十一、四   作:なんじょ

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四番隊茶話

「はい、これで今日は終わり」

 そういって雪音が包帯の端を止めて手を離すと、一角はさっそく足を動かした。

「おーすげー、もう痛くねぇや」

 この間まで、何カ所も骨が折れて身じろぎも出来ない状態だったのが、膝を曲げて足の指一本一本を動かせるようになっている。

 背骨に縦に沿って長い釘を打ち込んでいるような激痛もだが、何より自由に動けない事が苦痛だったので、こうして元通り足が動くようになったのはとても嬉しい。

「さっすが雪音だな。薬の効きがすげぇいいわ、大したもんだぜ」

 嬉しくて、手放しのほめ言葉を口にする。と、雪音は虚を突かれたように目を瞬かせた後、

「……良いから、おとなしくしてなさいよ」

 うっすらほおを赤らめてそっぽを向いた。

 普段なら上から押さえつけるような居丈高な口調なのに、今は違う。

 へっへっ、と笑って、一角は寝台の上で体をひねり、床に足をおろした。

「可愛いねぇ、照れてんのかよ、雪音ちゃん」

 からかうと、きつい視線が向けられる。

「あんたぶっ飛ばすわよ。っていうか、まだ立っちゃ駄目だっての。どこ行こうとしてんのよ」

「隊舎にもどんだよ。もう二日も横になりっぱなしだったから、体がなまっちまった」

 雪音が眉間にぎゅっとしわを寄せ、診療記録の紙を挟んだ板で一角の頭をひっぱたいた。

「いてっ! 何しやがる」

「あんたあほか! 全治一週間だってさっき言ったでしょ、人の話聞いてんの?!

 しばらくは稽古も討伐任務も厳禁だってのよこのハゲ!」

「こんな怪我で一週間もうだうだしてられっかよ、あとハゲじゃねぇよ馬鹿雪音!」

「骨くっつけて傷口塞いだだけなんだから、詰所出るまでに血まみれで床はいずりまわる事になるわよ。

 っていうかそれで良いって言うんなら、今ここであたしが体かっさばいてやるからそこになおれ」

「てめぇ、腐っても四番隊の隊員が、怪我人の怪我増やしてどうすんだよ! そのメスしまえ!」

 取っ組み合ってにらみ合っていると、入り口の布をよけて、綾瀬川弓親が部屋に入ってきた。

「うるさいなぁ。何してるのさ、一角、雪音ちゃん」

「「だってこいつが!」」

 同じタイミングでお互いを指さす二人を見て、だいたい状況が分かったらしい。

「はいはい、いちいち喧嘩しないでよ」

 べり、と二人を引きはがす。

「離せ弓親! こうなったら、今日こそきっちり決着つけてやる!」

 じたばた暴れる一角の頭を、弓親はぺちんと弾いた。

「どうせまた一角が馬鹿な事言って、雪音ちゃんがキレたんだろ? そんな事どうでもいいんだよ」

「どうでもいい?!」

「いいの。それより雪音ちゃん、頼んでたもの出来た?」

 一角をあっさり無理して、弓親は雪音に向き直る。弓親に押さえつけられた額をさすっていた雪音は、

「え? あ、うん、今日ちょうど渡しに行こうと思ってた。えっと……あった、はい」

 背に負った鞄をごそごそ探って、小さな瓶を取り出した。

 淡い青がグラデーションで入っているガラス瓶は、光に反射してきらりと光る。中にはとろりとした液体が入っているようだ。

 弓親がぱっと顔を輝かせてそれを受け取った。

「ありがとう! よかったー、もう少しで、きれるところだったんだよね」

「何だ、それ」

 ひとまず矛を収めた一角が尋ねると、弓親はやたらくねくねした動きで、

「椿油だよ。色々試してみたけど、雪音ちゃんが作ってくれるのが一番、僕の髪を美しくつやつやにしてくれるんだ~♪」

「へーそうかよ」

 弓親の動きが気持ち悪いと思いながら、平坦な返事を返した一角に、雪音はにやりと笑って言った。

「何ならあんたにも作ってあげようか。育毛剤」

「いらねぇよ! ハゲじゃねぇっつってんだろうが!」

 

「それにしても、十一番隊って毎日毎日、あたし達に手間暇かけさせるから、ほんと鬱陶しいわー。何で、たかが虚討伐でこんなずたぼろになるのかしら。無能?」

 三人分の茶を入れた雪音が、椅子に腰掛けて、実にしみじみとした口調でいった。

「喧嘩売ってんなら、買うっつってんだろうが」

 ひとまず大人しく寝台に横たわった一角が額に青筋を浮かべ、ドスのきいた声で唸る。

 が、雪音に聞き流された。あらぬ方向を見ながら、はぁ、とため息をつく。

「どうせ十一番隊の人が来るなら、草鹿副隊長だけ毎日いらっしゃればいいのに。あ、弓親はいつ来てもオッケーだから」

「当然だね」

「何でこいつだけ」

「だって弓親、全然怪我しないもん」

「僕の美しい肌に、醜い傷跡なんてつけたくないからね」

「怪我しない人なら、いつ遊びにきても大歓迎よ」

「四番隊のくせに、怪我人嫌がるなよ……。んじゃ、副隊長は何で来て欲しいんだ?」

「可愛いから」

「即答だよこいつ」

 突っ込むと、雪音はだって! とこぶしをぎゅっと固める。

「だって草鹿副隊長、超超超可愛いじゃないの! プリティーじゃないの!

 ちっちゃくて、ちょこちょこしてて、お人形さんみたいで、あぁもう可愛い。更木隊長みたいに、背中にのっけたい。部屋に飾りたいっ。

 一回でいいから、ぎゅーって抱きしめたいっ!」

 頬を赤らめ、いつになくきらきらと目を輝かせる雪音は、猛烈に別人ぽい。

「……変態じゃねぇか、それじゃ」

 引き気味に呟く一角に、弓親はずずーっと茶をすすった。

「ただ可愛いものが好きなだけでしょ。雪音ちゃん、小さいものに目が無いし。こういうところは、女の子らしいよね」

「ほー。こいつ女だったのか」

 ゴッ。

 言葉が終わるか終わらないか、雪音の肘が一角のみぞおちに勢いよく落ちた。


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