十一、四   作:なんじょ

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縁(えにし)

 十一番隊隊舎に戻ってきた弓親は、入り口近くをうろついている不審な人影に気がつき、足を止めた。

 その人物は出入り口の前を行ったりきたりして、時折覗き込んで、入るかと思いきや、くるっと身を翻して帰る素振りを見せ、しかしやっぱり足を止めて、未練がましい仕草で隊舎を振り返る。

(……雪音ちゃん?)

 目をこらして人影を見分けた弓親は、何事かと眉を上げた。

 このところ十一番隊に姿を全く見せなかった雪音が、隊舎前にいるだけでも珍しいのに、あんなに挙動不審では、いずれ柄の悪い隊員に絡まれてしまうだろう。

 それでどうこうされるような彼女でない事は分かっているが、放っておけばややこしい事態になる。それにどうせ隊舎に入る入り口は、そこしかない。

 弓親は雪音の挙動に疑問を感じながら近づき、

「雪音ちゃん。そんなところで、何してるのさ」

 声をかけた。途端、

「ぎゃっ!」

 蛙をつぶしたような悲鳴をあげて、雪音が飛び上がった。必死の形相でこちらを振り返り、

「……あぁ、弓親か。びっくりした……」

 心底安堵して、大きなため息を吐き出す。ますます怪しい。

「話しかけただけで、随分な反応だね。何、うちに用があるの? それなら中に入ればいいじゃないか」

「う、あ、いや、その……」

 雪音は赤くなったり青くなったり、首や手を振ったりと、ばたばた忙しなく動いてから、

「……そ、そうだ、弓親お願い!」

 いきなりずい、と何か差し出してきた。

「? 何、これ」

 受け取ったそれは、和紙の袋に包まれた、手のひら大の包みだった。持った感じはかなり軽い。

「それ、一角に渡しておいてほしいの」

 いぶかしげな弓親へ、雪音が顔の前で手を合わせて言った。

「一角に?」

 その名前が出てきた途端、なぜ雪音がああも逡巡していたか理解した。

 雪音と一角はこのところ、かなりややこしくなっている。

 そのきっかけは一角が思い余って彼女を押し倒した事で、その後「友達として」仲直りをした。それはいいが、その後お互い意識してしまい、以前のように気軽に話せないらしい。

「一角に用なら、雪音ちゃんが直接行けばいいじゃないか。今なら昼寝でもしてる時分だよ」

 ためしにそういってみたが、雪音はやっぱりぶるぶると首を横に振った。白い頬にぱ、と朱が散る。

「い、いいの! それ渡してくれるだけでいいから、よろしく!」

「あ、ちょっと!」

 止める間もない。

 雪音は言いたい事だけ言って、脱兎の如く逃げ出した。瞬歩まで使っての、鮮やかな逃げっぷりだ。

 中途半端に上げた手を下ろして、弓親はふ、と息を漏らした。手の中の包みを見下ろす。

(何だか知らないけど、直接渡したほうが喜ぶだろうに)

 だがそれさえも、今の雪音には相当難儀なのだろう。やれやれと呆れながら、弓親は隊舎に入った。

 

 すれ違う隊員達の会釈を鷹揚に受けて廊下を歩いていき、その部屋へたどり着く。

 一角、と呼びかけて障子を開けると、畳の上に座布団を枕にして、目当ての男が横になっていた。

「……あぁん? 弓親?」

 ちょうど寝入りばなだったらしい。とろとろと閉じかけた目が、ぼんやりと弓親を見上げる。

 弓親はその腹の上に、雪音から預かった包みをぽんと投げ置いた。

「? 何だ……こりゃ」

「一角に渡してくれって頼まれたんだよ。雪音ちゃんに」

「あぁ?!」

 雪音の名を聞いて、弾かれたように一角が起き上がった。包みを掴んで凝視し、弓親と見比べる。

「ほ、本当か? あいつがお前に渡せって?」

「嘘ついてどうするのさ」

 隊舎の前まで来たが、中に入ろうとしなかった事は言わないほうがよさそうだ、と思いながら弓親は答えた。

 一角はその表情を半信半疑で見据えた後、包みを開き始める。

 綺麗な千代紙が無骨な手でびりびりに破かれていくのを、美しくない開け方だ、と顔をしかめるこちらの視線に全く気づかないまま、一角は中身を引きずり出す。

 ぷらん、と垂れ下がったのは、絹を編んだ紐だった。

 幾重にも束ねた、かなり長い紐だ。落ち着いたえんじ色を地に、白い龍が空を飛ぶようにのびのびと身体を伸ばしているのが見える。

「下げ緒、かい?」

 手元を覗き込んで言うと、らしいな、と一角は手の中で紐をくるくる回した。ためつすがめつ眺めた後、にやつき始める。

「うわ、何だいその顔。気持ち悪いな」

 いきなりの変貌に、弓親は思わず身をひいてしまう。しかし一角は気を悪くする様子もなく、指に紐を絡めた。

「あいつ、ちゃんと覚えてたのか」

「は? 何を」

「誕生日」

「………………。あ、そうか。今日一角、誕生日だったね」

 本気で忘れきっていたので、弓親は間の抜けた声を上げてしまった。

 一角がじろり、とこちらを見上げたが、強面もすぐ緩んでしまう。

「あいつの誕生日に簪やった時、礼するとか言ってたからよ、多分それだろ、これ。もう忘れてるかと思ったけどな」

「へぇ……」

 雪音の誕生日といえば、確か半年以上前ではなかったか。

 長年一緒にいる自分さえ忘れていた一角の誕生日を覚えていて、きちんと贈り物をするあたり、律儀な雪音らしい。

 ……いや、ただ単に律儀なだけ、ではないか。

「意味深だね、下げ緒なんて」

「あ? 意味深って、どこが」

 ぼそりと言うと、一角が疑問符を顔に浮かべてこちらを見やる。弓親はに、と口の端を上げた。

「君みたいにいつも刀を持ち歩いてる人間に、刀につける下げ緒を寄越すのは、意味ありげだと思わないかい?」

 まるで、いつも一緒にいたい、と言っているかのようじゃないか。

 言外にそう告げると、目を丸くした一角の顔が、すうっと赤くなった。

 まじまじと下げ緒を見つめると、改まった様子で正座をして、刀を引き寄せる。

「さっそくつけるのかい?」

「まぁ……そりゃな」

 もごもごと曖昧に答えるのは、照れているせいかもしれない。

 弓親はその様子に、くっと笑ってしまった。

 それを聞きとがめた一角が鋭い視線を向けてきたので、明後日の方向を向いて誤魔化す。

(ま、雪音ちゃんの真意なんて分からないから、単なる推測だけどね)

 だが、雪音のあの様子からして、全く何の意味がないとも思えないし、さほど的外れでもあるまい。

(これで二人が、結び付けられれば良いんだけど。……でも素直じゃないからなぁ、両方とも)

 これですんなり行くくらいなら、とっくに付き合っているだろう。

 弓親は縁側に腰掛けて、柱にもたれた。

 紐がこすれあう微かな音を後ろに聞きながら、ひっそり嘆息する。男と女は、特に一角と雪音は、本当に難しい。


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