ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――こうして「死に直面する」というのはいいものだな。
純粋に「死ぬまで戦い抜いてやろう」という気持ちしか湧いてこん



第61話 最強の集結

 

 天幕に漂う緊張感。存在するのは二人の人造人間(ホムンクルス)と、一柱の超越存在(デウスデア)のみ。響くのはサーベルで自らの肩をとんとんと叩く、余りにも場に似つかわしくない軽々しい音だけ。

 

「私としては、君がここにいることの方が不思議なのだがね、『強欲』のグリード。ここはあの世界ではないだろうに」

「偶然この世界に流れた魂が、『扉』の向こうから俺の魂の残骸を引っ張り出したんだよ。再生に時間はかかったが、今じゃこの通りだ」

 

 そう言って、黒く染まった手を示す。その手はかつての能力を使える何よりの証拠だった。

 

「そうか。私とは、全く違う経緯だな」

「そっちはどうやったんだ?」

「なに、大したことではない。どうやら私が生前犯した、数々の戦場での罪責が問題だったらしくてな」

 

 そう言って、余りにも軽くサーベルを持った両手を広げ、無防備になる。それは油断でも慢心でもなく、単に構えるだけの脅威を感じていないから。

 

「出自が人間だった私は死後、神を名乗る者の前に引き出されたのだが……なんでも私の犯した虐殺の罪を償わせるために、『魂の洗浄』を施した上で、この世界の最底辺の環境に転生させ、死ぬまで苦しめるつもりだったらしい」

 

 もちろん今生で反省が無ければ何度か繰り返すそうだが、とブラッドレイは薄く笑う。

 

「だが何の因果か、私の魂にへばりついていた『賢者の石』と成り果てた魂の残骸は、私に忘れることを許さなかった。『賢者の石』を根こそぎ削り落とされ、以前のような再生能力を失おうとも、我が『憤怒』と戦場の記憶、そして『最強の眼』はこの魂に焼き付き離れなかったのだ」

 

 それは、あのウロボロスの瞳を見た時から危惧していたこと。どうやら再生こそ出来なくなっても、戦闘能力は以前と全く変わらないようだ。

 

「そして、私はラキア王国の貧民街(スラム)に生まれ落ちた。それからも運に見放されているかのような苦難の毎日だったが……かつての『父』のようなしがらみも支援も無く、純粋に自身の腕のみでのし上がっていくのが楽しくてな。気付けば将軍の地位と、Lv.3のステイタスを手に入れていたよ」

「……ランクアップは確か、魂と器の昇華が起こらなきゃ駄目なはずだが」

「ああ、知っているとも。オラリオ以外でそれだけの経験値(エクセリア)を得るのは難しくてな。仕方なく、貴族上がりの名ばかりの騎士やら将軍やらを挑発して、単騎で彼らの軍勢を叩き潰してランクアップを遂げたのだよ。最後に戦ったのは、東方方面軍の軍勢一万だったかな?」

「周りの兵士が唱和してやがる『万夫不当』って、実話なのかよ……」

 

 道理で兵士たちの人気が高いわけだ。貧民街(スラム)出身で、兵士の最前線を切り拓き無駄な犠牲を出させない将軍。しかも貴族出身者を蹴落としての、成功譚(サクセスストーリー)。民衆からの支持率は絶大だろう。

 

「…………で、ここに来た理由は? いや、それ以前に、お前の今生での望みはなんだ?」

「ふむ…………」

 

 そこで一度黙り、顎に手をやって思案する。そして、その両手のサーベルを翼のように広げ、言い放つ。

 

「理解できるかは知らんが――――何にも縛られず、誰のためでもなく、ただ、戦う。その心地よさに、もう一度辿り着きたい――それだけだよ」

 

 途端に駆け抜ける、純粋で混じり気のない戦意。あまりに膨大な圧力に、グリードが思わず身構える。

 

「つまりはだね、何時か辿り着くまで戦いを続けるために、オラリオに所属する主神殿には少々捕虜としてご足労願いたいというわけだよ」

「来るぞ! さっさと逃げ――!!」

 

 その言葉が終わる前に、ブラッドレイは踏み込み、持っていたサーベルを鋏のようにグリードの首へと繰り出した。天幕に衝撃音が響き渡る。

 

「――む? 成程、会話で時間を稼ぎ、それ(・・)の準備をしていたということか」

「へっ、そういうわけだ!」

 

 サーベルを離した首は、真っ黒な肌に覆われていた。やがてそれだけではなく、全身を紅い雷光が包み、その姿を変えていった。そして現れたのは、肌の全てを硬質の炭素で覆い尽くした異形の姿。

 

「完全なる『最強の盾』か……思えばそれと正面切って戦うのは、初めてだな」

「そう簡単にはやられねえぞ、ラース! 神を捕まえたきゃ俺を倒してからにしな!!」

 

 天幕からダッシュで逃げていくガネーシャを視線で追い、一度ふう、と息を吐き出したブラッドレイは、再び目の前の『敵』へと集中した。

 

「名乗らせてもらおう。ラキア王国軍・王国守備軍所属、キング・ブラッドレイ将軍だ」

「スラム出身だからって、元と同じ名前名乗ってやがんのか。≪ミアハ・ファミリア≫眷族、エド・エルリックの相棒、『強欲』のグリードだ」

「ほお……」

 

 エドの名前を聞き、ブラッドレイがわずかに笑みを浮かべた。それほどまでに、絡まり合った因縁を感じる出会いだった。

 

「その面白い名前についても、じっくり聞かせて貰おうか」

「へっ、聞けるなら――」

 

 互いに重心を傾け、脚に力を溜め、一気に撃発した。

 

「やってみな!」

「むう!」

 

 『盾』と『眼』の戦いが始まった。

 

 先手を奪ったのは意外にもグリード。その爪でブラッドレイの喉笛を引き裂こうと獰猛に攻撃する。しかしどの攻撃も紙一重で躱され、遂にはサーベルで弾き落とされた。途端に攻守が交代する。

 

「ほう、やはり固いな」

「こうなったからには、前みたいにはいかねえぞ、ラース!」

 

 ブラッドレイの剣撃は見事の一言。一撃目で上腕部の固さを確認すると、途端に狙いを関節部に集中し始めた。薄暗い天幕内部にいくつも光る火花が散る。

 

「無駄だ! この『最強の盾』は、普通の鎧とは格が違う! 関節部も例外なく固えんだよ!」

「ふむ…………」

 

 そこからは、一進一退の攻防。膂力(パワー)と耐久で押し切ろうとするグリードと、速度(スピード)と技術で翻弄するブラッドレイ。どちらが崩れるかは全く予想のつかないものとなっていった。

 

「ちいっ! 相変わらずやるじゃねえか!」

「……いや、どうだろうな」

 

 不意にグリードの大振りの攻撃を、ブラッドレイが懐へとすり抜けるように避けた。その瞬間、グリードの背筋にとんでもない悪寒が走り抜けた。

 

「君『程度』では、以前に比べて強くなっているか弱くなっているか、区別が出来ん」

「あ? な――――!!」

 

 ザグン!!と大きな音を立てて、『最強の盾』を展開している左腕にサーベルが突き刺さった。

 

「てめえ、手ぇ抜いてやがったのか!?」

「いや、ただ単に君を切り裂く準備が整っただけに過ぎんよ」

 

 その言葉に左腕を見ると、斬撃の跡がサーベルを突き刺した箇所を中心に散らばっている。自己再生が働かない程の細かな傷を、ずっとつけていたのだと今気付いた。

 

「くそッ!!」

 

 吐き捨てるように右腕の武装を展開し、襲い掛かる。しかしそれもブラッドレイは見透かしていたのか、一瞬の交錯の後、機械鎧(オートメイル)の右腕が宙を舞った。そのまま足を払われ、地面に左腕を昆虫採集のように固定された。

 

「さて、終わりだな、グリード」

「ぐ……!」

 

 何とか左腕を引き抜こうとするが、動かない。サーベルは『最強の盾』と打ち合ったことで刃こぼれしていたものの依然健在であり、その細身に秘められた強固さを誇示していた。

 

「いい剣持ってるじゃねえか。オラリオの外にも、こんないい刀剣が出回ってたとはな……」

「ほう、嬉しいことを言ってくれる。このサーベルは自作でね」

 

 その言葉にグリードの眉が跳ね上がる。サーベルを自作出来て、Lv.3ということは……。

 

「なら、てめえの発展アビリティは……」

「察しの通り、『鍛冶』と『剣士』だよ。私の腕に付いてこれる武器が少ないのが、我慢ならなくてね。実益と趣味が高じて、上級鍛冶師(ハイ・スミス)になってしまった」

 

 最悪である。つまり今後、オラリオの稀少な素材が外に出回って、ブラッドレイの鍛冶の腕が上がれば、さらに脅威度が増すという事だ。確かに実益を兼ねていると言えた。

 

「さて、君に更なる強敵を呼び込むだけの価値があるのであれば、少し長生きできるのだがね。グリード?」

「…………」

 

 剣を突き付けられながらも、グリードは答えない。だが、地面に寝そべったその身体に、やがて幽かな振動を感じると、答えの代わりに笑みを深めた。

 

「強敵なら、待つ必要はねえんじゃねえか、ラース?」

「む? ぬ――――!」

 

 グリードの言葉に顔を上げたブラッドレイに天幕ごと切り裂く斬撃が襲い掛かった。危なげなくもう片方のサーベルでいなすと、襲撃者の正体が明らかになった。

 

「――成程、貴方がガレスをやった将軍か……」

 

 その小さき身にそぐわぬ長槍を構えるのは、フィン・ディムナ。『勇者(ブレイバー)』の二つ名持つ、≪ロキ・ファミリア≫団長の小人族(パルゥム)

 

「ジジイの仇、討たせてもらうぜッ!!」

 

 牙を鳴らす獰猛な狼人(ウェアウルフ)は、ベート・ローガ。『凶狼(ヴァナルガンド)』の二つ名を持つ上級冒険者。

 

「そーだね、ガレスの仇!」

「あのねえ、ティオナ……」

 

 同じように息巻く妹と、それを諌める姉。ティオナ・ヒリュテとティオネ・ヒリュテという≪ロキ・ファミリア≫のアマゾネス姉妹も到着した。

 

「まだ、死んどらんわい!!」

 

 身体中から高等回復薬(ハイポーション)の滴を滴らせ、ガレス・ランドロックもまた、この天幕へと到着していた。

 

「……皆、油断しないで」

 

 静かに続くのは、金髪金眼の美少女。オラリオ最強の女性剣士、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 ブラッドレイは天幕を引き裂いて現れた彼らの背後へと視線を向け、そこに佇むGガネーシャの巨体に合点がいった。

 

「そうか。戦線離脱したガレス・ランドロックと神ガネーシャを、あの巨大人形が本陣まで運んで援軍を呼んで来たのか、中々良い判断だ」

 

「――――どうかな。貴様からは、とてつもなく危険な匂いがしているが」

 

 最後に響いた声に、天幕の中の雰囲気がまたがらりと変わった。そのあまりの圧力に、天幕周りの一般兵やオラリオの冒険者たちは苦しそうに身を縮めたが、ブラッドレイはむしろ待ちかねたように笑みを深めた。

 

「――ほほう。君が話に聞いた『猛者(おうじゃ)』オッタルかね」

 

 視線の先にいたのは、巌のような骨太の筋肉を備えた無骨な武人。オラリオ最強の冒険者、Lv.7の『猛者(おうじゃ)』オッタル。そしてその後ろに続くのは『女神の戦車(ヴァナ・フレイア)』アレン・フローメル、Lv.6ヘグニとヘディン、『炎金の四戦士(ブリンガル)』ガリバー兄弟。

 

 そして、天幕の外側、小高い丘には『九魔姫(ナイン・ヘル)』リヴェリア・リヨス・アールヴと『千の妖精(サウザンド・エルフ)』レフィーヤ・ウィリディス。

 

 ≪ロキ・ファミリア≫と≪フレイヤ・ファミリア≫。オラリオの頂点に立つ最強のチームがここに集結した。

 




『グリードVSラース』は決着!そのまま『オラリオ最強チームVSブラッドレイ』に入ります!
ブラッドレイが本編で出てこなかったのは、ミアハ・ヘスティア連合軍全員でかかっても、勝負にならないからなんだよなぁ。よっぽどのイレギュラーでもない限り。

Lv.5~Lv.7までの最強チームが集いましたが……それでも勝てるのか不安になるのは何故だろう。

ちなみに今生のブラッドレイはスラム出身で、死神に見放された不幸人生ですが、そこから腕っぷしで成り上がったため、相応に支持率高いです。多分今クーデター起こしたら、民衆全員諸手を上げてブラッドレイを王や大総統にするくらいに。

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