十一、四   作:なんじょ

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道が分かたれようとも

 雪音と織姫の治療を終えてすぐ、一角達は一護探索を再開した。

 副隊長が適当に指図するので、相変わらず道に迷いまくっている気がするが、隊長がそれに従ってる内はついていくしかない。

(織姫ちゃんのほうが霊圧探んの、巧そうなんだがな)

 ちら、と後ろにいる旅禍の女に視線を動かした一角は、その斜め後ろを走る雪音の顔を見て眉根を寄せた。

 先ほどは毒舌吐きながら怪我人の治療していたので、久しぶりに彼女らしいところを見られたと安心したのだが、また暗い顔をしている。

 一角は走る速度を落として横に並び、

「雪音、どうした」

 声をかけた。雪音は「……え?」遅れてこちらを見、それから戸惑ったそぶりで目をそらした。

「どうしたって、何が?」

「さっきの倉庫出る前、青い顔してたろ。心配事か」

「心配って……」

 雪音は一瞬黙った後、そりゃあるわよ、と言葉を継いだ。

「このまま朽木さんが処刑されたらどうしよう、とか」

「とか?」

「旅禍と一緒に行動してていいのか、とか」

「後は?」

 奥歯に物が挟まったような口振りが、らしくない。まだ何かあるだろ、と更につっこんだが、

「……それだけよ。気にしないで、勝手に心配してるだけだから」

 雪音は一角の目も見ず、そんなことを言う。

 ……馬鹿が、それで隠してるつもりかよ。

 いらっとした一角は走りながら手をあげ、かんざしを差してる彼女の後頭部を軽く引っぱたいた。

「いたっ! ちょ、何すんのよ!」

 上半身を崩してつんのめりそうになった雪音に噛みつかれ、一角はふん、と鼻を鳴らす。

「何考えてるか知らねぇがな、お前、いい加減一人で悩んで抱え込む癖直せ」

「……」

「俺ぁおちつかねぇんだよ。お前がそういう顔してっと」

「え」

「どんだけ頼りねぇと思ってんのか知らねぇが、お前の悩み相談くらい聞いてやれるからよ、もっと俺を信用しろよ」

「べ、別に!」

「うわ!? 何だ、いきなり大声出して、びっくりするじゃないか!」

 雪音の声が跳ね上がったのに驚いたのか、石田が文句を言う。

 いつもなら憎まれ口で反論する雪音は、うるさいわね、と小さな声で呟くにとどめた。織姫に続いて角を曲がりながら、

「……別に頼りないなんて、思ってない」

 ぼそ、と小さな声で呟く。

 深く俯いたのを見下ろすと、雪音の耳が真っ赤になっていたので、一角は思わず苦笑した。

(毎度の事ながら、面倒くせぇ女だな。もっと素直になりゃいいのによ)

 そう思った時不意に、先頭を走っていた隊長がぴたりと足を止める。

 何かと思ったら、前方に空き地が広がっているのが目に入った。

 どこにも道が繋がっていない、完全などん詰まりだ。

「……またかよ……」

 一角はげんなりして低く唸った。道間違えるのはこれで何度目だろうか。旅禍達も気まずい風で顔を見合わせ、

「あ……えーっと……なんて言うか……まぁ、道案内なんて運みたいなもんだし……」

「十回や二十回くらい、行き止まりに着くこともあるよね!」

 なんてかばうような事言ったが、先刻の雪音と同じくらい、副隊長の耳が赤く染まっていく。

 ほれ見ろ、言わんこっちゃねぇ。

 さっきからどんだけ無駄に時間食ってると思ってんだ、あのガキャ。

「だから副隊長の道案内はイヤだつったんだよ」

 さんざん進言を無視された腹いせに、ここぞとばかりに言い捨ててやる。と、

「うわ!?」

 いきなり副隊長が一角の方へ突っ込んできた。

 避ける間も無く顔に張り付かれた一角は、ついで頭に固いものが食い込むのを感じて、声を上げてしまう。

 こ、この感触は、つーか頭の上から冷たいものがつーっと伝ってきて、

「やめろコラ頭にかじりつくな、よだれ垂らすな、汚ねー!! う、うおおおお!?」

 このバカ、俺の頭に歯立ててやがる!  慌てて副隊長の着物を掴んだが、こっちの首がもげそうな力でしがみつかれて、引き離す事も出来ない。

「え、ちょ、ふ、副隊長!? あ、あの、ちょっと、それは……」

 ばたばた暴れる一角たちを見かねてか、雪音がおろおろしながら声をかけてきてるのが聞こえる。

「そんなんで言う事聞かねぇだろ、ひっぺがせ雪音!」

「え、えーっと、そんな事言われても……」

「い、いてててて!」

 更に強く歯が食い込んで悲鳴を上げたが、その時、

「……出てこいよ。霊圧消して隠れるなんざ、隊長格のすることじゃねぇだろうが」

 隊長の低い声が耳に飛び込んできた。

 それに応えるようにズン、と空気が重たくなり、目の前が一瞬揺らぐ。

「っ!」

 あまりの霊圧の重さに、一角の全身に震えが走り、ぶわ、と汗が噴き出した。

(こいつはただもんじゃねぇ)

 前に張り付いた副隊長を何とかずらして、袖越しに見透かした先にいたのは――

「……随分な口の利き様だな。自分が何をしているか、解っているのか?」

 屋根の上に立つ影。

 隊長と張るほど巨大な影は狗村隊長、その前に立つのは九番隊の東仙隊長と檜佐木、それに、

「射場さん……」

「ウ、ウソだろ……隊長格が、四人も……!」

 一気に血の気が引いた顔で、荒巻がガクガク震えながら後ずさった。弓親がそれをキッと睨み付ける。

「狼狽えるな、荒巻! 数ではこっちがまだ有利だ!」

 だが、それが気休めに過ぎない事は分かり切っている。

 力の多少が問題ではない、こちらは痛んだ旅禍を抱えて、うまく身動きがとれない。ちらりと目線をやれば、一同圧倒されて、体をすくませている。

「鑑原」

「!」

 狗村に名を呼ばれ、雪音の肩がびくっと震えた。

「貴公までこの騒動に関わっているのか。……何を考えている」

「っ……」

 抑えた、それでも苛立ちを帯びた声と共に、熱風にも似た霊圧が吹き付けてきた。

 ひ、と喉の奥で声を上げて硬直する雪音の前に割り込んで、一角は相手を睨み付ける。

(このまま真っ当に戦(や)るなんざ無理だ。せめてこいつらをどこかに逃がさねぇと)

 そこまで考えた時、

「喚くな」

 隊長の一声が場の空気を斬った。笑いを含んだ声が続く。

「誰がてめぇらに戦わせてやるなんて言ったよ?」

「は」

「え……」

「隊長、まさか……」

 意味が分からず目を丸くする旅禍と雪音、ざぁっと更に青ざめる荒巻。

 ざわり、と周りの空気がうごめいた次の瞬間、隊長の霊圧が一気に跳ね上がった。

 重たく暗く、視界さえかすむほど霊圧が渦巻く中、隊長はニィ、と歯をむき出して笑った。

 

「四対一か。試し斬りにゃ、ちっと物足んねェがな」

 

(――!)

 瞬間、全身が総毛立ち、武者震いが走る。

 さながら雷に打たれたような衝撃を受けて、一角は声を失った。

(俺はどうしちまったんだ。この状況で、何で逃げる事ばっか考えてんだ?

 こんなにでけぇ霊圧をむき出しにしてる奴らを前に、戦(や)らずに逃げるなんざ、十一番隊の名が泣くじゃねぇか)

「剣ちゃーん!! あたしたち、さっきのいっちー捜しのつづきやってるねー! 剣ちゃんもはやく来てねー!」

 一角が惚けてる間に、ぴょんと離れた副隊長が嬉しそうに手を振り、旅禍を連れて走り出した。

 連れて行くのに一角と弓親の名を呼ばなかったのは、彼らがどうするのか、もう分かってるからだろう。

 一角は弓親に視線を送った。弓親もこちらを見返し、ふっと笑って頷く。

「あ、やちる副隊長……え、あれ、一角? 弓親も、何してるの?」

 隊長の方へ足を踏み出した一角たちの後ろから、戸惑った声が聞こえた。

 肩越しに振り返ると、雪音がおろおろした様子でこちらと副隊長達を見比べていた。

 何だ、ついていってなかったのかこいつ。迷わず副隊長にくっついてくと思ったのによ。

「早く行けよ、雪音。副隊長に追いつけなくなるぞ」

「だって、あんた達はどうするのよ」

「そんなの決まってんだろ」

 肩に担いだ鬼灯丸がビィン、と震えるのが伝わってきて、思わず口の端が上がる。戦いを前にして、相棒も嬉しくて仕方がないらしい。

「隊長がこれから戦ろうってのに、尻尾巻いて逃げるわけにゃいかねぇ」

「同感だね、そんなのは美しくないよ」

「は……はぁ!?」

 すっとんきょうな声を出して、雪音が一角の袖を掴んだ。

 無理矢理振り向かされた先で、雪音が思いっきり険しい顔で睨みつけてくる。

「何考えてるのよ、相手は狗村隊長達なのよ!? 仲間同士で戦ってる場合じゃないでしょ!」

「俺たちは十一番隊だ。喧嘩を楽しめりゃ相手が誰だってどうでもいい」

「なっ……」

 一角は雪音の手を払い、背を向けた。

 こういう事に関して、自分と雪音は考え方が正反対で、分かり合えるものではない。だから、言う。

「お前はルキアちゃんを助けるんだろ。邪魔する奴は俺がたたきのめしてやるから、早く行け」

「!」

 しばしの沈黙。ざり、と地面を踏みしめ、躊躇いながら向きを変えようとして、だが雪音は不意に駆け寄ってきて、

「いてっ!?」

 ペチーン、といい音を立てて一角の頭を叩いた。

「な、何しやがる!」

 痛いというより驚いて後ろを見ると、雪音が耐えるような顔でぐっと拳を握りしめていた。

 眉間にしわを寄せ、怒った顔をしながら潤んだ目に一角を映して、

「……死んだら、今度は拳でぶん殴るからね」

 それだけ言い捨て、踵を返して駆け出す。

 副隊長を追うその背中を見送って、一角は頭をさすった。

「……死んだら殴っても仕方ねぇじゃねーか」

「絶対に死ぬな、って事だろ」

 くっと短く笑う弓親。ふんと鼻を鳴らして、一角は前に向かって歩き始めた。

 口元に笑みを刻み、戦いの場へ足を踏み入れるその為だけに。


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