ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――ピナコ、俺の家がない
――ホーエンハイム……!


第49話 失われた家

「「≪アポロン・ファミリア≫と≪ソーマ・ファミリア≫に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込まれた!?」」

 

 帰宅した主神ミアハとナァーザから伝えられたのは、そんな報せ。但し相手は両方とも中堅クラス、こちらは眷族一名と三名の零細と勝負にすらならない状況だ。

 

「安心して……断ったから……」

「だが、今回の事でこれから先、ダンジョン内や街中で妨害を受けるやも知れん。お前たちには、身辺に気を配って欲しいのだ」

 

 アポロン・ファミリアはどうか知らないが、ソーマ・ファミリアなら犯罪まがいの妨害もやる。元ソーマ・ファミリアのリリには、その点だけ確信があった。

 

「分かりました、ミアハ様……」

「しばらくは単独で出歩くことも控えた方がいいな。団長も、一人にならないよう、気を付けてください」

「……分かってる。でもこうなると、私はしばらく店に常駐しておいた方が良さそう」

 

 18階層からの帰還の道中、ナァーザ団長は索敵役と迎撃役を買って出た。高ランクの冒険者がフォローしたとは言え、道中の危なげない戦い方は彼女の復帰の十分な自信となった。店とのシフトを考え、徐々にダンジョン探索へも復帰しようとしていた矢先にこれである。店に戦力を残さなければ、何をされるか分かったものではない。

 

「とにかく皆、くれぐれも気を付けるのだぞ」

「……はい」

「おう」

「分かりました」

 

 しかし、事態は翌日急速に動き出した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その日は、何時もと何の変わりもない朝だった。

 

「じゃあ、行ってくるな。ナァーザ団長、ミアハ様」

「ソーマ・ファミリアには、くれぐれもお気を付け下さい。それでは行ってきます」

 

 いつも通り挨拶をし、玄関の扉を開き外へ出た瞬間――――――数十人の冒険者に、周りを囲まれた。

 

「おいおい……」

「既に動いていましたか……」

 

 エドが背負っていた槍を構えた横で、リリもまた右手に『分解』の錬成陣を装着する。まだまだモンスター以外への錬成は拙いが、牽制くらいにはなるだろうという腹積もりだった。じり、じり、とお互いに間合いを測る中、集団の中心から一人の男が歩み出てきた。

 

「久しいな、アーデ?」

 

 眼鏡をかけた細面の男の名は、ザニス・ルストラ。ここに集った三日月に杯のエンブレムの派閥――≪ソーマ・ファミリア≫の団長だ。

 

「……今更、ウチに何の用だよ? 昨夜のことも含めて、一体どういうつもりだ?」

「くく、お前はエド・エルリックとか言ったか? 何、簡単なことだよ」

 

 大仰に男は両腕を振り回し、高らかに告げた。

 

「お前たち、≪ミアハ・ファミリア≫に『脅迫』された上、移籍させられた我々の元同胞、リリルカ・アーデを取り戻す(・・・・)為、我らはアポロン・ファミリアと手を組み、『正義』の為に勝負を挑んだ。それだけに過ぎないのだよ」

「「な?!」」

 

 ザニスの主張に二人そろって絶句する。確かに移籍の際にあまり誉められない方法でリリを移籍させたが、それとこれとは話が別だ。

 

「――確か、ザニスと言ったな。当初の原因を作ったのは、そちらであったと記憶しているのだが?」

「……その通り」

 

 玄関先で立ち止まったオレ達を不審に思ったのか、後ろからミアハ様とナァーザ団長が出てきた。だが、そんな二者の言葉にも、目の前のザニスは薄笑いを浮かべたままだ。

 

「ソーマ様は、私に全てを一任されており、その私が『正義』であると主張している。アポロン様もこちらを支持して下さるとのことだ。神同士の主張が食い違っている以上、後は矛を以て主張を通すしかあるまい?」

 

 周囲の団員もまたニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ、手に手に武器を取り出す。完全に実力行使でリリを奪い取る気だ。戦争を始める時は、『自分が正義だ』と宣言しろ、ってのはどこの言葉だったか。

 

「わ、私は≪ミアハ・ファミリア≫に移籍してから、まだ一か月です! 『改宗(コンバージョン)』には、一年の冷却期間があるはず……!」

「ああ、その通りだぞ、アーデ。だがな、物事には何事も例外があるものだ」

 

 嫌らしい笑みを浮かべたザニスは、その言葉と共に右手を高く上げた。周りの≪ソーマ・ファミリア≫団員が一斉に弓を番え、魔法の詠唱に入り、攻撃態勢に入る。

 

 

「『主神の天界への帰還』により、無所属(フリー)となった冒険者は、『即時他の主神への改宗(コンバージョン)が可能』だ」

 

 

 腕が振り下ろされ、弓矢と魔法が雨のように、ミアハ様へ(・・・・・)襲い掛かった。

 

「全員、下がれぇ!!」

 

 地面を錬成し、巨大な壁を作り出す。即席だったためか、壁は次々と突き刺さった矢と魔法の衝撃で端が崩れ、罅が入り始めた。

 

「全員、目標は『敵の主神がいる辺り』だ。あくまで周辺を狙っているのであって、偶然(・・)あちらの主神に当たってしまったとしても、完全なる『事故』だ」

「ふざ、けてる……!」

「そんな屁理屈、通るわけないだろうが! 万一ミアハ様が亡くなったら、お前ら全員罪に問われるんだぞ!?」

「そうです! 活動自粛中のソーマ・ファミリアは、これ以上問題は起こせないはず……!」

 

 こちらのそんな主張も、襲撃者たちは下卑た笑い声をあげるだけで、一向に取り合おうとしない。

 

「先程も言ったように、亡くなられたとしても全ては『事故』だ。おまけに辛うじて生きてさえいれば、アポロン様が直々に『処刑』して下さることになっている。神同士での『処刑』ならば、我々が罪に問われる謂れはない」

「そ、そんな……!」

 

 向こうの主張を聞いて、リリの顔色は蒼白だ。自分のせいだ。自分がこのファミリアに災いを招いてしまったと責めているんだろう。だけど、それは違う。

 

「リリ、今は責任だとかなんだとか全部置いとけ! 今必要なのは、ここを切り抜ける方法だ!!」

「その、通り……リリのせいでも無いし、こんなのどうという事も無い……」

「エド……ナァーザ団長……」

 

 唇を強く噛み、俯かせた視線を上げる。周囲に視線を走らせ、打開策を探し、棚に置かれた一つの臭い袋が目に留まった。

 

「皆さん、布で鼻と口を覆ってください!!」

 

 その袋を掴み、右腕で『分解』、空中高く投げ上げたところで、バラバラに散って中の成分が振りまかれた。

 

「ぐえっ!?」

「なんだ、この臭い?」

「くそ、目が!」

 

 ミアハ・ファミリア特製モンスター避け臭い袋『強臭袋(モルブル)』。目や粘膜に突き刺さる刺激臭で、一瞬の隙を作る。

 

「今の内だ!」

 

 壁はそのままに、リリの手を掴んで店の中へと戻る。ミアハ様はナァーザ団長が抱きかかえていた。そのまま中の流し台の所まで戻り、流し台ごと壁を分解、下水道への大きな入口を作り上げた。

 

「皆、この中へ。当然裏口とかの出入り口は押さえられてるだろうが、下水までは手が回ってないかも知れない。全員入ったら入口を塞ぐぞ」

 

 そう言って、流し台近くの物置に置いてあったナァーザ団長の冒険用の装備を投げ渡す。これで全員がフル装備。完全に戦闘態勢に移っていた。

 

「……先頭は、夜目が利く私が行く。その次はリリとミアハ様。エドは殿だから後方の確認もお願い」

「――わかりました。あの、今回のこと、本当に……」

「リリよ。そこまでにしておきなさい。これくらいのこと、誰も何とも思っておらぬし、おぬしに責任があるなど考えてはおらぬ。それよりも、今は切り抜けることに注力するのだ」

「全くだ、気にすんじゃねえよ。さ、入れ」

 

 下水道にロープを下ろし、順番に下ろしていく。三番目のリリが下り、自分が穴を覗き込んだタイミングで、建物全体に轟音が響き、炎が舞い踊った。

 

「ぐあ!?」

 

 背中越しに爆発の衝撃を受け、穴の中へと転げ落ちる。瓦礫が崩れ、穴を塞ぐ意味は無くなった。

 

「エド!」

「問題ねえ! 咄嗟に俺が出て背中も『硬化』した。それよりさっさと逃げるぞ!」

「グリードですか。ナイスです!」

 

 そのまま崩れてきた瓦礫からミアハ様を庇い、必死になって離れていく。後ろからは、愛着ある本拠地(ホーム)が崩れていく音が響いていた。

 

「……ッ!」

 

 その音に、歯噛みする。過去、リリの一件の時に、あんな派閥根絶やしにしておけばこんなことにならなかったのではないかと、つくづく思う。自分の甘さに本当に頭に来た。そんな煮えたぎった頭に、冷静な声がかかった。

 

(今は怒りは置いときな、エド)

(グリード……)

(後で思い知らせてやりゃあいいのさ、誰の持ち物(いえ)を壊したのかをなあ……!)

 

 訂正、全然冷静じゃなかった。

 

「ミアハ様、足元に気を付けてください。『恩恵』なしだと、この暗がりは危険ですから」

「うむ、すまぬな、リリよ」

「――――みんな、止まって」

 

 リリがミアハ様の手を取り、下水道を進む中、先頭を警戒していたナァーザ団長の緊張した声を聞いた。全員足を止め、暗闇を見つめる。

 

「――て、おい?」

「む?」

「なんです……これ……」

「これは…………」

 

 少し進んだ暗闇の中、大量の冒険者が意識を失い倒れていた。全員同一のエンブレム、ソーマ・ファミリアの構成員だ。そしてこの惨状を作り上げたと見られる、一人の槍を持った小人族(パルゥム)の冒険者。

 

「――誰だ、アンタ」

 

 こちらの声に冒険者が振り向く。その顔には、『覆面』。おまけにフードマントまで纏っている。だが、その所作が、覆面の中から覗く瞳が、何より以前18階層で見せてもらった愛用の槍が、目の前の人物をどうしようもなく示していた。

 

「……………………何やってんだ、フィンさ――」

「おっと。僕は『通りすがりの謎の覆面勇者』だ。そういうことにしておいてくれないか?」

「『勇者』って名乗っちゃってます……」

 

 やり取りに些か脱力しつつ、頭の片隅で目の前の人物がいることを不審に思う。≪ロキ・ファミリア≫が、何故今回の一件に関わってきているんだ?

 

「……今回、君たちに関わるのは、あくまで僕個人の事情でね。とは言え、アイズから昨夜の事情を聞いて、間違いなく襲撃が行われると思ってね。襲撃が行われるであろう場所と君たちの逃走経路を割り出し、先回りさせてもらった。派閥は巻き込めないから、こうやって顔を隠しているという訳さ。なに、アリバイ工作も副団長に頼んでいるから問題はないよ」

 

 ……伝聞だけで襲撃を察知し、逃走経路まで割り出した目の前の人物の手腕に内心舌を巻くが、それを表面には出さず尋ねる。

 

「そうまでして、オレ達を助ける理由って、一体なんだ?」

「ふむ、ここで話してもいいけれど、それはまたの機会としよう。それよりも、僕もそちらの主神に尋ねたいことがある」

「…………」

 

 そう言って問いかけられたミアハ様は、あくまで沈黙を守っている。ミアハ様に一歩近づいたフィンさんが、尋ねた。

 

「貴方は、これから、どうなさいますか?」

「――――――――」

 

 その問い掛けに、瞑目していたミアハ様は、眦を上げ、口を開いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 それからフィンさんの先導で西南へと向かったオレ達は、適当なところでフィンさんと別れ地上へと上がった。出口として開けた縦穴から目と鼻の先、太陽に弓矢を掲げた荘厳な邸宅が佇んでいた。

 

「アポロンに伝えよ。ミアハが参ったと」

 

 神威を伴い、門番に伝えると片方が急いで中へと戻り、もう片方も道を開けた。正門をあくまでゆったりと進み、前庭を歩く中、屋敷の玄関先で神アポロンの手前にヘスティア様とベルが佇んでいるのが見えた。その足元には投げかけられたであろう『手袋』。それだけで状況を察した。

 

「やあ、ミアハ。一体我が派閥に、如何なる用かな?」

「……とっくに分かっているであろう、アポロンよ」

 

 見たことも無いミアハ様の迫力に、誰も言葉を挟めない。横にいるヘスティア様でさえ、絶句していた。今、ミアハ様は、かつて無い程に、『怒って』いる。

 

 

「――我々≪ミアハ・ファミリア≫は、≪ヘスティア・ファミリア≫と協力の上、アポロン・ソーマの両派閥に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を挑む」

 

 

 静かに怒る、ミアハ様の宣言。それこそが『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の始まりだった。

 




『青の薬舗』、崩壊。しかもソーマ・ファミリアは、問答無用でミアハ様殺しにかかってます。おかげでミアハ・ファミリア全員がブチ切れましたw

そして、『通りすがりの謎の覆面勇者』はムチャクチャ有能……一体何ディムナなんだ……彼が出てきた理由は次回以降です。

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