかまっている感情はいらいらだけじゃなくて、けどこれは安易に表に出して良いものではなくて、けど出したくて仕方なくて。

 

 ――今出せたのは、小さなため息だけでした。

 

 

 夜、夕飯と風呂を済ませてベッドで読書をしていると扉が開く。小町は無遠慮に入ってくるとなにも言わずにベッドに飛び込んできた。

「もう寝るか?」

「……ん」

 あれ以来、小町は毎晩俺の部屋で寝るようになった。最初は戸惑いこそしたし、小町の理解しがたい行動や言動、表情に勘違いをしそうにもなったが、それももう慣れた。慣れって怖い。きっと小町は多少ブラコン症状が進行してしまっただけなのだ。千葉の兄妹だししかたないが、問題もない。

 本を閉じ、電気を消して布団にもぐると、いつも通り俺の胸に顔をうずめてくる。いや、心なしかいつもより深く顔をうずめている気がするし、回された腕に入る力も少し強い。

「……なにかあったのか?」

 小町はぴくっと跳ねて静止。少し間をおいてゆっくりと顔を上げた。その表情は思いつめているような、しかしその中で何かを決意したようなもので――

「お兄ちゃん、小町はいつでも、お兄ちゃんの味方だから」

 あぁ、悟ってしまった。こいつは昔から隠し事が下手なくせに妙に溜めこむのだ。恐らく、誰かがあの噂を話しているのを聞いていたのだろう。俺も耳にしてはいたが、無視と割り切っている俺はともかく、小町には辛い状態だろう、きっと今も、俺のために溜め込んでいるのだから。

「あぁ、ありがとな」

 優しく抱き込んでやると、少し照れくさそうに笑ってくる。その声を聞いて、少し胸が苦しくなるのだ。小町のために今できることが、こんなことしかないのだから。

 早期解決なら犯人探しをするべきなのだろうが、情報も少なすぎるし、噂の内容も上級生なら誰でも知っているようなことだ、特定は難しい。それに、もし犯人を見つけられても、元を絶っても残るのが噂。自然消滅するには時間がかかるだろう。それに、下手に動くと余計に話がややこしくなる可能性が高い。俺が動けば皆面白がって拡散速度が上がるだろうし、第三者が動けばそいつも交えたありもしない噂が撒かれる。聴衆は常に自分達にとっての喜劇を求めており、面白くするためなら平気で座席から横やりを入れてくるのだ。やはり今は様子見するしかない。一過性の噂ならば消えるのに七十五日もかからない、すぐに消えてしまうだろう。

 ただ、その間小町にずっと辛い思いをさせてしまうのかと思うと辛くて、苦しくて――

「こんなダメ兄貴でごめんな……」

 ――自分をぶっ殺したくなってくる最低な気分だった。

 




次くらいがおそらく長めだと思うので今日は短めで


最初は数話で終わるだろとか思っていたのに予想以上に長くなっています
長いせいで整合性が取れてないところとかもありそうで怖い(´・ω・`)
とりあえず、完走目指してがんばります!


※UA3000ありがとうございます!

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