ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――ホント、馬鹿ね。半分どころか、全部あげるわよ!



第64話 時は流れて……

 時は巡り、世代は変わる……

 

「……いらっしゃいませー」

 

 今日も今日とて、≪ミアハ・ファミリア≫のカウンターには寝ぼけ眼の犬人(シアンスロープ)が店番として陣取っていた。

 

「あ、おはようございます、ナァーザさん。今日は先日頼んだ回復薬(ポーション)万能薬(エリクサー)を受け取りに来ました」

「……ん、ベル、おひさー。リストにあった分は作成して、保管庫に箱詰めしてあるよ……そっちは新人の子だよね? 案内するから、裏口に取りに来て」

 

 そう言うと、ナァーザはベルと≪ヘスティア・ファミリア≫の新人を連れて裏の勝手口へと案内する。そこに荷車をつけ、いくつもの箱詰めされた薬品類を載せ始めた。

 

「明日だっけ? ギルドの依頼で決まった『大規模合同遠征』……」

「ええ、そうです――って、ナァーザさんにも参集来てますよね?! Lv.5以上の主要な冒険者は全員参加って聞きましたし!」

「面倒臭いー……」

「駄目ですよ!」

 

 今回の『遠征』はギルドの依頼によるもので、一か月程前に『遠征』に出た≪ロキ・ファミリア≫が、65階層で壁の中に胎動する巨大モンスターを見たと言うのだ。既に攻略が進んだ60台の階層で、今までに無い巨大なモンスターの発生。しかもそこにいた≪ロキ・ファミリア≫の主力が全力の魔法や攻撃を当てても、びくともしなかったというのだから驚きだ。

 古代、ダンジョンより飛び出した三大モンスターの再来として、ギルドが緊急冒険者依頼(クエスト)を発令したのだ。そして、ここにいる二人は確かに参加資格を持っている。

 

 あの激動のようだった一年から15年。お互いに年齢(とし)を取り、色々と立場も変わった。ナァーザは現在も≪ミアハ・ファミリア≫の団長であり、弓においては都市最強とまで言われるLv.6の冒険者。そして、目の前にいるベルに至っては、前人未到の『Lv.8』に至った都市最強の冒険者だ。もっとも、どれだけランクアップを迎えても、生まれながらの謙虚でヘタレな性格が災いして、荒くれ者っぽい下級冒険者にすらビビるのは情けないが。

 

「……そーいえば、奥さんのアイズも来るの? 子育て大変なんじゃ……」

「……僕が参加するって聞いたら、自分も行くって聞かないんですよ……まあ、子供たちももう七歳ですし、手が離れる頃ではあるんですけどね」

 

 ベルは現在、≪ロキ・ファミリア≫のLv.7冒険者アイズと結婚している。だが、決してそこに至るまで順風満帆ではなかった。

 まず双方の主神には、猛反対された。なんでドチビのとこと、なんでロキのとこなんだと、主張する主神二柱を説得するのにとんでもない時間がかかった。その上、『なんでボクじゃ駄目なんだい、ベルくーん!!』という魂の叫びとともに、地上で禁止された『神の力(アルカナム)』の行使まで行おうとしたとある女神の説得に一番時間がかかった。

 

 なお、双方の主神を説得した決め手は、『生まれてくる子供を、親の無い子供にする気ですか!?』というベルの一言であった。それを聞いた途端主神は蹲って再起不能になり説得出来たが、某狼人(ウェアウルフ)がぶち切れ、『黄昏の館』が半壊すると言う事態になった。

 その後、いきなり抗争を吹っ掛けてきた≪フレイヤ・ファミリア≫との戦いで、『竈火の館』も壊れた。

 

「それで、エドとリリはどこです? 今回の『合同遠征』について打ち合わせしたかったんですが……」

「二人は、いつもの通り……」

「ああ、そっか」

 

 ナァーザの返答に、ベルの視線が都市の東南東を向く。その視線の先は、ダイダロス通り。

 

「『学校』にいるんですね」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――はい、これで本日の『錬丹術概論』は終了です。次回は第五章までやりますから、予習しておいて下さいね」

 

 壇上の女性が授業に用いた参考資料を片付けだす。その女性は見た目非常に幼く、背丈は普通の人間(ヒューマン)と頭二つ以上違う。それもそのはず、彼女の種族は小人族(パルゥム)であり、その上第一級冒険者。通常よりも若々しく見えるのだ。

 

「アーデせんせー。さっきの授業で分からないところあるんですけどー」

「アーデじゃなくて、エルリックだって、何回言やあ分かるんですか? と言うかこの名字に変わって結構経つんですから、絶対わざとですよね?」

 

 生徒の一人の軽口に青筋を浮かべたリリルカ・アーデ――現在ではエルリック夫人となった彼女は、授業用にかけている伊達眼鏡をくいっと上げる。

 

 彼女の目の前にいるのは、ダイダロス通りにある『マリア孤児院』の子供たちと、都市内外からやって来た小人族(パルゥム)の同族たちだ。彼女は現在、彼ら彼女らに『錬丹術』を教える講師に就いている。

 

 こうなった原因としては、ある日ミアハがマリア孤児院の院長に出会い、子供たちの将来のため、無償で授業を行わせてほしいと申し出たことにある。その上で以前から小人族(パルゥム)の将来に対し何か貢献出来ないかと考えていたため、この奇妙な学校が始まったのだ。

 

 マリア孤児院の子供たちは、将来を見据えてまずは文字の読み書きや算数、歴史、科学を学んでいく。その上で専門教科として、≪ミアハ・ファミリア≫の誇る薬学・錬金術・錬丹術を、そして他派閥から招いた非常勤講師によって、さまざまな教科を教えていくことになった。

 都市の内外からやって来た小人族(パルゥム)については、いったん≪ミアハ・ファミリア≫で全員受け入れ、子供たちと一緒に専門科目を教えていくことになっている。そして、学校卒業後の進路については、≪ミアハ・ファミリア≫は干渉せず、即時改宗(コンバージョン)に応じると取り決めた。これによって現在非常勤講師には、新世代の後進を見つけ出そうとしている≪ロキ・ファミリア≫団長のフィン・ディムナ、同族にわずかばかり助力してやるとしてガリバー兄弟などが参加している。彼らの教える『戦闘術』の授業は大人気だ。

 

「さて、他に質問が無ければ帰ります。エドの『総合錬金術』ももう終わる頃ですし」

「おー、旦那とイチャイチャするためだー」

「昨日はどんな風にイチャついたんだ、先生?」

「――――あ゛?」

 

 リリの額に青筋が二つ追加され、教卓から錬成陣入りサポーターグローブが取り出される。デッドラインを越えてしまったと察した生徒たちは、脱兎の勢いで逃げ出した。

 

「――――はあ。あれくらいのからかいで、我を失くすなんて。やっぱり子供を育てるって難しいですね」

 

 反省しきりでグローブを教卓裏の鞄に戻し、帰る準備を進める。教室にしていた部屋を出ると、隣の部屋へと向かった。

 

「エド、帰りますよ」

「おう、リリ! 少し待ってくれるか、後少しで完成しそうなんだ!」

 

 教室の中にいたエドは、一見すると15年前とあまり変わらない。唯一変わったのは眼鏡をかけるようになったことと、顎髭を生やすようになったことだ。

 

 エドの視線の先には、一人の幼い小人族(パルゥム)の少女がいて、必死になって錬成陣から粘土細工を作り出そうとしていた。

 

「よーし、よーし。上手いぞー、ララ。そのまま、そのままー……」

 

 エドの呼びかけが耳に入らないほど集中した少女は、むー、と一際力むと、ようやく完成したのか溜めていた息を一気に吐き出し、エドの方に向き直ってVサインをした。

 

「おー! よく出来たな、流石オレの娘だ!!」

「私の娘でもありますけどね。でも見事です」

 

 完成した粘土細工を見ると、わずかに錬成痕が目立つものの、羽毛の盛り上がりも表現された見事な『鳩』が出来上がった。エドとリリの娘、ララミィ・エルリック。両親から受け継いだ錬金術の素養は、彼女の中で確かに芽吹いていた。

 

「よくやったぞー、ララ」

「パパ、おヒゲいたーい」

「なッ! まさか反抗期!?」

「そんなわけないでしょうに。さ、ララ、帰りますよ」

 

 愛娘に頬ずりしたらダメ出しされたアホな夫を置いといて、娘の小さな手を掴む。やわらかに握られたその手に、じんわりと幸福感が広がって来る。

 

「明日からママもパパも少し長くお出かけですから、今日は思いっ切り甘えても大丈夫ですよ、ララ。久しぶりに一緒のお布団で寝ますか?」

「あう、恥ずかしい……」

「そんなことはないぞ、ララ! よし、今日はパパがお布団で一晩中絵本を読んでやろう!」

「娘を寝かさない気ですか。馬鹿なこと言ってるパパはほっといて、ママと一緒に寝ましょうねー?」

 

 ……本当に、目の前で蹲る子煩悩な父親が、この都市に錬金術と錬丹術を持ち込んだ権威にして、Lv.6の冒険者だとは誰が気付くだろうか。後進も育ってはいるが、未だにこの夫を越えるほどに真理に到達した術師はいない。この人と出会った時は、自分がLv.6になるだなんて、思ってもみなかった。

 

「帰る前にマリア院長に、一言断りますか」

「おう、ララー? マリアせんせいにバイバイしようなー?」

「うん!」

 

 元気よく返事をするララを連れて院長がいる院長室へと向かい、ノックをした後入室した。

 

「はっはっは、お聞きしましたよ。何でもここで冒険者や錬金術師の卵を育てておるとか」

「は、はあ……」

「どうですか。その子供たちの才能、ラキア王国で思い切り伸ばしてみませんか?」

「「……………………なんでいるんですか、ブラッドレイ将軍」」

「まったくだ、なんでいやがる」

 

 目の前にラキア王国最強の将軍、キング・ブラッドレイ将軍がいて、素直に驚いた。グリードは即座に警戒し、エドと交替する。

 

「おお、久しぶりだな、エド・エルリック君、リリルカ君。それに、グリード。なに、ここに錬金術師の卵がいると聞いてな。来年我が軍内に設置予定の、『国家錬金術師』の候補者を獲得出来ないかと赴いてみたのだよ」

「……それは、ここの子供(ガキ)どもを力ずくで浚っていくって意味か?」

 

 不穏な空気に二人そろって戦闘態勢へと移る。ただ、それを見て目の前の将軍の方が手の平を向け、制止してきた。

 

「なに、そんなつもりはないよ。例えば人質を取ったり、浚って無理に錬金術を行わせたとしても、そんな強要では真理に届かん。戦力としてもそんな不安定な者では使い物にならんのでな。あくまで将来の選択肢を増やしに来ただけだ」

「…………」

 

 その言葉にゆっくりと構えを解く。よく見たらサーベルも無いし、本当にただの勧誘なんだろう。

 

「おお、そうだ。この街では珍しい『西瓜』を持参したから、後で食べてくれたまえ。一人でも多くラキアに来てくれるよう、期待しておるよ」

 

 そう言うと、ブラッドレイ将軍はあまりに気軽にその場を去っていった。

 

「……どうやって街に入ったんでしょう?」

「さあな。とりあえずフィンの奴には知らせておけ。そいじゃ戻るぜ」

「えー? グリードパパ、もう行っちゃうのー?」

 

 滅多に会えないもう一人のパパ、グリードに会えてララはご機嫌だったが、もう戻るとなると駄々をこねた。

 

「わりーな、ララミィ。この身体は相棒(エド)のモンで、人生も相棒のモンだ。間借りしてる俺があんまり出てくるのもよくねえのさ」

「ぶー!」

「……ま、今度出てきた時は、ゆっくり肩車でもしてやるからよ」

「わーい!!」

 

 次回の約束を最後にして、グリードは中へと引っ込む。最近ではグリードはダンジョンや戦闘などばかりで、家族と過ごしている時はあまり出てこなくなった。彼なりに遠慮しているのだろうか?

 

 ダイダロス通りから出て、『黄昏の館』へと向かう。門番にフィン団長への手紙を渡してくれるよう頼んで帰路についた。

 

「ブラッドレイ将軍が来ている時に、ホームを空にしていいんでしょうか……?」

「フィンさんに聞いたら、もうすでに街の外に出て、手を振ってたらしいから、大丈夫とは思うぞ?」

 

 大胆不敵。それがラキア最強の将軍の特徴でもあった。

 

「ま、安心しろ。今度どんな強敵が来ても、オレが家族(おまえら)にも眷族(なかま)にも指一本触れさせねえさ」

 

 エドのそんな言葉を聞き、改めて思う。かつて、≪ソーマ・ファミリア≫で得ることの出来なかった居場所は、確かにここにあるのだと

 

「――――エド」

「ん?」

「大好きですよ」

 

 ララの手を掴んだ方と逆の手でエドの肩を掴み、ララの頭越しに跳びつくように唇を奪う。あの日出会った日から十年以上、何度も何度も行ってきた気恥ずかしいやり取り。

 

「…………まあ、オレもな」

「えへへ」

「ララも! ララもパパとママ、大好き!」

 

 手に入れることの出来た、大切な居場所。ソレは、リリにとってもエドにとっても同じこと。だからこそ彼らは、繋いだその手を決して放すことなく、今を生きていく。

 




これにて未来編終了!そして、番外編も一応これで完結となります。

未来編。いろいろ変化あるようですが、最大の変化はエドの容姿。眼鏡にヒゲと思い切りホーエンハイムと同じにw

番外編について。元々番外編はあくまで物語の蛇足と考えていたので、最終章の最終回みたいに全体的なまとめは入りません。今後もし書くとしたら次の9巻やその後の内容にエドリリが絡めるなら、番外に追加でとなります。ただ次巻のあらすじとかアマゾンで見ると、望み薄かな、と考えています。

なので、この物語はここで締めくくりとさせていただきます。アイデア下りてこない限りは、続きを書かないと思いますので、楽しみにしてくださっている皆さん、申し訳ありません。

以前の最終章でも触れましたが、今まで読んで下さった皆さんの応援もあって、この作品は書き上げました。本当にどうもありがとうございました!!
―追記―9/7 21:00
記載を忘れていたグリードの記述、加えました!

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