十一、四   作:なんじょ

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君という日

「勇音、今日何食べる? メニューもらってきちゃった」

 帰り支度の最中、うきうきとメニューを広げた雪音の手元を覗き込んで、勇音はそうねぇ、と顎に手を当てた。

 色鮮やかで、今にも匂いたちそうな料理の数々に目を輝かせ、まだ食べたことのないのってどれだっけ、と楽しく語らっていたら、

「雪音」

「うわ!?」

「きゃ!」

 いきなりぬ、と人の顔が目の前にきたので、二人して悲鳴をあげた。その反応にむっとしたのか、身を引いて鼻を鳴らしたのは、

「い、一角? びっくりしたぁ、急に顔出さないでよ」

 十一番隊第三席の斑目一角だった。

「斑目三席、どこか怪我されたんですか?」

 患者の担当は無論、その都度異なるのだが、この男はわざわざ雪音を指名して治療を受けている。

 なので、またそれで来たのかな、と思った勇音だったが、一角は首を振って、雪音を見た。

「あー。お前、この後空いてるか」

「は?」

 きょとん、と目を瞬く雪音。

「いや、あのな。飯食いにいかねぇか。俺と」

「え、いきなりそんな事言われても」

 何やら言いにくそうに、ぶっきらぼうな口調で言う一角と、困ったように答える雪音。

 しかし一角の独特な雰囲気に、勇音の方がぴんと来た。

「あたし達これから、ご飯行くところで」

「あーーーいやいや! あたしは良いから! 雪音、三席と一緒に行きなさいって」

「は? なんで!? だってもう、お店予約したって」

「大丈夫大丈夫、予約は明日にずらしてもらうから。あたしが連絡しておくから!」

「え、でもそれだとキャンセル料が」

「良いから! ほら行くすぐ行く! 三席、雪音をよろしくお願いします!」

 ごちゃごちゃ言う雪音を無理やり一角の前に押し出し、笑顔で言うと、一角は少し照れたような表情で「悪ぃな。借りてくわ」呟き、雪音の手を掴む。

「ちょ、ちょ、ちょっと、勇音、一角~~~~~?!」

 いってらっしゃーい、と手を振って見送る勇音は、二人の姿が見えなくなってから、ほうっとため息をついた。

 怪我をするたびに毎度、雪音を指名する一角。

 どれだけその事に文句を言われても、絶対に変えようとしないところからして、一角に何か思うところがあるのは間違いないだろう。

 そして文句を言いつつ、結構楽しそうに相手をしている雪音だって、悪い気はしていないと思う。だから、

(斑目三席、頑張ってくださいね~)

 勇音はうふふ、と含み笑いをしながら、店に連絡をするため、伝令神機を取り出したのだった。

 

 雪音が引っ張っていかれた先は、少し暗めの照明で、全ての部屋が個室になっている、お洒落な雰囲気の居酒屋だった。

 すでに予約を取っていたらしく、一角が入口で名前を告げると、すぐ一室に案内された。

 成り行きで部屋に入り、腰を落ち着けとりあえずの一杯が来たところで、

「あのー、何かすっごい無理やり連れてこられた気がするんですけど。何ですかこれ、誘拐?」

 ようやく雪音は疑問を口にした。

 座卓を挟んで向こう側に座った一角が、悪かった、と気の無い返事を返してきたので、むっとする。

「勇音と先約あったのに。あんたが無駄に迫力あるから、びびらせちゃったじゃないの」

「別に、びびらせてやしねぇよ」

「嘘つけ。あーもう、せっかく東雛(あずひな)の全品制覇にチャレンジしようと思ってたのに……」

「色気より食い気だな」

 呆れたような声音に、更にかちんときて声を荒げようとした時、いきなり目の前に箱が突き出された。

「うわっと!? な、何?」

「誕生日」

 一角は早口に言った。

「……なんだろ? 今日。だから、やる」

「……え。えぇ?」

 ぱちぱち、と瞬きした後、雪音はえーっ!! と驚きの声を上げてしまった。

「え、嘘、何であんたがあたしの誕生日知ってんの?」

「人に聞いた」

「えぇぇぇ、嘘。じゃあ何、これプレゼント?」

「そうだよ」

「うっそぉ」

「何回繰り返してんだ、嘘じゃねぇよ! 早く受け取れよ!」

 嘘、と連発されて腹が立ったのか、一角が雪音の手に箱を押し付けてくる。勢いのまま受け取った雪音は、まじまじとそれを見つめた。

 長方形の箱は黄緑と青の漉き和紙で綺麗に包まれており、造花の椿がちょこんと右上の方にくっついている。

 箱の地は薄い桃色に、白で桜の花びらが描かれていて、何とも可愛らしい。

「わー、なにこれ、可愛い……」

 手の中でひっくり返して見ているうちに、何だか嬉しくなってきて、

「ね、ね、これ開けてもいい?」

 うきうき尋ねる。一角が、拗ねたように横を向いたまま、好きにしろ、と言うので、丁寧に包装をはがし、ふたを開ける。

「あ、簪(かんざし)?」

 箱から出して、行灯の下にかざしてみる。

 銀の棒にとんぼ玉がついているシンプルな簪。白色のとんぼ玉の中に描かれた金箔と銀箔の桜文様が、明かりにきらりを光った。

「すごい、綺麗。一角の趣味とは思えないわー、これ弓親に見立ててもらったんじゃないの? つけてみてもいい?」

「うるせぇな、好きにしろっつってんだろ」

「はいはい♪」

 適当に髪をまとめて挿して、鏡が無いので、背を向けて一角に尋ねる。

「どう? 似合う?」

「…………」

 相手は無言だった。ちょっと、感想くらい言いなさいよ、と振り返ったら、一角は雪音をまっすぐに見つめて、

「あぁ、似合う。お前にぴったりだ」

 眩しそうに目を細めて、見たことがないくらい晴れ晴れとした顔で、心底嬉しそうに笑った。

「う。そ、そう」

 それを見て、雪音は言葉に詰まった。

 あんまり真っ向から褒められたので、思わず身を引いてしまう。多分今、顔が赤くなっているだろう。その事に慌てて雪音は、一角から目をそらし、

「え、えーと、ありがとう。嬉しいわ」

 早口に礼を言った。

 どういたしまして、とおかしそうに応える一角。もしかしてからかわれているのだろうか、と思った矢先に、

「お前もいい年なんだから、簪の一つくらいつけて、少しは女らしくしろよ」

 ぐい飲みに口をつけながら、いつもの口調で言ってきたので、思わず口をとがらせる。

「悪かったわね、女らしくなくて。だって仕事中、余計なものつけるわけにはいかないんだもの」

「あん? 何でだ。つーかお前、化粧もろくにしてないよな」

「うるっさいな、しょうがないでしょ。はたいた白粉が調合中にまじったらとか、手術の時、飾り玉が患者の体の中に落ちたら、とか思ったら、飾り物だの化粧だの、してられないわよ」

「あぁ、そういう事か。あ? でも、卯ノ花隊長やら虎徹やらは、化粧してないのか?」

「……してるわよ。あーもう、分かってるわよ、その気になれば化粧でも飾り物でも、いくらでもつけられるわよ、あたしは怠慢なだけです!」

 ふん、と雪音は拗ねて膝を抱えた。

 雪音だって常日頃、少しは化粧をすべきだ、と思ってはいる。

 しかし、四番隊が他の隊より立場が弱く、また隊員も弱腰の連中が多いため、気の強い雪音になぜか、本来の業務以外にも他隊との折衝(別名ごたごた)が回ってくる。それこそ毎日、目の回るような忙しさなのだ。

 そのせいでついつい、身の回りのことが疎かになってしまうのも、仕方ないと思う。それが言い訳に過ぎないことは、重々承知なのだが。

「分かった、分かったからそれ止めろよ」

 壁に向かってぶつぶつ唸っていたら、一角がとりなすように言ってきた。

「自分で気になってんなら、今日からすりゃいいじゃねぇか。とりあえず、その簪つけてよ」

「……うん。まぁ、これは邪魔にはならないし」

「だろ? せっかくの誕生日に、つまんねぇ事でキレるなって。ほら、飲めよ」

 言いながら、空になった盃に酒を注いでくる。それを大人しく受けた雪音は、まぁそうよね、と気を取り直した。

 せっかく一角がわざわざ祝ってくれたのだ、関係のない事でいちいち拗ねるのも申し訳ない。

 ぐい、と杯をあおって、旨い酒にごろごろ喉を鳴らしてから、

「あ、そういえば、一角っていつ誕生日? お返ししなきゃね」

 ふと尋ねると一角が、げほっとむせた。その顔が急に赤くなる。

「そ、そんなもんいらねぇよ。お返し目当てで祝ってるわけじゃねぇぞ」

「いや、そうかもしれないけど、お礼したいし。いつ?」

「……十一月、九日」

「了解」

 どんなお返しにしようかなぁ、と早くも考えをめぐらせながら、徳利を手にとって一角に差し向けた。

「その誕生日って、一角が自分で決めたの? あんたも流魂街出身よね」

「あ? 何で知ってんだ」

「何でって、あんたみたいな貴族の子弟が居てたまるか。弓親ならまだしも」

「あいつだって、俺と同じところの出だぞ」

「分かってるって。でも見た目の雰囲気がね、全然違うから。あんたは見るからに野生児だもん」

「野生児ってお前な、俺を何だと……。あぁ、もう良い。言うな」

 藪をつついて蛇を出したくないと思ったのか、一角がぶちっと話を断ち切った。そのまま黙るかと思いきや、

「そういうお前だって、流魂街だろ。誕生日、どうやって決めたんだ」

 逆に尋ねてきた。店員が持ってきた食事と酒を受け取りながら、雪音は応える。

「あたしのは、護廷十三隊に入った日。誕生日なんて知らないって言ったら、隊長がじゃあ今日にしましょう、って決めてくださったの」

「隊長、って卯ノ花隊長か?」

「そそ。わざわざお祝いしてくれたのー、ぺーぺー隊員のために。優しいでしょ、うちの隊長」

 へぇ、と言った後、一角はばつの悪そうな顔になった。

「もしかして、今日は卯ノ花隊長とも、飯食いに行く約束があったのか?」

「あ、ううん、それは大丈夫。今日は隊長が外に出る用事があるからって、先にお祝いしてもらっちゃったの。

 でも、勇音には悪い事しちゃったなぁ、お店も予約してくれたのに。あんた、無理やり引っ張ってくるんだもん」

 ぐ、と一角が詰まった。

 後ろめたげなその顔を見たら、余計勇音に対して申し訳ない気持ちになってきて、雪音は伝令神機を取り出した。

「どうせだから、勇音とか弓親とか、他の人も呼ぼうか。お祝いとか関係なしに、皆で飲むのも楽し「ばっ、よせ!」「きゃっ!?」

 いきなり一角が伝令神機ごと、手を畳に押さえつけたから、雪音はびっくりして悲鳴を上げた。

 呆気に取られて一角と目をあわせたら、まるで火傷でもしたかのような勢いで手をのけた。

 逃げるように壁にどん、ともたれかかって、一角は頭をかく。

「いや、あのな。虎徹も弓親も、きっともう部屋に帰ってるだろ。わざわざ呼び出すのも、どうかと思うぜ。虎徹への侘びなら、俺が後で入れとく」

「え、でも」

「この個室は二人専用なんだよ!」

 反論しようとしたら、かみつくような勢いで返された。が、視線が合うと、一角の顔が赤く色づき、目が泳ぐ。

「その……他の奴呼んだら、大騒ぎになって店に迷惑かかんだろ。今日のところは、やめとけ。絶対」

「えー……っと」

 何だろう、一角のこの動揺ぶりは。

 事態が良く分からず、ハテナマークで呟いた雪音だったが、しかし一角がここまで言うからには、何か理由があるのかもしれない。

 そうか、もしかしたら、女にプレゼントなんて柄でもない事をしたから、照れているのかも。意外とシャイなところもあるようだし。それなら、ここに人を呼ぶのも嫌だろう。

「分かった、じゃあやめとく」

 勝手に納得して、雪音は伝令神機をしまい、一角にずい、と徳利を差し出した。

「それじゃ飲みましょ、とりあえず」

「おう、そうだな」

 一角はほっとしたような顔で杯を受けた。互いの手元に酒を注ぎあった後、

「じゃ、あらためて……お祝いありがと、一角」

「……誕生日おめでとう、な」

 何となく照れくさい気持ちで、きん、とぐい飲みをぶつけ合ったのだった。


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