ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか 作:路地裏の作者
迷宮都市オラリオのとある噴水前。今、そこに一人の少女が佇んでいた。彼女の名前はリリルカ・アーデ。昨日エドとのデートを、呆然としつつ受けた少女だった。
(お、おかしいところとか有りませんかね……?)
噴水の水面で髪型を直す彼女の姿は、何時もの
(いや、今まで節約生活でしたし、街着なんて持ってませんよ! いけませんか? 持ってなきゃいけませんか?!)
端から見ると、水面を覗き込んだ挙句苦悩して、いきなり明後日の方向に怒りだした面白い少女が確認できた。もっとも、そんな場面に駆けてきた少年には、そんなことを気にする余裕も無かったようで。
「――
リリが振り返ってみると、そこにはホームにいる時と大して変わらない薄手のシャツにスラックスを纏ったエドの姿。むしろ普段の
「えーと、な……」
「……」
「と、とりあえず、店とか回るか?」
「……はい」
こうして、二人にとって初のデートが開始した。
◇ ◇ ◇
「……リリ、そこは違う。エドはエスコートが下手そうなんだから、強引にでも腕を組んで相手に意識させるべき」
「あ、あの、ナァーザ殿? ここで言っても聞こえないかと……」
「で、でもいいのかな? 僕達こんなことして」
「俺はそもそも、強引に連れてこられただけなんだが……」
エドたちから離れること数十
「しかし尾行するんだったら、俺達じゃなくて、同じミアハ・ファミリアの誰かを誘えば良かったんじゃないか?」
「……ウチの団員は今全員、上層で経験値稼ぎに行っている。ダフネもカサンドラもチャンドラもその監督役で、ミアハ様は店番だから、誰も空いてなかった……」
「…………あの、それって、ナァーザ殿はついて行かなくて良かったのですか?」
「……………………大丈夫」
「その長い間はなんですか!?」
◇ ◇ ◇
そんなやり取りは露知らず、エドとリリが最初に訪れたのは、北のメインストリートに並び立つ服飾店。ここに来たがったのはリリで、どうにもまともな街着が無かったのが響いているようだ。
「ど、どうですか?」
リリが今着ているのは、全体的にフリルが多めのいわゆる『ゴスロリ服』。色は赤系統でまとめられ、セットの赤いベレー帽には妙なウサギがくっついていた。……何故か、服とセットでゲートボール・スティックのようなハンマーがくっついていたのが気になった。
「……似合ってはいるけど、それを認めたら色々危ない気がする」
「……? よく分かりませんけど、それならやめときますか」
再び試着室のカーテンが閉まり、リリが他の服の試着に入る。実際のところ、エドにとって、この試着室の前にいるのはかなりの苦痛でもあった。Lv.3のステイタスで増大した鋭敏な聴覚が、わずかな衣擦れの音も聞き逃さないのだから。
エドは顔を赤らめながら、店内を見回す。
「……でもよ、流石に『園児服』は無えだろ?」
「? なにか言いましたか、エド?」
「なんでもねえ」
試着中のリリに鷹揚に答えながら、溜息を漏らす。実際何故か店内には、エドが前世で見たような衣服、それもマニアックなものが大量に並んでいた。さっきリリが着ていたゴスロリ、甘ロリ、園児服、赤ん坊用の服とボンネット、体操服にブルマ、さらには名札付きのスクール水着まであった。そういうのに限って、『神推奨』とか書いてあるのだから、頭が痛くなる。
「……ふむ。エド?」
「ん? なんだよ?」
「どれがいいか分からないので、試着室に一緒に入って選んでくれませんか? いいと思った奴に
「はあ?! 出来るか、んなこと!」
「ヘタレですねえ」
「……!」
からかい混じりの言葉をかけられ、エドが狼狽したり怒ったりもしていたが、そのたびにショーウインドーの外では、一人の
結局リリが選んだのは、シンプルではあるがスカート端部分にフリルがくっついたワンピースと、レース地が袖や裾に付けられた短衣に、花の刺繍が入ったミニスカートの組み合わせ。結構デザインがシンプルかつ値段が手ごろなのは、やはり選んだ当人の嗜好だろう。
買い物も済み、彼らが次に向かったのは、オラリオ南のメインストリート。大通りから少し外れ、小道へ小道へと進んでいく。
「――あの、エド。一体どこへ向かっているんですか?」
両手にリリが購入した荷物を持って先導しているエドに聞くが、どうやら彼も詳しい道は知らないのか、先程から手元に取り出したメモで何度も道を確認していた。
「ん~、教えてもらった限りじゃ、
「教えてもらった? 一体誰に――」
「お、あったあった。ここだ」
エドが指差したのは、狭い隘路にひっそりと建つ小さな外観の店。言われなければ気付かないほど周囲に溶け込んだその店の名は、『小人の隠れ家亭』。『
古ぼけた木扉を押し開けると、中の様子が見て取れた。全体的に素朴な印象の内装で統一されているが、一番の特徴はテーブルやイスなどのサイズ。それら全てが
入口近くで店内をキョロキョロと見回っていた二人に、一人の店員が近寄って来た。
「いらっしゃい、
「「あ」」
近づいてきた店員は、先日知り合った顔見知りだった。ルアン・エスペル。元≪アポロン・ファミリア≫の下級冒険者。そして、
「お、お前たちのせいで、オイラは冒険者からこんな酒場の店員まで落ちぶれたんだぞ! どうしてくれるんだっ!」
「あー、
「なんで疑問形なんだよっ!?」
どうも話を聞いていくと、あの後色々な派閥に入団の希望を出したらしいのだが、とっ捕まって
「まあ、かなりえげつない手段ではありましたが……償いとして、
「敵だったやつらの施しなんか、受けられるか!」
どうにも本人の能力以外にこの性格も祟っている気がしたが、リリもエドもそこにはあえて触れなかった。
「……とりあえず予約していたエルリックだ。席に案内してくれるか」
「……そこの壁際のテーブル席だ。精々高い物を飲んで食って、さっさと帰れよ」
席を指し示すと、ルアンはさっさと行ってしまった。彼もまた、エドやリリと顔を合わせるのは気まずかったのだろう。
「まあ、切り替えますか。紅茶の他に軽い食事もとりたいのですが」
「ああ。聞いた話じゃ、簡単なケーキなんかも置いてあるって話だからな」
「さっきからそればっかりですねえ。聞いたって、一体誰に――」
「お待ちどお。『カップル用ラブラブミックスドリンク』に『テンプレ用『あーん』ケーキ』だ」
「「……………………………………………………………………………………………………ん?」」
注文を決めていなかったエドとリリの目の前に、二本の
「まてまてまてまて! オレ達まだ何も頼んでねえぞ!」
「いいんだよ。コイツは他のテーブルからの贈り物だから」
「贈り物ってなんですか!? 一体誰がこんなことを!!」
「あー……あの人だよ」
そうしてルアンが指さした方向へと振り向くと――
――――伊達眼鏡をかけた≪ロキ・ファミリア≫団長、フィン・ディムナが手を振っていた。
「…………エド」
「…………おう」
「まさか、この店を教えたのは……」
「ああ……あの人だな……」
「「…………」」
ようやく二人にも全容が見えてきた。デートコースの選定に困っていたエドに、アドバイスしたフィンだったが、二人の初々しいデートを見て楽しもうとわざわざ乗り出してきたのだろう。おまけにこんなメニューを贈ってくる辺り、絶対に彼は主神の悪影響を受けている。
「……」
「さ、さすがにこれはねえな。ルアン呼んで他のケーキに変えて貰おうぜ」
「駄目ですよ、エド……」
「え……?」
エドが疑問符を浮かべリリの顔の覗き込む。その顔にはさっきまでとは違う闘気を纏っていた。
「ここで退いたら負けです……! 何かは分からないけど、負けなんです……!」
「あー、リリ? もしかして、テンパって、ヤケになってねえか?」
「なってません! それに前みたいにロキ・ファミリアに誘われないように、ここで付け入る隙が無いことを見せつけておく必要があります!!」
「む…………」
言われてみると、リリの言う通り。
「わかったよ……どっちからいく?」
「まずは、ドリンクからです……!」
決然とした声を上げ、リリが二本ある
ちゅっ。
軽い水音を立て、触れた唇が液体を嚥下していく。
「んっ……」
「んぅっ……」
甘い得も言われぬ液体を舌の上で転がし、ゆっくりと味わい飲み下しながら、わずかに鼻にかかった息が漏れる。ふうっと二人同時に唇を離し、溜めていた息を吐き出した。
「次は…………ケーキです……!」
「おう…………」
もはやエドは最初のドリンクでグロッキーではあったが、破れかぶれにフォークを掴み、ケーキの端を小さく切る。
「じゃ、じゃあ……………………あ~~~ん」
「……………………ほら」
ケーキの端は見事に彼女の小さな口に収まり、そのままもぐもぐと咀嚼された。それは、いい。それは、いいのだが。ただ、問題なのは……………………どうしても『あーん』をする関係上、エドの意識がリリの『唇』に集中することだった。
(……リリの口って、あんなに小さいんだな。結構オレやベルは大口開けてメシ食ったりするけど、こういうのは男女の違いか? しかしなんかあの小さい口でケーキを精一杯頬張るとことか、懸命に口動かすとことかなんか可愛く――――――――って、これじゃオレが変態みたいじゃねえか!?)
願わくば思春期真っ盛りの彼が、道を踏み外さないことを祈ろう――。
◇ ◇ ◇
何とかかんとか食事を終え、二人で出た店の前。ちなみに既にフィンさんは帰路についており、最後に「面白かった」という適当な感想を残してくれやがりました。今度ティオネさんに出会ったら、『フィンさんが女性と密会していた』とでも騙してやろうかと本気で考える二人だった。
「しかし、この店は逆に疲れましたね。この後はどうします?」
「あー、特に用事も無ければ帰ることになるな」
「……まだ時間も早いですし、少し街の中を散歩しませんか? そこらの露店を冷やかしながら」
「……そうだな」
そこで歩き出そうとしたリリだったが、ふと隣のエドが足元に視線を向け、立ち止まっているのを見てとった。
「? どうしたんです、エド?」
「ん……、なんだ。今日誘ったのは、これを言うためだっていうのもあってだな……」
「??」
疑問符がリリの頭を満たしていたが、構わずにエドは一言伝えるべき言葉を発した。
「リリ! オレと付き合ってくれ!!」
「…………………………………………」
求愛の言葉の返答は、沈黙だった。
「…………エド?
「まあ、そうなんだが……面と向かって言わないのはなんか卑怯っつうか、なんつうか……!」
「……………………はあ」
初対面から等価交換を持ち出したり、サポーター契約でキッチリ報酬を計算したり、ずっと付き合ってきたエドの奇妙な律義さに、少しだけ溜息をもらしたリリはゆっくりとエドに近づいた。
――――そのまま、一瞬だけ、エドの唇に自分の唇を触れさせた。
呆然としたエドの様子に内心苦笑したリリは、そのまま横へと回り、その片手に思い切り抱き着いた。
「さ、行きますよ、エド! 今日の買い物は全部エドのおごりなんですから!」
「お、おい!? リリ、今のはッ?!」
満面の笑みを浮かべる一人の少女に、翻弄される一人の少年。そんな二人の様子を、死線を共に潜り抜けた仲間たちが笑みを浮かべて眺めていた。
デート回、終了。ウインドーショッピングから、喫茶店で一休みとある意味定番のコース。甘くするために、勇者に出張していただきましたw
そして、改めて面と向かっての告白。定番の台詞になりましたが、他のどんな決め台詞をハガレンから持ってきても、これだけはエド本人が絞り出さなきゃ駄目だと思ったので。でも少しだけ、等価交換も言わせて見たかったなぁ……。
次から戦争編。ゲストボスに果たして勝てる人間はいるのか……。それが終わったら、数年飛んだifストーリーでもやろうかなと思ってます。