夜を染める黒(旧題 : 俺ガイル×ブラック・ブレット)   作:つばゆき

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嗤う白貌

 

 家に帰ると、玄関でカマクラが丸まって待っていた。時刻は既に三時過ぎ。夜更かししたとしても本来寝ている筈の時刻だ。

 

「悪いな、帰るのが遅くなって」

 

 カマクラの頭をひと撫でし、リビングに向かう。

 

 カマクラは、んなーと鳴きながら俺の後をついてくる。

 

 案の定エサ皿は空っぽで、キャットフードの粉しか残っていない状態だった。遅くなったときの為に多めに入れておいたがやはり足りなかったらしい。カマクラが早くしろと催促してくる。

 

 キッチンに行って棚を漁り、キャットフードを取り出し、ざらざらとエサ皿に流し込む。エサを入れ終えると、皿の前で律儀に待っていたカマクラが頭を突っ込むようにして食べ始めた。

 

 しばし、カマクラがエサを食べるのを眺める。カマクラは意外に手足をちょこんと揃えて行儀良く食べている。

 

 カマクラが半分くらいエサを食べるところまで見届け、重い足を動かしリビングに向かう。部屋の電気も点けず、そのままソファに沈み込んだ。

 

「…………疲れた」

 

 ふとそんな言葉が口から漏れ出る。結局半日以上外出していた。蓮太郎と延珠は今どうしているだろう。多分寝てるな、うん。

 

 そういえば、昼の喫茶店で飲んだコーヒーから今まで何も口にしていない。

 

 それを自覚すると猛烈に喉が渇いて来た。疲労が溜まった体にはソファから起き上がることすら重労働だが、さすがにこの喉の渇きには耐え難い。怠い体を無理矢理起こして水道に向かうと、浴びるように水を飲む。二杯、三杯と飲み干すとようやく喉の渇きも収まった。

 

 さて、喉は潤されたが、あとに襲ってくるのはやはり空腹である。冷蔵庫を開けてみるが、大したものも入っていない。あるにはあるが、皆調理に時間がかかるものばかりだ。中に入っているもので何か作れるものはないかと考える。

 

 小考の末、冷蔵庫から生卵とバター、スライスチーズと残り少ない冷凍ご飯と牛乳を取り出す。

 

 材料を取り出してからほどなくして、ミルクリゾットが完成した。調理時間は約五分。我ながら上手く出来たと思う。

 

 どんなに疲れていても食事はしっかりと摂る。八幡がここ数ヶ月の一人暮らしでで身につけた習慣の一つだ。ちなみに、一年くらい前にロクに食べ物も食べず依頼をこなしていたら戦闘中に意識を失いかけて危うく死にかけた経験がある。

 

 キッチンで立ったままそれらを黙々と口に運ぶ。……味は悪くはない。むしろ美味いと思う。一人暮らしのおかげで家事スキルはほとんどカンストした。このまま一生やっていけるんじゃないかとすら思う。……辞めよう、鳥肌が立った。最終目標は専業主夫。八幡もここだけは揺るがない。

 

 くだらないことを考えているうちに全て平らげてしまった。空腹が満たされ、やっと休める、と息をつく。

 

 再びリビングに戻り、ソファに身を沈める。スマホに電源を入れると、時刻は午前四時に差し掛かるところだった。明日は学校だから、今から寝たとしても三時間も寝れない。

 

 ソファの上で渋い顔をしていると、すぐ隣でカマクラがふすっと鳴いた。

 

「…………ん、どした」

 

 カマクラの喉元に手を伸ばすと、カマクラはその手をひょいっと避けてしまった。畜生、ゴロゴロしたかったのに。

 

 八幡の手を避けたカマクラは、のそのそと長くはない足を動かし、八幡の足元までやってくるとごろんと丸くなった。なんですか。俺の足は湯たんぽか何かですか。

 

 悪態をつくと、急速に睡魔が襲ってくる。明日は早い。そう思って八幡はゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔にあたる光で目が覚めた。

 

 重い瞼をこじ開けると、ここ数ヶ月の間共にしたマンションの、小綺麗な天井が目に入る。体を動かさないまま首を横に向けると、薄らとカーテンから陽光が差し込んで来ているのが見えた。

 

 ……おかしい。外が妙に明るい。

 

 この季節こんなに朝明るかったっけ?

 

 ふと、胸元よりやや下、腹の辺りからふすっと鳴き声がした。視線を下に向けると、そこに居たのは我が家の愛猫カマクラ。カマクラが八幡の腹の上に乗っかっている。そして尻尾で八幡の体をぺしぺしと叩いている。やめれ。

 

 おい。そこ俺の腹。俺の腹だって。

 

 なるほど、腹辺りに妙に圧迫感があったのはこいつのせいか。重いからどいてくれと視線で訴えかけるがカマクラは聞いてくれない。香箱座りで乗っかって来てくれたってのはなかなか嬉しいことなのかも知れんが、重いもんは重い。仕方なくカマクラの脇……両前足の付け根辺りに手を入れ、持ち上げる。床に下ろすと、カマクラは不満気な顔で床をたんっと尻尾で叩き、キッチンの方に向かっていってしまった。

 

 なんだったんだ…………。カマクラ氏は相変わらず機嫌が悪そうです。最近ろくに充電していないスマホをポケットから取り出し、時刻を確認する。

 

 現在、午前九時半。

 

 …………おーぅ……。

 

 遅刻も遅刻、大遅刻である。さらにスマホには23件の着信履歴と、24件のメール。確認してみると、平塚先生からの着信が19件、メールが15件。材木座からの着信が4件とメールが8件。蓮太郎からのメールが1件だった。

 

 そういえば一時間目体育だったなーとか休めてラッキーだなーとか思いつつ、平塚先生と材木座のメールをろくに内容も確認せずに片っ端から削除していく。蓮太郎には解決、とだけメールを送った。

 

 ……カマクラにエサをやり忘れていたことを思い出した。なんだ、あれはエサを催促していたのか。なんか損した気分だわ。やはりまだ懐かれてはいないらしい。

 

 キッチンに行くと、カマクラがくぁとあくびをしながら待っていた。猫ってマイペースで良いですね〜。来世は猫でも良いかも知れない。もちろんイエネコ。

 

 棚からキャットフードを取り出し、エサ皿に入れる。すると、エサ皿の前でスタンバイしていたカマクラが、エサを入れ始めると同時に皿の中に頭を突っ込んできた。そんなに腹減っていたのか。なんだか悪いことしたな。

 

 のろのろと学校の準備をし、制服に袖を通す。準備が終わるまでに時刻はもう十時にまでなっていた。あれ?さすがにゆっくりやり過ぎた?

 

 朝食は準備が面倒臭いのでパス。……というのは流石に流儀に反するので、適当に食パンを頬張り学校に行く。

 

「…………いってきます」

 

 一応、言うだけ言っておく。気まぐれなカマクラはたまにしか俺を見送りに来ない。全く可愛げのない猫だ。

 

 自転車の籠に鞄を投げ込み、サドルに跨る。バイクも一応あるが、仕事柄必要になるときがあるだけで、普段は使わない。勿論ちょくちょく整備はするが。それにうちの高校はバイクの免許をとってはいけないのでバレたらマズイ。

 

 普段より大分遅い時間の為か、誰もいない通学路を自転車で進む気分はいつもよりいくらか楽だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どんな最後がお望みだ?」

 

「せめて苦しまず一息で死にたいですね」

 

「よろしい。これからたっぷりと可愛がってやろう」

 

 

 現在八幡が軟き……拘留されているのは高校の生徒指導室。そして目の前で手をバキバキさせている妙齢の女性が平塚先生だ。軟禁も拘留も似たようなもんだよな。

 

「さて、言い訳を聞こうか比企谷八幡」

 

「だっ、だから言ったじゃないすか。昨日夜更かしし過ぎて」

 

「それは聞いた。私が言っているのは、寝坊するような原因を何故作ったかだ」

 

「ぐ……」

 

 悔しいが、平塚先生の言ってる事は正論だ。だが、だからと言って昨日あったことを話すわけにはいかない。

 

 他に何か上手く言い訳はないかと難しい顔をして悩んでいると、平塚先生が紫煙を吐き出しつつ溜め息をつく。

 

「まぁいい。私が君を呼び出した本命は他にある」

 

 平塚先生は組んでいた足を元に戻し、手を組むと真剣な表情になる。

 

「昨日、商店街の方で高校生くらいの少年が集団リンチに巻き込まれたというタレコミがあってね」

 

 迂闊だった。休日の商店街、しかもあの人出だ。誰か見ていたとしても不思議ではない。どうせならあのときしっかり変装でも何でもしておけば良かった。と、今更ながらに後悔する。

 

「高校生の特徴は、目が死んだ魚のように腐っていて、頭にはアホ毛が立っていたそうだ」

 

「……その高校生が俺と決まった訳では無いでしょう」

 

 先生は八幡の返答にふっとだけ笑って答えた。

 

「別に君と言った訳じゃないんだがな。これを見たまえ」

 

 平塚先生が差し出して来たのは一枚の写真。目の腐った青年が唇の端を皮肉気に歪めて、観衆と向かい合うように立っている。

 

 人混みが邪魔で全容は把握出来ないが、確かに俺だ。ぼっちは視線には敏感だが、あそこまで憎悪と好奇の入り混じった状況に立たされるとさすがに気づけなかったらしい。

 

「誰がこの写真を?」

 

「クライアントの情報は明かせんな」

 

「なんか前もそんなこと言ってましたね」

 

 確か、川なんとかさんがバイトやってたときの台詞か。

 

「今回のは別に依頼じゃないから依頼人クライアントというよりも情報提供者コラボレーターと言ったところか」

 

 いや普通にタレコミ屋か?と言って平塚先生は再び紫煙を吐き出すと、煙草の煙を指先でくゆらせた。

 

「あと、その情報提供者から言伝がある」

 

 煙草を灰皿に押し付けると、ソファに寄り掛かって淡々と告げた。

 

「部長の知らないところで許可無く部員が荒事に巻き込まれるのは遺憾だ、だそうだ」

 

「…………」

 

 雪ノ下か。確かにあの場で八幡の動向を確認するには最も可能性の高い人物だ。しかし、こんな事に八幡が巻き込まれたとしても雪ノ下なら無関係を決め込むものだと思っていたが…………。

 

「この件は私が全面的に受け持っているため、もう事が大きくなるような事はないと思っていい。そこは安心したまえ」

 

 と、平塚先生が妙にかっこいい笑顔で言う。

 

「まぁ、なんにせよ今日の君を見る限り特に問題はなかったようだし、次回から気をつけたまえ」

 

「……うす」

 

 平塚先生は頷くと、そのまま生徒指導室を出て行く。あとにはソファで俯いている八幡だけが残された。

 

 

 

 

 

 八幡は午後の授業をほぼ全て聞き流し、由比ヶ浜のどうして遅刻したかという追及をはいはいといなしながら部活に行く。

 

 部活では雪ノ下に特に何もなかったとだけ説明した。雪ノ下も特に追及はしてこなかった。

 

 その日、蓮太郎から延珠が小学校で『呪われた子供たち』だと露見したという連絡が入った。

 

 連絡を受けたときは延珠のことが心配になった。『呪われた子供たち』だと露見したときの周囲の反応は想像に難くない。

 

 露見したことで、その小学校に延珠の居場所は無くなっただろう。今まで一緒に暮らしていた同級生に、いや学校中からのヘイトを集約した筈だ。それが小学四年生の、十歳の延珠に耐えられるだろうか。

 

 ……やめよう。考えたところで詮無い事だ。延珠は転校するだろう。また次の所で居場所を作ればいい。それまでのケアは蓮太郎がやる筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘリのローターの重低音が音の世界を支配する。窓の外は叩きつけるような豪雨が降り注いでいる。

 

 あれから二、三日の間いつも通りの生活を送っていたが、今日の昼休み、木更が電話で例の件のガストレアが発見されたという情報を寄越してきた。

 

 ガストレアはステージⅣ、形態は飛行型らしい。なるほど、今まで見つからなかったがやっと合点がいった。東京エリアへ侵入してくるガストレアはほとんどが地上型ガストレアだ。加えて里見が初めて蛭子影胤と接触したときに出た感染者はモデル・スパイダー。陸に比べて空への警戒が疎かになるのは想像に難くない。飛行しているのは、モデルとなった蜘蛛にもともと飛行能力が備わっていたのか、ガストレアウィルスによって進化する過程で飛行能力が付加されたのか、だ。

 

 今乗っているのはドクターヘリで、木更はコレを呼ぶために来年分の学費を注ぎ込んだらしい。この依頼が達成出来なかったら退学だそうだ。俺はガストレアの駆逐に成功したら報酬山分けという条件でヘリに同乗している。

 

 『木更が電話をかけてきたのが今日の昼休みで、報酬山分けの条件で木更との契約が成立した。』

 

 そこまでは良かった。ただ、蓮太郎を回収したヘリで学校にまで乗り込んで来たときはさすがに頭が痛くなった。

 

 乗り込む際に平塚先生に怒鳴られるわ由比ヶ浜に詰め寄られるわ遠目に雪ノ下から物凄い目でみられるわ…………おまけに学校全体からの注目の的で、もう今度から学校に行きたくないまである。これで不登校になったらあいつのせいだ。

 

「比企谷、居たぞ!」

 

 声に従って蓮太郎の目線を追うと、ヘリの遥か前方、高度はヘリより100mくらい低いところを、巨大な蜘蛛が飛んでいる。ガストレア、依頼の駆逐対象だ。

 

 目を凝らすと、モデル・スパイダーのガストレアは、蜘蛛糸を編んで作ったような翼でグライダーのように滑空している。なんとも器用な蜘蛛もいたものだ。

 

 「あ、あれはなんです!?」とかいう操縦士に蓮太郎が蜘蛛の種類について何やら語っていたが、側で「虫オタク……」って呟いたら黙った。

 

 ガストレアの上空50mほどに接近したとき、轟音とともにヘリが揺らされた。

 

「っつ、何だよ一体ッ」

 

 揺らされたヘリの中で肩をぶつけたらしい蓮太郎が悪態をつく。八幡は急な揺れにたたらを踏んだものの、そばの手すりにつかまる事で転ぶことは免れた。

 

「お連れのイニシエーターが後ろのドアをこじ開けたようです!」

 

 延珠の目的に気づいた八幡と蓮太郎の背筋が凍る。開けられたドアに里見が駆け寄り、遥か下を覗き込む。見ると、延珠がガストレアに向かって落下して行くのが見えた。

 

「あのバカ!」

 

「無茶苦茶だなあいつはッ」

 

 何にせよ延珠は飛び降りていってしまった。延珠は『呪われた子供たち』の中でもかなり優秀な方のイニシエーターだ。まさか死ぬことは無いだろうが、ステージⅣのガストレアとタイマンでやり合うのは避けた方がいい。

 

「高度下げてッ、早く!」

 

 焦った蓮太郎が操縦士に絶叫、操縦士は頷いて高度を下げ始める。

 

 延珠がガストレアに激突、上空50mから落下してきた質量体にガストレアは体勢を崩して落下していく。

 

 蓮太郎はヘリの中を見回すと、何を思ったか荷造り用のビニール紐に目を付けた。即席ロープのように二重にすると、ヘリの手すりに縛り付ける。紐の強度に不安はあっただろうが、延珠に対する懸念の方が上回ったのだろう、迷いを振り払うように頭を振ると、そのまま空中に身を踊らせた。

 

「うわぁ……」

 

 思わず声に出た。俺だったらあんな芸当絶対やろうなんて思わん。死にたくないし。かといって、このまま静観しているとあとで木更にどやされそうなので、フォローに回る事にする。

 

「高度をゆっくり下げてくれ。揺れをなるべく抑えて」

 

 ここで八幡までパニックになると、操縦士を更に不安にさせる。操縦士が落ち着いた事で、ヘリにも揺れが少なくなってきた。

 

 八幡は未だ開け放たれているドアに近付き、アタッシュケースの中身を取り出す。ここに来るまえに八幡の家に寄って取ってきたスナイパーライフル、H&K MSG90A1だ。八幡の愛銃でもある。普段はかさばる為飛行型ガストレア相手や他の民警のバックアップ時くらいしか持ち歩かないが、今回はヘリに乗るということもあって持って来た。

 

 ゼロインは100mで済ませてある。安全装置を解除し、バラニウム弾の入ったマガジンを装着。だんだん高度が下がっていき、ガストレアの姿も見えてきた。

 

 スコープを覗き込んで戦況を観察。ガストレアと延珠が交戦中、その数十m近くで蓮太郎が仰向けに横たわっていた。なにやってんだアイツは……まぁ死んではいないだろう。

 

 ガストレアに狙いをつけ、発砲。ヘリに揺られているという不安定な状態のため、ガストレアの何処に当てるかまで細かい狙いはつけられなかったが、そこまで頓着する必要はない。ガストレアのサイズは10m強。いくら不安定な状態でも、これだけ目標が大きければ十分当たる。多少の揺れは八幡自身の技量でカバーすれば良い。

 

 目標に着弾、着弾した場所は胴体。ガストレアが怯む。次弾装填、発砲。細い脚に着弾し、ガストレアの体勢が崩れる。モデル・スパイダーのガストレアは、飛行するために体重を軽くしているのだろう。サイズの割に脚は手で掴めそうなほど細く、胴体は驚くほど小さい。着弾した弾丸は細い脚に確実に穴を穿っている。延珠はその隙をついてガストレアの懐に潜り込み、胴体を蹴り上げる。体の下からの衝撃に大きく体を仰け反らせるガストレア。再び発砲。違う脚に着弾し、支える脚を失ったガストレアは地面に倒れ伏した。

 

 倒れて起き上がろうともがくガストレアに延珠が近づく。延珠が大きく右脚を振り上げると、全力の踵落としをガストレアの脳天に向かって振り下ろした。延珠の踵落としを受けたガストレアは、牙や骨格、脳を粉砕され、体液を飛び散らせながら絶命した。

 

 蓮太郎がガストレアの皮膚の表面に癒着していたジュラルミンケースを回収する。これで聖天子にケースを引き渡せば依頼達成だ。安堵の溜め息が漏れ出る。操縦士に蓮太郎達の回収を頼もうとすると、ふと俺の目に信じられないものが映った。

 

 燕尾服にシルクハット、舞踏会用の仮面。その姿は、紛うことなき蛭子影胤。そして、フリルの付いた黒いドレスを纏う影胤の娘、小比奈。

 

 影胤の姿を認めた蓮太郎達と、ケースを奪おうとする影胤達が戦闘を始める。不味い。今の蓮太郎達では奴らにはとてもじゃないが敵わない。延珠はともかく、蓮太郎は影胤に圧倒されている。

 

「そのまま機体を安定させておいてくれ!」

 

 仕舞いかけていたMSGを構え直し、影胤を狙う。民警ペアでのコイツさえなんとか無力化出来ればこの場は逃れられるはず。今蓮太郎達を失う訳にはいかない。それに、ケースを奪われてしまったら全てが水泡に帰す。それだけは防がなくてはならない。

 

 影胤の掌底を受けた蓮太郎が大きく吹き飛ばされる。案の定、手も足も出ていない。

 

 トリガーに指をかけた瞬間、影胤がこちらを見ている事に気づいた。スコープ越しに目が合う。瞬間、全身に悪寒が走る。そんな馬鹿な、200m近い上空でこの悪天候だぞ。ローター音を抑える改良を施されたヘリを、この雨の中では視認するどころか察知する事すら難しい筈。ありえない。

 

 躊躇う暇もあればこそ。トリガーを連続で引き、発砲する。狙撃の技術には自信がある。いかに悪天候といえども降水量が凄まじいだけで風はそこまで吹いてはいない。200m以内の撃ち下ろしの射撃なら三発に一度は当てられると確信していた。何発ものライフル弾が影胤に殺到する。常人がまともに食らえば致命傷は必至だ。

 

 しかし、影胤に直撃する寸前だった弾丸は全て青い燐光によって阻まれた。着弾コースにあった弾丸は全て影胤のイマジナリー・ギミックによって明後日の方向に弾き返されたのだ。

 

「クソッ」

 

 舌打ちをする。高度200m弱。この距離ではどうやっても八幡には影胤の気を逸らす程度の事しか出来ないらしい。蓮太郎達の加勢に回るか。駄目だ、降りるまでに時間が掛かり過ぎる。それに返り討ちに遭う可能性も否定出来ない。

 

 迷っている間に影胤は蓮太郎を川のほとりまで追い込んでいく。豪雨で川は増水しており、落ちたらただではすまないだろう。延珠の姿は既に無い。蓮太郎が逃がしたのだろう、賢明な判断だ。

 

 影胤がカスタムベレッタをフルオート射撃、蓮太郎の体に幾つもの穴を穿ち、蓮太郎は川に落ちていった。

 

 影胤は銃口から上がる煙を吹き消すと、カスタムベレッタをホルスターに仕舞う。すると、ちらとこちらを見た。視線が再び交錯する。視線が絡む事数瞬。

 

 先に目を逸らしたのは影胤だった。落ちていたジュラルミンケースを回収すると、娘の小比奈とともに走り去って行く。

 

 八幡は溜め息を吐きながら背後のシートに背中を預けた。蓮太郎は倒され、ジュラルミンケースは奪われた。任務失敗、依頼不達成。最悪だ。

 

「……里見を回収する。川の下流に向かってくれ」

 

 ともかく、今は蓮太郎を回収することが最優先だ。

 

 

 

 


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