ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか 作:路地裏の作者
「う…………」
『剣姫』と別れて地上へと戻った後、バベルのシャワールームにたどり着いたエドは、そこで呻いていた。頭がグラグラし、目の裏がチカチカする。
(やっぱ、地面に大穴開けるのは、無理があったか……)
……一瞬とは言え激昂して、後先考えずに地面に大穴を開けたことを、早くも後悔し始めていた。一応それを防ぐ方法として、
「――にしても、ベルの奴、どこ行きやがったんだ?」
シャワーを一通り浴び、
点々と、石畳にまるで目印のように、赤い血の滴が落ちていた。振り返ってみると、その滴はまっすぐにダンジョンの出口までつながっていた。
「……………………あのバカ」
目印は、視線のはるか先、ギルドのある方向へと続いていた。
◇ ◇ ◇
「本物のバカか、お前!?」
「ひう!? ゴメン、ゴメンってば!」
「オレじゃなくて、迷惑かけたギルドに謝れ!」
「ははは……まあ、確かにそうだね。もうこんなことしちゃ駄目だよ?」
道端に点々と落ちる血痕をたどってみたところ、やはりベルはダンジョンからまっすぐギルドに向かっていた。……頭からかぶったミノタウロスの血を、全く落とさずに。
ベルの担当アドバイザーのエイナさんも、この一連の注意を止めようとはしない。さっき横切った通りでは、既に噂になっていたくらいだからな。
「ベルはもう、このまま放っとくとして……エイナさん。今回のミノタウロスの出現の件、原因は『遠征』に行っていたファミリアの帰還途中の交戦だった」
「――そっか。ということは、完全なる事故。そして、今『遠征』に出ていた派閥として……≪ロキ・ファミリア≫が関わってたんだね」
ギルドは基本的に、冒険者の活動の
「≪ロキ・ファミリア≫が関わってたことは、もう聞いてたのか?」
「ベル君がね。『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインさんに助けられたから、彼女のことを教えてください、って」
「あー…………」
ベルに目を向けると、顔を真っ赤に染めて、椅子の上で身悶えていた。……わかりやすっ!
(明日から使い物になるのか? コイツ)
ベルの良い所は、思い込んだら真っ直ぐなところだ。ここ半月のダンジョン探索で、それ位のことは分かっていた。ただ、同時にそれはあまりに大きな弱点でもあった。恐らく明日からは、この『剣姫』への
「……なんか、アホらしくなってきた。エイナさん、後ヨロシク…………」
「あー、うん。お疲れ」
そのまま「いや、違うんです、エイナさん!」だの、「そんな好きとかそんな大それたもんじゃ――」だの言ってる
◇ ◇ ◇
「……ロキ・ファミリアに喧嘩売った?」
その日の夜食事の席で、ダンジョン探索中に起こったことを話したところ、ナァーザ先輩がいつもの半眼を五割増しで睨みつけてきた。
「……大手に睨まれたら、ウチみたいな零細ファミリアはおしまい」
「…………仕方ねーだろ、向こうが喧嘩売ってきたんだからよ」
ばつが悪そうに、視線を逸らす。実際彼だって、かっとなった自分が悪いのは自覚している。それでもなんというか、『あの言葉』だけは認めたくなかったのだ。
「まあ、良いではないか、ナァーザ」
「ミアハ様……」
「
「……そうですけど」
そういえば、とふとエドが思う。彼がここ一年半で関わったのは、
「……エドは、もう少し外に目を向けた方がいい」
「う……」
「そうだな。ナァーザよ、明日の夕餉はしばらくぶりに外に食べに行かぬか? 酒場などで外の空気に触れれば、少しは変わるであろう」
主神であるミアハの提案に、ナァーザは渋面を作る。基本的にこのファミリアの財政は火の車で、エドの稼ぎがあっても焼け石に水だった。
「…………お酒を頼まないのであれば」
それでも折れてくれる辺り、彼女もそれなりに後輩を心配していた。そんなこともあって、一年半ですっかり日常の一部と化した食卓風景は、ほのぼのと過ぎていった。
◇ ◇ ◇
「ふう……」
ふと、思う。
もう思い出すことなどできないが、過去の自分が『鋼の錬金術師』に抱いた想いは、もしかしたらあんな熱い想いだったのではないだろうか?憧れ、焦がれ、そして追いつきたいと願っていたのではないだろうか?
「…………」
天井をしばらく見上げ、ふと起き上がり、横に備え付けられた机の上を見据えた。
「そろそろ、完成させないとなぁ……」
私室の机の上、無造作に置かれた一組の白い手袋。そして、その横の彼自身が記した研究ノート。その開かれた
円形の中に描かれた、三角形をいくつも組み合わせた錬成陣。そこに描かれる『
彼の中の熾火のような憧憬もまた、今一つの形となって燃え盛ろうとしていた。
今回はベルとエド、二人の憧憬の話。『剣』の憧憬と、『焔』の憧憬。エドの一年半の研究の成果です。
当たり前ですが、錬成陣が理解できても、『発火布』なんて作り方知らないんですよね。擦っても火花が出る程度に抑え、なおかつ中の手を燃やさない難燃性をつけて……オートメイル研究と並行してなので、時間がかかっていました。