十一、四   作:なんじょ

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逃れず、立ち向かい

 救護詰所を出た一同は、黒崎を探す事にした。

 皆の話を聞いていると、やはり黒崎が旅禍のリーダーらしい。

「他の奴に取られる前に、あいつを見つけねぇとな」

 更木が心底嬉しそうな、とんでもなく凶悪な顔で笑ったので、雪音は思わず、顔も知らない旅禍の命運を祈ってしまった。

 他の人ならともかく、更木剣八に目をつけられるなんて、不運過ぎる……次こそ死ぬんじゃないの、黒崎。

 そんなわけで、とりあえず瀞霊廷の中を走り始めた訳だが。

「剣ちゃん、次はみぎー!」

「え、あたしは真っ直ぐだと「みぎだからね剣ちゃん!」

 更木の肩に乗ったやちるがさっきから道案内をしているのだが、それを聞くたび、旅禍の少女……井上織姫が異論を唱え、けれど鮮やかにシカトされていた。

 雪音は霊圧感じるのが下手なので良く分からないが、やちるの示す方向にはちょっと、疑問を感じてしまった。

(やちる副隊長、あたしもさっきから、ぐるぐる同じ所を回ってる気がしてですね……)

「副隊長、やっぱ織姫ちゃんに任せた方がいいんじゃないスか。俺、副隊長の案内イヤなんすけど」

 雪音と同じ事を思ったのか、刀を肩にかついだ一角が口を尖らせて言うも、やちるはやっぱり無視して「次はあっちー!」と元気に声を上げている。

 あぁ可愛いなぁ副隊長……でもこのまま闇雲っぽく走り回っていいんだろうか……などと考えながら走っていたら、隣から乱れた呼吸が聞こえてきた。

「?」

 視線を動かすと、雪音の右側を駆ける旅禍、確か石田? が、荒い息を吐き出していた。

 元々白い顔色は血の気が引いて、汗がぽつぽつ浮いていた。手で押さえた胸元には白い包帯が見える。

 それにハッとして、雪音は他にも目を移した。

 大小はあるけれど、皆それぞれ怪我を負っていて、本来なら入院してなければいけないはずだ。こんな風に走り回っていたら、悪化するに決まっている。

「更木、隊長!」

 気がついたら黙っていられず、雪音は弾む息の下から声を張り上げた。更木がちらっと肩越しに振り返る。

「どこか、一休み出来るとこ、探して、下さいっ」

「あぁん?」

「傷の、手当て、しますから!」

「手当だ? 馬鹿が、いらねぇよ」

「はぁっ!?」

 一刀両断に切り捨てられて、こめかみ辺りにビキッと音が走った気がした。

 走り続けて、そろそろ痛んできた足にぐんっと力を込めて前に体を押し出し、雪音は手を広げて立ちはだかった。

「!」

 衝突しそうになって、石畳を削る勢いで足を止めた更木を睨み上げ、

「こんの体力馬鹿隊長が、あんたはいらなくても他の奴はいるってのよ! 四の五の言わずに休ませなさい!」

 腹の底から、怒鳴りつける。それを聞いた更木の眉がぴくん、と跳ね上がった――

 

「……雪音ちゃんって時々、信じられないくらい度胸あるよね」

「は? 何か言った?」

「いや、何でもないよ」

 なにやらブツブツ言う弓親が離れていったので、雪音は背中の救護鞄を下ろし、治療の準備を始める。

 怒声を浴びせかけた後、更木は舌打ちしながらも、黒崎から休憩所探しへと目的を変更してくれた。

 色々文句もあるが、更木のこういうところは隊長らしくて、懐深いと思う。正しい事であれば、意外とちゃんと受け入れてくれるのだ。

 雪音の指示に文句を言う荒巻に探させた手近な倉庫に身を潜め、一同はひとまず休憩をとる事にした。

「……治療なんて、必要ない。僕に触らないでくれ」

 青い顔した石田が言う。あほかこいつは。雪音はイラッとして、鼻を鳴らした。

「今にも倒れそうな面してるくせに、偉そうな口叩いてんじゃないわよ。

 大体、今あんたが倒れたらあたし達が迷惑なの。足手まといになりたいなら、さっきの牢に戻れば?」

「なっ……!! な、何だ君は、失礼な!」

 キーキー騒ぎ出す石田は無視。そうだ、懐に痛み止めを入れてたはず、と懐中に手を入れて、

「……あっ!!」

 雪音は思わず叫んでしまった。大音声に、それぞれ体を休めていた皆がびくっとして、こちらに注目する。

「バッカてめぇ、いきなりデケー声出すなよ! 誰か来たらどうすんだ!」

 入り口で外を窺っていた岩鷲君が振り返り、自分も大きな声で注意してくる。

 雪音は「あ、いや、何でもない、気にしないで」と慌てて言って、石田に向き直った。

 何でもないと言ったけれど、胸がまだドキドキしている。

 いつも懐に入れている銀の棒の感触が無くて、つい驚きの声を上げてしまったのだ。

(やばい……。昨日休んだ部屋に、あれ忘れてきちゃった)

 昨日の朝、突然聞こえた悲鳴に驚いて、取るものもとりあえず出てきただ。 (もし、また鬼道の封印が解けそうになったら、どうしよう。あれがないと……ん?)

 そこでふと気がつく。

 そう言えば今、一角や更木隊長といるのに、全く圧迫を感じない。

 普段であれば、大きな霊圧を相手にすると頭が痛くなって、気持ち悪くなって、自分の霊圧がひどく不安定になる。昨日もそれで寝込んでしまったくらいほどだ。

(……もしかして、あたしの鬼道、結構強くなってきたんだろうか。

 だから、こんな化け物みたいな人たちと一緒にいても、平気になってきたのかな)

 そんな事を考えてちょっと嬉しくなった雪音は、しかし次の瞬間ぎょっとした。

 石田の怪我の部分に手を差し伸べて、治癒の術をかけようと意識を集中したのに、

「な……?」

 力が、出ない。

 まさか、と思ってもう一度、自分の中に意識を向けてみたけれど、まるで手のひらから滑り落ちていくように、力がこぼれていく。

「……どうしたんだ、急に青くなって」

 硬直した雪音に、石田が訝しげな声をかけてくる。

 その言葉に反応してか、後ろに居た一角が、振り返る気配がした。

「……っ」

 背中に視線が刺さるのを感じ、ゾっと寒気が走った。雪音は自分の異変を見破られるのが怖くて、

「な、何でもないわよ! 早く上脱いで!」

「え、ええっ!?」

 石田に怒鳴りつけながら救護鞄へ手を突っ込み、薬の治療に切り替える事にした。

(どうしよう、何で力が出ないの)

 鬼道で霊圧を押さえてるが、こんなに力が出ないほど強い封印をかけた訳ではないのに。

 焦りながらガチャガチャ薬瓶を出していたら、

「……あの~、鑑原さん」

 後ろから声をかけられる。

 振り返ると、井上が腰を折ってこちらをのぞき込んできた。えへへ、と可愛らしい感じで笑う。

「あたしにもお手伝いさせて下さい!」

「え……あなたが?」

「はい! 鑑原さんって怪我を治す力を持ってるんですよね? あたしの盾舜六花もそうだから、お手伝い出来ると思って」

「あぁ、そうだね。井上さんの方がまともな治療してくれそうだ」

「何か言ったかしらイヤミ眼鏡」

「い、いたたたたたた何するんだ怪我してるところを押さえるなよ!!」

 石田を悶絶させながら、雪音は井上に頷いてみせた。

「いいわ、手伝って。こいつはあたしが看るから、あなたは茶渡君をお願い」

「はいっ!」

 井上はびしっと敬礼し、跳ねるようなステップで、隅っこに腰を下ろした茶渡へと駆け寄っていく。こんな状況だというのに、元気で明るい子だ。

(確かにあの子なら、あたしより優しい治療するんだろうな)

 そんな事を思いながら、抵抗する石田を押さえつけて上着を剥いでいたら、

「双天帰盾、私は拒絶する!」

 凛とした声が響き、薄暗い倉庫の中にぱっと光が広がった。

 つい振り返ると、茶渡の体を細長く淡い光が包み込んでいる。

 それは四番隊のような治癒術とは全く異なる術のように見えて、雪音は眉根を寄せた。更に、

「……はいっ終わったよ、茶渡君!」

 術を使い出してから一分も経たないうちに終了宣言をしたので、思わず「はぁ?」と声を上げてしまった。

 茶渡がム、と短く声を発してから包帯を外すと、本当に傷が跡形もなく消えていて、雪音は目を丸くする。

(な、何あれ、ちょっと早すぎない!?)

 看てはいないけれど、茶渡の傷だってそう軽くは無かったはずで、絶好調時の雪音でも、あれほどに早く治す事なんて出来ない。

「……いつまで僕を裸でいさせる気なのかな。早くしてくれないか」

 硬直していると、上半身脱がした石田が不機嫌な表情で唸る。

 それで我に返った雪音は、慌てて薬の瓶を開けた。けれど、その指が震える。

 井上織姫は旅禍、ただの人間なのに、自分より優れた治癒能力を持ってる。今力が出せない自分では、彼女よりも役に立たない。

(どうしよう。あたし、何も出来ない)

 ルキアを助けたいと、そのために飛び出してきたのに、やっぱり何も出来ないんだ。

(……違う)

 沈みそうになるのを奮い立たせる為に、雪音はぐっと歯を食いしばって顔を上げた。

 治癒術ほど即効性はないが、雪音の作った薬だって効き目が高いのだから、全く無駄になるわけじゃない。

 今、出来ない事を考えるよりも、今、自分がやれる事に集中しなければ。

 そうしなきゃ、いつまで経っても前に進む事なんて出来ない。

「……終わり、次! 岩鷲君来て!」

「えっ、俺かよ!?」

 手早く石田の手当を終えて、雪音は声をあげた――自分の無力さを嘆く間を与えないように。


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