十一、四   作:なんじょ

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越えて

「……はい、こっちは終了。じゃあ次は背中ね。後ろ向いて」

「うス」

 雪音の言葉に、恋次は背中を向けた。

 背中の傷は擦過傷で、範囲は広いが深くはない。これなら塗り薬で十分だな、と手当てを始めた雪音は、ふと思い出したことを口にした。

「そういや阿散井君って、朽木さんと仲良いの?」

「ハ?!」

「うわ!」

 いきなり勢いよく振り返ってきたので、恋次の手で薬ビンをはじかれそうになる。間一髪持ち直して、雪音は恋次の頭を引っぱたいた。

「ちょっと、何してんのあんたは! 動くな!」

「す、すんません」

 慌てて謝って、恋次は再び元の体勢に戻る。

 もう、と口を尖らせて、傷の無いところに飛んでしまった消毒液を拭いていると、

「あの、朽木……さんって、誰ですか。まさか、朽木隊長の事スか?」

 探るように恋次が尋ねてきた。雪音は、妙に慎重な口調だなと思いながら答える。

「そうじゃなくて、ほら、十三番隊の。朽木隊長が引き取った子。ルキアちゃん、だっけ」

「……」

 沈黙が落ちて、恋次が体を強張らせた。素肌に触れていたから、はっきり変化がわかる。

「ごめん、何かまずい事聞いた?」

「あ。いや。そんな事ないです」

 恋次は硬直を解いて、息をついた。

「あいつは幼馴染、だったんです。ガキの頃の」

 なんでもない風を装いながら、この男にしては歯切れの悪い返事を返して来る。

 理由は分からないが、あまり触れてほしくなさそうだと気づいて、雪音は眉を寄せた。

「あぁ、そうなんだ」

 それならそれで話を終わらせるつもりが、

「何で急に、そんな事が気になったんすか?」

 恋次の方から話を振ってきてしまった。

 雪音は一瞬言葉を選んで黙り、しかし変に気を遣うと逆に迷惑かと思いなおして、普通に返す事にした。

「この間、海燕さんと都さんと立ち話してたんだけどね。

 その時やってきた子が、こう、用事があるけど近づいていいものか、みたいに迷ってる感じでいてさ。

 十三番隊の子だとは知ってたけど名前知らなかったから、海燕さんに聞いたら、朽木ルキアって教えてくれたの。

 で、そういえば前、阿散井君がその名前言ってたことがあったなぁと」

「えっ、俺が!? いつですか」

「えーっと、二月(ふたつき)くらい前。ちょっとだけ入院してたでしょ。その時、寝言で」

「…………まじっすか」

「まじっす」

 恋次はまた黙った。ふと見上げると、恋次の耳がみるみる赤くなっていく。あらま、と雪音は思わずニヤリとした。

「何、もしかして朽木さんって、阿散井君の初恋とか?」

「なっ!」

「動くなっつってんでしょ。殴るよ」

 またバタバタ暴れそうだったので、釘を刺すと、恋次は大人しくなった。

 が、今度は首まで赤くなり始めたので、おかしくなってしまう。

「へーそうなんだ。あの子、阿散井君のねー。

 もしかして、まだ初恋継続中? 道理で、阿散井君モテるのに、誰とも付き合わないわけだ」

「ちっ、違います。そんなじゃ無いっスよ」

「えーなんでよ。話したことないけど、朽木さん可愛いじゃない。ちっちゃくてきゅんって感じ。ぎゅーしたい」

「……ぎゅーって……。いや、鑑原さんが知らないだけで、あいつチビのくせに、殴る蹴る偉そうな口は利く、すっげー生意気なんすよ」

 ぶつぶつと、けれど親しみのこもった口調で言うので、それだけ恋次にとって心許せる相手なんだな、と感じた。そして自分には幼馴染という存在がないから、羨ましいとも思う。

「いいじゃない、気心知れた相手って感じで。幼馴染みの恋人かぁ、いいなー」

「だから、違いますって。あいつは家族みたいなもんで……。つーかそんな事、あるわけないじゃないすか」

「何で?」

「……」

 再度、恋次の体が硬直する。短い沈黙の後に出た声は、生硬だった。

「あいつは、もう朽木家の人間だから。俺みたいなチンピラとは、いつまでも一緒にいられないっス」

「…………」

 今度は、気軽に何で、とはいえなかった。

 雪音自身、流魂街の出だ。

 護廷十三隊に入るまで、卯ノ花家で世話になっていたからこそ余計に、貴族と平民の、厳然たる身分差と軋轢は理解している。

 例え、護廷十三隊に入り、席官となり、表面上は貴族と対等の立場と言われても、両者の間には越えられない溝があるのだ。

「そっか」

 何と言っていいか分からなくて、雪音は短く呟いた。お節介と思いながら、そっと尋ねてみる。

「ルキアちゃんが朽木の家に入ってから、会いに行った事あるの?」

 恋次は緊張したように肩を持ち上げた後、深々と息を吐き出した。返事が返って来ない。

(会わないって決めてるんだ、多分)

 雪音はやれやれ、とわざとらしくため息をもらす。

「阿散井君って馬鹿正直ね。っていうか馬鹿ね。大馬鹿」

「……断言しないでくださいよ」

 恋次が苦笑する。雪音は、だって馬鹿じゃない、と繰り返して、話を打ち切った。それ以上口を挟めないと思ったので。


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