ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――討ち取って名をあげるのは誰だ?


第62話 頂上決戦

「これはいい。オラリオに名高い、≪ロキ・ファミリア≫と≪フレイヤ・ファミリア≫の主力が集合か。これほどの戦場はそう願っても出会えるものではないな」

 

 オラリオの最強二大派閥に囲まれて、それでも軽口を絶やさない。それだけで目の前の存在が実力も分からない大馬鹿か、高い実力を備えた強敵かのどちらかに絞られ、周囲の全員が緊張を強める。

 

「ん? あれ、フィン。こっちの顔まで真っ黒な人、誰?」

 

 そこで身構えていたティオナが、足元で這いずるように後退してきたグリードを見咎める。味方にまで攻撃されてはたまらないと、顔周りの変身を解いた。

 

「俺だ」

「おー、≪ミアハ・ファミリア≫のウロボロス君かー。今の面白いけど、君の魔法?」

「そんなとこだ」

 

 適当に答え、両脚の仕込みナイフも展開し、今度は手足を硬化する。真っ向から『最強の盾』を破られた以上これだけでは心もとないが、再び全身硬化する負担を考えると、今はそれだけしか出来なかった。

 

 そこで、包囲網の中心にいたブラッドレイに動きがあった。両手にサーベルを持ったまま腕を広げ、笑い出したのだ。

 

「ふふ……やはり今回の戦争は正解だったな」

 

 その笑みは凄惨で獰猛だった。それは獲物を目の前にした、肉食獣の笑み。

 

「ラキア王国軍・王国守備軍所属、キング・ブラッドレイ将軍――討ち取って名をあげるのは誰だ?」

 

 それを合図とするように、同じく肉食系の狼人(ウェアウルフ)、ベートが飛び出した。

 

「死ねよ、雑魚!!」

 

 Lv.5でも最速のベートの蹴り。それが絶妙のタイミング、かわしようのない速度で入ったように見えた。

 

「――雑魚とは、君のことかね?」

 

 蹴りを放ち終わった背中にそんな声がかけられ、ベートは全身が総毛立つのを感じた。

 

「がああッ?!」

 

 右脇腹から背中にかけて十文字に切り裂かれ、ベートはもんどりうって吹き飛んだ。

 

「ベート!?」

「嘘でしょ!?」

 

 吹き飛んだ仲間を案じ、ティオナとティオネがそちらの行方を目で追う。

 

「戦闘の途中で敵から目を離すとは、君らは正気かね?」

 

 何の温かみもない声に背筋を凍らせ、二人同時に振り返る。そこでは既にブラッドレイがその手のサーベルを振り下ろそうとしていた。

 

「油断するでないわ!」

「離れるんだ、ティオネ!」

 

 そこに割り込んだのは、ガレスとフィン。その大威力の戦斧と変幻自在の長槍に、ブラッドレイは攻撃をあきらめ、後ろへと飛び退った。

 

「む?」

 

 そこに襲い掛かったのはガリバー兄弟とヘグニとヘディン。剣が、槌が、槍が、斧が、そして魔法が四方から容赦なく強襲する。

 

「中々見事な連携だ――――が」

 

 その瞬間、何が起こったかは、Lv.3のグリードには分からなかった。一瞬閃光がいくつも閃いたと思ったら、強襲した6人全員が肩や腹から血を流してうずくまっていたのだ。

 

「所詮は人間のやること。完全に隙間の無い連携など、無いものだよ」

 

 有り得ない。それがその場にいる全員の思いだった。

 

「ちょ、ちょっと、フィン? もしかしてラキアにもLv.7の眷族がいたの?」

「……いや、そんなものはいない。事前に得ていた情報からも、最大でLv.3のはずだ」

 

 フィンは答えながらも、うずうず言う親指を静かに見つめていた。彼には分かっていた。これは『警告』の疼きだと。

 

「それにしては有り得ませんよ、団長。ベートはおろか、フレイヤ・ファミリアのヘグニとヘディンが負けるなんて、最低でも同格のレベルじゃないと説明つきません」

「説明自体は出来るよ。少し信じられないけどね」

「ほう?」

 

 ティオナやティオネと話すフィンの会話に、ブラッドレイが乗って来た。もっとも会話に乗っただけで、一切隙を見せてはくれなかったが。

 

「この将軍は、緩急の使い方がとんでもなく上手い。最大でもLv.3の最高速くらいしか出ていない速度を、移動と歩法の技術だけで緩急をつけ、相手の体感速度を数倍に跳ね上げてるんだ」

「ふむ。それだけかね?」

 

 そこでブラッドレイは面白そうに聞き返す。聞かれたフィンは少し考えた後に、口を開いた。

 

「……今のところは」

「五十点だ。それでは正解の半分にすぎん」

「残り半分は……?」

「言うまでもない。この『最強の眼』だよ」

 

 指し示された眼球。そこに刻まれたウロボロスの紋章にフィンが眉を上げ、傍らのグリードを見る。

 

「私は、少しばかり眼が良過ぎるのでな。君らの視線や筋肉の動き、重心や武器の移動、その上瞬き(・・)まで全てが見えているのだよ。相手の視線の死角や、防御の間を外して攻撃を仕掛けるなど造作もないのだ」

「……成程。ベートが攻撃を受けた理由が納得出来たよ。視線の死角、つまり彼には、貴方の動きが見えていなかったわけだ」

「対人戦闘を行う上で、基本となる事柄だ。覚えておきたまえ、若き冒険者の諸君」

 

 突如として行われた対人戦闘の講義。ためにはなったものの、自分たちに出来ないそれが出来ると言う、目の前の将軍との実力差に舌を巻く。

 

「君は、本当にLv.3なのかな?」

「ああ、もちろんだとも。ただ、対人のみでここまでのし上がったのでな。怪物を相手にしている君らとは、根本が違うだけだ」

 

 対人戦闘の極致。目の前にいるのはそういう存在なのだと嫌でも理解できた。

 

「……とはいえ、このまま見ているわけにもいかん」

「まったくだぜ。あの方の眷族をここまでコケにされたんじゃなあ……!」

 

 大剣を構えるオッタルと愛槍を構えるアレン。『猛者(おうじゃ)』と『女神の戦車(ヴァナ・フレイア)』の二人は、脚にとんでもない力を込め、やがて爆発させた。

 

「ぬんッ!」

 

 標的ごと、大地を引き裂くような一撃。衝撃が突き抜け、地面が揺れた。そのまま地面から剣を跳ね上げて次の攻撃へと移り、やがては触れれば砕く豪剣の結界が敷かれた。

 

「らッ!!」

 

 襲い掛かるのは嵐のような槍撃。驟雨となった穂先が、縦横にブラッドレイへと迫った。

 

「うむ、見事」

 

 およそ有り得ない光景だった。間違いなくオラリオ最上級(トップクラス)の攻撃が、Lv.3の剣士一人に通じない。大剣も長槍も身体に掠りはするものの、致命の傷は回避され、その手のサーベルで側面を叩くかのようにいなされていた。

 

 その様子を、アイズは唇を噛みしめながら見つめ、フィンへと向き直った。

 

「フィン……」

「なんだい?」

「いこう……」

 

 それはあまりに短いやり取り。だがそれだけで彼女の意図を察したフィンは少し溜息を吐いた後、隣のガレスへと振り向く。

 

「君はどうするんだい、ガレス」

「決まっとるじゃろうが。この傷の借り返してくれるわ」

 

 三人足並みを揃える。そして、一番右に並んだアイズがその身に秘められた魔法を覚醒させる。

 

「【――目覚めよ(テンペスト)】」

 

 彼女の周囲を、暴風が覆い尽くす。天幕の中に突如発生した強風に、僅かにブラッドレイの視線がそちらへ向いたが、笑みを深めただけで目の前の二者の迎撃へと戻った。

 

「ッッ!!」

 

 裂ぱくの気合とともに、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインが飛来する。そのいきなりのトップスピードに目を見開いたブラッドレイは、両手の剣を交差させ、全力で防御へと回った。

 

「ぬ……ぐうッ…………!」

 

 その絶大の威力を受け止めたサーベルに、僅かに亀裂が入り、ブラッドレイは舌打ちをする。それでも折られる前に攻撃を逸らし、サーベルが完全に折れることだけは防いだのは見事だった。

 

 そこに迫りくる追撃。

 

「はぁああああああッ!」

「お返しじゃあああッ!」

 

 フィンの長槍とガレスの戦斧。その二つを避けるため、サーベルを一本犠牲の足場にして飛び上がり、空中で反転して体勢を整えた。

 

 そこからの攻防は、まさに別次元のものだった。各自の持つ武器が空中を閃き、あちこちで火花を散らす。互いに致命傷は確実に避け、相手の急所を狙いに行く。もはやどちらも捕獲など考えないように殺気のこもった攻撃を繰り出し、それをステイタスの劣る三者が息を呑んで眺めていた。

 

「こんなの、あり……?」

「団長の援護、出来ないじゃない……」

「ちくしょうが……」

 

 ティオナもティオネもグリードも実力者ではあるのに、目の前の戦いについて行けない。全員がそれを悔しい思いで眺めていた。

 

 そんなところに、体内で声が響いた。

 

(――グリード)

(エドか。あのデカ物から戻って来たのか)

(ああ。小回りが利かない人形なんて、良い的だからな。それよりこっちはどうだ?)

(変わらねえよ。改めてラースの奴の化け物ぶりを目の当たりにしてるだけだ)

 

 Lv.6以上の人員と拮抗する、有り得ない戦場。戻って来たエドも何もできずにいると、不意に周囲に声が響いた。

 

「「【汝は業火の化身なり――】」」

 

 静かに響くその二つ(・・)の声に、ティオナ・ティオネ姉妹が喜色満面となる。声の主に覚えがあるのだろう。

 

「「【――ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」」

「フィン、そろそろ退くよ!」

「団長、逃げてください!」

「分かった。ガレス、アイズ、手筈通り逃げるよ!」

 

 そう言うとフィンは槍で相手を力一杯押しのけ、全力で逃げ始めた。

 

「ぬ?」

 

 気づけばオッタルとアレンもまるで包囲するかのように、円を描きながら後退していった。

 

「「【焼き尽くせ、スルトの剣――我が名はアールヴ】!!」」

「ふむ、この魔法が君たちの切り札という事かね。――――面白い」

 

 そのままブラッドレイは、腰の剣を持ったまま両手を広げ、まるで全身で浴びるかのように歓喜した。

 

「さあ、来たまえ」

 

 

「「【レア・ラーヴァテイン】!!」」

 

 

 それは、文字通り地獄の業火の顕現だった。天幕は消し飛び、大地は天突く火柱に焼かれた。それを為したのは、リヴェリアとレフィーヤの二人。どうやら苦戦を察して、全く同じ魔法を同時に唱えて威力を底上げしたようだ。

 

「やったー! やっぱすごいよ、リヴェリアもレフィーヤも!」

「い、いえいえいえ、そんなことは!」

 

 謙遜するレフィーヤ、おだてるティオナ。決着を確信し、周囲に弛緩した空気が流れ始めた。

 

 その流れに乗らなかったのは、フィンとエドの二人のみ。

 

「……? ふたりとも、どうしたの?」

 

 アイズの質問にも答えない。ただ二人は同じ方向を眺め続けるだけ。そのただならぬ様子にアイズは訝しみ、やがて驚愕して爆心地の方を見据えた。

 

「……うそ」

 

 そこには変わらぬ様子で、キング・ブラッドレイが立っていた。もっとも完全な無傷という訳でもなく、その上半身は襤褸切れと化した服がへばりついており、両手のサーベルもまた根元からへし折れていた。

 

「やれやれ。炎を避け、剣で斬り裂いても、肝心の剣の方が保たんとは。――今日はここまでだな」

 

 溜息を一つ吐くと、爆心地や敵兵に背を向け悠々と歩き始めた。

 

「次の戦いの時は、期待しておるぞ。若き冒険者の諸君」

 

 その背中を、誰一人追うことが出来なかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その後、キング・ブラッドレイの名はオラリオにも世界中にも響き渡り、第六次オラリオ侵攻戦の英雄として扱われた。フィンなどはかの将軍の実力から、ラキアが再び攻めてくる可能性を示唆したが、情報を集めさせてみると、主神のアレスがオラリオ側の提示した条件で憔悴しており戦争どころではないと判明した。

 

 それでも≪ロキ・ファミリア≫と≪フレイヤ・ファミリア≫の主力陣は、それ以降自主的な鍛錬を行い更なる高みを目指すようになったという。

 

 キング・ブラッドレイ将軍はその後何度もオラリオを脅かし、そのたびオラリオの派閥たちは力を合わせ撃退することとなったが、外敵であると同時にオラリオ最大の好敵手(ライバル)であると後の歴史書は語るようになったという。

 




戦争編、これにて終了。爆破された列車からも逃げ切れた人ですし、炎くらいは避けられると考えたらこうなりました。本当は長文詠唱自体、長すぎて逃げられる可能性大です。

しかし、書いてると、ブラッドレイ無双エンドしか浮かばなかった……

次回はまたエドリリの話に戻ろうかなと考えています。

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