やはり妹の高校生活はまちがっている。   作:暁英琉

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ただ、比企谷八幡は動揺する

「…………」

「…………」

 十一時ごろまで寝ていた小町を起こした後、二人で朝食兼昼食を取っている。

「…………」

「…………」

 む、無言が辛い……。いつもならむしろ無言を歓迎しているはずの俺がこんなに無言に苦痛を感じるなんて、おかしい、こんなはずでは。

 そ、そもそも、俺程度の脳みそではじき出した結論が正解なわけないじゃないか。妹相手にまで勘違いするとか八幡まじちょろすぎ。小町が俺を恋愛対象として見てるとかありえないから、だってゴミいちゃんだぜゴミいちゃん。こんな奴兄じゃなかったら話しかけもしないに決まってるじゃないか。……泣きたい。

 だから、ここは努めて冷静にいつも通り振る舞ってですね。

「お兄ちゃん」

「ひゃいっ!?」

 全然いつも通りにできてないじゃないですかやだー。小町から怪訝そうな顔で見られてる。妹相手に緊張してるとかまじ恥ずかしい。もー見ないでって。

「お兄ちゃんこの後暇?」

「お、おう。お兄ちゃんの土曜日はいつも暇だぞ」

「じゃ、じゃあさ! デ、デートしようよお兄ちゃん!」

 ほーん? ……ほーん? ぶっ込んできますねこの子。「お兄ちゃんとデート」いつもなら微笑ましくてうれしくなっちゃうんだけど、今はガッチガチに緊張ですよぼくぅ!

「お、おう。お出かけな。どこに行きたいんだ?」

「お出かけじゃなくてデート!」

 あ、そこは譲らないんですね。

「と言っても小町はお兄ちゃんと一緒にいられればそれでいいから、とりあえず出かけようよ」

 正直小町から逃げ出したい自分と、小町の頼みは断れない自分が脳内戦争勃発させているが、そもそも小町のお願いを断ることは禁則事項に当たるので戦争は圧倒的蹂躙によって即時終戦を迎えた。

「あぁ、いいけど」

「やった! じゃあ、お兄ちゃんの服もコーディネートしてあげないとね!」

 跳ねるように部屋に向かおうとする小町に連行される俺に抵抗する意思はなく、変な気を起こさないように無意味な思考を繰り返すだけだった。あぁ^~小町がぴょんぴょんするんじゃ^~。

 このあとめちゃくちゃ着せ替え人形にされたのは言うまでもない。

 

 

 そしてららぽにやってくる比企谷兄妹。

 学生の思考停止おでかけの安牌ららぽマジ神。まあ、小町とはよく来てるわけだし? 兄妹なわけだし? いつもどーり過ごせば……いや、すみません全然いつもどおりじゃないです。

 右腕に小町が抱きついてきている。おかしい、よくあることなはずなのになんでこんなドキドキしてんの? 八幡妹に勘違いするとかマジキモい。

 ちらっと横目で小町を見ると、服装がいつもと違う……気がする。小町は大抵外では露出の少ない服を好んで着ている。夏場でも腕や足以外はあまり露出をさせない服装で出かける。今みたいに肩丸だしなファッションの小町、お兄ちゃん家でしか見たことないよ!? あと、割と身長差があるせいでこう……ちらちらと服の中がですね。あああああ落ちつけ八幡、こういう時は小町の顔を思い浮かべて理性を保てって今その小町のせいで変にドキドキしてるんだよおおおお。

 外じゃなかったら壁に頭打ちつけてのたうちまわってた。TPOわきまえる俺マジ常識人。

「ね、お兄ちゃん」

「ん?」

 平静を装って短い返答をする。顔にも声にも動揺は出てないな。気を張りすぎて、俺の表情筋筋肉痛になりそう。

「今の小町達、カップルに見えるかな?」

 ブフッ!!

 あ、危なかった。どうにか心の中で噴き出すだけに留まれた。今日のこの子やけに爆弾投げ込んできませんかね? ボンバーマンもびっくりですよ。

「……さあな。兄妹って知らなければ見えないことはないんじゃないか?」

 というか、実際見えているのだろう。さっきから嫌に視線を感じるのだ。まあ、最近は慣れてきたし、悪意ある視線ではないのであまり気にはならないのだが、男が俺に一瞬敵意の眼差しを向けた後、諦めたように肩を下ろす光景は、なんというか、いたたまれない気持ちになる。そんな女に囲まれている葉山を見たときのような反応はやめてほしい。

 頬を上気させ「えへへぇ」と顔をとろけさせる小町。――実際兄妹という贔屓目を差し引いてもかわいいと思う。顔立ちは整っているし、性格は明るく社交的で男受けもいいはずだ。しかし、未だに彼氏ができたという話を聞かない。いや、普通に考えて兄に彼氏の話を逐一するとも思えないのだが、土日はほとんど家にいるかたまに女友達と遊びに行くかで、男の影を全く感じない。そういえば、中学の時は告白もよくされるって言っていたか。

 兄として妹の彼氏なんて認めるわけにはいかないけれど、あまりにも男の影のない小町に一度「告白されるなら付き合ってみてもいいんじゃないか」と聞いたことがある。あれは俺が中学二、三年あたりの時だったはずだが、あの時小町はなんて答えたんだったか。

「えへへ……あ、お兄ちゃん! あのお店行こうよ」

「お、おう……」

 思考の海に身を投じている間に小町が興味のある店を見つけたらしい。手を引かれるがまま向かうと女性向けのファッションブランドの店舗だった。いつもなら不審者に向けられる視線が痛いし恥ずかしいしで行きたくないことこの上ないのだが、今は不審者がられないし、相手が小町なので割となんとかなる。ごめん、うそ、やっぱ恥ずかしい。超恥ずかしい。なんか微笑ましそうな視線向けられるんだもん、恥ずかしさで死にそう。

「んー……あ、これどうかな?」

 自分の身体に服をあてがい、こちらに見せてくる。カジュアルなデザインに猫のワンポイントは小町の元気さを強調するようで非常によく似合っている。

「いいんじゃないか? お前下手にかわいいのより、そういう系のが似合ってるしかわいいからな」

 小町は自己評価を割と正確にできる子だ。一色のように外面を作れば露骨な「かわいい」も十分に似合うが、小町には自然なかわいさが似合っている。より自然体に近い分、同じあざといでも一色はかわいくなくて(最近かわいいけど)小町はかわいいという評価になるのだろう、決して身内贔屓ではない。

「そ、そうかな……。かわいい……えへへ」

 いや、お前その反応は兄に褒められてする反応ではないと思うのだが。こっちまで変な気持ちになりそうになるじゃないか。平常心平常心、妹に勘違いとかマジあり得ないから。高坂、ダメ、ゼッタイ。

 俺に褒められたのがよほどうれしいのか、小町は即決でその服を購入した。女子の買い物というのはもっとあーでもない、こーでもないとか悩んだり、褒められても「じゃあこれは?」と別のものを持ってきたりするものではないか? 偏見?

レジから鼻歌交じりに戻ってきた小町はまた、俺の手を取る。きょろきょろと周囲の店を見ながらぐいぐい引っ張ってくる小町になすがままにされていると、ふと足が止まる。視線の先を追うと、ゲーセンだった。そのさらに一点、パンさんのクレーンに視線は注がれている。

 あれ? この子そんなにパンさん好きだったっけ? いや、嫌いではなかったと思うけど、ひょっとして俺の知らないうちに雪ノ下に洗脳されてしまったのでは……。パンさん教怖い。俺は日本人らしく無宗教を貫こうと決めた瞬間だった。

「なんだ、パンさんほしいのか?」

「は?」

 いや、そんな露骨に変な顔しなくても。お前ずっとパンさんの方見てたやん? 今まで雪ノ下の生霊でも乗り移ってたの? 雪ノ下こっわ。

「あーいや、そうじゃなくてさ。小町が見てたのはその先だから」

「その先? ……あぁ」

 パンさんのクレーンケースの奥、硝子越しで少しぼやけているがプリクラのキラッキラしたピンクの筺体が見えた。プリクラ筺体ってなんであんなに原色ピンクの筺体多いんだろ、あれ超目にやさしくない。

「お兄ちゃん! 小町とプリクラを撮ろう!」

「えぇ……」

 これにはさすがの妹好き八幡も難色を示さざるを得ない。最近のプリクラって目の補正とかすさまじいけど、自然体の方が好きな俺はあの偽物チックな補正が薄ら寒く感じてしまうのだ。あと、あれ男の方に補正かかると超気持ち悪い。え、戸塚とは嬉々として撮ったじゃないかって? 戸塚だからセーフ。

「大丈夫だよお兄ちゃん、ここ補正なしで撮れるのも置いてあるよ」

 さすが我が妹、俺の言わんとすることをしっかり汲み取ったようだ。だって顔が変わったら「その子はもう死んだ」ってブラックジャック先生も言ってたじゃない! まあ、だから補正ないんなら断る理由ないんですけどね。

 手を引かれて筺体の中に入る。ところで、なんでプリクラの目隠しって足のとこ隠さないの? 美脚のお姉さんが撮ってる時とかドキドキしちゃうんだけど。あ、だから男子だけでプリクラコーナーは御法度なのか。

「ほら、お兄ちゃん早く早く!」

 どうでもいいことを考えているうちに設定が終わったらしい。二人してカメラのレンズに顔を近づけるのだが、これどういう顔すればいいのん? 戸塚としかプリクラ撮ったことないから八幡わかんない。とりあえず、こういう時は無表情に限る。決して作り笑いをするキモいと言われて凹むからではない。クールな男八幡なのだ。

「もー、お兄ちゃん無表情すぎー」

「そうは言ってもなー……」

 二回ほどシャッターが切られた後、小町から文句が入る。ちなみに俺が無表情固定の間、横の小町はダブルピースしてたりアイ○スのポーズしてたりしていた。いや、ア○リスはいかんでしょ、中の人的に。チャンピオン戦BGMいいよね。

「まあ、お兄ちゃんが笑ってピースとか想像できないけど」

「だろ?」

「じゃあ、さ。ちょっと腰、落としてよ」

「?」

 言われて少し腰を落とす。まあ確かに身長差があるわけだし、俺が小町の目線に合わせるだけで構図も変わる。カメラに視線を戻すとスピーカーからカウントが聞こえてくる。

「小町、これくらいでいい――」

 

 ――――チュッ。

 

 「か」はでなかった。頬に触れる柔らかい感触に固まってしまった。無機質なシャッター音が響き、フラッシュがたかれる。

「……小町、お前……」

「ふふっ、お兄ちゃん顔赤いよ……」

 耳元囁かれて思わず振り返る。目の前には小町の顔。

 なんだよ。

 なんだよ、なんだよなんなんだよ!

 優しいような、愛おしそうな、困ったような、様々な感情が入り混じった複雑で艶やかな顔。ぐちゃぐちゃになる思考の中、俺は、そんな女の顔をする小町を、ただ、見ていた。

 




当初の予定では結構短く終わる予定だったのに気がつくと10話目に入った小町話です。どうも。

今回は割と爆弾ぶっ込みまくったのですが、ちょっと駆け足な気がしなくもない。
大体の方向性は決めているんですが、細かい肉付けは全部その場で考えているので割と勢いだけの作品になっている感は否めないですね・・・。

そういえば、アニメ12話見ましたけど、後1話ですよね? どういうラストになるのか怖いような楽しみなような。

あと、UA20000、お気に入り600ありがとうございます!
もっと読み手が楽しめるような作品にできたらと思っています(ちょうむずかしい

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