十一、四   作:なんじょ

45 / 52
彼女はそれを払いのける

 浅い眠りから目を覚ましたとき、薄暗い牢の中に誰かの気配がした。何度か目を瞬いてはっきりしてきた視界に映ったのは、

「…ゆきね、さん?」

 四番隊の雪音だった。なぜ彼女がここにいるのだろう。

 恋次がぼんやり呼び掛けると、雪音は何だか不機嫌な顔でこちらを見下ろしてくる。そして、

「阿散井君……こんな怪我してなにやってんのよ、馬鹿?」

 いきなり罵られた。え、何でだ、俺なんかしたっけ。

 明らかに怒ってる雰囲気に戸惑ったが、雪音は眉間にしわをよせたまま、恋次の体に薬を塗ったり、包帯を巻いたりしている。

 ああそうか、夢うつつに、四番隊の奴がかわるがわる、治療に来てるのは感じていたが、今度は雪音が来てくれたのか。

「……ありがとう、ございます」

「何が」

「治療、してもらって」

「仕事だからお礼言われるようなことじゃないわよ。

 それよりこんな怪我して、おまけに牢に入れられて何してんの? っていうか、朽木隊長、馬鹿じゃないの? 敵前逃亡したわけじゃなし、何で旅禍と闘った部下を牢屋にいれてんの? こんな怪我してるのにこんなところに放置しておくとか、意味わかんないわよ、ほんっと、六番隊って馬鹿ばっかりじゃないの」

 イライラと言葉を吐き出す雪音はいつもよりさらに怒っていて、だがその手つきはいつも以上に優しい。

「……心配かけて、すみません」

 殊勝に謝ると、薄暗い中でもわかるくらい、雪音の顔が赤くなった。

「心配なんてしてないわよ、あたしは怒ってんの!」

「はぁ……」

 俺怪我してんのに、何でこんな叱られるんだろう。

 釈然としないまま口を閉ざすと、しばらく雪音が治療を続けるひそやかな音だけが、牢の中で響き続けた。

 そうして彼女が再び口を開いたのは、治療を終えて、鞄に物をしまい始めた頃だった。

 ねえ阿散井君、と躊躇いがちな声音で呼びかけてくる。

「藍染隊長のこと……聞いた?」

「? 何をですか」

「……そっか、まだ知らないんだ」

「なんかあったんすか」

 ルキアの処刑には何か裏がある。藍染がそう言っていたのを思い出した恋次は起き上がろうとした。

 それを手で押し止めた雪音は、迷うように視線をさまよわせた後、

「亡くなったわ。ついさっき」

 ぽつり、呟いた。

「え?」

 なくなった? 言葉の意味を理解したとたん、体が勝手に跳ね起きた。驚く雪音の腕をつかみ、

「亡くなったって、藍染隊長が死んだんですか!? どうして!」

 勢いをつけて詰め寄ってしまう。

「わ、わかんないわよ、今調査中で……ちょ、痛いっ……!!」

 雪音が顔をしかめたので、慌てて手を離す。やべ、びっくりしてつい力がはいっちまった。

「す、すみません、大丈夫すか」

「大丈夫だけど……そんな怪我してるのに元気ね、あんたは」

「体力だけが取り柄っすから。それより藍染隊長の事、なんかの間違いじゃないんですか」

「……」

 あまり話したくないのか、雪音は口ごもったが、恋次の視線に負けて、ため息混じりに口を開いた。

「卯ノ花隊長が死亡確認したから、間違いないわ。それに……」

「それに?」

 雪音はぐっと、手を握り締めて俯いた。

「……発見された時、藍染隊長……壁に刀で磔にされてた、って」

「な……」

 恋次は言葉を失った。何だそれ、まるでさらし者じゃねぇか。

「旅禍と闘って、ですか」

 まさかと思いながら問うと、雪音は首を振った。

「わからないわ。さっきもいったけど、今日番谷隊長たちが調査してるところだから」

「そうですか……ぃててっ」

 勢い任せで起き上がったせいで、傷がずきずきっと痛んだ。

「寝てなさいってば、馬鹿」

 雪音がまた怒った口調で言ってきたが、

「これくらい、平気です」

 反発するように言い返す。

(情けねぇ、俺の知らないところで事態がどんどん深刻化してるってのに、こんな怪我で動けねぇなんて)

 歯噛みして唸る恋次の背に手を当てた雪音が、はばかるように声を低くした。

「阿散井君、藍染隊長を……したのって、旅禍、よね?」

 ここにずっと閉じ込められてた恋次に、そんな事がわかるはずもない。

 そう言おうとして、だが雪音を見たら、言葉が舌先で解けた。雪音はひどく心細そうに眉根を寄せている。こんな顔、見るの初めてだ。

「雪音さん?」

「ねぇ、そうだよね?」

 すがるように問われて、恋次は困ってしまった。

 なぜ雪音はこんな事を言い出すのだろう。今調査してるところだというのは、雪音自身が言ったのに。

 恋次は言葉を探して口を曲げ、それから頭を振った。

「ほんとのとこはまだ分かりませんけど、俺にはそうは思えない」

「……何で」

「あいつは。黒崎は、そんなみせしめみたいな事、しません」

「くろさき?」

「俺が闘った旅禍です」

 雪音は一瞬唖然として、それから馬鹿、と声を荒げる。

「何言ってんのよ、あんたにこんな怪我させた奴を何でかばってるのよ!」

「あいつはルキアを助けに来たんだ」

「……え?」

 拳と掌をばちんと合わせて、恋次は薄汚れた壁を睨み付けた。

(そうだ、あいつはルキアを助けに来た)

 恋次にはどうしても出来なかった事を、人間の癖に、あんなにボロボロになってもまだ諦めずに。

 馬鹿みたいにまっすぐ、ルキアを助けると言った黒崎が、闘った相手を侮辱するような真似をするか? いや、

「あいつは、そんな事しねぇ」

「阿散井君……」

 力を込めて呟くと、雪音は戸惑って身を引く。

 しばらく沈黙が落ちた後、恋次の肩に細い手が触れて、そっと後ろに押した。

「……分かったから、もう横になって。傷が開いちゃう」

「はい……」

 硬い寝台に大人しく背中を預けた恋次は目を閉じた。

 気が逸って仕方ないが、今は体を回復させる事に集中しよう。自分に出来る事、しなければならない事を考えながら。

 雪音は少しの間寝台のそばに立ってたが、やがて踵を返して牢から出て行った。

 がしゃん、と重たい音を立てて閉まった格子の向こうから、

「……どうして?」

 小さな囁きが聞こえたような気がしたが、それに答える間もなく、恋次はまた眠りへと落ちていった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。