夜を染める黒(旧題 : 俺ガイル×ブラック・ブレット)   作:つばゆき

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長過ぎたんで二つに分けたんじゃよ。


邂逅せし暗殺者

午後の斜陽が山の稜線の隙間から差し込む中、コンクリートジャングルに飲み込まれんとする都市の一角にそれは存在していた。

東京エリアの政府が意図的に残したのであろう、広々とした自然公園。あと数年もすれば近代開発の波にのまれ跡形もなく消え去ってしまうかも知れない儚い土地でこそあるが、モノリスという壁の中ではあまり見ることの出来ない豊かな緑を持つそこには、道行く人を惹きつけるような美しい景色が見て取れた。

ティナ・スプラウトは自然公園の遊歩道を歩きながら、あと十五分もすれば沈んでしまうだろう夕暮れに見入っていた。

朝の駅前のラッシュも、昼の繁華街の喧騒も、静謐を好むティナからすれば煩わしいものでしかなかったが、この自然公園から臨める夕日の美しさだけは別だった。

任務に追われているティナには、指示の合間に景色を眺めることくらいしかすることがない。だがその限られた時間の中で、この美しい景色に出会えたのは僥倖だった。

しばしのあいだ夕暮れに見入っていたティナは、思い出したかのように歩みを再開させると懐から通信機を手に取った。

 

「マスター」

『──なんだ』

 

声をかけると、即座に応答が返ってきた。その早さに感心しながらティナは疑問を口にする。

 

「今回襲撃する相手について教えてください」

『いいだろう。ふむ……』

 

エインは暫しの間考え込むと、この主にしては珍しく言葉を選ぶように告げる。

 

『こいつの経歴は、国にブロックされているところ以外は粗方洗ってあるんだが、プロモーターの方が少々特殊でな』

 

ぱらり、と通信機の向こうでエインが書類を手繰る音がする。

 

『イニシエーターの名前は××××。プロモーターの方は比企谷八幡というらしい』

「比企谷、八幡」

 

ティナの反駁にエインは頷いて応える。無論、ティナも聞き覚えのある名前ではない。珍しい名前だとは思うが別段特筆すべきという訳でもないだろう。

 

『ああ。幼少期に父親を病気で喪い、中学時代(ジュニア・ハイスクール)に母親と妹をガストレアに喰い殺されたらしい。ガストレアへの恨みが募って中学卒業と同時に民警になった、というここまでは特に珍しくもないパターンなんだがな』

「何か不明瞭な点でも?」

『うむ。そのプロモーターなんだが、民警になってから数ヶ月と経たずして消息が不明となっている。依頼遂行中の行方不明(MIA)──イニシエーターともどもな』

 

歯に物が挟まったかのような言い方をする主にティナが首を傾げる。

 

「純粋にガストレアに殺されたのでは?」

『それが自然な考え方なんだが、解せんことにまた半年と経たずにひょっこりと顔を出したのだ。プロモーターの方だけな』

「それは……」

 

確かに奇妙な話だった。基本的に依頼中に行方不明(MIA)となった民警は高確率でガストレアに殺されたと判断され、一ヶ月も戻らないと戦死(KIA)認定される。

それが半年経ってから何故か生き残っていたと。今までなにをしていたのか、どうやって生きながらえてきたのか。

ティナはそれを聞いたが何故かIISOは深く追及しなかったという。

 

『それで、そいつはIISOには何故かイニシエーターを喪ったことを報告せず、侵食抑制剤だけ受け取りながら民警として過ごしていた。孤高を気取っていたのかは知らんがな』

 

エインの言にティナは黙して続きを促した。

 

『イニシエーターが居ないがゆえに他の民警と比べると戦闘力に劣るのは必定。だからかどうかは知らんが、そこで奴は裏の世界に身をやつしている。その筋ではそこそこ有名だったらしい。『イニシエーターを持たない若い民警が、裏社会で暗殺や破壊工作を請け負っている』とな。多額の報酬と序列の向上を引き換えにな』

 

それはまた、随分と過激な生き方を選んだものだ。

青年期の最も多感な時期を、苛烈に過ぎる経験の中で過ごしたという彼は一体どんな風貌をしているのだろう。

それはまさに、一種の地獄と評するに値するものだったのかもしれない。

 

『そのまま数年過ごし──つい半年ほど前だな。序列が千番を超えたあたりで東京エリアに腰を落ち着けたらしい。年齢は十代後半から二十前後。若くして隠居気取りか。金なら腐る程あるだろうからな。ちまちまと小遣い稼ぎをしながら、さぞ優雅な暮らしをしているのだろうよ』

 

それで現在は東京エリアの総武高校に二年生として在学している。年齢も同級生と大して変わらないから怪しまれることもないのだろう。たかが一、二歳程度だ。

そう言ってエインはくつくつと笑った。

彼が何故わざわざ高校生になったのかはティナにはわからない。かつて喪ったはずの学生生活を今になって埋めようとしているのだろうか。もしそうだとしたら、エインならばきっと哀れで滑稽だと嗤うだろう。一度裏社会で地獄を味わった人間が、再び日の当たる場所でまともに暮らせるはずがない。必ず何処かで齟齬が出る。そうした人間は、いつ自分の経歴が露見するかという恐怖と、裏の世界からの追手に怯えながら隠れるように生きるしかないのだ。

ティナのそんな思考は露知らず、エインは情報を分析する科学者の声音で手元の資料を考察する。

 

『東京エリアに入ってからは情報管理されているらしくあまり情報は入って来ていない。東京エリアの上層部も奴を利用したいのだろうが』

「なるほど」

 

そこで会話は途切れた。

今回の標的(ターゲット)は特殊な経歴を持つ人物だが、余計なことを考える必要はない。いつも通りに任務をこなすだけだ。

日が沈み始めた東京エリアは、昼と夜とでは別の顔を見せ始める。

繁華街では喧しく、オフィスビルでは静謐に満ち、駅前では学生や定時で帰宅する会社員で溢れかえる。

自然公園を抜け、幾つかの交差点を渡り、人混みを掻き分けてビル群を抜けた先に目的の地点は現れた。

東京エリア、都市部にある近代的であり無機質な、そして無個性な公団マンション。一般家庭より中の上あたりの収入を持つ世帯の多くが在住しているというマンションに、目的の人物は一人で住んでいるという。

住んでいるのは十四階建てマンションの八階。

この時間帯では他の住人に見つかる可能性も考慮しなくてはならない。迅速に事を運ぶ必要がある。

そう行動を始める直前に、ティナは確認するようにインコムに問いかける。

 

「マスター、私は彼に負けますか?」

 

それは、前回の失敗からの負い目というよりは、無くしかけた自信と存在意義を確かめるような問いだった。口に出してからそれに気づいたティナはばつが悪そうに視線を伏せる。

しかしその様子を通信機の向こうのエインが察せるはずもなく──目の前にいたとしても察せたとは思えないが──何を馬鹿な、といった風体で鼻で笑う。

 

『有り得んな。奴は高位序列者でこそあるが、それは自分の実力で勝ち取ったものではない。なるほど裏社会でやっていくにはそれなりの才能はあったのだろうが、そうなると奴の本分は奇襲や暗殺──直接的な戦闘力はそれほど高くはないだろう。お前ならば恐るるに足りん』

 

なるほど最もな推理だ。イニシエーターを持たないがゆえに裏稼業に身をやつしたのだから、本人の戦闘力は序列とイコールではないのだろう。

イニシエーターであり身体能力に於いては常人を遥かに上回るこちらが有利、ととるべきだ。

エインは通信機越しのティナの耳朶に、ねっとりと陰湿な響きの篭った声で囁きかける。

 

『ティナ・スプラウト。私の可愛い作品……お前に任務を与える。比企谷八幡を仕留め、計画の後顧の憂いを断て』

 

その声からは発声者の歪んだ陰惨な笑みが容易に想起できた。

しかしティナにとってその事実は然程気にかかるものでもなかった。ティナにとってエインは自分の存在意義。それさえ証明できるならば、他のことは些細なことでしかない──そう、不幸顔の少年や淀んだ目をした青年に出会ってから心の奥底で燻る違和感を押し隠しながら、ティナはいつになく硬質な声で応答する。

 

「仰せのままに。マスター」

 

その応答に満足したかのような雰囲気を漂わせながら、エインは通信を終了した。数瞬、複雑な感情を持て余しながら通信の切れたインコムを眺めたティナは、(かぶり)を振ってそれを懐にしまった。

ティナはさも知った風を装ってマンションのロビーを通り、シンプルな構造のエレベーターに乗り込み八階へと向かう。

白を基調としたマンションは、何処にでもあるような模範的とも言える構造をしており把握するのは容易だった。

標的(ターゲット)が住んでいる八〇八号室まで誰にも見咎められずに辿り着けたのは幸運だった。死角を通りながらとはいえ回避しきれなかった監視カメラの映像は、エインが、もしくは彼に連なる者が工作し消去してくれるだろう。

八〇八号室のドアの前に立ち、ノブに手を掛けようとしたところでティナは違和感を感じ取った。

部屋の中に一切の気配が感じられないのである。

フクロウの因子を持つイニシエーターである彼女は、動体を感知する器官……とりわけ聴覚に秀でた能力を持っている。たとえドアに隔てられていようとも、室内の全容を把握し、物音がしないことを確認することなど造作も無かった。

標的(ターゲット)は不在──当初立てていた奇襲の算段は崩れたが、何も悪いことではない。相手を待ち伏せすることでより確実に仕留める算段をつけられる。

ティナは素早く周囲を確認し、同じ階層に人影が見られないことを確認すると、金糸のような繊細な髪に手を伸ばしヘアピンを抜き取る。

鍵穴に取り付くこと二十秒弱。ティナがピッキングに要した時間はそれだけだった。ピッキング用に捻じ曲げたことで使い物にならなくなったヘアピンを外へと投げ捨てると、ティナは猫の如き素早さでドアの内側へと滑り込んだ。

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

比企谷八幡は、今まさに沈みきる直前の夕日を見つめながら、歩き慣れた帰路についていた。

日没も間近な住宅街には人影も(まば)らで、夕焼けがアスファルトを赤錆色に染め上げている。

ややもせず到着した自宅のマンションを前にして、彼の靴がジャリ、と妙な音を立てた。

 

“……ん?”

 

金属片を踏んだかのような妙な感触に、八幡は首を傾げながらなんの気はなしに足元を覗き込む。

 

「……ヘアピン?」

 

怪訝に思いながらつまみ上げたそれは、果たしてヘアピンだった。

妙な形に捻れ曲がったそれは、もはやヘアピンとしての機能を残してはいない。だが、八幡の心に引っかかったのは、それがまるで意図的に捻じ曲げた(・・・・・・・・・)かのように感じたからである。

結局その疑問が解消されることはなく、道端にヘアピンを投げ捨てた八幡は、見慣れたロビーからエレベーターに乗り込み八階のボタンを押し込む。

八幡は妙な違和感を感じ、エレベーターを降りたところで周囲をを見渡してみた。

別段何も変わっているところなどない。この時間帯にどの住人とも顔を合わせないこともままあることだ。視線を感じる、というわけでもない。

しかし八幡は自身の住処である八〇八号室の前に至って、幾度めかの違和感に遭遇した。

ドアのロックを開けようと、懐から鍵を取り出したところで八幡の動きが静止する。鍵穴に目線を合わせてみると、不可思議な跡が目に留まった。

鈍い銀色の光沢を放つ鍵穴の周りに、まるで何かで引っ掻いたかのような跡が残っているのである。

昔からあったものではない。それにしては新しすぎる。このマンションの一室はほぼ新築であるから賃貸した物件だ。

だとすると、八幡ではない他の第三者がつけたものである可能性がある。

無論、ただの考え過ぎということもある。いやむしろその可能性が高い。それでも八幡は心のどこかで気のせいではないと悟っていた。

 

「……」

 

鍵を鍵穴に差し込み回している間も、八幡の脳裏には警報が大音量で響いていた。やがて聞き慣れた金属音と共にロックが外れるが、警報は収まりがつかない。──むしろ大きくなるばかりだ。

そして握り締めたノブをゆっくりと回し──回しきる直前に覚えのない抵抗を感じ、八幡は動物めいた本能に近い部分で自分の直感が間違いではなかったことを察した。

ノブを回しきりドアを開け放つよりも先んじて、真横に向かって全力で跳躍する。

その一秒にも満たない直後に、ドアの内側から轟音と共に爆炎と衝撃波が吹き荒れた。

耳を聾する爆音とともに、吹き飛んだ鉄扉が宙を舞い八階の高さから舗装されたアスファルトの上へと落下していく。舞った砂塵が総武高校の制服を白く汚す中、八幡は転がり立ち上がるまでのコンマ数秒で、ホルスターから隠し持ったグロック拳銃を抜き放っていた。

──ブービートラップ。

ゲリラ戦──中でも市街戦を得手とする八幡にとって、この手のトラップは馴染みの深いものである。

八幡がドアのノブを回したその瞬間、繋がれていたワイヤーが設置されていた手榴弾のピンを抜き、爆発せしめたのだ。手榴弾内部に内臓された時限装置に細工されていたのだろう。安全ピンが抜かれて撃針が雷管を叩き点火されるまでの時間が短縮されたことで、飛び退いてから一秒という短時間で爆発に至ったたのだ。

幸運なことに使用された手榴弾は、炸裂時に破片を飛散させる破片型手榴弾(フラグメンテーショングレネード)ではなく、炸裂時の爆風によって殺傷効果をもたらす攻撃型手榴弾(コンカッショングレネード)だったことだ。そのおかげで加害半径が狭まり八幡は特に目立った外傷を受けずに済んだ。

グロック拳銃にフラッシュライトを装着し、油断なく鉄扉の吹き飛んだドア部に歩み寄る。外から見える玄関の様子は爆風が入ってすぐの姿見を粉々に破壊しており、靴入れがあった場所を無残にも抉り取っている。

──これを仕掛けた張本人が、中に潜んでいるかもしれない。照明の落ちた室内で、闇に潜み八幡の命を刈り取る機会を虎視眈々と狙っているかもしれないのだ。

息を殺した八幡は、静かな足取りで油断なく屋内へと足を踏み入れる。

普段は濁っている瞳も今ばかりはどんな些細な動きも見逃さない兵士の目となって、視覚と聴覚を周囲に張り巡らすように一帯を探る。自分以外の全ての動体を把握せんと、かつての経験を総動員する。

踏み込んだ室内で、まず目についたのが不自然に盛り上がったカーペット。

普通ならば迂回するか除去しようとするのだろう。だがその付近、椅子の脚に括り付けられたワイヤーの存在を見咎めて、八幡の警戒度は跳ね上がる。

遮光カーテンで光がほとんど入ってこない室内で見つけられたのはある意味奇跡だろう。

他にも見え辛い部分に多々のトラップが巧妙に仕掛けられている。

──相手は素人ではない。

八幡はグロックを発砲すると同時に、素早く通路の影へと身を滑り込ませる。

フルメタルジャケットの弾丸が設置されていた信管を撃ち抜いて、瞬間耳を聾する轟音が罠の仕掛けられたリビングを支配する。

再び踏み込んだ八幡を、廃墟同然となったリビングが出迎える。調度品は粉々に破壊され、デジタルの掛け時計は見る影もない。テレビはほとんど原形を留めていない状態で横倒しになっていた。

クリアリングを続ける八幡の背後に、音も無く影が忍び寄る。息を押し殺しながら歩を進める八幡は、その存在に気付かない。

誰も存在しないはずの空間に、空を裂く風切り音が響く。

その一撃を躱せたのは、全くの僥倖だった。

風切り音を耳が捉えたその刹那、八幡は後方に振り向くことをせずに前方へと転がっていた。八幡の頸動脈を切り裂くはずだったダガーは敢え無く空を切り、八幡はフローリングの上を転がりながら大腿部に装備していたスローイングナイフを投擲する。

計三本のナイフは大気を切り裂きながら飛翔するが、八幡を切りつけた当の本人はこの暗闇の中まるで見えているかのように(・・・・・・・・・・)手に持ったダガーで全てを叩き落とした。

咄嗟に銃口を頭部に照準、フラッシュサイトの強烈な光で照らすと僅かに怯む。発砲するも、銃爪を絞ったそのときには狙った矮躯は射線から身を翻していた。

その常人離れした身体能力を目の当たりにして、相手の正体について一つの可能性が頭をよぎる。

 

“まさか──イニシエーター!?”

 

弾丸の如き速度で八幡へと向かって肉薄する影が、ダガーの致命的な金属の輝きを閃かせる。

咄嗟に右脚を跳ね上げ防御したものの、ダガーと義足が衝突した瞬間、衝撃波がリビングの中を走り抜け、落ちかけていた遮光カーテンを取り払った。

左脚がフローリングに陥没し、右脚の切りつけられた部分の人工皮膚が抉られるように剥離する。僅かな拮抗のあとほぼ同じタイミングでノックバックした両者は、差し込んだ夕陽に照らされた互いの顔を、ついに確認するに至った。

瞬間、リビングのなかの空気が凍りついた。

 

「嘘……そんな…………」

「……お前は」

 

まさか想像だにしなかった驚愕が、両者の間に充ち満ちる。

八幡はつい一週間前に出会ったばかりの金髪の少女の顔を、ティナはつい一週間前に窮地を救ってくれた恩人である青年の顔を、互いに驚愕の面持ちで以って凝視する。

昏い色のドレスを身にまとったティナは、ダガーを取り落としそうなほどに狼狽した様子で八幡を見ていた。

まさか標的(ターゲット)が、見知った人間だとは思わなかった。いつも通り滞りなく任務を全うし、また見知らぬ誰かを殺すだけの仕事だと思っていた。そう信じていたばかりに──だからこそ、その相手が以前自分を救ってくれた恩人であることを知ってしまった驚愕はひとしおだった。

 

「どうして……」

 

ティナの口から意味のない問いが零れ落ちる。

その問いに、八幡は応えなかった。ひとたび刃を向けられた以上、いかなる理由が存在すれど銃が向けられても文句は言えない。それが八幡やティナの生きる世界の“常識”だ。

だがティナは目の前の光景が信じられないとばかりに、武器を構えることすら忘れて八幡の顔を凝視している。

対する八幡も、油断なく銃を構えながらも銃爪を引き絞りかねていた。

目の前のイニシエーターが兵士として向かってくるならば、八幡もまた応じる覚悟はあった。もとより無抵抗な少女すら、今後の障害と成り得るならば躊躇なく殺せるだけの外道さを持っているはずだった。だが今の八幡は、目の前の動揺も露わなイニシエーターを撃つことを、心の何処かで躊躇っていた。相手が動きを見せるまでこちらもまた動かないのがそれの何よりの証左だ。

 

「……お前が、何故ここにいる?」

「それは……貴方が、……暗殺の障害になるからです」

 

ティナがさも言いたくなさそうに、しかし律儀にも質問に答えた。

八幡はそれだけで全てを察した。自分の推理に間違いはなかった。ティナは聖天子暗殺を盤石のものとするために、障害と成り得る八幡を葬りに来たのだ。

八幡はティナに何故と問うた。自分が彼女を殺す理由を得るために。弱くなった自分の心に対する、免罪符を得るために。そして答えは得られた。ならば躊躇する理由はない。あってはならない。

そう自らに言い聞かせた八幡は短く呼気を吐いてティナを見据えた。

それだけで彼女は察したのだろう。目の前の人間に、どんな言い訳も通用しないのだと。

 

「待って……待ってください。私は……」

 

ティナが首を振りながら言葉を紡ぐ前に、八幡は銃爪を絞っていた。その言葉を聞いてはならない。心に余計な傷を負う前に、目の前のイニシエーターは迅速に排除しなくてはならない。心の底の一番冷めた部分が、八幡にそう語りかける。

放たれた弾丸は、しかしティナの身体を抉ることなくダガーに弾かれ金属の衝突音を響かせていた。

凄まじい反応速度で弾丸に対応してみせたティナに、だが想定内だとばかりに立て続けに発砲しながら八幡が距離を詰める。

弾丸を弾くティナも、先ほどまでの動きのキレはない。見るからに精彩を欠いたその動きは、弾丸に対応するだけで精一杯とばかりに体勢を崩す。

一瞬で肉薄した八幡がタクティカルナイフを一閃させると、何とかそれに合わせたダガーが鈍い金属の摩擦音を立てる。

 

「そんな、嘘です! ……やめてください!」

 

八幡とて、声を震わせて叫ぶティナに、反撃の意思が残っていないことを察していた。目の前の少女に、一片たりとも戦意など残ってはいない。彼を害する気などありはしない。

そんな少女を仕留めることなど、いくら普段の戦闘力が高かろうと難しいことではなかったはずだ。なのに──八幡の放った銃弾やナイフは、あと一歩のところで届かない。それは八幡が心の何処かで躊躇っている証拠だった。

八幡は心の中で歯噛みする。──何故だ。何故殺せない。どうして俺は躊躇っている(・・・・・・・・)……!

銃弾が、ナイフが、ティナの柔肌を掠めるたびに、彼女の口から漏れ出る掠れた悲鳴が八幡の無機質な無表情に罅を入れていく。

ついに八幡の義足が、ティナのダガーを蹴り上げ明後日の方向へと弾き飛ばす。たたらを踏んだティナは、塗装が剥離した壁に背中をついて、八幡の顔を見てとった。

八幡の顔は、怒りや苦しみがない交ぜになった内心を、無表情で無理矢理封じ込めているような顔をしていた。

 

「嫌……」

 

首を振りながらそう呟いたティナの頭部に、体勢を整えた八幡がグロック拳銃を照準する。

ティナにはもう抵抗する気力もなかった。次の一発は避けることすら出来ない。

恐懼に肩を震わせるティナに、容赦なく八幡は銃爪を引き絞る。

 

「話を聞いて八幡さんッ!」

 

涙を散らしながら叫んだティナに、八幡の照準が僅かにブレた。放たれた弾丸はティナの頭部を抉ることはなく、頬を掠めて背後の壁面を穿っていた。

泣き腫らした顔のティナと、どこまでも昏い眼をした八幡との視線が絡みあう。

数秒間の沈黙を、先に破ったのは八幡だった。

 

「……今すぐここから出て行け。俺の気が変わらないうちに」

 

押し殺した声でそう呟く八幡の指先は、銃爪にかかったまま小さく揺れていた。

それを見て取ったティナは、彼とは決して相容れないことを悟った。

悲哀に満ちた表情で、廃墟に座り込むティナはもう何も言葉を紡ぐことはなく──数分後には、廃墟同然となった部屋には八幡しかし残ってはいなかった。

 

 

 




なんだかティナの反応が過剰すぎる気が……
あとで修正するかもです。
本当は原作と似たような展開にする気だったんですけどね。このあとでティナちゃん狙撃もするし。
なんなら皆様の脳内であるていど変換してしまっても(笑)

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