ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――ウインリィ!あー、その……なんだ。えーと、予約つーか、約束つーか、なぁ


番外章
第58話 リリルカ・アーデの憂鬱


 

「――んー、こちらの装備代は削れませんね。ダンジョンで装備をケチれば、死にますし……」

 

 燦々と心地よい日光が照りつける中、一人の少女が外には目もくれず、机で書類の山と格闘していた。

 

 彼女の名は、リリルカ・アーデ。このたび≪ミアハ・ファミリア≫の幹部として、『会計』に抜擢された上級冒険者だ。

 

「で、こちら……費目が『薬品類』となっていますが、この金額、『豊穣の女主人』のお任せメニューを四人分とエールを五杯追加で頼んだ時の金額ですね。派閥の経費と認められません。本人へ請求、と……」

 

 ブツブツと呟きながら、彼女は帳面に記入し、書類をこなしていく。ただ、その眼の下のクマが、彼女の形相を少々凶悪なものに変えていた。

 

「あとは……ヴェルフ様の装備作製のための、『材料費』ですか。これも必要経費ですから、決済して……よし、後は団長と主神の決裁印をいただくだけですね」

「――――リリ、終わった?」

 

 噂をすれば影、とでも言うのか、件の団長と主神が一緒に執務室へと入って来た。それを見て、リリもまた書類をまとめ、席から立ち上がる。

 

「ええ。請求書、領収書ともに区分けして、費目ごとにまとめてあります。いくつか使途不明のものもありましたので、目を通して決済をお願いします」

「そっか……ありがとう」

「いえいえ。ところで、一ついいですか?」

 

 そう前置きして、リリはにこにことした笑みを消すことなく、すうっと息を吸い込んだ。

 

 

「なんで私、≪ヘスティア(・・・・・)ファミリア(・・・・・)≫の『会計』までやってるんですかぁっ!!?」

 

 

 『竈火の館』、≪ヘスティア・ファミリア≫の新本拠地(ホーム)で、リリは魂からの叫びを上げた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ……そもそも、何故リリがヘスティア・ファミリアでも会計を行うことになったのか、話は数日前に遡る。新生≪ミアハ・ファミリア≫の始動と前後して、ヘスティア・ファミリアもまた旧≪アポロン・ファミリア≫の本拠地の改装が終わり、そこを拠点として新たな再出発を切ることになったのだ。

 

 ところが、新たな団員の希望者を募ったまさにその日、希望者全員の前で主神の『二億ヴァリスの借金』が判明するという事件が起こり、あえなく新人団員はゼロとなった。これにはリリの主神で、ヘスティア様と懇意のミアハ様も同情し、団員を少し分けることも考えた。しかし、そもそもミアハ・ファミリアの新人団員は旧≪ソーマ・ファミリア≫でも足手纏いの扱いを受けたサポーターたちであり、そんな『たらい回し』のような不義理はミアハも取りたくは無かった。そして、それより上の上級冒険者四人は、彼らサポーター達の監督役と、苦楽を共にした生え抜きの幹部のみ。彼らを手放すことも、ミアハには出来なかった。

 

 そういった理由と、ミアハ・ファミリアはかつて中堅どころの施薬院だったこともあるので、せめて派閥運営の業務だけでも手伝おう、と主神自ら申し出たのだ。これにはナァーザもエドもリリも溜息混じりだったものの、ミアハ様たってのご命令とあって、了承。業務の手伝いに出た、までは良かったのだが……。

 

「そもそも『会計』はおろか、家計簿の一つもつけた人間がいないって言うのは、どういうことですか! 特にヘスティア様! 元々ベル様とお二人でやっていたなら、支出の簡単な表だけでも残して下さい!!」

「い、いや、ボクは書物を読むのは好きだけど、数字の羅列は頭が痛くなって……」

「そんなんだから、二億なんてとんでもない借金背負う羽目になるんです! しかも未だに、じゃが丸君の屋台吹き飛ばした借金、返し終わってないじゃないですか! 何でアポロン・ファミリアの賠償金から、その分だけは残さなかったんですか! 二億の方も、少しは返そうとか思わなかったんですか?!」

「いや、サポーター君! その二つはどちらも、ボクの責任で背負った借金だ! ベル君たちに迷惑かけるわけにはいかないよ!」

「ドヤ顔するほど、全然いいこと言ってねえですよ! 社会に出たなら神も人も、お金の貸し借りはきちんとしてください! 最悪、派閥の資金から前借りするとか方法あるじゃないですか!」

「おお! そんな方法が――」

「もっとも、私が会計やってる以上認めませんけどね! 主神様のバイトの収入が他の借金の返済にあたっている以上、返済の見込み有りませんし、多重債務まっしぐらじゃないですか!! 返済能力ないのに、前借りなんて言う『借金』しようとしないでください!!」

 

 さしもの超越存在(デウスデア)も、正論で論破されるとなす術がない。しかも完全なる自業自得。ヘスティアは神威すら超えるリリのあまりの迫力に、たじたじとなった。ちなみにベルは、部屋の隅で兎のように震えている。

 

 ……見ての通り、ヘスティア・ファミリアに、まともな金銭管理の出来る人間が、一人もいなかったのだ。主神であるヘスティア様は、元々ニートやってて追い出され、しかも二億の借金まで持ってるので、不適格。団長のベルはほぼ朝から晩までダンジョンで、一番の稼ぎ頭で団長業務もあるので駄目。ヴェルフはダンジョンに行かず工房にいることもあるものの、基本快楽主義者で宵越しの銭を持たないタイプなので、これも駄目。(みこと)は≪タケミカヅチ・ファミリア≫からの一年限定の移籍なので、ソロバンが出来ても来年同じ状態になるため駄目。戦争遊戯(ウォーゲーム)でアポロン・ソーマ同盟軍を退けた歴戦の勇士が、全滅である。

 

「まったく……でも、これで急がなければならない事務書類は終わりです。これでようやく久しぶりにダンジョンに行けます」

「ここ最近、エドもリリも忙しかったもんね……」

「ええ。おかげで、本来なら復帰したナァーザ団長も加えた、新しいパーティーでの戦闘配置を確認するはずだったのに、机に数日向かったままでしたからね。エドはエドで、ナァーザ団長やチャンドラさんと一緒に、新人団員への授業と戦闘訓練とか、いろいろ行ってますし」

戦争遊戯(ウォーゲーム)以来、久しぶりに皆でダンジョンかな?」

 

 ここで、少しリリの顔が曇った。戦争遊戯(ウォーゲーム)前までは、こうしてベルやヴェルフ、そしてエドと一緒に毎日のようにダンジョンに入っていた。だというのに。

 

(――――エドとどんな顔して話せばいいか、全然分かりません……!)

 

 その一点のみが、問題だった。

 実はリリ、先日の酔っ払いながら行ったソーマへの啖呵を、全て覚えていた。エドへ告白めいたセリフを口走ったことも。

 

 啖呵自体は問題なく、またエドもその数日前にキッチリ間接的でも告白しているので、そちらも問題は無い。問題なのは、二人そろって男女交際初心者だということだ。その上リリの場合、あの最悪のソーマ・ファミリアにいたせいで、男性全般に暴力的なイメージがあり、実は少し男性不信も入っている。そのため、どうしても二の足を踏んでしまうのだ。

 

 これら複合的な事由もあって、リリは告白の翌日から、意図的にエドと二人きりになるような状況を避けていた。

 

「……そういえば、春姫様はダンジョンに潜られるんですか?」

 

 サンジョウノ・春姫。先日ヘスティア・タケミカヅチの二つの派閥を巻き込んだ騒動があり、その際に新たにヘスティア・ファミリアに加入した少女だ。ちなみにミアハ・ファミリアは、下手をしたら派閥の存亡の危機になる事態に巻き込めないとヘスティアが言ったこともあり、参加していない。後で聞いて、水臭いではないかとミアハ様が顔を顰めていた。

 

「え。いや、どうなんだろう? 春姫さんの意思も聞いてみないと……」

「でしたら、次のダンジョン探索までに、派閥内で決めておいて頂けますか? もし潜るとなったら、戦闘力はあまり期待できそうにありませんし、私で良ければサポーターの要領をレクチャーしますから」

 

 自分やエドがLv.3に上がった以上、パーティー全体のサポーターを担うのは彼女になることだろう。それを見越した上でのリリの発言だった。

 

「分かった。派閥でよく話し合うよ」

「それでは、本日はこれで。ベル様、ヘスティア様、失礼します」

「ああ。サポーター君、今度はゆっくり遊びに来てくれ」

 

 次来る時は、また書類が溜まっているんだろうな、と考えたリリは内心溜息を吐いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして、事件はその日の夜、団員全員での食事中に起きた。

 

「――――え? エドが、戦争に行く?」

 

 それを聞いたリリは、思わずエドを避けていることも忘れて呆然とした声を上げた。

 

「うむ……おぬしも聞いているであろう。王国(ラキア)が近々攻めてくることを」

「で、でも、戦争に向けて招集をかけられているのは、大手の派閥のみで、つい先日中堅に上がったばかりのウチには無関係だったはずでは?」

「……その通り。実際招集というより、ある大手派閥からの応援要請……」

 

 ミアハとナァーザの言葉に少しばかり混乱するが、視線を強めてエドの方を向く。それを受け、エドは少し苦笑しながら経緯を話し始めた。

 

「あー、リリ? いただろ? いつもウチの店で、オレが作ったフィギュアを買って行ってくれる主神(かみ)様が」

「……ガネーシャ様ですか? そう言えば先日も『アルフォンスフィギュア』を購入されましたね。けれど、あそこの規模からすれば、エドの応援はいらないはずでは?」

「いや、何でも今回の王国(ラキア)との戦争は、向こうから攻める気をしばらく失くさせるために、示威行動を兼ねるんだと。オラリオの『脅威』を見せるために、参戦して欲しいとさ」

「…………つまり」

「…………『Gアルフォンス』の出撃要請だ」

 

 これにはリリも、頭を抱えた。つまりガネーシャ側の意図としては、向こうをさっさと降伏させるために、あの巨大人型兵器を必要としたのだ。確かにアレなら、そこそこにボコボコにすれば、向こうも降伏する。互いに被害が少なく済むだろう。

 

「……ギルドや他派閥は、なんと言っているんですか」

「……ギルドは、≪ガネーシャ・ファミリア≫とギルド共同の『指名冒険者依頼(クエスト)』にしてくれるって……そして、全体の指揮と作戦担当してる≪ロキ・ファミリア≫は、面白がって賛成した」

「ま、そう言うわけだ。被害を少なくするためにも少し行ってくるわ」

 

 ナァーザの言葉にエドが追随する。しかしそうとなったら、エドはしばらくオラリオに戻ってこれない。先日からエドを少し避けていたリリとしては、出発前にどう行動すべきか真剣に考え込んでいた。

 

「心配ないわ。帰って来るまでの間なら、私とカサンドラが『リトル・ルーキー』のパーティーとサポーター班を移動して、サポートするから」

「そ、そうだね……」

 

 そこで声を上げたのは、元≪アポロン・ファミリア≫のダフネ・ラウロスとカサンドラ・イリオン。実は彼女たち、先日≪ヘスティア・ファミリア≫に加入しようとホームまで行ったのだが、そこで二億の負債が判明したため、他の派閥を探していたのだ。その後、偶然街中で出会ったミアハ様と話し込み、その神格(じんかく)を見込んで入団を申し込み、今に至っている。

 最初に彼女らに対面したナァーザは、またミアハ様が女性を引っかけたかと、一日機嫌が悪かった。

 

 一方、エドはちらちらとリリを盗み見た後、わずかに咳払いし、やや言いにくそうに声をかけた。

 

「あー……それでな、リリ。明日、時間あるか」

「? ヘスティア・ファミリアの事務仕事も粗方終わりましたから、時間ならありますが?」

「あー、うん。そっか。えっとだな、えー……」

 

 意味のない言葉の羅列に、訝しげにエドの方を向く。見るとエドは顔中に妙な汗をかいており、極度に緊張しているようでもあった。

 

「…………あー、もう! リリ!」

「は、はい!?」

 

 突然の叫び声に驚き、反射的に返事をし、そしてエドの言葉を聞いた。

 

 

「明日、『デート』するぞ!!」

 

 

「……………………………………………………………………………………………………は?」

 

 ある意味、ゴライアスやオリヴァスよりも手強い『決戦』が待ち構えていた。

 




戻ってきました。この話から番外編です!
ヘスティア・ファミリアに会計がいないせいで、パンクしかけているリリ……まあ、後々春姫に頼むんですが。時系列としては春姫来てすぐですね。

エドは、ラキアとの戦争に招集されました。ちょっと考えていたゲストボスとの決戦を書いてみたかったんです。ラキア所属なら、今回限定のボスも有りですから。

そして!次回は、デート話。とは言え、どうやって甘くするかな……。投稿日は明日か明後日になるかと。

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