今回のリメイク版合作でも、参加することになりました。再びどうかよろしくお願いします。
さて、以前は私の名前をそのまま使いことになっていましたが、今回はちゃんと名前を考えさせてくれました。
次に、この話はかつての「二つの心」のリメイクです。実のところ少々完成度に不満を持っていましたが、今回は個人的に満足のいく話が書けたと思っています。
大空飛男
横須賀鎮守府に、朝が来た。
昨日から南郷譲治が指示していた作戦は終わりを告げ、艦娘たちが帰ってくる。
結果は成功を収めた。だが、思いのほか敵の練度が高く、新人提督である橋本提督の艦である雪風を交えた作戦であった為に、こちら側は若干の苦戦を強いられる事となった。
蒼龍は被弾した艤装の修理を工廠へ頼むと、譲治の執務室へと足を運んでいた。旗艦である彼女が真の意味で作戦終了となるには、最後の報告までもが含まれるのだ。
朝日が連なる窓から差し込む中、蒼龍は譲治の待つ部屋へと足を止めた。ツンと鼻のつく真新しい煙草のにおいを感じ、部屋に譲治がいることを蒼龍は確信すると、扉をノックした。
「入れ」
低く厳つい声が聞こえてくると蒼龍は「失礼します」と言いつつ、執務室への扉を開いた。中では譲治が手に持った書類をにらんでおり、片手にはチビたタバコがあった。
「蒼龍。只今戻りました」
しっかりと敬礼をして、蒼龍は凛々しい声で言う。
「おう。ご苦労、ご苦労」
譲治は蒼龍が入ってきた事に気が付くと、灰皿に煙草を押し付け、書類を机の上に投げ捨てた。そして目を合わすと同時に、蒼龍は敬礼を解いた。
「どうだった。新人を連れての作戦は?」
「はい。カバーをするのに少し骨が折れました」
蒼龍は浮かない顔をすると、少々沈んだ声で報告する。譲治はそれを見ると、椅子にもたれ掛った。
「まあ何事も経験だろうな。俺も未熟な艦を作戦に入れたくはなかった。だが、上からの命令なんだ。すまん」
少々申し訳なさそうに言う譲治に、蒼龍は両手を振って、その謝罪を否定した。
「い、いえ。むしろ雪風ちゃんは頑張ってくれました。一回も被弾しなかったんですよ?」
「ほう、そうなのか。橋本のやつも喜んでいるだろう」
譲治は感心したように頷いた。さすが史実で言われた通り、「奇跡の駆逐艦」であろうか。
「あ、あの!」
若干気分がよさそうな譲治に、蒼龍は思い切って声をかけた。
「なんだ」
壁にかけてある時計を譲治は横目でちらりと見ると、椅子から状態を起こし、再び書類に目を通し始める。
「一つよろしいでしょうか」
「構わん」
「はい・・・。あの、どうして私を…ずっと旗艦兼秘書艦に置いているのでしょうか?」
蒼龍の問いに、譲治は不思議そうな顔をした。普段はこのようなことを聞かないためだけに、驚いたのだろう。
「言っている意味が分からん」
「そのままの意味です。私よりも優れている艦はたくさんいます。それに提督はこの仕事についてもう四年。私はそろそろ、お役目御免かもしれないかと思いまして」
真面目な顔つきで言う蒼龍であったが、その裏では、どこか切なげな感情を抱いていた。確かに蒼龍は立派な正規空母ではあるが、ほかの正規空母に比べて小さく、分類的には中型空母である。ゆえに蒼龍からみて優秀である譲治に、うしろめたさを感じていた。
すると、そんな蒼龍の意図を読み取ったのか、譲治は机に向かったまま、ただ「そうか」と言葉を漏らした。
しばらく沈黙が続いて蒼龍は譲治の答えを待っていると、彼は顔をあげた。
「そうだな、理由があるとすれば、ただお前が旗艦として相応しいからだ」
「それは…答えになっていません!」
思わず激情して、蒼龍は叫ぶ。何故、自分をいつまでも旗艦兼秘書官にする必要があるのだろうか。もちろん蒼龍は正規空母としての誇りを持っており、自尊心もある。しかし、それ故に自分がほかの正規空母に比べて劣っている点も多いことは自覚しており、練度だけではどうすることもできないことも知っていた。旗艦として起用しているのであればそれこそ変わりはいるだろうし、もし自分を同情心で旗艦とし続けているのであれば、即座にやめてほしかった。
蒼龍の激情から再び沈黙が続いていると、譲治はふと机から目を話し、のそりと立ち上がった。そして、ガチャリガチャリと義足の擦れる音と共に蒼龍の前まで歩み、彼女を見下ろす。
「な、なんですか?」
巨漢の男である譲治に見下ろされ、蒼龍は一歩足を下げた。数多くの戦場を体験したと思わせる傷だらけの顔に、冷血に見える据わった目。そんな譲治に見下ろされれば、誰しもが不安な気持ちになるだろう。次に飛んでくるものは拳か、それとも拳銃を突きつけられるか。そんなことをするような男ではないとわかっていても、蒼龍に嫌な妄想が走った。
「ほら」
だが譲治は何もせず、ただ蒼龍に紙切れを一枚渡した。その紙切れには、小さく文字が書いてある。
「え?これは?」
蒼龍はそれを受け取り軽く目を通すと、譲治を見上げる。
「時間と場所が書いてある。まだ言いたいことがあるならば、そこへ来い」
紙切れに書かれていたのは、鎮守府外にある店の名前と、夜頃の時間が書いてあった。
どういう意味なのだろうかと再び蒼龍は紙切れを眺めていると、譲治は彼女から離れ、そのまま執務室を出て行った。
*
「はぁぁぁ・・・。なんで私あんなこと聞いちゃったんだろう・・・」
蒼龍は数十本矢を射ると他の艦娘に場所を開け渡し、大きなため息をついた。
現在、蒼龍は弓道場にいた。日々彼女たち艦娘はこうして鍛錬を欠かさない。特に過去の第二航空戦隊に所属していた艦は過去の第一航空戦隊に所属していた艦達に負けずと鍛錬し、いつの間にか夜遅くになるなどざらであった。
しかし現在、蒼龍は身が入らずにいた。
無理もない。自らの直属である上官に、あのような質問をしてしまったのだ。それに譲治とは数年間の付き合いとは言え、いまだにその性格を読み取ることを蒼龍はできなかった。むしろ蒼龍に限らず、譲治直属の隊員全員が、理解できずにいた。
「どーしたのよ?元気ないわねぇ?」
椅子に腰をかけため息をついていた蒼龍に、同じく矢を射ていた航空母艦の飛龍が横へ座り、声をかけてきた。彼女も蒼龍と同じく、過去の第二航空戦隊に所属していた空母である。彼女はこの横須賀鎮守府に配置されてはいるのだが、どこの艦隊にも所属していなかった。
「飛龍・・・」
「あなたがそんなに元気ないと、張合いがないじゃない!」
蒼龍とは対照的に、元気そうな声で飛龍は励ましてきた。彼女たちは良きライバルであり、お互いに切磋琢磨する仲である。故に、飛龍は心配したのだ。
「ちょっと・・・ね」
「え、本当にどうしたのよ?悩みなら聞くわよ?」
「うーん」
頭を抱えて、蒼龍は飛龍に打ち明けるかどうか悩んだ。彼女はライバルであっても、まだどこにも配属されたことのない艦娘である。その為この悩みを打ち明けるのは、かえって嫌味となってしまうだろうと思ったのだ。
だが、心配そうにのぞき込む飛龍を見て、かえって言わない方が嫌味になるかと思い直すと、蒼龍は申し訳なさそうに口を開いた。
「嫌味に聞こえちゃうかもしれないけどさ…。私、旗艦にふさわしくないかなっ・・・て」
「・・・確かに嫌味だ。このっ」
苦笑いをしつつ、飛龍は蒼龍にデコピンをする。ぺちりと音が、弓道場に響く。
「いったぁ…」
「まったく、なんて贅沢な悩みなのよ!むしろずっと置いてくれてる事を、誇りに思えばいいじゃない」
「でも・・・。私より優秀な子はいるし、不思議なのよね・・・」
蒼龍はしっとりとした口調でそういうと、空を見上げた。すると飛龍はやはり気分を害したのか、少しむっとして思わず声を張り上げた。
「ほっんと贅沢ね!私も旗艦になったら、そんなこと言ってみたいわよ!まるでのろけ話を聞いている気分!」
「なっ・・・!私はまじめに悩んでるの!だって旗艦になった以上は期待に応えたいじゃない!でも…私は自分を一番わかっているのよ!だから…!」
二人の言い争いが、静まりかえっている弓道場に響いた。それにより、思わず二人はハッとなる。案の定周りを見ると、他の弓術を使う艦娘たちが不思議そうに、かつ迷惑そうに眺めていた。
弓術は神経を研ぎ澄まさなければ、良い射は打てない。それは自分たちも重々わかっている事である。故に蒼龍と飛龍は申し訳なくなり、思わず縮こまった。
しばらくして二人は反省をしていると、飛龍は縮こまった状態で息を吸い、蒼龍に問う。
「まあ、やっぱり直接本人に聞くのが一番じゃない?確かに恐ろしい風格を持ってる人だけど、実際そうでもないんでしょ?」
「うん…だから昨日の作戦が終わって報告した際に、思い切って聞いたのよ・・・。そしたらあの厳つい顔で見下ろされて、これを渡してくれたの」
小さくつぶやくように蒼龍は答えると、譲治から手渡された紙切れを飛龍に見せた。
「えっと…。時間と・・・場所?」
「そう。ここに来たら話すって」
困った顔をして蒼龍は言うと、飛龍はにやりと顔をゆがめた。
「はっはーん。鎮守府を離れて二人きりで話すのが怖いんだ?」
「うん・・・。もし解任するとかいわれたら、ショックも大きいだろうし」
顔を落として、蒼龍はぼやく。すると、飛龍も苦笑いをこぼした。
「あはは・・・。自分で言っておいてなんだけど、それ、やっぱり怖いね」
それから二人は黙りこみ、再び沈黙が続いた。矢が的を射る音が響き、風に木々があおられる音が聞こえてくる。
「まあ・・・とりあえずは覚悟を決めておいたら?」
飛龍は的が二つ空くのを確認すると、弓を手に取り立ちあがった。
「そうね・・・。うん!行きましょ!今度は飛龍に負けないわよ」
続いて、蒼龍も一つ頷くと、弓を手に取った。
「おお?調子戻ったみたいね。私も負けないわよ!」
二人はそれぞれの場所へ行くと、矢を引いた。
*
「とは言うもの・・・やっぱり怖いなぁ」
蒼龍はいつもの服とは違う普段着で、指定された場所へ向かっていた。
ちなみに、この普段着は譲治が着任一周年の際に、蒼龍に渡した物であった。その際は驚きと困惑で頭がいっぱいであったのだが、今ではお気に入りの一着となっている。和のテイストに洋服を織り交ぜたいまどきの服であるらしい。
弓道場での鍛錬の後、待ち合わせの時間まで飛龍と自分達の射に問題点がないか吟味しあった後であり、蒼龍はすっかり覚悟をする時間を失っていた。付き合って四年はたつのだが、いざ二人きりでの話となると不安な気持ちは抱いてしまう。間違っても疾しいことはしないとは思うが、それでも何をされるのか想像がつかなかった。
「やっぱり、聞くんじゃなかったかな・・・」
ぼそりと、蒼龍はつぶやいた。
あの時は戦闘後であった為に多少気分の高ぶりが残っており、思わず口を滑らせたのである。故にそのことを蒼龍は後悔して、過去の自分を責めたい気分になった。
「でも聞きたいなぁ…あーもう。なんかもうごちゃごちゃ!」
鎮守府を離れ街頭灯る道で、蒼龍は思わず叫んだ。途中、道端を歩いていた歩行者が数人不思議そうに自分を見ていることを感じると、蒼龍は思わず顔が赤くなった。
恥ずかしさを紛らわせるために早く目的地へ着こうと、蒼龍は歩みを速める。そしてしばらく歩んでいると、目的の場所が見えてきた。木造建築であり、にじみ出る古さを隠しきれてはいない。蒼龍はその目的地を見て、首をかしげた。
「居酒屋・・・?鎮守府にも酒場はあるのに・・・どうして?」
疑問を消せないまま、蒼龍はおもむろに引き戸を開いて、中をのぞく。
「いらっしゃい!」
すると、引き戸の開くガララと乾いた音が聞こえたのか、ガタイの良い、いかにも居酒屋の親父というべき男が声を出した。
がやがやとにぎわう店内には多くの机が置いてあり、鎮守府に勤務する整備兵らしき人物や、憲兵らしき人物が大声で酒を飲み交わしていた。鎮守府からそこまで離れてはいないので、酒場とはまた別に、下町好みの兵士たちはここを使用することが多いのだろう。
「あれっ!?蒼龍さんじゃないですか!」
蒼龍がその情景をみてあっけにとられていると、誰かに声をかけられた。その声に反応して蒼龍は振り向くと、どうやら店の奥にいる幼い顔つきの憲兵に見つかったようである。顔は赤く、どうやら酔っ払っているようであり、酔いの勢いで声をかけたのだろう。蒼龍は愛想笑いをしつつ、「どうも」と軽く頭を下げた。
すると、居酒屋のおやじが反応して、驚いた顔をした。
「えぇ!?あんたが蒼龍さん!?」
「は、はい!そうですけど」
「我が大漁亭、三人目の艦娘がご来店なされた!これはサインをもらわなければ!」
騒がしい店内であるにも関わらず、親父は店内で響く声を上げると店の奥に入っていった。
蒼龍はそのまま引き戸を占めると、再び中を見渡した。主に男ばかりであり、その特有のにおいがする。しかし、焼き鳥のタレが焦げたような匂いもして、下町特有な感じを醸し出しており、蒼龍にとってはそこまで居心地悪く感じなかった。
「おひとりかい?」
すると、再び誰かに声をかけられた。今度はだれであろうかと蒼龍は振り返ると、恰幅の良い女性がにこにこと笑顔を作っていた。おそらく、この店の女将であろう。
「いえ、その、ここに提督・・・ああいや、南郷譲治という人物が来ませんでした?」
蒼龍は譲治の本名。「南郷譲治」と聞いて、確認をした。
「ああ、あんたナンゴーさんのコレかい?いいねぇ若いってのはおばさんうらやましいわぁ」
女将は親指を立て、笑顔を絶やさずに言った。ちなみに親指をたてることはすなわち、「彼氏」の事を表している。
「ち、ちがいます!私はその・・・提督の秘書で・・・」
「えっ!?ナンゴーさんの秘書!?はぁ・・・ナンゴーさんはかわいい子を秘書にしているのねぇ」
「かわいい!?いやその・・・そんなことは・・・」
とはいうもの、蒼龍は照れたことを隠しきれなかった。お世辞とはわかっていても、兵器として扱われる蒼龍にとってかわいいといわれることは、純粋に女性としてうれしいことである。
「あの…それで提督は・・・?」
「ナンゴーさんなら、奥の座敷部屋で、一人寂しく飲んでいるわよ」
「よろしければ案内していただけないでしょうか?」
「もちろんよ」
女将は蒼龍に笑いかけると、案内しようとする。しかし狙ったかのタイミングで、親父が色紙とサインペンを持って厨房から出てきた。
「あったあった!ほら蒼龍さん!おねがいしますよ!」
にこやかに親父は色紙とサインペンを差し出して、蒼龍にせがんでくる。
蒼龍は苦笑いをしつつ、サインを色紙に刻んだのだった。
*
ふすまが軽くノックされる音を聞くと、譲治は煙草を灰皿に押し付けた。
「どうぞ」
そっけなく返事をすると、ふすまが開いて蒼龍と女将が姿を見せた。
蒼龍はそのまま靴を脱いで座敷へ上がると、女将は「ごゆっくり」としっとりとした声でつぶやいて、ふすまを閉じだ。
「その・・・提督。お早いですね・・・」
「ああ。お前に伝えたのは俺がいつも来る、一時間後だった」
そういって、譲治は御猪口に入っている酒を一気に飲み干す。その豪快な様子に、蒼龍が若干苦笑いをしていた。
「む、どうした?座布団が無いのか?」
先ほどから立ち尽くしている蒼龍に譲治は気遣うと、座るように促した。
「あっ・・・失礼します」
蒼龍はゆっくりと譲治の正面に座り、うつむいた。
「酒、飲むか?」
「いえその・・・私お酒苦手でして・・・」
「わるい。そうだったな」
譲治は若干残念そうな顔をすると、自らの御猪口に酒を注いだ。蒼龍は相変わらずうつむいて黙っているために、さすがの譲治も居心地が悪くなってきた。
「煙草臭かったか?」
「いえっ・・・いつも通りの執務室の匂いです」
「ハハハ。それ、俺の部屋がいつも煙草くさいと言っているのと変わらんぞ」
軽く譲治は笑うと、酒を口に運ぶ。蒼龍は譲治の笑いに、つられて笑った。
「さて、だいぶ俺も酔ってきた」
首をごきごきと鳴らして、譲治はつぶやいた。
このまま一向に喋らない蒼龍に、譲治は少なからず呆れた思いを持ち始めていた。彼女が知りたいことを語ろうとは思うのに、これでは一向に取りつく船がない。
そこで、譲治は腕を枕にして寝るそぶりを取った。すると、蒼龍は案の定困った顔をして、身を乗り出した。
「えっ…ちょっ…寝ちゃうんですか?」
「うむ。特に用はないんだろう?昨日の作戦と言い、俺は今日一睡もしていない。いい時間に起こしてくれ」
目を瞑り、譲治はつぶやく。そんな譲治の様子をみて、蒼龍は困り果てた顔をした。
「その!今日の朝の件・・・話さないんですか・・・?」
そしてついに、蒼龍は胸の底から絞り出すような声で、譲治へ問いただした。やっと聞き出す気になったかと譲治は再び起き上がり、今度は座敷の壁にもたれかかった。
「おっと、そうだったな。それで、何故俺がずっとお前を旗艦においているか。だったな?」
「・・・そうです。ずっと気になっていました。提督着任後からずっと・・・私を旗艦兼秘書艦にして・・・普通の提督なら、そろそろ変えてもいい頃合いだと思うんです。それなのに・・・」
「なぁ。蒼龍」
蒼龍が言い切る前に、譲治は唐突に口をはさんだ。
「お前にとって、小隊には何が重要だと思う?」
「小隊に…ですか?」
唐突な話題転換に蒼龍は戸惑いつつも、その意図を探ろうと考える。しかし、考えれば考えるほど意味が分からず、蒼龍は素直に「わかりません」と苦笑いを漏らした。
そんな蒼龍を見て、譲治は一つ息を着くと、腕を組んだ。
「そうか。まあ、この質問は野暮だったのかもしれない。人にはいろいろな考えがあるからな。つまり、この質問に答えはないんだ」
譲治は机のお猪口を手に取って再び酒を飲み干すと、話を続ける。
「だが、俺が兵士として生きてきたこの数十年。重要だと感じたのは、三つの信頼だった」
そういうと、譲治は懐から煙草を取り出して、無意識に火をつけようとする。だが、あっと気が付いたように蒼龍を横目で見ると、一瞬どこか懐かしげな、さびしげな眼をして、煙草をぐしゃりとへし折り、丸めた。
「三つの信頼ですか?」
丸めた煙草に目をやりつつ、蒼龍は譲治に答えを求めてくる。譲治は潰れて丸めた煙草を灰皿へ入れると、腕を組んだ。
「ああ、まず一つは練度の信頼。これは、まあお前たちも実感しやすいだろう。戦場では練度が足りなければ、死につながる。もちろん運も入ってくるが、運も実力の内だ。積み重ねてきた練度があればこそ、幸運をつかみ取ることができる。まあ…俺はその幸運をつかみきれなかったゆえに、こんな足になったんだがな」
へへっと自虐的に笑い、譲治は左足の義足をぽんぽんと叩いた。それを見た蒼龍は痛々しい表情をした。
「そして次に、仲間の信頼。戦場では仲間がいないと何もできないことが多い。重要な個所を抑えるポイントマンや、中距離支援により的確に敵を殺すマークスマン。まあ兵科によってさまざまだが、すべてにおいて言えることは、やはり仲間の信頼なんだ。お前たち艦娘にもそれは言えることで、空母であるお前を守るために軽巡洋艦や駆逐艦がいる。自分の背中を守ってくれる仲間は、本当に信頼ができるだろう?だからこそ、鍛え上げてきた練度を存分に発揮ができるんだ」
少々長く語っちまったなと、譲治は息をつく。
「それで…最後はなんですか?」
蒼龍は無意識に、譲治に対して催促をした。
ここまで譲治が語ったことは、言われれば納得できる内容であった。蒼龍もそのことについては感じており、何より実戦を経験するにつれて、気が付いていたからだ。言われなければわからずにいた事ではあるが、何よりも譲治とこれだけ会話できることに、真新しさを感じていた。
「そして…最後になるが。お前を旗艦にしている理由はこれに該当する」
「えっ?」
唐突に自分のもっとも聞きたかったことに話が移行し、蒼龍は若干面を食らった気分となった。だが、譲治は気にもせず、話を続ける。
「それは武器の信頼だ。兵士にとって武器は、自分の身を守る物であり、命を預けるものでもある。コルト製のM1911が今でも現役で使われているように、武器を使用し続ければそれだけに愛着も湧き起こり、やがて最も頼れる相棒となるんだ。つまり…」
譲治はいったん話を切ると、まっすぐ蒼龍に目を合わせた。
「俺にとってお前は、最も頼れる相棒なんだ。正直お前にとっては不快な理由なのかもしれないが、俺は軍人ではなく、根っからの傭兵でな。このすべてを兼ね備えたものでなければ信頼ができず、必要がなければ即切り捨てる。だが、また逆もしかりでな。俺は艦娘の中でお前を最も信頼しているし、付き合いも長いがゆえにその練度も知っている。兵器であり人の心を持つからこそ、そのすべてを兼ね備えたお前を旗艦とし、秘書にもしているんだ」
すべてを語りつくした顔を譲治はすると「これがお前を外さない理由だ」と最後に言った。
「そう…ですか…」
蒼龍はそうつぶやくとうつむき、朝がた自分が思っていた思考を悔いた。
今まで自分は、この方の何を見てきたのだろう。もっとも付き合いが長いはずであるのにただ一刻の感情で危機感に襲われ、譲治に対する信頼をどこか失い、この人の本心を見抜けなかった。そんな自分であったのにもかかわらず、譲治はこのような機会を作り、自分にその理由を話してくれた。そう思うと蒼龍は、自分がなんておろかでみじめであったかと、改めて実感した。
「さて、蒼龍」
うつむいて拳を握り悔やんでいる蒼龍に、譲治は優しげな声をかける。蒼龍はお顔をあげると「はい」と涙をこらえ、呟いた。
「一応、俺の心の内は語ったつもりだ。要するにお前しか、旗艦を勤まる者はいない。だがお前がもし旗艦としての任に重みを感じていたら、辞めてもらっても構わない。先も言った通り、お前は確かに兵器でもあるが人でもある。そう…感情を持つ、人間だ。人権もあるし、自由もある。俺は先も言った様に根っからの軍人ではないから、強要をするつもりはないぞ」
自分の事を心配して言っているのだろうと蒼龍は理解すると、譲治の出した提案に、ゆっくりと首を振った。
「いえ、私が間違っていました。私は、旗艦を務めます。なぜなら私は、貴方の相棒なんですから」
精一杯の笑顔を作り、蒼龍は答える。そして譲治も、傷だらけの顔を緩め「そうか」と笑顔を作ったのだった。