夜を染める黒(旧題 : 俺ガイル×ブラック・ブレット)   作:つばゆき

5 / 20
蛭子影胤追撃作戦 一

 

 

 あの後、豪雨で増水した川の中にわざわざ飛び込み、何度か流されそうになりながらも蓮太郎を引き上げる事に成功した。蓮太郎はそのままドクターヘリに乗せ、病院へ急行。数時間に渡る手術の後、今に至る。

 

 川から引き上げた直後の蓮太郎は酷い有様で、怪我をしていないところを探す方が困難だった程だ。蛭子影胤の斥力フィールドによって全身の骨にひびが入り、蛭子小比奈のバラニウムの刀によって二箇所も腹部を突き刺され、カスタムベレッタのフルオート射撃によって肩、胸、腹、腿と袈裟懸けに銃撃を受けていた。その上に、全身からの出血と打撲。

 

 病院に運ぶ途中でコイツマジで死ぬんじゃねぇの、と何回も思ったほどだ。ちなみに延珠には泣きつかれ、木更には礼を言われた。

 

 蓮太郎を病院に送り届けた後、民警の代表者達が集められ、聖天子からケースの中身について説明があった。驚くべきことに、ケースの中身はステージⅤ、ゾディアックガストレアを呼び出す触媒に成り得るんだそうだ。

 

 ステージⅤ。モノリスの磁場の影響を受けず、ステージⅣを遥かに上回る体躯を持つ、大戦期に世界を滅亡寸前に追いやった十一体のガストレア。

 

 聞いたときは耳を疑った。っていうかもう帰って寝たかった。そして次の日にでも他エリア行きの航空チケットの入手に動きたかったほどだ。

 

 だがまぁ生憎と、此処で辞退を宣言すればペナルティが科されるし、その上東京エリアを見捨てた人でなし、という不名誉な称号をつけられる。なにより、八幡は今の東京エリアをそれなりに気に入っているので、無くなってしまうのはいただけない。結局依頼は続行する事に。

 

「ん……」

 

 とまぁ、回想に入っているうちに里見の意識が戻ったようだ。ぼうっとした目で天井を見上げている。

 

「おはよう。目が覚めた?」

 

 木更が泣くまいと気丈にも、瞳を潤ませながらも里見に声をかける。里見はたった今気付いたかのようにゆっくりと首を回すと、木更を見て何度も目を瞬かせる。

 

「…………よぉ、木更さん」

 

 予想以上に間抜けな声。若干殴りたくなったが無事で良かった。

 

 里見が寝ていたのは手術してから一日と数時間。木更は里見に近況報告しながらいちゃいちゃしている。俺も戸塚に会いたいなー。

 

「どうして、俺が流された場所が分かったんだ?」

 

「俺が回収したんだよアホ」

 

「うおっ比企谷…………居たのか」

 

「風邪引くかと思ったんだぞ。もっと俺に感謝しろ」

 

 里見が大仰に驚く。ずっと部屋に居たのに、もはや此処までくるとステルスヒッキーここに極まれりって感じだな。

 

「比企谷くんから聞いたわ。蛭子影胤と交戦したのね」

 

「ああ…………あいつ、人間じゃねぇ」

 

「当たり前だろ」

 

 蛭子影胤の名前が出ると、里見が苦い顔をする。散々いいように弄ばれた挙句、死にかけたのだ。いい思いはするまい。

 

「あの悪天候の中200m上空の俺とスコープ越しに目が合ったんだ。……鳥肌が立った」

 

 俺の話に二人が更に顔を歪ませる。全くとんでもない奴を敵に回したものだ。

 

 その実力は、問題行動が多過ぎて序列剥奪処分を下されたものの、以前は序列134位に名を連ねる猛者だ。それを考えるとあの出鱈目さにも納得がいく。

 

 現在の東京エリアに彼らに対抗出来る民警など居るのだろうか。

 

 八幡が機械化兵士手術を受ける前の序列は約三十万位。全世界七十万ペアの中ではミドルラインに属するごく普通の民警だった。

 

 蛭子影胤は序列元134位。対して現在の俺は序列994位。イニシエーターが居ないのもあるが、数年間全力でやっていてこれだ。134位がどれだけめちゃくちゃな存在か分かる。俺もいろんなエリアを転々としながら民警をやっていたが、現場でもここまで強力な民警ペアは見たことが無かった。

 

 義肢のメンテナンスついでに先生と影胤について話をして来たが、彼は『四賢人』の一人、アルブレヒト・グリューネワルト博士の機械化兵士らしい。

 

 蛭子影胤の能力について話すと、先生も影胤の斥力フィールドについては「バリアなんてぶっ飛んだ考えはさすがの私も思いつかなかったよ。そんな中二じみたもの実行に移すなんて彼ぐらいのものさファハハハハハハハ」とのたまった。ぶっちゃけ何の役にも立たなかった。

 

 不意に、俺の携帯が鳴った。画面には見覚えの無い番号が写っている。

 

「……誰だ?」

 

『比企谷さん、私です』

 

 驚くべきことに相手は聖天子。一国の国家元首がわざわざ俺に電話らしい。蛭子影胤の潜伏場所が判明したのだろうか。

 

「……失礼ながら、何故貴女が?」

 

『貴方はどこの会社にも属していないでしょう。天童社長にかけようかとも思いましたが、一緒にいるとは限りませんので』

 

「いますよ。今は里見の病室にいます。彼は先ほど目を覚ましました」

 

 聖天子が向こうで佇まいを正す気配がする。

 

『比企谷さん、蛭子影胤追撃作戦が開始されます。相当数の民警が参加する、東京エリア史上最大規模の作戦です。この作戦には機械化兵士の比企谷さん、貴方と里見さんの二人にも参加して頂きたいと思います』

 

 驚いた。いや、当然というべきか、聖天子は俺と里見が機械化兵士である事を既に知っているらしい。

 

「里見はついさっき意識が戻ったばかりです。蛭子影胤との戦闘に耐え得るとは思いませんが」

 

『それは里見さんが判断することです。……比企谷さん、機械化兵士の蛭子影胤には、同様に機械化兵士である貴方と里見さんしか対抗出来ません。今回は東京エリアの命運が掛かっているのです』

 

「……わかりました。里見には自分から伝えます」

 

『ありがとうございます。……ご武運を、比企谷さん』

 

 通話を切る。大きく溜め息をつき、里見と社長に向きあった。それに気付いた二人が俺に向き直る。

 

「……これから、蛭子影胤追撃戦が始まる。これには、俺と、里見にも参加して欲しいそうだ」

 

 それを聞いた里見はしばし俯いていたが、やがて顔を上げると痛みに顔をしかめながらベッドから起き上がり、制服に着替えていく。どうやら里見も参加するらしい。東京エリアの滅亡の危機なのだ。当たり前といえば当たり前かもしれない。

 

「二人とも、勝てるの?」

 

「さぁな…………わからん、としか言いようが無いな」

 

「勝たなきゃ駄目なんだよ」

 

 里見が断言する。制服に袖を通し、こちらを振り返った里見は絶対の意志を持って告げる。

 

「俺には、木更さんや延珠がいるからな」

 

「嬉しい事を言うではないか蓮太郎!」

 

 「うおっ!」

 

 里見のキザったらしいセリフが終わると同時にベッドの中から延珠が飛び出す。いつから潜り込んでいたんだ…………。

 

「延珠、俺が寝てる間もずっとそこにいたのかよ?」

 

「うむ!」

 

 結構俺の場違い感が凄いんだが……あれ、俺空気?

 

「これが終われば報酬がたんまり貰えるし、家で猫が待ってる。まだまだ死なねぇよ、少なくとも俺はな」

 

「そうだな。木更さんの学費とかあるしな」

 

 ハハハ、と里見が笑う。それを見て木更はもう、と言ってくすくすと笑った。

 

「……里見くん」

 

「なんだ? 木更さん」

 

「社長として命令します。蛭子影胤、小比奈ペアを撃破し、ステージⅤ、ゾディアックガストレアの召喚を阻止しなさい」

 

「わかった。絶対に止めてやる」

 

「……俺も精々頑張らせて貰う」

 

 三人で頷く。延珠も里見に寄り添っている。蛭子影胤。勝てるかどうかなど分からない。だからと言ってステージⅤが召喚されるのを許したら全てが崩壊する。なんとしても、作戦は成功させなければ。

 

「征くぞ、里見」

 

 窓の外をみると、丁度月が雲から出るところだった。

 

 もうすぐ夜が明ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前七時頃。

 

 作戦開始前に八幡と蓮太郎には菫のいる大学病院まで来ていた。

 

「先生ー? いるか?」

 

「あぁ……いるとも……」

 

 何処となく禍々しい雰囲気が漂う部屋の奥から、更に陰鬱が声が響いてくる。少しすると、長い髪が顔の半分以上を隠した、マッドサイエンティストっぽい感じの人が現れた。

 

「どうしたんだよ先生。そんなゾンビみたいな声出して」

 

「なんだ先生、また死にかけてたのか?」

 

 言ってみて思ったが、俺たちかなり失礼な事言ってないだろうか。

 

「いや、死んではいないさ。恋人は死んでいるが自分まで死にたいとは流石に思わないのでね。……それに、死んでいるような、という修飾語は私より君たちの方が似合うんじゃないか?」

 

 失礼な事を言ったら更に失礼な事が返って来たが、ほぼ事実なので反論は出来ない。他にも何か言えばそれを遥かに凌駕する皮肉が返ってくるから言い返すだけ無駄だと判断し、二人揃って口を噤んだ。

 

「うん、良い心がけだ。……そうだ、君たちのパトロンから荷物を預かっている」

 

 ほら、と言って投げ渡される二つの袋。里見と俺が一つずつ受け取る。ずしり、と重量感のある袋は予想以上の重さで、二人とも難儀しながら床に下ろす。

 

「これは……凄いな、予想以上だ」

 

 蓮太郎が声を漏らし、感嘆の吐息が漏れる。

 

 中身を見て驚く。里見は新しく渡されたXDにサプレッサーを取り付け、道具を弄ったりしている。

 

 八幡の袋にも同様に、武器関連のものが入っていた。

 

 新しいグロック拳銃二丁に多弾倉マガジン、ホルスターと各種手榴弾。それらを収納するウエストポーチ、スリングと肉抜きスリットの入ったタクティカルナイフ。あとは昼夜問わず作戦が決行されるのを見越して着脱式フラッシュサイトとサプレッサー、レーザーサイトが入っている。なんともまぁ準備のいい奴だ。

 

 奥から『領収書』と書かれた紙が出てきて反射的に床に叩きつけようとしたが、ちゃんと裏側に『冗談♪』と書かれていたので溜飲を下げた。

 

「とんでもねぇのなお前んとこの生徒会長は」

 

「また礼を言わなきゃなんねぇよ」

 

「まぁこの作戦で戦果を挙げれば会社のアピールになるだろうからな」

 

「相変わらず捻くれてるね、君は」

 

 三人で軽口を叩き合う。もう一つ菫に用事があったのを思い出すと、肩にかけていたキャリーバッグを開ける。

 

「あーそうだ……先生」

 

「ん?」

 

「うちの猫、預かっといて貰えませんかね」

 

「ああ、構わないとも。猫は嫌いじゃないしね」

 

 カマクラを差し出すと、菫が抱き上げてあやし始める。この野郎、俺が触ったときは逃げる癖に。

 

「名前はなんていうんだ?」

 

「カマクラです」

 

「カマクラくんか。飼い主に似てふてぶてしい顔をしているね」

 

 この人はいちいち皮肉を言わないと生きていられないのか。と思ったがやはり口には出さない。もはやめんどくさい。

 

「なんだ、反応してくれないと弄り甲斐が無いじゃないか」

 

「なんだか先生の相手するのめんどくさくなってきて」

 

「つれないねぇ」

 

 菫がああそうだと言って懐をゴソゴソさせると、八幡と蓮太郎に連結された注射器を三本ずつ差し出した。

 

「これは私からの餞別だ。いざという時にとっておきたまえ。だが、出来れば使ってくれるな」

 

 AGV試験薬、といえば君らにも分かるだろう。と続ける。八幡は注射器内の赤い液体をまじまじと見つめたあと、懐にしまった。

 

「時間だ。そろそろ行くぞ、里見」

 

 時計で時間を確認し、もうすぐ作戦が始まる事を伝える。この作戦の成否で東京エリアの命運が左右される。

 

 だが、蓮太郎はまだ何か言うことがあるかの様に菫に振り返った。

 

「ああ……。先生」

 

「なんだい?里見くん」

 

「……あ、あいるびーばっく」

 

「「は?」」

 

 菫と声が重なる。何を言っているんだこいつは、という目で蓮太郎を見ると、恥ずかしかったのか少し赤面した蓮太郎がやけくそ気味に繰り返した。

 

「だから、……あいるびーばっく」

 

 一瞬の静寂の後、研究室に菫と八幡の笑い声が爆発した。

 

「君がそのセリフを言うのはまだ早いさ。似合うかどうかで言ったらまだ比企谷くんの方がましだろうね」

 

「んな事言って、先生。俺が言ったらキャラじゃないとか目が腐ってるとか言うんだろ」

 

「違いない」

 

 菫と二人でクックッと笑う。蓮太郎は二人を恨みがましそうに見ていたが、やがて諦めたかのように嘆息した。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。