夜を染める黒(旧題 : 俺ガイル×ブラック・ブレット)   作:つばゆき

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今回はちょっと少なめ。


孤独の代価

聖居を出て間もなく。八幡は一体どうしたものかと腕を組みながら唸っていた。

 

視線の先にあるのは、自転車を漕ぐ一人の少女。

 

まぁ、そこまでは良い。そこまでは良いのだ。問題は、先ほどからずっと聖居前の噴水の周りを周回していることだ。そして服装はパジャマ。極めつけは、自転車を漕いでいる彼女はほとんど瞼も落ちかかっている状態で意識も有るのか無いのか判然としていない。

 

面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ。面倒臭がりの極地にいる八幡はとりあえず無関係を決め込む。何が悲しゅうてあんな色々とヤバイ幼女の相手をせにゃならんのだ。最悪俺が犯罪者扱いされて通報されるまである。

 

組んでいた腕を下ろして踵を返そうとする。普段来ることの無い聖居なんてところに来たせいで割と疲れているのだ。

 

今見た光景を忘れようとしながら帰路につこうとするが、不意に後方から先ほどの自転車のものだろう転倒音が聞こえた。

 

「ってえなコラァァッ!! どこ見てんだよクソがッ!!」

 

そして響き渡る大音声。あまりにも耳障りなそれに八幡はげんなりとした表情を見せながら振り返る。そこにはツンツンした金髪の青年が三人ほど自転車に群がっていた。

 

そこに容赦なく浴びせられる蹴り。少女の呻き声や自転車が軋む音が聞こえる。関わり合いになるまいとそそくさと距離を取る民間人に辟易としながらも、八幡は眼をいつもの二割増しくらいに濁らせながら振り返った。

 

大方、先の自転車に乗っていた少女が彼等にぶつかったか、もしくは彼等が故意にぶつかって難癖をつけてきたかどちらかだろう。

 

八幡は今日一番の大きな溜め息をつくと、ズボンのポケットに手を入れながら凄む青年達に歩み寄った。

 

未だ少女に蹴りを入れようとしている青年の肩に手を置くと、気だるげな声を出しながら振り向く。

 

「おいコラてめぇ聞いてんのか────あぁ? んだよてめぇ」

 

同様、凄まれる。だがこの程度の威圧など、八幡ならば慣れたものだ。かつて彼が相対した蛭子影胤に比べればこの程度無いに等しい。

 

「オイ、舐めてんのか、あぁ?」

 

汚い言葉を吐きながら胸ぐらを掴み上げられるも、八幡は冷めた目で見返すだけで行動を起こさない。まるで自分からは何もしないとでも言うように。

 

「おいこいつ、カッコつけたのはいいけど竦み上がっちまったみたいだぜ」

 

「何にも言えねぇみたいだなぁ」

 

勘違いをしたまま下卑た笑い声を上げる青年たち。しかし、青年のうちの一人があることに気づき、動きを硬直させた。

 

「お、おい…………やばくねぇか」

 

「あぁ?」

 

声を上げた青年の視線の先にあるものは、胸倉を掴み上げられている八幡の腰元。より正確に言うならば、腰元のホルスターに収まっている拳銃だった。

 

視線を追いその存在を見咎めた青年たちは瞠目し、緊張に顔を引きつらせると、それ以上何も言葉を発する事無く退散していった。

 

金髪の青年たちが視界から消えたのを確認すると、八幡は事の元凶たる背後の少女にむけてどろりとした視線を向ける。パジャマ姿の矮躯の少女は、恐怖に身を縮めているかと思いきや、大きな瞳を見開き、その小さな口を開けながらこちらを眺めていた。

 

「ありがとう、ございます……。正義のヒーロー、生まれて初めて見ました……」

 

八幡は、また面倒なものと関わってしまったと嘆息した。

 

 

 

 

 

「……そんで、お前なんであんなとこにいたんだ」

 

汚れていた彼女の顔をタオルで拭き、ベンチに座らせてから八幡はようやく口を開いた。

 

八幡は存外に自分がおせっかいであるという事を認めつつあるが、今回のは少々度が過ぎるというのが否めない。八幡は断じてロリコンなどではないし、自分から面倒事に突っ込むようなお人好しでもない。今度からこういう手合いは無視を決め込もうと心に決めると、目の前の少女が早くも眠りこけている事に気がついた。

 

「……おい」

 

声を掛けると少女ははっと顔を上げ、周囲を見回したあとにようやく八幡の存在を認めた。

 

「えっと……なんでしょうか」

 

どうやら何も聞いていなかったらしい。想像以上に手強い相手だと嘆息する八幡に、金髪の少女は不思議そうに小首を傾げる。その様子に顔を顰めながら八幡は再び問いただす。

 

「あー……お前、どっから来た? 名前は? あと住所分かるか?」

 

問われた少女は少し考えこむ仕草をした後にゆっくりと顔を上げる。そして、うっかりこちらもペースに巻き込まれてしまいそうになるほどの緩慢さで言葉を紡ぎ出した。

 

「……名前は、ティナ。ティナ・スプラウトです」

 

名前を問うだけでもここまで時間が掛かるのか……と早くも辟易とし始めた八幡であるが、そんな事は露知らず、再び夢の世界へと誘われるティナである。

 

そんなティナを鑑みて、八幡は一つの妙案を思いついた。彼には彼と同等以上に面倒見の────特にティナのような少女相手に────良い人間を知っていた。字面では危険人物と思われるやも知れないが、あれでリスクリターンの計算の出来る男である。犯罪であることを分かっていて、それも聖居前の公園で手を出すほど能無しでもない筈たし、最悪彼の居候が諌めるだろうと彼はポケットからスマホを取り出した。

 

完全に面倒事を押し付けているだけだが、この男、面倒事は可能な限り避けるか他人に押し付けるタイプである。一切悪びれる様子も無く連絡先の画面を立ち上げた彼は、片手で数えられるほどの寂しい連絡先から、さ行の相手を見出す。

 

通話のアイコンをタップして数コール、そして出た相手の反応を待たずに畳み掛ける。

 

「────里見か? ああ、俺だ、比企谷。とりあえず今から聖居の前の公園に来い。拒否権は無いからな。公園のベンチに幼女がいるから、面倒見てやれ。俺には手に負えん。何? 無茶言うな? んなこと知るか。たかが数駅程度の距離だろうが。喜べ、金髪ロリの美少女だぞ? 良かったな日頃からの妄想がついに叶うな。でも犯罪はやめろよ。おっとどうやら電波が悪いらしい。あーあー聞こえない聞こえない────っと、これでいいか」

 

通話に満足した八幡は言うことだけ言ってさっさと通話を切ってしまう。端から見ればなんという暴挙だろうか。見る人が見れば相当な外道である。

 

「これから超お人好しで面倒見の良い不幸面の奴が来るから、『眼の腐ったお兄さんが言ってた』って言えば面倒見てくれるぞ。たぶん」

 

「……はい」

 

未だ寝ぼけ眼のティナは、船を漕ぎながらも取り出したボトルからカフェインの錠剤を鷲掴むように取り出し、無造作に口に放り込んでいた。

 

少女の口元から、錠剤を噛み砕く咀嚼音が聞こえてくる。そんなにカフェインを摂取して大丈夫なのだろうか。確かカフェイン中毒というものは割と危ないものだった筈だが……。少しの逡巡ののち、八幡は”どうでもいい”という結論を出した。絡まれていた相手を助けた挙句、摂取するものの栄養バランスにまで口を出すほどお節介ではない。

 

ティナは噛み砕いた大量の錠剤を嚥下すると、心なしか覚醒した様子で顔を上げた。

 

「あの、どうもご迷惑をおかけしました」

 

「…………。いや、気にするな」

 

少女の存外に礼儀正しい一面に少しだけ面食らったが、八幡は適当に返事をすると踵を返す。里見と鉢合わせをするとなかなか面倒な状況になるだろう。あとで何か奢ってやろうと思いつつ、八幡はその場を後にする。

 

公園を去り際に後ろを振り返ると、よだれを垂らしながらベンチで爆睡するティナの姿が見えた。

 

 

 

 

 

夜も滔々と更けてくるこの季節。

 

時刻は六時をもうすぐ回るかという時間帯にも関わらず、窓の外は既に暗澹とした闇が広がり始めている。

 

八幡はガタン、ゴトンという規則的な電車の振動に揺られつつ、窓の外に広がる闇と、その闇に対抗するかのように眩いばかりの光を放つ都心を眺めていた。

 

ガストレア戦争以降、人類の総数は激減し、日本は五つのエリアに分かたれる事を余儀無くされた。だが、いくら総人口が減ったとはいえ、分断されたエリアの限られた総面積ではエリア内の市民を収容するのには限界があった。

 

結果として、政府は苦肉の策として都内に超高層ビルを乱立させることとなる。限られたエリア内での高過ぎる人口密度が限りなく分かりやすくなって顕現した形がこれだろう。ガストレアが現出した十年前ではとても見られなかった光景に違いない。

 

既にゆうに二百メートルを超すビルがそう目立たなくなってきている程だ。八幡もときたま”直下型の大地震でも来たら東京エリアは壊滅するのではないか?”というすこぶるどうでもいい懸念を抱いた事があるのだが、周囲の人間はそれ以上の分かり易い脅威がガストレアという明確な形で表されている為、そちに対しての危機感はガストレアの方へ流れてしまってほとんどないらしい。

 

窓の外で流れるどこか単調な景色をどろりと濁った眼で傍観しつつ、頬杖をついて最近伸びてきた髪を弄ぶ。

 

今日は久方ぶりに面倒事に巻き込まれた。聖天子の護衛。天童菊之丞の不在。聖天子付き護衛官の干渉。その中で遂行せねばならないのに、非公式会談の相手はあの悪名高き大坂エリア国家元首、斉武大統領なのだ。聖天子とは致命的なまでに反りが合わないだろう。暗殺を企てる可能性も否定できない。蛭子影胤追撃作戦からやっと一息つけると思っていたばかりに、今回の依頼の面倒さには辟易とした。断るにしても、依頼主は東京エリアの最大権力者である聖天子だ。断るに断れない。

 

八幡の心情を物語るように、その顔にはありありと不満が浮かんでいる。直後に襲ってきた一際大きな振動に頬杖を外され、八幡はあからさまに顔を顰めた。

 

幸いにして八幡の電車内にはそれほど多くの客が居なかった為か、八幡の醜態が晒される事態は免れた。それを目線だけで確認しつつ、八幡は憮然とした表情のまま本日何度目かの溜め息をついた。

 

 

 

 

 

電車内の定期的に起こる振動に仄かな心地良さを覚え、目蓋は重く、微睡み始めた頃に車内にアナウンスが流れる。目的地を知らせるアナウンスに半ば強制的に覚醒させられた八幡は、疲労を訴える身体に鞭を入れ、軽くかぶりを振って眠気を飛ばすと重い腰を上げる。

 

今日一日だけで精神的に随分と疲れた。もう何事もないと思いたい。

 

そして、車内との気温の差に軽く身震いしながら八幡は人の少ないホームに降り立った。あとは置いてある自転車を漕いで家に帰るだけ。そのはずだった。

 

去っていく電車を尻目に駐輪場に向かおうと足を向けたホームの階段から、コツコツと規則正しい足音が響いてくる。

 

人が少ないとはいえ、閑散としているという程ではない。別段この時間帯に人が来る事とてそう珍しい事でもないのだ。八幡は特に何を考えるでもなく、ただ無感動のまま視線を向ける。

 

そして、あまりにも見知ったその少女が視界に入った。

 

華奢な肩を、儚げな物腰を、艶やかな黒髪を、ふと彼は見咎めた。見咎めてしまった。

 

雪ノ下────

 

向こうも同様に此方に気付いたようで、足を止めて少しだけ驚いたようにこちらを見据えた。

 

「…………」

 

二人の間に重い沈黙が流れる。

 

普段の二人の関係ならば、他愛のない言葉を投げかけ、皮肉げに唇を歪ませ、ちくりとした嫌味の応酬のあとに、どちらからともなく去ったであろう。今回もきっとそうだと、彼女を見た瞬間はそう思っていた。

 

雪乃は八幡と視線が絡むと、何を話すでもなく、その形の良い唇をきゅっと噛み締めると、だが毅然とした態度で八幡を睨め付けた。

 

八幡は一瞬混乱した。およそ彼の知る限り、彼女はこんな表情を彼に見せた事はほとんど無かったのだ。それが、今は。

 

そして、自分が彼女に対してどんな態度をとれば良いのか分からなくなった。

 

「……あなた、民警だったのね」

 

一瞬にして思考の海に引き摺り込まれた八幡に、雪乃の冷たく、それでいて何かを抑えたような声が問いかけられる。

 

「……ああ」

 

返答に窮した八幡だったが、なんとかそれだけ絞り出した。そして瞬時に理解する。彼女が自分を問い詰めようとするその理由を。

 

「……どうして……どうして言ってくれなかったの」

 

何故。何故民警であることを言ってくれなかったのか。八幡はその問いに対する答えを持っていなかった。

 

何故だろうか。民警だと知られたら距離を取られると思ったから? 辞めるように諭されると思ったから? 違う。彼女は決してそんなことをするような人物ではない。知ったとしても、それがどうしたと言わんばかりの澄まし顔で、我関せずとばかりに己を貫く。それが八幡が知っている雪ノ下雪乃だ。

 

だが、目の前にいる雪ノ下雪乃はどうだ。何かを堪えるかのように唇を噛み締め、よく見ないと気付かないが────肩にかけたバッグに添えるように握り締めた手は、力を込め過ぎて指先が白くなっているではないか。

 

「……聞かれなかったからだ」

 

口を開こうにも言い訳など思いつかない。そもそも言い訳などする気にもなれなかった。

 

きっと彼女はいつ死ぬかもわからない仕事をしていて、それを言ってくれなかった事に憤っているのだ。

何故言ってくれなかったのだ。明日にも死ぬかも知れないのに、と。

彼女が憤っているのはあるいは、八幡がいつ死ぬかもわからない、いつ居なくなってしまうかもわからない戦場に身を置いている八幡の現状を知りもせず、ただ一人のほほんと日常を謳歌している自分自身に対してなのかもしれない。

 

「…………そう」

 

雪乃は八幡から目を逸らし、消え入りそうな声でそれだけ呟くと、顔を背けたまま八幡の横を通り過ぎていった。

 

八幡は苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちをすると、駐輪場に向かって歩き出した。




2016年 3/17 一部改稿しました。

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