ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――迎えに来たぞ、アル
――うん
――一緒に帰ろう。皆が待ってる


第55話 眷族(ファミリア)

 『鏡』いっぱいに広がる巨大で醜悪な花。それを見つめる神々の反応はそれぞれだった。息を呑むもの、仇敵のように目を細めるもの、事態の深刻さと後に続くであろう追及に蒼白になるもの。本当に様々だった。

 

 そんな中、ミアハだけは、腕を組み、ギリと歯を軋らせた。

 

(皆、揃って帰ってくるのだぞ。ナァーザ、エド、リリ……)

 

 その胸にあるのは、ただ眷族(こども)たちの無事だけだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「…………!」

 

 その巨大な花を視界に収めた時、ナァーザをどうしようもない焦燥が襲った。中層では明らかに見たことも無い植物。恐らく、原産は『深層域』。そんな一体でも致命的なモンスターが、理性を持って襲ってくる。その恐ろしさが分からぬほど、彼女は愚かでは無かった。

 

(城攻めに、矢を使いすぎた……!)

 

 前半、出来る限り敵の目を引き付けるために、見た目にも派手で注意を引く火薬包み付きの矢を片っ端から使ってしまったのだ。手元に残った火薬包み付きの矢は、矢筒二束のみ。一応何の仕掛けもしていない矢なら城攻めに使った分とほぼ同じ本数残っているが、それでは攻撃力が足りないだろう。

 

「……とにかく、ありったけの火薬を撃ち込んで……後は……」

 

 足元を見る。そこにあったのは、一つのサポーターバッグ。中身は、崩れ去った『青の薬舗』から引っ張り出してきた、無事な薬品類。残った道具と薬品を駆使して、あの巨大花に対抗する手段をこの場で作り上げる。それしかなかった。

 

(……必ず、作ってみせる。あの子たちを守るために)

 

 団長として。薬師として。彼女の戦場が始まる。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 エドとリリが襲い掛かる食人花から必死に逃げ回る中、幹や触手に矢が突き刺さり、一斉に起爆した。

 

「ナァーザ団長ですね!」

「今のうちに態勢を立て直すぞ!」

 

 地面から砂煙を錬成し、崩れた城の瓦礫に身を隠す。そこで簡単な作戦会議に入った。

 

「リリ、焔が効かない以上、アイツに効くのは、もう直接攻撃か『分解』だけだ」

「それつまり、私が正面から突っ込むって意味ですよね? やりませんよ、そんなこと」

「けど、他に方法がない。リリがさっき生み出したトゲも刺さらなかった以上、直接攻撃は望み薄だしな」

「……はあ。分かりましたよ、やりますよ。で、どうやって近づくんですか?」

「簡単だ、さっきと役割を交替するんだ」

 

 その言葉に少し眉根を寄せる。さっきと逆の役割ということは、今度はエドが囮役という事ではないだろうか。

 

「心配すんな。無茶はしねえさ」

「これだけ信用できない言葉もありませんね」

 

 無茶をすると確信しているような言葉でやり取りを終え、砂煙の向こうの巨体を見据える。立て続けに起こる爆発を鬱陶しそうに触手で払いのけるも、決定打とは思えない。むしろそんな攻撃を続けて怒ったのか、巨大花本体が身をくねらせながら徐々に位置を移動し始めた。

 

「団長を狙わせるわけにもいかねえな! 行ってくる!」

「まったく、もう!」

 

 瓦礫から身を乗り出し、立て続けに最大火力の焔を叩き込む。いくら『粘液』があっても、連続で燃やされれば流石にその術者に注意が向いた。

 

「何の真似だ、神の玩具どもが!!」

 

 オリヴァスの怒りに反応したのか、周囲の食人花が全てエドの方を向いた。攻撃を仕掛けてくるのを見て、背中の槍を抜き放つ。

 

「よっ!」

 

 槍を棒高跳びの棒のように扱い、高さを稼ぐ。空中で周囲の花に攻撃し、その反動で三次元的に動く。はたまた相手の攻撃を利用して飛び退く。それは、拙いながらも『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナの動き。一週間の特訓の中で網膜に焼き付けた動きの再現であった。

 

「ちょこまかと!」

 

 時間とともにさらに激しさを増すオリヴァスの攻撃。その中で、切り札としての仕事を与えられたリリは、ただひたすら散乱する瓦礫を辿って、巨大花の『根元』へ近づくことを繰り返していた。

 

(この食人花の群れが巨大花の『根』から生えているに過ぎないとすれば、『根』を断ち切れば攻撃は出来なくなるはず……!)

 

 ギリギリまで気付かれず、かつ最大の攻撃を与えるため、リリはかつてソーマの元にいた頃のように、息を潜め地面を這う。それでも彼女の瞳にはかつての絶望はどこにもなく、ただ希望だけがあった。

 

 避け続けるエド。走り続けるリリ。二人の努力を結実させるのは、やはり頼れる団長(なかま)だった。

 

 ビュビュン!と風を切るいくつもの音と共に、食人花の幹に無数の矢が突き立った。すると、矢が刺さった花の幹に茶色がかった部分が混ざり始め、途端に動きが悪くなった。

 

「なんだ、なんだ、コレはぁっ!!」

 

 オリヴァスの絶叫を、ナァーザは矢倉の上で聞いていた。口元に笑みを浮かべ、再び紫がかった液体を滴らせる矢を番える。

 

「モンスターに有毒な『強臭袋(モルブル)』とその他色々混ぜた、≪ミアハ・ファミリア≫即興の『除草剤』…………しっかり喰らうといい」

 

 矢が突き刺さるたび、巨大花が苦しみ悶える。その様子を見て、エドは一気にオリヴァス本体との距離を詰め、リリは『ドラゴグラス』の足裏の錬成陣を反応させて足場を作り、砲弾のように巨大花へと飛び込んだ。

 

「こんっ、のぉおおおおおおおおおお!」

「があああああああああ?!」

 

 制約一切なしの『分解』が巨大花の幹を断ち切り、オリヴァスが苦悶の声を上げた。ビタンビタン、と巨大な蛇のようにその植物の身体が地面を跳ね回る。

 

「おのれぇっ!」

 

 最後の悪あがきか、オリヴァスがその花弁をリリへと向けた。直前にリリも気が付いたが、既に避けるだけの時間は無かった。思わず身を硬くするリリを、横合いから飛び込んで来た人影が突き飛ばした。

 

 エドだった。

 

「エドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 リリの絶叫が響き渡る中、オリヴァスはほくそ笑む。この男を養分として取り込めば、幹の再生も可能かも知れない。そう思い、花の中を肉を溶かす酸で満たした。

 

 しかし、いつまでたっても男から養分を得ることが出来ない。不審に思うオリヴァスの元に、声が届いた。

 

「やっぱ、似てるよなぁ……」

 

 その声に驚愕し、花の中で顔の付いた部位を懸命に伸ばす。やがて、花弁と酸の向こうに、一つの人影が見え始めた。

 

 それは奇妙な人影だった。赤いコートの中、身体の表面が『黒い肌』で覆われた男だった。胴体だけでなく、頭まですっぽりとその黒い肌は覆い尽くしており、両目もまた黒の眼球へと変化していた。そして、その表面、縦横に罅が刻まれていた。

 

 オリヴァスは知らないが、この姿こそ人造人間(ホムンクルス)グリードの最大の能力、『全身硬化』。体内の炭素を操り、身体を守ることが出来る『最強の盾』。しかも、今回は単純に炭素硬化するのではなく、体内物質とある程度組み合わせた炭素化合物も混ぜて、酸からの保護を最優先にしたのだ。

 

 もっともこれまで一度も出さなかったのは、それなりの理由がある。エドは転生して作られた身体であるため、現在のレベルで『全身硬化』を行うと、五分と保たず身体が崩壊を始める。その間に、『決着』を付けられるかは、賭けであった。

 

「――アンタの身体。構造そのものは人なのに、人をはるかに超えるエネルギーを後付けして、死ぬと『灰』になる……本当に、グリードに似てるよ……」

 

 その独白は、オリヴァスには意味が分からない。分からないから、花から伸びる雄しべのような触手で攻撃した。罅の辺りに当たり、右腕が二の腕からはじけ飛ぶ。

 

「けどさ、似てるからこそさぁ…………」

 

 右腕を飛ばされながらも、ゆっくりと近づいてくる男。それの異様さに、オリヴァスの無くなったはずの背筋にゾクリと悪寒が走った。

 

 

「――――――『壊し方』も、知ってんだよ!!」

 

 

 額の魔石に、ヒタリと触れた左手。その手の平には、『円』と『五つの頂点』を持つ――『賢者の石』の錬成陣が描かれていた。

 

「あ゛――――がぁあ、あぁあああああああああああああああああああ――――――――!!?」

 

 『紅い雷光』が縦横無尽に奔り抜け、極彩色の魔石を中心に、身体全体に激震が走った。そうして、バキリ、と乾いた音を立てて魔石に罅が入り、巨大花は轟音と共に崩れ、あまりにもあっけなくその身を灰へと帰すことになった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……何故だ?」

 

 地面にへばりついたオリヴァスが、声を出す。その声には疲労が見えるものの、死を悟った色は見えない。魔石自体に罅が入っているが、本人は問題なかったようだ。

 

「何故、トドメを刺さない?」

「――さっきも言ったろ、アンタに似ている奴がいるって」

 

 地面に落ちて部品が砕けた機械鎧(オートメイル)を左手で弄びながら、エドが近づく。声は出来る限り潜め、万が一にも聞かれないように。その顔には決然とした色があった。進むべき先を見据えた人間の色。

 

「アンタに似た身体を持ってるソイツは、オレの大事な『相棒』で、一人の『人間』で――――大事な『家族』だ。オレは、『家族』と同じ『人間』は、殺したくない」

「か、ぞく……?」

 

 理解できない、と言いたげにオリヴァスは視線を目の前の男へと向ける。彼にとって、自分の中心にあったものは、どこまで行っても『信仰』だった。かつては己が主神を、そして蘇ってからは、新たな命を与えた『彼女』のためだけに生きてきた。そんな不確かなものを自分の中心に据える者など、理解の外だった。

 

「散々自分の在り方について迷ったけど、今になってようやく分かった。どうしてオレが目覚めさせたのが、グリードだったのか。どうして全能に等しい『力』を求めた『お父様』じゃ無かったのか」

 

 目の前の男の言葉は、一切オリヴァスには理解できない。余りにも居場所が隔たってしまっている。ただ――――。

 

 

「オレが本当に求めていたのは………………『家族』に等しい『仲間』だった」

 

 

 ――――その在り方が、どうしようもなく『綺麗』だと思ってしまった。

 

「アンタはこのまま金属製の容器にでも入れて、ギルドに引き渡すぜ。どうなるかは、一人の『罪人』として、きっちり裁判で裁いてもらうんだな」

「…………ク――――――」

 

 だからこそ、オリヴァスには、そう考えてしまった自分自身すら、許せなかった。

 

 地面から再び、数本の触手が生え揃う。エドはそれを見て、飛び退って身構えたが、間に合うものではない。オリヴァスの哄笑が響き渡る中、獲物に振り下ろされた触手は――――――オリヴァスの魔石を粉々に砕き切った。

 

「な…………」

 

 呆然としたエドの声が流れる。魔石が砕けたオリヴァスは端からさらさらと崩れていき、風に乗って消えていく。

 

「……『彼女』に捧げた我が身。貴様の思い通りに利用されるなど、真っ平なのだよ」

「アンタ……」

「……そんな眼を向けるな、人間。私はこの先が楽しみなのだ。甘っちょろい貴様が、どこまで貴様の言う『家族に等しい仲間』とやらを守っていけるのか、地獄の底から高笑いをしながら眺められるのだからな」

 

 オリヴァスだった『灰』は完全に形を失くし、舞い上がる風の中、末期の言葉が溶けた。

 

「……せいぜい足掻けよ、人間…………『怪物』のわた、しが………みと、どけて……………」

 

 それが、幾多の犠牲者を出した、オリヴァス・アクトの最期だった。

 

「………………」

(……終わったな)

 

 その最期を見届け、グリードの声に、ふとエドは顔を上げる。そこには泣き腫らしたような赤い目をしながら駆け寄って来るリリと、地平線のずっと向こうからゆったりと歩いてくるナァーザ団長の姿があった。口元を緩め、逝った男へと皮肉を返す。

 

「……ああ、地獄でせいぜい見てればいいさ。オレが死ぬまでずっと、この世界の『家族』と生きていくところをな」

(――――がっはっはっはっは! その意気だぜ、相棒(エド)!!)

 

 こうして、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』最後の戦いは終わった。

 




オリヴァス・アクト戦、終了!最後の切り札は、Dr.マルコーの対『賢者の石』錬成陣!なんでこれがコイツに効いたかと言うと、ハガレンの錬金術では人間を『魂』『精神』『肉体』の三大要素で定義します。人造人間(ホムンクルス)はこれに『賢者の石』という高エネルギー体を付加した存在なんですが、怪人化したオリヴァスも『肉体』に後付けで『極彩色の魔石』を付加されただけで、『魂』も『精神』もほぼそのまま。人間以外ではあるものの、構成がホムンクルスと同じだからです。これがモンスターなら、『魂』とかがエドに理解不能です。

次回以降エピローグなんですが、お盆で帰省する関係から、もしかしたら完結が週をまたぐかも知れない……

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