海を渡りし者たち   作:たくみん2(ia・kazu)

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どうも皆さん、合作版ダメ野良犬で御座います。
   いよいよ季節遅れの夏の話を書くのも如何かと思いますが、
   此処最近は寒い季節が続きますからね、この話を見て少しは温まってください。
   …と言っても私の路線がドロドロな恋愛になってるんですがw



第十話 ~揺らぐ信頼~

 夏の日差しは日本の人々を苦しませる。照り付ける日差しと湿った生臭い熱風、時折降る雨の中も咽るような熱気に包まれてしまう。更に深海棲艦より総合的に人に被害を及ぼしている自然現象、台風が日本には夏に何度も訪れるのだ。

人々は各々に暑さを凌ぐ為に涼しい場所に旅行に向かったり、家の中で冷房をつけたり、家族を持つ者や子供ならプールや海へ遊びに行くだろう。

 

 横須賀鎮守府は多くの人々が夏季休暇に入っても、みんなそれぞれの仕事があった。

艦娘は深海棲艦と戦い、資材を鎮守府に持ち帰る為に遠征に出たり、経験を積む為に他の地域の鎮守府と演習を行ったり…。

 

 勿論、艦娘が夏の間も働くように提督にも休みは少ししか与えられない。

太陽が青空へと昇り、斜に構えた時、それは一番人が熱く感じる日差しかもしれない。

午前の執務を終えた浅葱煉嗣は休憩を兼ねて冷房の効いた食堂へと足を運んでいた。

 

「浅葱提督―珈琲クリーム餡蜜ですよ~」

「お、出来たか。ありがと間宮さん」

 

 給糧艦娘、間宮から甘い香りのするひんやりとした餡蜜の入った小鉢を受け取り、浅葱は椅子に座って日誌を開きながら銀のスプーンで一口分の小豆やクリームを掬って口に運ぶ。此処数日は資材量も安全な海路を用いて数週間分は補う事が可能だった。

だが敵も黙って資源を渡す程愚かではないだろう。数日の内に手を打って来る筈だ。

日誌に書き写した海路の中央に赤で×印を書き込んで、遠征部隊に如何いった指示を出して安全に資源を確保出来るのか、浅葱は静かに日誌を覗き込んでいた。

 

「提督、此処失礼しますね」「お、提督じゃん。やっほぉ~」

 

そんな時、彼の向かいの席に二人の少女が座る。視界の端に映る制服から彼女達が自分の艦隊の部下、古鷹と加古であると分かり顔を上げた。

 

「訓練ご苦労、古鷹、加古。午後からは艤装点検が終了次第各自で休憩に入ってくれ」

「了解です」「了解~…あ、提督」

 

 話を終わらせようとした煉嗣の前で加古が机に身を乗り出して二コリと笑う。

顔を上げた煉嗣の前で古鷹が申し訳無さそうにしながら加古の話を促す。

 

「明日って休日だろ、提督は暇?」

「俺か?明日は特に予定はない」

 

「そっかぁ!明日古鷹と一緒にプール行こうと思うんだ!提督も一緒に来ない?」

 

 加古は満面の笑みで煉嗣に詰め寄るが、古鷹は控えめにチラチラと目を向けてくる。

彼女達の水着姿を見たいと内心想像を膨らませつつ、煉嗣は古鷹の傷跡を見てプールでは周りの客に気を遣ってしまうのではないかと心配する。

考えるフリをして如何にか古鷹が周りに気にされる事もなく水着で遊べる場所が無いか周りに目を配りながら考えた。

ふと、煉嗣の目に鎮守府の訓練施設、主に水雷戦隊や潜水輸送部隊の訓練で用いられるプールが目に入った。

 

「加古、訓練用プールは如何だ?市民用だと周りに気を遣う事もあるだろ」

「ん?……ッ!あぁそうだねぇ、態々お金掛けるのも馬鹿らしい」

 

 古鷹に気付かれないようにしながら顔の火傷に目をやった煉嗣に加古は頷いて立ち上がる。話が終わったのに気付いた古鷹はハラハラと結果を待っている。

加古は悪戯心から結果をワザと言い淀んだ。

 

「残念ながら…古鷹…」

「そ、そっか…やっぱり提督は…」

 

 何かボソボソと俯く古鷹に加古はニカッと笑いながら肩を寄せて耳打ちする。

すると暗くなっていた古鷹の顔がいきなり花開くような笑顔に変わった。

 

「ホント!?」

 

「あぁ、市民プールだとお金掛かるからさ、提督が訓練用のプールを貸しきりにして貰うようにしてくれるってさ!」

 

 何時の間にか貸切にするつもりらしい、其処は他の提督達の訓練予定を確認しなければ時間帯を指定して貸切にするのは難しいだろう。

だが心の底から喜び両手を合わせてニコニコ笑う古鷹を見て、煉嗣は悪い気はしないなと苦笑して椅子から立ち上がり二人に連絡する。

 

「俺はこれから明日のプール貸切の件を承諾出来るか交渉してくる。

 貸切時間は追って俺から連絡するから、二人は予定通り艤装点検に行ってくれ」

 

「「了解!」」

 

 二人は軽い足取りで食堂を出て行った。煉嗣は残った餡蜜をスプーンで掻き込んで飲み込むと、器を洗い場に立つ間宮の下へ渡し、他提督達を探しに行った。

それから、彼の執務が捗ったのは言うまでもない。

 

*

 

 結果から言うと、正午から夕方の施設利用時間を丸ごと頂くことが出来た。

煉嗣は一応海水浴用にサイズを調整した水着と半袖パーカーの上着を着用する事にした。

ついでに軽めの食事も取れるようにステンレスの水筒に冷えた麦茶を入れて、タッパの中に幾つか握ったおにぎりを用意してプールへと向かった。

 

「お、提督ー!」

「あ、れ――提督…」

 

 古鷹と加古が手を振りながら準備運動をしていた。意外なことに加古がフリルのあしらった藍色の水着、古鷹はわき腹に黄色のラインが入った紺の競泳水着を着用していた。

対する煉嗣はモスグリーンの海水パンツと灰色の半袖パーカー、どちらも新鮮で、特に古鷹は初めて見る煉嗣の水着姿に顔を赤くしている。

煉嗣は平静を装っているが、古鷹の競泳水着のラインが少しというか、かなり気になってしまい、つい目が其方に向いてしまっている。

 

「あー…二人共、よく似合ってると思うぞ…」

 

「ホントかぁ!?ヘヘッ…正直に言われると嬉しいねぇ」

「あ、ありがとう…御座いま…す」

 

 加古は恥じる様子も無く大胆に煉嗣の前で仁王立ちのポーズを取るが、いかんせん胸部が古鷹より成長していないのであまり揺れない。

対する古鷹は恥かしそうに身を捩って胸を両手で覆い隠したつもりだったが、逆に下乳が圧迫されて胸が強調される魅惑のポーズになってしまっている。

色々と理性が拙くなりそうな事に気付いた煉嗣は苦笑して誤魔化しながら手に提げた袋から水筒と三人分のカップ、タッパに入ったおにぎりを見せて、少し泳いだら食べようと提案する。二人が嬉しそうに頷いたことで、三人は準備運動を済ませてプールの水面に足を浸けようとする。

 

「うひゃぁ冷たっ!」

「キャッ」

 

「おぉ、意外に冷たいな…」

 

 空は青空が広がり、太陽の光がプールの水底に美しい影のアートを生み出していた。

加古が古鷹の手を引っ張って奥へと進んで行くのを見送って、煉嗣は静かに身体を水の中に沈めながら、両手で水を掻きながら水面に浮く。

艦娘の訓練用だけあって、サイドの水深は二メートルと結構深めだ。

煉嗣は思い切って、一度試したいことやろうと息を吸い込んで水中に潜る。

 

 

 音が消える、水中は奥を見る程蒼い色が濃くなって端の壁まで続いている。

煉嗣は潜水の要領でタイルの敷き詰められた水底まで腹が着く辺りまで沈んでから、ゆっくりと身体を横に回して、背を床に向けて寝転ぶ形で水底から光の輝く水面を見上げていた。両手を動かさず足だけを使って器用に水を押すように進む、一人だけの世界。

 

(静かだ……まるで深海棲艦にでもなった気分だ…)

 

 黒髪が海草の様に水の中でゆらゆらと揺れ、頭の中が空っぽになっていく。

このまま何も考えないで水の中に沈んでも良い、そんな言葉が脳裏をよぎった。

次に浮かんだのは、水面から上がってきて傷だらけの古鷹の横たわる姿。

 

 彼女達艦娘に喜怒哀楽は存在する、多少癖のある艦娘も中には居るが、それも人の持つ個性として受け取れば良い関係を築ける者だって居る。

艦娘には昔の大日本帝国の艦艇であった頃の記憶が存在する。

煉嗣はずっと思っていた、彼女達には何としての心が在るのか?

人として?兵器として?一人の少女として?艦艇として?

彼女達に在る心はどんなものなのか、煉嗣は気になって仕方が無かった。

次第に瞼が重くなり、考え事をする時のように目をゆっくり閉じようとした煉嗣の耳元で泡がぶくぶくと鳴る音が響く。

 

「っ!」

「‐ッ!」

 

 見れば古鷹が心配してずっと水面に上がって来ない煉嗣の下まで潜ってきたのだ。

慌てて体を起こす煉嗣の隣で心配そうに見つめる古鷹の手を取って、煉嗣は水面へと地面のタイルを蹴って水中から出てくる。

 

「ぶはっ!?ハァ…ハァ…」

 

「けほっけほっ…!提督、ご無事ですか!?」

「あ、あぁ…古鷹こそ大丈夫か……ぁ」

 

 二人は水面に上がってきて気付いた。急いで上がったものだから二人は身体を密着させており、煉嗣の胸板に古鷹の柔らかな胸の感触が押しつけられており、煉嗣の手が古鷹の手を握ったままの状態だったのだ。

慌てて煉嗣は手を離して古鷹から離れ、少し名残惜しそうな顔をした古鷹は慌ててペコリと頭を下げた。

 

「すいません!提督が潜ってから何分経っても上がってこなかったので…」

「…そんなに潜っていたのか、すまないな。心配をかけた」

 

 少し休憩しようと、煉嗣は水面を掻き分けてプールサイドへと上がる。

古鷹もそれに続いてサイドへと上がると、水着のズレを直した。

先ほど握られた手を見つめて、嬉しそうに笑ったのは彼女だけの秘密だ。

 

「そろそろ持ってきた握り飯食うか?」

「そうしましょう」

 

 離れた場所でバタフライに挑戦していた加古を呼んで、三人は適当に陽の当たる場所にプラスチックの机と椅子を持ってきて軽食を口にする。

泳ぎ着かれたのか、おにぎりを両手に持ってがっつく加古を見て煉嗣と古鷹は麦茶を飲みながらクスクスと笑っていた。

ふと、古鷹は煉嗣に先ほどの行動について聞いてみた。

 

「提督、さっきは何で水底に?」

「ん?…あぁ、いや何…考え事をしてたのさ、水の中ってのは静かで水底から見る景色は綺麗だからな、結構面白かったよ」

「えっと…何を考えてたんですか?『それは答えられない』ッ!?」

 

 即答した煉嗣に顔を向けると、妙に真剣な顔でカップの中の麦茶を見つめていた。

煉嗣は言える訳が無かった。古鷹の傷の事も、彼女を好いている自分の本心も、そして艦娘が抱く心とは何なのかを、彼は静かに波紋の広がる麦茶を一息に飲み干して立ち上がった。

 

「ちょっと手洗い行ってくるわ、加古、あと全部食っちまって良いぞ」

 

「マジ!?よっしゃぁー!」

 

 煉嗣の許可が下りて、残りのおにぎりを食べたそうにしていた加古は嬉々としておにぎりを掴んでは噛み付くように食べて、リスのように頬袋を膨らませてモゴモゴしていた。

そんな隣で古鷹は寂しそうな顔をして煉嗣の歩いていった方を見つめ続けていた。

 

「提督は私の事…」

 

 彼女の呟きに答えるものは何も無かった。

空高く昇った太陽が、徐々に傾き始めても暑さは変わらず、少女は不安と焦りを心に抱き、

男は迷う心を誰にも打ち明けられずにいた。

 

 




みなさん、お待たせして申し訳ありません。合作代表のたくみんです。方向性などを決めていたり、各メンバーが多忙だったため2か月ほど投稿ができませんでした。これからは、ペースを考えていくつもりなので、続けて読んでいただければ幸いです。

たくみん


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