匠先生
戦力調整の日から、もう一か月以上が過ぎた。例の彼女はとても元気で、すぐに艦隊に溶け込んだ。今では、雪風に続いて、ムードメーカー的な存在になっている。俺も最初にあった時、突き飛ばされたのでどうかと思ったが、まぁ他の事は、一応やってくれているまともな人だったことが分かったので、安心して接している。たまに彼女のテンションには追いつけなくなるが…。
「テイトクー、Good morning。今日もいい天気ネー」
金剛が挨拶した。
「おう、おはよう。天気、そんなにいいのか?」
金剛の言っていることが気になったので、後ろの窓を見た。そして、窓を開けると、澄み渡った青空が見えた。俺は提督室でデスクワークをしている。今は8時前で、掃除が終了して、今日の仕事を早めにやっているのである。そんな疲れのたまっている俺にすがすがしい景色が飛び込んできた。
「ほんとだ、雲一つない良い天気だな」
俺はほっこりした。最近、任務が忙しく、まともに休む時間がなかった。まぁ、他の提督方も同じなので文句は言えない。
「テイトクは大変デスネー、私もお手伝いしマース」
どうやら、金剛が手伝ってくれるようだ。何か嫌な予感はするが、今回は頼ってみることにした。
俺は書類の山の一部を金剛に渡した。
「これをどうするデスカー?」
「下に番号が振ってあるだろ?その番号順に並べてほしいんだ」
「了解したデース」
金剛は黙々と作業を始めた。俺はその姿を見て、なぜか湧き出てきた期待を胸に自分の作業を始めた。しばらくして、金剛の作業の進行状態を見た。俺は何とも言えない状態になった。
「金剛…、お前って…不器用?」
金剛は書類を机に広げるだけ広げ、狙った数字をひたすら探す作業をしていた。
「そうですカー?私はこれがわかりやすいネー」
「お…おう」
本当に何も言えない…。作業は進んでいるが、あまりにも効率が悪すぎる方法である。これ以上言うと一生懸命やっている彼女がかわいそうなので触れないで自分の作業の続きをやった。
朝礼の8時になり、時間通りみんなが集まった。
「今日も偵察任務がある。気を引き締めて、事故の無いよう全力を尽くすように」
「「「はい!」」」
みんな、笑顔で答えた。
「じゃあ、出撃の1130まで待機。時間通りに出撃デッキ前集合な。あと、飯。早めに済ませとけよ。一時解散」
全員、提督室をでて各自、事前の準備を開始した。みんなが帰ろうとしていると、能代が手に持っていたメモ帳からシャーペンが落ちた。俺は能代に声をかけた。
「能代、シャーペン落としたぞ」
「あっ、すみません」
俺が拾おうとする。その時、能代も拾おうとした。その時、手が触れあった。
「「あっ」」
能代はすぐに手を戻した。俺はシャーペンを取り、能代に渡した。
「あっ、ありがとうございます」
能代は走って戻っていった。何かを隠すかのように…。俺は不振に思った。正直、能代と手が触れた時、冷たかった。さらに、少し顔色が悪そうだった。気になるが、多分気のせいであろう。とりあえず、とある本にメモを取った。そのあと深呼吸して、俺しかいないこの提督室を眺めた。そして、みんなの事を考えた。正直、ここまでしっかりやってくれるとは思っていなかった。我ながら良い艦隊になったと思っている。こう自画自賛していた俺は、金剛が並べてくれた書類を手に取った。一番高い数字が一番上にあり、1ページ目が一番下と言う面倒な順に積んでくれた書類を見て、苦笑いをした。
その書類を持って、書斎の椅子に座った。すると、提督室に誰か入ってきた。
「提督、ちょっといいかな?」
時雨である。
「ん?どうした?」
時雨が話しかけてくるのが滅多にないので、内容が気になった。“なにかあったのか”と、少し不安になった。
「例の奴、いつ返してくれるのかなぁ?いや、別に急いでるわけじゃないんだけど…」
あっ、と俺は思い出した。ちょっと時雨から借りているものがあった。
「あー、了解了解。今、ちょっと忙しいから…9時半くらいに俺の部屋の前に来てくれ」
「はい、わかりました」
そう言って、時雨はおそらく、自室へと戻っていった。
9時半、しばらくして時雨がやってきた。廊下で立ち話もなんなので自室に入れた。時雨は俺のベットに腰かけた。時雨はあたりを眺めていた。
「提督の部屋…きれいだね」
「そ、そうか?」
俺は少し照れてしまった。本当は昨日掃除したばかりであり、しっかりやってよかったなぁと思っていた。
「おっ、あったあった」
俺は机の引き出しから一冊の本を取り出した。この本は、以前時雨が読んでいて、おもしろそうだったので貸してもらっていた本だった。
「とても面白かったよ、なんといっても恋の描写がいいね」
「提督もそう思う?」
嬉しそうに尋ねられる。
「おう。実際俺、こんな体験ないから」
しばらく、沈黙の時間ができた。時雨も触れてはいけないところに触れてしまった感がしているのだろう。とにかく、話題を変えるため俺から話しかけてみる。
「し、時雨。本は好きか?」
「…う…うん」
二人は目の前にある本棚を見た。
「俺の本棚には提督関係の資料と、小説しかないし、ろくなものないぞ」
時雨は立ち上がりなにかないか探し出した。そして、一冊の本を取り出した。
「読んでもいいかな?」
「お…おう」
時雨は本を読み始めた。たぶん手に持っている本は、高校生くらいの時に、オカンからもらった本だろう。内容はほとんど覚えてないがたしか、なにかの論説文だったような気がする。まぁ当然、俺は読んでいないがな。しばらくすると、時雨の足がそわそわしていた。俺は読んでいる姿をずっと見られているのが恥ずかしいのだと思った。
「俺は仕事やってるから。てか、座って読めよ。ずっと立ってたら疲れるぞ」
時雨は笑顔で「はい」と答え、俺のベットに座って本の続きを読みだした。そんな時雨を見て、落ち着いた俺は、仕事の残りを片付けだした。
今日も何の問題もなく任務を遂行していた。俺は報告書をまとめて、自分の艦隊メンバーで明日のことについて話していた。
「時雨、出撃時間ギリギリまで俺の部屋で本を読むのはやめてくれよ」
「う…うん、ごめんなさい」
みんなのくすくすと笑っていた。
「よし、とりあえず今日の会議は終了。明日、ちゃんと起きてこいよ。解散」
みんな立ち上がり一礼して戻っていく。今日も俺の任務は終了したと思い、俺は伸びをした。それが終わると同時くらいにとんでもないことが起きた。
バタッ。
誰かが倒れるような物音がした。廊下からだ。俺は部屋を飛び出し、様子を見た。そこには俯きに倒れた能代がいた。
「能代!」
「お姉ちゃん!!」
すぐさまみんなが駆け寄る。能代は過呼吸をしていた。とりあえず仰向きにさせた。
「大丈夫か!?おい!!」
呼びかけるが返事ができる状態ではなかった。よく見ると、能代は汗だくであった。不意に俺は能代の額を触った。
「すごい熱…、雪風、医務室に連絡。島風と時雨は先に軽巡の部屋に行って布団をひいてきてくれ」
みんな言われた通りの仕事をやりに行った。俺は能代を移動させるために持ち上げた。右手を首元、左をに足を乗せた。いわゆるお姫様だっこというやつだ。とにかくこんな非常事態なので気にせず、俺は連れて行った。酒匂はこの姿を見ていた。
「お姉ちゃんいいなぁ…」
本当に聞こえたかどうかはわからないが、そう聞こえた気がした。それはそうと、俺は提督室の入口まで来て急に足が止まった。そして、何もしないでこちらを見ている酒匂に言った。
「酒匂…、もうだめだ。肩貸してくれ」
「え!?」
驚いた顔をした後、少し不本意ながら肩を持つのを手伝ってくれた。
「しれぇ、行ってきますね」
「お姉ちゃんをよろしくお願いします」
「おう、頑張ってこいよ」
雪風らは宿舎を飛び出して言った。
「提督、申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに…」
能代がった。なんとか会話できるくらいまでには回復したが、彼女は頭に氷袋をのせて、目の前のベットで寝ている。とてもつらそうだ。
「いや、能代が頑張っているのをよく見ていなかった俺が悪いんだ」
「いや、そんなこと…」
「あるから!」
俺が言い張った。すると、しばらく沈黙の時間ができた。二人とも原因は自分だと言って、責任を感じていた。
「まぁとりあえず、今日は休め。また今度から頑張ればいいから」
「でも…」
すると、遠くの方から“ゴーン ゴーン”と古時計の音がした。近くにある時計を見ると12時を示していた。
「あっ、もうこんな時間か」
「そろそろご飯ですね。お手伝いします」
能代はそういって立ち上がろうとした。俺は全力で阻止した。
「おいおい、そんな体で手伝えるわけないだろ。おとなしく待っててくれよ」
俺はこういって、宿舎にある台所へ向かった。
30分後、俺はアツアツの小さな鍋をお盆に乗せて能代のいる部屋に持っていった。彼女は氷袋を手に持ちながら、外を見ていた。
「おかゆ作ってきたぞ」
彼女は返事しない。明らかおかしい。
「おい、元気ないぞ。どうした?」
すると彼女は下を向いた。すると、顔からなにか光るものが落ちて行った。そう、能代は泣いていた。そして、語りだした。
「ゆ…雪風ちゃんや酒匂は、今も一生懸命仕事してるのに…私ったら…」
俺は能代が寝てる時に書こうとしていた日誌で、頭を叩いてやった。
「痛い!」
両手で押さえ、痛そうにしている。
「能代、考え過ぎだぞ。お前も今、病気を治すって言う仕事してるじゃないか」
「それは違うでしょ?」
「違わない。今、提督から言われた仕事をやるのが任務じゃないの?能代、お前は今の任務をやってくれればいいんだ。こうやって一生懸命直そうとしてくれるなら、俺は…」
俺は、右手に持っていた。日誌が落ちて、その音だけが響いた。その後、俺は言葉が出なかった。そして、ここにいられない気がした。
「すまん、ちょっと席を外す。このおかゆ、食べとけよ」
「あっ、提督」
俺は話も最後まで聞かず、部屋から立ち去った。
俺は食堂で悩みながら和食定食を食べていた。今まで、ただの仕事仲間のように感じていた“艦娘”と呼ばれる人々と暮らしてきたが、今のままでいいのか…それとももうちょっと気を配ったほうがいいのか…大変悩んでいた。すると、2人の物陰が見えた。
「む、橋本か」
「橋本提督、こんにちは。…ここ、いいです?」
「あっ、はい」
南郷提督と秘書艦の蒼龍である。二人は俺の向かい側に座った。しばらく、無言のまま食事をしていた。すると、蒼龍が気を使ってくれたのか、話を振ってくれた。
「えーっと、あっ!橋本提督!来週私たちの艦隊と演習ですよね?」
「…は、はい」
「私たち楽しみにしているので、お互い頑張りましょう!」
俺は無言だった。さすがの蒼龍も苦笑いだ。その様子を見て、南郷提督は料理をつつきながら、俺に質問を投げかけてきた。
「…何を悩んでいる?」
「えっ」
ばれていた。やはり南郷提督にはバレバレだったようだ。俺は静かに頷いた。すると、南郷提督は少し安心したような顔をした。
「そう返事をするということは、やはりそうか。…話す気があるなら、相談に乗るぞ」
俺は能代が倒れた件の詳細、それに対する俺の責任、艦娘に対する俺の思い…すべて南郷提督に語った。彼は最後まで何も反論せずに聞いてくれた。
「…そうか。まあ、新人ならよくあることだろう」
その時、蒼龍は何かに気が付いたのかほほえましい顔つきとなる。俺にはその意味がさっぱり分からなかった。
「なぜ笑っているんですか?」
俺は強めに言った。すると、彼は自信満々に答えた。
「えぇ?だって、橋本提督は能代さんのことが好きなんだなって…」
南郷提督との会話も終わったので、食堂を出て自分の宿舎に帰っているところだ。能代が一人でいるのもあまり良くないため、少し急ぎ足で進んでいる。はたして、彼女は大丈夫なのか、倒れてなどしていないか心配になるたび、加速していく。やっぱり、南郷提督の言ったことは本当なのだろうか。
「す…好きって…別にそんな感じで考えてませんし」
「でもそれだけ気にしているのって、きっと能代さんを想っている証拠だと思うんです。ですよね?提督」
ニコニコ顔で蒼龍は譲治へと返事を求める。しかし譲治もいまいちピンと来ていなかったのか、「…そういうものなのか?」と逆に蒼龍へと問う。
「…ただの仕事仲間としか考えていませんって」
俺は言いきった。すると、南郷提督は〆の珈琲を一口飲んで、こう言った。
「…まあ噂で聞いているかもしれないが…。お前が来る前、能代らを所持していた提督は俺から見てもクズだった。部下を道具としか見ていない奴でな、ブタ箱に入れられるのは当然だっただろう。そんな奴のもとをやっと離れることができ、能代はお前の所に来た。そして、前とは違う初々しくも艦娘の期待に応えようとするお前と出会うことで、ある意味生まれ変わったんだろう。普段お前がどんな接し方をしているのかは知らないが、そんなお前との生活が楽しいんじゃないのか?だからこそ、張り切って、無理やりにでもがんばってしまうんだ。お前の期待に少しでも応えようとな」
最初は何を言っているか全く理解できなかった。でも次第に分かってきた気がした。だから今、俺は自分の宿舎に戻っている。俺は、宿舎の扉を開け、すぐに能代のいる部屋に飛び込んだ。
“バンッ”
過呼吸をしている俺が急に飛び込んだので、能代もびっくりしていた。彼女は上半身を起こし、一冊の本を読んでいた。
「能代…、大丈夫なのか?」
能代は微笑んだ。
「提督のおかゆのおかげでだいぶ楽になりましたよ」
布団の隣にあるお盆には空の鍋があった。ちゃんとすべて食べたらしい。一安心した。
「ふぅ。能代が元気になってくれて何よりだ。で、何読んでるんだ?」
「提督が落とした日誌です」
そういやぁ、俺は混乱している際に落としていた。それを見ているらしい。ちなみにその日誌を他人に見られるのは初めてである。少し恥ずかしかった。すると、能代は日誌を閉じ、返してくれた。それを受け取った。
「なぁ能代…」
「はい?」
「どうだった?日誌」
是非感想を聞きたかった。すると、能代は下を向いた。
「提督、やっぱり私たちをとてもよく接してくれていて…ここまで、私たちの事を考えてくれて…」
実は、俺の日誌は日頃やったことなどはもちろん、俺の今日一日に対する感想、生活をしていて不安なところ、各艦娘が提督に話したことの簡単なメモまで残していた。すると、顔からなにか光るものが落ちて行った。そう、能代は泣いていた。しかし、今回の涙は悲しみではなかった。
「能代、ごめんよ…」
俺は不意に能代を抱きしめた。能代は余計に泣き出した。
「君たちの事を考えるだけ考えて、好きってことを自覚できてなかった…。すまん」
そんな俺も涙声だった。
「でも、私たち…そんな提督が大好きなんです」
2人で泣きあった。
その時、帰ってきた時雨が報告のために俺の所に来ようとしていた。しかし、廊下を歩いている時点で俺と能代の泣き声が聞こえた。時雨は少し立ち止まった。すると後ろから酒匂が来た。
「どうしたの?」
酒匂も泣き声を聞いた。
「2人してどうしたの?見に行こうよ」
酒匂は走り出した。しかし、時雨は腕をつかみ、それを止めた。
「何で止めるの?」
酒匂は必死に聞いた。そして、時雨は言った。
「しばらく2人っきりしてあげようよ…。2人の事だから…心配しなくて大丈夫だよ」
こう言って酒匂を引っ張り他の連中が待つ外へ歩き出した。
「そういうことだったのね」
酒匂は納得したようだ。今、みんなに今日あったことを提督室で話しながら食事をしていた。話をするほど感じることがあった。やはり、南郷提督の言った通り、俺が悪いのかもしれない。こんなに愛されていたのに、それに気づけなかった俺が悪いのかもしれない。俺は、すっと立ち上がった。
「しれぇ?」
みんな俺の方を向く。そして、呼吸を整え言った。
「みんな、俺は…、俺は…」
緊張の一瞬である。でも、そんな緊張を乗り越えることで何かが変わるような気がした。いや、変わるだろう。覚悟を決め、言ってやった。
「お前らの事大好きだ!だからこれからも…一緒に戦ったり、生活したり…よろしく頼む」
言い切った。中には目に涙をためていた奴もいたが、彼女らはとてもうれしそうだった。
「しれぇ!私も大好きですよ!!」
「私が一番愛してマース」
「いや、島風が一番だよー」
「僕だって…負けてないから!!」
「流石、匠提督ですね!惚れ直しました」
「提督、これからもよろしくお願いします」
みんな…、ありがとう!!また泣きそうになったが、今回はこらえた。そして、テーブルの上に俺は手を伸ばした。するとその上にみんなも手をのせる。そして、7人の手が集まった。そして俺は叫んだ。
「こんな最高な匠艦隊!!明日からトップスピードで頑張るぞ!!」
「「「「「「「オーーーー!!!」」」」」」」
全員が再び意気投合した瞬間だった。
次の日、俺は疲れて熱をだしたのは言うまでもない。