十一、四   作:なんじょ

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輝くもの

「烈様。折り入って、ご相談があります」

「まぁ、何かしら。そんなに畏まって」

 背筋を伸ばして正座し、改まった様子で口火を切った雪音に、生け花を楽しんでいた卯ノ花は視線を向けた。

 真央霊術院入学を目指し、日々勉学に励む雪音は、年頃の少女の面差しながら、最近とみに大人びた振る舞いをするようになってきた。

 それは護廷十三隊の隊長を務める卯ノ花への尊敬から発するものではあったが、幼い頃から彼女を育ててきた卯ノ花にとって、雪音の成長は嬉しくもあり、またこそばゆくも感じられて、つい微笑んでしまう。

 その微笑につられたのか、少し肩の力を落とした雪音は、先ほどよりは少し柔らかい口調で言う。

「私に霊圧のコントロール方法と、霊圧を抑圧する鬼道を教えてもらえませんか」

「あら」

 卯ノ花は、微かに眉根を寄せた。

「そういった事はまだ早いのではありませんか?

 鬼道は今理論を勉強しているところでしょう。霊圧を操作する鬼道は、今のあなたには難しいと思います。

 それに学院に入れば、きちんと授業で学べますよ」

 諭すように言ったが、雪音は首を振る。

「勿論それは承知しています。

 ですが烈様もご存知の通り、私の霊圧はきわめて不安定で、烈様に縛道をかけてもらわなければ、暴走してしまいます。これでは、いつ霊圧が制御不能になるかと不安です。

 今のままでは、いつまでも烈様のお手を煩わせる事になりますし、ましてや死神になる事など叶わないでしょう」

 雪音は手をついて、頭を下げた。

「ですから、私は自分で、霊圧の制御が出来るようになりたいのです。お忙しいのは承知しております、ですがどうか、ご教授下さい、烈様」

「……困りましたね」

 剣山に花を挿して、卯ノ花はため息をもらした。

 雪音が、自身の霊圧を制御したいと思う気持ちは分かる。

 しかしだからといって、卯ノ花自ら、コントロール方法や縛道を教える時間がない。

 このところ大型虚の出現が相次ぎ、戦闘で出た負傷者がひっきりなしに救護詰所にやってくる。

 今日は久しぶりの休暇を取って家政を仕切ったが、明日からまた詰所にこもらなければならない。とても、雪音の勉強を手伝ってやる暇は無い。どうすべきか。

 すっと身を後ろに引いて、生け花の全体のバランスを見ながら考えていた卯ノ花は、そうですね、と静かに言葉を紡いだ。

「では、技術開発局の局長にご相談してみてはどうでしょう」

「局長に? 何故ですか?」

 思いがけない人物に、顔を上げた雪音は目を丸くする。

 挿した杜若を引き抜き、茎を少し切りながら、卯ノ花は答えた。

「あなたの霊圧は、あなた自身の意思一つでは、制御できない性質のもののように私には思えます。

 それを自身の思う通りにしたいと望むのであれば、まず、あなたの霊圧をコントロールするための助けとなるものが必要なのではないのでしょうか」

「それは、どういったもので……」

「私には分かりません。

 しかし局長は以前より魂魄の研究を熱心になさっていますから、おそらくソウル・ソサエティで最も私達の構造――霊力、霊圧の何たるかをご存知だと思うのです。

 霊圧制御の一助となるものは、あるかもしれませんし、無いかもしれません。どちらにしてもそういった事は、私などよりも局長の方がお詳しいはずです。

 ですから、局長のところへ行って御覧なさい。何かしら、手がかりが見つかるかもしれませんよ」

「……」

 しばらく考え込むように黙った後、雪音はハイ、と答えて、再度平伏した。

「ではこれから、技術開発局の浦原局長のところへ参ります。ご休憩中のところ、お邪魔して申し訳ありませんでした」

「いいのよ、雪音。あまり畏まらないで頂戴。よそよそしくされると、寂しくなってしまうわ」

 あくまでも堅苦しい様子にそう言うと、雪音は体を起こした。

「だって、もう子供ではないのだから、けじめはつけないといけないでしょう? 今まであたし、本当に失礼な事ばかりしていたから。きちんとしなきゃ、と思って」

 卯ノ花はふ、と目を細めて笑った。

「あなたは良い子ですよ。だから二人でいる時くらいは、気を楽にして頂戴な。そうでなければとても寛げないわ」

「……はい。有難うございます」

「こら」

 頼んだ先から言葉が改まったので、卯ノ花が叱責するふりをすると、雪音は恥ずかしそうに肩をすくめて、

「ありがとう、烈様」

そう言い直して、微笑んだ。

 

* * *

 

「おや、雪音さん、いらっしゃい。どうぞこちらへ。今お茶出しますよ」

「はぁ、お構いなく」

 すんなり隊長室の中へ招き入れられ、雪音は恐縮しながら座布団に腰を下ろした。

 技術開発局局長、および十二番隊隊長という立場にありながら、浦原喜助という男はいつも腰が低く、卯ノ花の養い子でしかない雪音を自ら歓待してくれる。

 ちゃぶ台の上に湯飲みと茶菓子を並べ、よっこいしょ、と腰を下ろした浦原は、

「それで、今日はボクに何の御用ですか? わざわざ隊舎に訪ねてくるなんて、珍しいですね」

 ずずーっと茶をすすりながら尋ねてくる。

「あの……」

 雪音は少し躊躇った。

 浦原は自分の事情をとうに知っていて、これまでも卯ノ花と共に雪音の面倒をあれこれ見てくれたのだが、面と向かって話す機会はなかなか無かった。

 相手は何もかも知っているとは言え、さほど親しいわけでもない浦原に話すには、気が進まない。

 口ごもっていると、浦原はとんでもない事を言い出した。

「もしかして好きなコでも出来ました?」

「は?」

 顔をあげたら、浦原はバンッと扇子を開いて、どこから出したのか紙吹雪を舞い散らせ、

「そういう事ならボクに任せて下さいよ。

 何が入用ですか、睡眠薬、媚薬、疲労薬、ご要望にお答えして何でも作りますよ」

「ち、違いますよ! 何言ってるんですか、浦原局長!」

 焦って否定すると、浦原は扇子を閉じ、

「やだなぁ、冗談っスよ冗談」

「……局長……」

 バチーン、とわざとらしくウィンクをしてきたので、雪音は脱力してしまう。相変わらず、何が本気で何が冗談なのか分からない人だ。

「そうじゃなくて、今日伺ったのは、あたしの霊圧のことなんです」

 気を取り直して、雪音は自分の用件を語った。

 はいはい、と相槌をうって話を聞いた浦原は、つるりとした顎を撫でて視線を上向かせる。

「ふむ、霊圧を安定させるものっスか。そりゃあ、ある事はあるっスよ」

「えっ、本当ですか!?」

 つい身を乗り出してしまう。

「ボクも色々研究してますからね、霊圧を制限する装置ってのは、試作段階ですけど、あります」

「じゃあ、その装置を」

 浦原は宥めるように手で制して、

「まぁ、そう急がないで。ただね、雪音さんには、それを使えないんじゃないかと思うんですよ」

「ど、どうしてですか?」

「雪音さんの場合、一度箍が外れると一気に霊圧が跳ね上がって、一緒に意識が飛んじゃうでしょ?

 制御装置って言っても、ある程度は霊圧を同調してもらわなきゃなりませんから。使う本人が自我喪失状態じゃ、役に立ちませんよ」

「そう……なんですか……」

 希望が見えたと思ったのに、あっさり打ち砕かれて、雪音はがっくりした。しかし浦原は大丈夫、とぱたぱた手で仰いでみせた。

「卯ノ花さんはいい所ついてますよ。

 要素っていうのはすなわち、雪音さんの霊圧と波長の合うものを見つければ良いって事なんスよ」

「波長の合うもの?」

「そーっス。霊圧には人それぞれ固有の波長があって、それと同様の波長を持つものなら共鳴して、霊圧を何倍にも高めたり、逆に抑圧したりする、要するに霊圧をコントロールする事が出来るんス。

 さっき行った制御装置も、基本はこれと同じです。もっと汎用的に使えるように、改良はしてるんスけどね」

「はぁ……」

 難しいことは良く分からないが、要するにそれさえあれば、問題は解決らしい。

「じゃあ、あたしの霊圧と波長が合うものって、何ですか?」

 尋ねてみると、浦原はパチン、と手を合わせた。

「それは試してみなきゃあ分からないっス。

 もしこれから雪音さんに時間があるなら、ちょっとボクと実験室に行きませんか?」

 

* * *

 

 職務を終えた卯ノ花は、まっすぐ技術開発局へ足を向けた。

 そこで雪音と浦原が、霊圧を制御する要素を探す実験をしている、と連絡を受けていたからだ。

「失礼します」

「いらっしゃい、卯ノ花隊長。お早いお着きで」

 ところ狭しと物が並ぶ実験室へ足を踏み入れると、椅子に座って足を組んだ浦原が穏やかに声をあげた。

「お世話になります、浦原隊長。雪音は……」

「あっちっスよ。今良いところっス」

 頭を軽く下げながら問うと、浦原は手で奥を示した。そちらへ顔を向け、卯ノ花は驚きに目を見張る。

 複雑な線で構成された陣の中央に、雪音は居た。

 外界と隔絶された円の中、霊圧が結界の壁を撫でて青白い放電光と破裂音を立てながらのたうっているが、それは以前暴走した時と比べて、格段に弱いものになっている。

「何か、見つかったのですか?」

 膝をつき、脂汗を浮かべる雪音を見つめながら問うと、そーっスね、と浦原はのんきに言った。

「色々試してはみたんですけどね、雪音さんと一番相性良い要素は、どうやら銀みたいっス」

「銀?」

 言われてみれば、雪音は細い棒のようなものを握り締めている。

「金属ってのは、元々霊圧との共鳴率が高い物質なんですよ。

 液体から固体まで、あれこれしましたけど、あそこまで雪音さんの霊圧に共鳴できたのは、銀だけっス」

 雪音が棒を両手で掴み、ぐ、と力を入れると、雪音の外に放出される霊圧が更に弱まった。

 チリチリチリチリ、と空気をくすぐるような細かな音が響き、光り輝く棒が振動し始める。

 浦原は背もたれから身を起こし、雪音に声をかけた。

「雪音さん、そこまで行ったのなら上等ですよ。ためしに、鬼道かけてみます?」

「き……どう……?」

 集中しているせいか、雪音は言葉を切れ切れに発した。僅かにこちらを向いたその視線を受け止め、卯ノ花は一歩前に出て、

「私の言葉を復唱なさい、雪音」

 す、と手を差し伸べる。雪音はぎこちなく頷いて、卯ノ花の声に続いて鬼道の言葉を紡いだ。

「戒、揺るがす世界を掌握し、押しつぶし、新たなる一を爆ぜろ……縛道の三十二、過墜天!」

 バシッ!!

「うっ!」

 一際大きな音を立てて、結界が揺らめく。

 白光に目を焼かれそうになって、手をかざし光を避けた卯ノ花が、次にまぶたを上げた時、雪音は床に倒れていた。

「雪音!」

 ひく、と痙攣する様に、あの時の光景が蘇った。

 浦原が結界を解くのももどかしく、卯ノ花は雪音のもとに駆け寄り、抱き起こす。雪音は額にびっしょり汗をかき、青ざめた顔で激しく息を継いだ。

「雪音、大丈夫ですか?」

 冷たい体にぞっとして、癒しの力を注ごうと手をかざしかけた卯ノ花だったが、しかし雪音は大丈夫です、と首を振った。

 乱れた息を整えようと、大きく深呼吸を繰り返す。

「どうっスか、雪音さん。気分のほうは」

 その前にしゃがんだ浦原が顔を覗き込むと、雪音は力なく顎をあげ、

「……いい、です。これ、今、あたしが、鬼道で、霊圧、おさえてるんです、よね」

「そーっスよ。いや大したもんスねー、卯ノ花さんの支援があったとはいえ、三十二番の縛道を使えるとは。鬼道の才能あるっスよ、雪音さん」

「あ、りが……と……」

 褒められた雪音は弱々しく微笑むと、そのまますっと意識を失った。

 雪音の霊圧は今、低い状態で制御され、安定した状態にある。

 それを感じ取った卯ノ花はその体を抱えなおし、ほう、と息を吐いた。浦原に頭を下げる。

「ご助力有難うございます、浦原隊長。これでこの子も少しは安心して、生活する事が出来るでしょう」

 浦原はいーっスよ、と軽く言った。目じりが下がった瞳をすう、と細めて、

「死神になりたいなら、こんなところでへたばってちゃ話にならないっスからね。大変なのはこれからっスよ」

 口を横に引いてにっ、と笑う。卯ノ花は呼吸が安らいだ雪音を見下ろし、

「そうですね。……その通りです」

 穏やかに呟いて、雪音の額に張り付いた髪を払ってやった。


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