ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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理想を語れよ――理想を語れなくなったら、人間の進化は止まるぞ


第8話 憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

 

「う…………」

 

 『剣姫』と別れて地上へと戻った後、バベルのシャワールームにたどり着いたエドは、そこで呻いていた。頭がグラグラし、目の裏がチカチカする。

 

(やっぱ、地面に大穴開けるのは、無理があったか……)

 

 精神疲弊(マインドダウン)。魔法に使われる魔力は、自分の精神力(マインド)を消費して汲み上げるものだが、限界近くまで消費した場合に起こる現象。本来ダンジョン内でそれが起きれば命取りになりかねないため、ここ半年のダンジョン攻略では余裕をもって対処していたが、今のエドはその精神疲弊(マインドダウン)の寸前の状態だった。

 

 ……一瞬とは言え激昂して、後先考えずに地面に大穴を開けたことを、早くも後悔し始めていた。一応それを防ぐ方法として、精神力回復薬(マジック・ポーション)を服用するなど対処法もあるが、彼はその虎の子の回復薬(ポーション)を使うことを惜しんでいた。

 

「――にしても、ベルの奴、どこ行きやがったんだ?」

 

 シャワーを一通り浴び、摩天楼施設(バベル)内を探してみたが、先に戻ったはずのベルの姿が無い。仕方なしに外に出てみて、そこでふと足元へと視線を落とした。

 

 点々と、石畳にまるで目印のように、赤い血の滴が落ちていた。振り返ってみると、その滴はまっすぐにダンジョンの出口までつながっていた。

 

「……………………あのバカ」

 

 目印は、視線のはるか先、ギルドのある方向へと続いていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「本物のバカか、お前!?」

「ひう!? ゴメン、ゴメンってば!」

「オレじゃなくて、迷惑かけたギルドに謝れ!」

「ははは……まあ、確かにそうだね。もうこんなことしちゃ駄目だよ?」

 

 道端に点々と落ちる血痕をたどってみたところ、やはりベルはダンジョンからまっすぐギルドに向かっていた。……頭からかぶったミノタウロスの血を、全く落とさずに。

 

 ベルの担当アドバイザーのエイナさんも、この一連の注意を止めようとはしない。さっき横切った通りでは、既に噂になっていたくらいだからな。

 

「ベルはもう、このまま放っとくとして……エイナさん。今回のミノタウロスの出現の件、原因は『遠征』に行っていたファミリアの帰還途中の交戦だった」

「――そっか。ということは、完全なる事故。そして、今『遠征』に出ていた派閥として……≪ロキ・ファミリア≫が関わってたんだね」

 

 ギルドは基本的に、冒険者の活動の支援(バックアップ)が仕事だ。そのため本来15階層以降に出現するミノタウロスが上層に出たなんてことになれば、初級冒険者たちの大規模な被害にも繋がる。こうした冒険者との情報交換も、ギルドの役割の一つと言えた。

 

「≪ロキ・ファミリア≫が関わってたことは、もう聞いてたのか?」

「ベル君がね。『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインさんに助けられたから、彼女のことを教えてください、って」

「あー…………」

 

 ベルに目を向けると、顔を真っ赤に染めて、椅子の上で身悶えていた。……わかりやすっ!

 

(明日から使い物になるのか? コイツ)

 

 ベルの良い所は、思い込んだら真っ直ぐなところだ。ここ半月のダンジョン探索で、それ位のことは分かっていた。ただ、同時にそれはあまりに大きな弱点でもあった。恐らく明日からは、この『剣姫』への憧憬(あこがれ)が原動力となって、飛躍するか、空回りするかのどちらかだろう。そして、空回りを始めたら、フォローするのも自分だ、ということが容易に想像できた。

 

「……なんか、アホらしくなってきた。エイナさん、後ヨロシク…………」

「あー、うん。お疲れ」

 

 そのまま「いや、違うんです、エイナさん!」だの、「そんな好きとかそんな大それたもんじゃ――」だの言ってる相棒(ベル)を置き去りに、帰路へと着いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……ロキ・ファミリアに喧嘩売った?」

 

 その日の夜食事の席で、ダンジョン探索中に起こったことを話したところ、ナァーザ先輩がいつもの半眼を五割増しで睨みつけてきた。

 

「……大手に睨まれたら、ウチみたいな零細ファミリアはおしまい」

「…………仕方ねーだろ、向こうが喧嘩売ってきたんだからよ」

 

 ばつが悪そうに、視線を逸らす。実際彼だって、かっとなった自分が悪いのは自覚している。それでもなんというか、『あの言葉』だけは認めたくなかったのだ。

 

「まあ、良いではないか、ナァーザ」

「ミアハ様……」

小人族(パルゥム)に対し、身長をそしるのは耐え難い侮辱だ。ここ一年半の間、エドは機械鎧(オートメイル)の開発で家を出ないか、出てもすぐにダンジョンにこもるかの生活だったのだ。いきなり面と向かって言われれば、腹も立つであろう」

「……そうですけど」

 

 そういえば、とふとエドが思う。彼がここ一年半で関わったのは、機械鎧(オートメイル)の材料を貰いに行ったゴブニュ・ファミリアと、冒険者登録に行ったギルドくらいだった。基本それ以外では、ダンジョンか研究室扱いの私室にこもるという完全なインドア生活。成程、確かに悪口への耐性などつかない。

 

「……エドは、もう少し外に目を向けた方がいい」

「う……」

「そうだな。ナァーザよ、明日の夕餉はしばらくぶりに外に食べに行かぬか? 酒場などで外の空気に触れれば、少しは変わるであろう」

 

 主神であるミアハの提案に、ナァーザは渋面を作る。基本的にこのファミリアの財政は火の車で、エドの稼ぎがあっても焼け石に水だった。

 

「…………お酒を頼まないのであれば」

 

 それでも折れてくれる辺り、彼女もそれなりに後輩を心配していた。そんなこともあって、一年半ですっかり日常の一部と化した食卓風景は、ほのぼのと過ぎていった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ふう……」

 

 寝台(ベッド)に横になりながら、天井を見上げる。思い出すのは、ベルの抱いた憧憬(あこがれ)と、その対象となった一人の少女。

 

 ふと、思う。

 

 もう思い出すことなどできないが、過去の自分が『鋼の錬金術師』に抱いた想いは、もしかしたらあんな熱い想いだったのではないだろうか?憧れ、焦がれ、そして追いつきたいと願っていたのではないだろうか?

 

「…………」

 

 天井をしばらく見上げ、ふと起き上がり、横に備え付けられた机の上を見据えた。

 

「そろそろ、完成させないとなぁ……」

 

 私室の机の上、無造作に置かれた一組の白い手袋。そして、その横の彼自身が記した研究ノート。その開かれた(ページ)には、一つの錬成陣が描かれていた。

 

 円形の中に描かれた、三角形をいくつも組み合わせた錬成陣。そこに描かれる『火蜥蜴(サラマンダー)』と、一つの『(ほのお)』。

 

 彼の中の熾火のような憧憬もまた、今一つの形となって燃え盛ろうとしていた。

 




今回はベルとエド、二人の憧憬の話。『剣』の憧憬と、『焔』の憧憬。エドの一年半の研究の成果です。

当たり前ですが、錬成陣が理解できても、『発火布』なんて作り方知らないんですよね。擦っても火花が出る程度に抑え、なおかつ中の手を燃やさない難燃性をつけて……オートメイル研究と並行してなので、時間がかかっていました。

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