夜を染める黒(旧題 : 俺ガイル×ブラック・ブレット) 作:つばゆき
義肢のメンテナンス後、八幡が再び里見達と会ったのは、政府から防衛省への招聘通知が届いたときの事だった。
受付の人間に招聘状を見せると、恭しく招聘状を受け取り、中身を確認する。ロビーで待機していると、案内役であろう男性がやって来て八幡の前で礼をした。
「本日招聘された比企谷様ですね?どうぞこちらへ」
そう言って歩き出す、どうやらついて来いという事らしい。
しばらく歩くと、ふと大きな部屋の前に着く。案内役は役目を果たしたというように一礼すると去って行った。
重々しい扉を開くと、想像よりも大きな空間が広がる。
部屋の中央には大きなテーブルが一つとその周りを囲む様に置かれた椅子が約20個ほど。部屋の奥には壁の上半分を埋め尽くすほど巨大なプラズマディスプレイ。席はほとんど埋まっており、座っている人間とその後ろに付き従うように立っている人間に分かれている。おそらく民間警備会社の社長と民警ペアだろう。
序列千番以内の民警はほとんどが事務所に所属しているらしく、フリーランスの民警として招聘されたのはどうやら八幡だけのようだった。
八幡は手近な壁に近づくと、腕を組んで寄りかかる。
数分後、天童民間警備会社社長、天童木更と社員の里見蓮太郎が入ってくる。イニシエーターの藍原延珠は連れていない。
蓮太郎達は他の大柄な民警と揉めたりそのイニシエーターとなんかジェスチャーで会話してたりしていた。
蓮太郎って本当にロリコンなんだなって思いました。
「比企谷」
蓮太郎がこちらに気付いたようで、近づいてくる。
「なんでお前がここにいるんだ?お前会社に所属してないだろ?」
「序列千番以内には招聘状が届いてんだよ」
八幡の簡潔な答えに里見が納得したように鼻を鳴らす。
「序列千番ねぇ……よくもまぁ単独でそこまで駆け上がったもんだ」
「大きなお世話だ」
八幡はまだ新しいイニシエーターと契約を結ぶ気は無い。なんだかんだ言ってやはり一人の方が性に合っているのだ。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、蓮太郎が再び口を開いた。
「にしてもまぁお前よく来たよな。普段のお前なら絶対面倒臭がって来なかったろ」
「防衛省と政府からのお達しなんだ、無下にしたらもう依頼が来なくなるかもだろうが。無視できんならそうしたかったんだけどな」
蓮太郎との会話の途中で、禿頭の自衛官が部屋に入って来た。民間警備会社の社長達が立ち上がろうとするのを手で制し、部屋を見渡す。
「空席一、か」
そう呟いた自衛官の視線の先には、誰も座っていない三角プレートの席があった。
「本件の依頼内容を説明する前に、依頼を辞退する者はすみやかに席を立ち退席してもらいたい。依頼を聞いた場合、もう断ることができないことを先に言っておく」
内容教えてくれない上に聞いたら聞いたで強制参加ですか。本当にとんでもないのな。自衛官の言葉に気分が萎える。
誰か辞退する人は居ないのかと周りを見るが、今のところ誰も退席する様子は無い。
全員が参加する意思を表明したことに自衛官は頷くと、その場から一歩下がった。
突如、彼の背後にあったプラズマディスプレイに一人の少女が映し出される。
木更達社長クラスの人間は、ディスプレイに映し出されたものを見るや否や弾かれたよう立ち上がった。
────聖天子。現在の東京エリアの国家元首。
聖天子のすぐ傍、付かず離れずの距離には側近の天童菊之丞が立っている。
『みなさん、ごきげんよう』
精緻なレースをあしらった純白のドレスに日本人とは思えない銀髪。そして、人間離れした容姿。
もう少し幼かったら精巧なビスクドールみたいだと、それが八幡が聖天子に抱いた第一印象だった。
『依頼内容はとてもシンプルです。先日東京エリアに侵入して感染者を出したガストレアの排除とこのガストレアに取り込まれているケースの回収です』
ディスプレイにジュラルミンケースと破格の報酬額が表示される。なんかその0の多さに蓮太郎達……特に社長の方が目を剥いていた。
ガストレアの排除とケースの回収。それは理解できた。だが、それだけの事にこんな常識外の報酬をかける意味がわからない。それに不確定要素が多すぎる。ガストレアのステージも不明、モデルも不明、潜伏場所も不明。それにそもそもこんな事に何故自分が呼ばれたのか。
「質問、宜しいでしょうか」
気がつくと質問をしていた。自分自身の予想外の行動に一瞬驚いたが、疑問を解消する良い機会だと思い、平静を取り戻す。
『貴方は?』
「比企谷八幡です」
『……質問を許可します』
「何故、自分のような何処の会社にも属さない一介の民警がここに呼ばれたのでしょうか」
『質問にお答えしましょう。 比企谷さん、聞くところによるとあなたのIP序列は994位、2年間の間イニシエーターが不在だったことを申告しなかったのはこの際不問に付しますが、それは単独で序列千番の実力に匹敵するという事実でもあります。現在政府は猫の手も借りたい状況なので、民間警備会社に所属していなくとも序列千番以内の民警はここにお呼びしている次第です。……理由として不十分でしょうか』
聖天子が手元の書類でも見ているのだろうか、時々目線を下げながら答える。
IP序列994位という単語に、何故こんな奴が、という視線が突き刺さる。というかさっき里見とどつきあってた奴が超睨んでた。めっちゃ怖いです。
「……いえ」
やはりイニシエーターが居ないという事まで調べられていたか。居ないまま続けていたとしても何かペナルティがあるという訳でもでもない。頭を振ると、次の質問に移る。
「ガストレアのステージと潜伏場所は政府は把握していますか?」
『現状では行方を捜索中です』
おいおいマジで把握してないのかよ。てか潜伏場所不明って超大変じゃん。ここにいる人数で足りるの?いやもっと増えるだろうけどさ。
『質問は以上ですか?』
「いえ、最後にもう一つ。これには依頼内容に見合わない破格の依頼料が設定されていますが……その理由は件のケースにあると見て宜しいでしょうか」
『……お答えできません』
正直最後の質問はただの興味本位だったが、質問の内容を聞いた聖天子が微かにだが動揺する素振りを見せた。他の連中は気付いていないだろうが、明らかにケースに何かあると見て良いだろう。
「ケースの中身が何か、お尋ねしても?」
天童民間警備会社社長、天童木更が質問をする。
疑問を聖天子にぶつけたことで、その疑問が解ける事は無いだろう。高確率で聖天子は口をつぐむ。個人的に興味が無い訳でも無いが────
「──────!」
不意に不快な視線を感じ、そちらの方を向く。そこには、燕尾服を着た、舞踏会用の仮面にシルクハットという出で立ちの男がいた。
男はついさっきまで空席だった席で卓に脚を投げ出すように座っており、腹の上で手を組んでいる。
いや、八幡が驚いているのは男の格好にでは無い。
……一体、いつからそこにいた?
そして、何故誰も気付いていない?
それに、俺は自身がこの部屋に入ったそのときから警戒を解かなかった。その中でどうやってここに侵入した?
銃を構えようと、腰に付けているホルスターに半ば反射的に手を伸ばす。が、銃に向かって伸ばした手は、あえなく空を切った。
銃が無い。ほんの数分前までは腰に帯びていた筈の銃が。
銃の在り処はすぐに分かった。八幡をまるで品定めするような目で見ていた仮面の男が、銃をヒラヒラと振っていたのだ。苛立ち混じりに睨め付けると、男は大仰な素振りで肩を竦める。
聖天子と天童社長の会話が佳境に差し掛かったとき、不意に仮面の男がけたたましい笑い声を上げた。
『誰です』
「私だ」
男が声を上げると、両隣に居た社長クラスの人間が悲鳴を上げながら椅子から転がり落ちる。
さも今まで仮面の男の存在に気付いて居なかったかの様な────いや、事実気付いて居なかったのだろう。
「お前は……ッ!」
蓮太郎が仮面の男を見て驚愕に目を見開く。
男は卓上で組んでいた脚を戻すと、身体を反らせて跳ね上げるように立ち上がる。
『名乗りなさい』
突然の闖入者に聖天子の冷たい声が突き刺さる。男は聖天子の言葉を受けて、シルクハットを取ると一礼した。
「これは失礼……私は蛭子、蛭子影胤という。お初にお目にかかるね、無能な国家元首殿」
蛭子……影胤? 聞いた事の無い名だ。なんかすごい悪役っぽい。
聖天子が蛭子影胤の失礼極まりない言葉に目を細める。
「お前、どっから入って来やがった!」
「やぁ、里見くん。先日振りだね」
蓮太郎が腰のXDを抜き、銃口を影胤に向けながら前に出てきた。
「何処から、と問われれば正面から堂々と、と答えるのが正しいね。もっとも、途中で突っかかって来たハエは何匹か殺したけどね」
影胤は実につまらなそうに言うと、今度はめぼしいものでも見つけたかのような目で続ける。
「そういえば途中でそこの────比企谷君、だったか。彼に気付かれてしまってね。正直誰にも気付かれないと思っていたから少々驚いたよ」
「…………そろそろ俺の銃を返してもらっても構わないか? 蛭子影胤」
「ん? ああ、構わないとも」
影胤が銃を放る。飛んできた銃をキャッチすると、何処にも細工されてない事を確認し、ホルスターにしまった。
「良い銃だ。整備が行き届いている」
「そう思うんならもっと丁重に扱ってくれ」
「これは失敬。次からは気を付けるよ」
「次からは触らせねぇよ」
「だろうね」
八幡の返答に影胤が再び肩を竦める。心なしか少し楽しそうでもある。
「そうだ、丁度良い。私のイニシエーターを紹介しよう。小比奈、おいで」
「はい、パパ」
影胤の声に少女が前に出てくる。黒髪短髪に、同様に黒いドレス。腰の後ろには小太刀を二本帯びている。
少女は卓上に上がると、ドレスの裾を摘まんでお辞儀をした。
「蛭子小比奈、十歳」
「私のイニシエーターにして、娘だ」
娘?イニシエーター?まさかこの男、民警なのか?
「パパぁ、みんなこっち見てる。斬っていい?」
小比奈と呼ばれた少女が影胤の燕尾服の裾を引っ張る。さらっと恐ろしい事を言う少女だ。
「よしよし、だがまだ駄目だ」
「うぅ……パパぁ」
八幡は警戒を解かず影胤を見据えながら蓮太郎に声をかける。先程からの蓮太郎の反応から察するに、この男について何か知っているのかもしれない。
「……里見。この男と面識があるのか?」
「面識があるも何も……先日襲われたばかりだ」
「! ……よく無事でいられたな」
「まったくだ」
影胤はこちらに首を向けると「ヒヒヒ」と笑う。
「今日私がこの場に足を運んだのは、私もこのレースに参加する旨を告げる為だ」
「…………どういうことだ」
「『七星の遺産』は我らが頂く、ということさ」
影胤が妙な単語を口にした。同時に聖天子が目を伏せる。あのジュラルミンケースと何か関係があるのか?
「諸君! ルールの確認をしようじゃないか! 私と諸君、どちらが先に七星の遺産を手にする事が出来るかの勝負だ。賭け金は…………君達の命でいかが?」
ぞわ、と肌が粟立つのを感じる。横目で隣を窺うと、蓮太郎も顔を強張らせていた。
「さっきからごちゃごちゃとうるせえんだよ」
さっきまで黙っていた(たぶん)蓮太郎に絡んでいたプロモーターが、背負っていたバスタードソードを抜く。見た目と同様に短気な性格らしく、傍目から見ても苛ついているのがわかった。
プロモーターは蓮太郎や八幡の身長ほどもあるバスタードソードを構えると、一息で蛭子影胤の懐まで入り込む。────速い。
「ぶった斬れろやぁぁっ!!」
プロモーターの腕が唸る。バスタードソードを片手で扱う腕力で、手にした得物を剛速で振るう。
黒く輝く刀身が影胤に迫る。
ガィィィィィインッ!!
部屋に響き渡る金属質で耳障りな音。結果として、プロモーターは蛭子影胤に傷一つ付けることすら叶わなかった。刀身が影胤に到達する前に、見えない障壁のようなものにぶち当たって弾き飛ばされたのだ。弾き飛ばされた剣を彼のイニシエーターがキャッチする。
あれは…………バリア?
今日何度目かの驚愕。表面にこそ出さなかったが、今日一番驚いた。まさかあんな中二感満載なモノを展開出来るとは。
「将監、下がれ!」
彼の上司らしい上質なスーツをまとった男が懐から銃を抜く。周りを見ると、銃を所持していたほとんどの人間が蛭子影胤に向かって構えていた。将監と呼ばれたプロモーターが意図を察して舌打ち混じりに飛びすさる。
一拍おいて、連続した銃声。護身用の拳銃や短機関銃の銃弾が蛭子影胤に殺到する。だが、やはり銃弾は蛭子影胤には届かない。影胤の周囲2m程に展開されたドーム状の障壁が全て明後日の方向に弾き飛ばしているのだ。銃弾が衝突する度に青い燐光が見える。
やがて全員が弾を撃ち尽くし、撃鉄やスライドストップが上がる。
銃口から上がった煙と鼻を刺す硝煙の匂いの中、蛭子影胤と少女は飄々と言った体で何事も無かったかのように立っていた。
果たして影胤の障壁は全ての銃弾を防ぎきった。障壁に当たった弾丸は一つの例外も無く弾き飛ばされており、跳弾がテーブルや壁を抉っている。
「そんな…………」
誰かが唾を飲み込む音がする。
影胤が自慢げに手を広げた。
「斥力フィールドだ。私は『イマジナリー・ギミック』と呼んでいる」
どうやら中二バリアの名称はイマジナリー・ギミックというらしい。蓮太郎が信じられないものを見るような顔で呆然と呟いた。
「バリアだと……? お前、本当に人間なのか?」
「よくされるよそういう反応。もちろん人間だとも。もっともこれを発生させる為に内蔵のほとんどをバラニウムの機械に詰め替えているがね」
そういえば、と言って影胤が首だけこちらに向ける。
「比企谷くん、何故君は撃たなかったんだい?」
「いや、さっき脳筋の剣弾き飛ばした時点で銃効かない事くらいわかるだろ」
銃弾だってタダじゃないしな。
「ほう。なかなか聡いね」
「そいつはどうも」
影胤は里見の方に向き直ると、名乗りを上げた。
「名乗ろう里見くん、私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ」
新人類創造計画。
その単語に目を見開く。おそらく蓮太郎も似たような反応をしているだろう。忘れるはずもない、八幡や蓮太郎と因縁深い計画だ。
「ガストレア戦争が生んだ対ガストレア用特殊部隊? 実在する訳が……」
将監と呼ばれたプロモーターの上司が呟く。彼らのようにガストレア戦争やガストレアと関係のある人間からしたら当然の疑問だ。だが影胤はその疑問をにべもなく一蹴する。
「信じる信じないは君の勝手だ」
影胤は里見の前に歩み寄ると、どこからともなく箱を取り出した。卓上に箱を置くと、告げる。
「里見くん、君にプレゼントだ。私はここら辺でお暇させてもらうよ。…………行くよ、小比奈」
「はいパパ」
二人はごく自然な動作で窓まで近付くと、影胤が半身だけ振り返った。
「絶望したまえ民警の諸君。滅亡の日は近い」
最後にそう言い残すと、窓を割り、飛び降りていった。
部屋の中が静まり返る。すると、まるで見計らったかのようなタイミングで錯乱した様子の男が部屋に入って来た。
「たっ……大変だッ、社長が自宅でこ、殺されて……く、首がッ!」
パニック状態に陥っている男は、おそらこの会議に出席するはずだった社長の秘書だろう。それが、今は喉が裂けんばかりに悲鳴を上げている。
「しゃ、社長が自宅で殺されたッ! 死体の首が何処にも無い!」
蓮太郎が顔を強張らせて影胤が置いていった箱に歩み寄る。震える手で包装を解くと、ゆっくりと蓋を持ち上げる。ハコの中身を目の当たりにした蓮太郎の顔が、みるみるうちに青くなっていく。
蓋を下ろした蓮太郎は、目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「…………首か」
「……ああ」
蓮太郎が次に目を開いたときには、表情にはっきりとわかるほどの憤怒を覗かせていた。
「……ぁの野郎ォッ!!」
蓮太郎が力一杯に卓に拳を叩きつける。
『静粛にッ!』
聖天子の声に冷静さを欠いていた部屋の面々がはっとする。
『状況は想定外の方向に進行しつつあります。……新たにこの依頼に条件を付け加えさせて頂きます。あの男より早くケースを回収して下さい。』
聖天子は覚悟を決めたように一度目を閉じると、澄んだ声で言い放った。
『ケースの中身は、七星の遺産。使用する人間によっては東京エリアに大絶滅を引き起こす封印指定物です』