十一、四   作:なんじょ

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それは月のごとく

 死体は嫌いだ。

 それは何も語らない肉塊にすぎないから。

 

 廊下を歩く。ひたすら歩く。行き会った人達が皆驚いた顔で道を開けたり、何か声をかけてきたが、全て無視して歩く。

 煩わしかった。この目に、この手に触れるもの全てが煩わしかった。何もかも無くなってしまえ、と叫びたくなるほど、煩わしかった。

「!」

 角を曲がったところで、壁にぶつかった。痛い。したたかにぶつけた鼻を押さえてうめくと、

「雪音?」

 低い声が上から降ってきた。見上げたけれど、体の距離が近くて、相手の背が天を突くほど高いので、顔が見えない。

 無言のまま見上げているこちらを、相手がのぞき込んできた。

「何だお前。何泣いてんだ」

「…らき…」

 更木剣八だ。名を口にして、それがきっかけになったかのようにど、と胸に熱い固まりが突きあがってきた。堰が切れる。

「う、え」

「あ?」

「……う……あ、あぁぁぁぁあぁっ!」

 抑えられない叫び声が喉を突き破る。雪音は更木隊長の服にしがみついて、子供みたいに泣き出した。一度あふれた悲鳴は、止める事が出来なかった。

 

「……で、何をそんなに泣いてやがんだ、お前は」

 どれくらいの時間が経ったろう。泣きじゃくる雪音を廊下から適当な部屋に連れ込んで、仕方なしという感じで付き合った更木が、落ち着いてきたころあいに問いかけてきた。

 雪音は腫れた目をこすり、口ごもる。

「……あの……十三番隊の」

「ん?」

「十三番隊の、三席が」

「あぁ。虚にやられた奴か」

「その、救護……と、言うか。隊葬の、準備をしてて」

 退舎に戻ってきた都は無惨な姿だった。

 胸から下を食いちぎられた姿は、その顔が生前と変わらぬ美しさを保っているだけに、悪趣味なオブジェのようだった。

 都は、賢く、美しく、強い人だった。

 いつでも明るく笑っているような人だった。

 雪音は彼女を心から尊敬していたし、大好きだった。

「そしたら、海燕副隊長も、亡くなったって、聞いて」

 遺体は見なかった。

 任務に同行していた朽木家のルキアが、海燕の実家である志波家へ渡しにいったと聞いた。

 代わりに雪音が、同じく同行者だった浮竹から聞き出した死に様は、都のそれと同じように悲惨だった。

 虚に斬魄刀の能力を無効化され、体を乗っ取られ。

 最後は、斬った、と。淡々と語られたからこそ、余計に、浮竹の無念さが伝わってきた。

 だが、浮竹から漂う死臭にどうしようもないほど吐き気を覚えて、雪音はその場から逃げ出した。

「なんで」

 なんで、あんな死に方をしなければならなかったのだろう。

 海燕も、都も、これからずっと十三番隊にいると思っていた。

 どんな事があっても、いつでも笑ってそこに居てくれると思っていた。

「なん、で」

 そう思ったら、枯れたと思った涙がまた溢れてきた。涙をぬぐう気力もなくて、畳にへたり込んだ雪音を、

「そりゃ弱ぇからだろ」

 更木が突き放した。

 言葉の鋭さにぎくりとして顔を上げると、男は詰まらなさそうな顔でこっちを見下ろしている。

「あいつらが死んだのは、糞虚より弱かったからだろ。運が無かったってこった、諦めろ」

「よわ、弱い?」

 この人は、誰の事を言っているんだろう。一瞬本気でそう思った。

 海燕副隊長と都、そのどちらも尋常ならざる霊圧の持ち主で、虚に負けるはずもなくて。

「弱ぇから死んだ。ただそれだけの事じゃねぇか。それだけの事で、何でお前が、目玉が溶けそうなほど泣くのか、わからねぇな。お前、十三番隊でもねぇだろうが」

「……」

 あ、く、と口が動く。更木を非難しようとして、罵ろうとして、でも声が出ない。

 急所をつかれた。そう思った。

(そうだ、あたしは十三番隊じゃない)

 海燕副隊長と都、二人と仲良くさせてもらったからその死は、悲しい。

 だけど、そうじゃない。今雪音が悲しんでいるのは、苦しんでいるのは、そのせいじゃない。

「だって」

 体を食いちぎられて横たわる都の顔を見て。

 浮竹隊長から海燕副隊長の死に様を聞いて。

「だって、あたしにはもう、何も出来ないから」

 どれだけ治癒術を施そうと、どれだけ良薬を作ってその口に含ませようと、もう彼らは生き返らない。

 自分には何も出来ない。力がない。それが、

「くやし、くて」

 

 そこからはもう言葉にならなかった。泣いて、叫んで、暴れて、やがて疲れて眠りに落ちた。

 起きた時には自分の部屋に戻されていた。誰かが運んでくれたのだろう。  更木隊長が? そう思って、まさか、と首を振る。

 雪音が泣いていた間、更木がどうしていたかは分からない。

 途中で嫌になって逃げたのかもしれない、覚えていない。

 ただ体が鉛のように、重い。雪音は枕元の鎮静剤を飲んで、目を閉じた。夢の無い眠りに落ちて、もう二度と起きたくなかった。

 

 

                                 …… チ リ ッ


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