ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか 作:路地裏の作者
酒場での乱闘騒ぎからの帰宅後、エドとリリは≪ソーマ・ファミリア≫と騒動を起こしたことを主神・団長揃って注意され、大人しく翌日の店の準備に二人だけで勤しんでいた。
ただし、二人の間に会話は無かった。
「…………」
「…………」
二人そろって手元の作業にこれ以上ない程集中し、一切他に視線を向けない。特にお互いがいる方は見ようともしなかった。
「……はあ」
不意に溜息を吐き、エドがリリの方を流し見る。すると、どういうわけかリリが向けてきた視線とぶつかり、二人とも真っ赤に茹だって視線を再び手元へと集中させた。
(あんの、タヌキ親父……!)
原因は、昨晩ソーマ・ファミリアのカヌゥが揶揄した一連の『噂』。帰ってからナァーザ団長に聞いたところ、噂に程度の差はあるものの、既に二人は『カップル』、『恋人』あるいは結婚間近の『若夫婦』などに見られているのだそうだ。むしろ団長も、面白がって近所の井戸端会議で広めていた。
(顔がまともに見れねえ…………)
おかげで互いに恥ずかしがって、さっきのようにすぐに視線をそらしてしまう。そのため、まともに話も出来ない状態だった。
「…………えっと、エド?」
「ハイ! な、なんだ? リリ?」
ただの会話で緊張してしまい、上ずった声が出てしまった。あくまで互いに視線は交わさないままに、会話は続く。
「……昨日は、すいませんでした。私のせいで、あんな奴らと騒動になってしまって」
「あ? あー、気にすんなよ。絶対リリのせいなんかじゃねえんだから」
「いえ。私の、せいですよ……」
その、予想以上に沈んだ声に、思わず視線を向ける。リリは、自分の作業台の上に覆いかぶさるように俯いていた。その様子に、思った以上に昨夜のことが応えているのだと察した。
はあ、と一つ息を吐き、作業台から立ち上がってリリの後ろへと回る。そして、その俯いた頭をゆっくりと撫でてやった。びくり、と反応したリリがエドの方へと視線を向けた。
「――あれぐらい、全然迷惑じゃねえから、安心しろ」
「……迷惑じゃないなんて、嘘ですよ」
「仮に迷惑だったとしても、いいんだよ。オレには、どんどん迷惑かけても」
その言葉に疑問を浮かべたリリに、今度はエドの方から返してやった。
「オレ達は、『ミアハ様の血を分け与えられた
それは、リリがあの18階層で言っていたこと。『かぞく』なら、迷惑の十や二十、かけられたって全員で乗り越えてやる。
…………と、誓ったまでは良かったのだが。そのまま頭を撫で続けたことで、リリの頬に朱が差し、瞳が濡れ始めたように感じた。どうにも落ち着かなくなり、視線を思い切り逸らしたところで、調合室の扉の隙間から、思い切り中を覗いている団長と主神の視線にぶつかった。
「うわぁああああああッ?! 何やってんだ、団長!? ミアハ様まで!」
「うひぇぇええええええ!?」
二人そろって奇声を上げたが、ナァーザ団長もミアハ様も、むしろ落ち着き払って中へと入って来た。
「……嘘から出た真」
「ふむ、祝言は何時にするのだ?」
「何言ってんだ! 何言ってんだよ、本当によお!」
(いいじゃねえか。この際、囲っちまえ)
「本当に黙ってやがれ、グリード!!」
「落ち着いて下さい、エド! グリードの声は外に出てません!」
そこからはもう、顔を真っ赤に染めた二人の言い訳を、生暖かい眼をした二者が受け流す、という実に心温まる平穏なひと時が流れ、何とか肩で息をする二人が開店時間ギリギリに準備を終え、店を開けた。
三日月に杯のエンブレムを付けた、≪ソーマ・ファミリア≫の冒険者が、店の玄関先で待ち構えていた。
「てめえが『
そう言われて乱暴に一通の封書を渡される。その封書には、太陽と弓矢のエンブレムが刻印されていた。
「主神には、必ず来いって言っとけ。じゃあな」
そのままその男は振り向きもせず立ち去った。手の中に残ったのは、太陽と弓矢のエンブレムの封書――≪アポロン・ファミリア≫の招待状だけだった。
◇ ◇ ◇
「……まあ、出るしかなかろう」
その日の夕食後、食卓に置かれた一通の封書。渡された『招待状』は、アポロン・ファミリアで今度宴を催すので、そこに来ないかという内容だった。もっとも半ば強制みたいなものである。ご丁寧に『眷族一名の同伴』を認めたうえで、『ソーマ・ファミリアも代表者が出席するので、話し合いの機会を持ってはいかがか?』なんてわざとらしく聞いてくる時点で、来させる気が満々だ。
「
「……わかった」
ナァーザ団長は一も二もなく頷いてくれたが、元々責任があるのは当事者だ。申し訳なくなり、頭を下げる。
「スンマセン、団長」
「申し訳ありません、ナァーザ団長。元はと言えば私が――」
「大丈夫……」
ナァーザ団長はそう言って、エドとリリの頭に手を乗せた。
「私だって、『ミアハ様の血を分け与えられた
そのまま、頭に乗せた手で撫で回された。……なんか、喧嘩して、保護者に謝りに行ってもらうみたいだと思った。
◇ ◇ ◇
神の宴当日。ヘスティア様をエスコートするベル(服に着られている感じだった)とともに、ミアハ様もナァーザ団長も出かけ、二人がかりで翌日の店の下準備と、その日の店の清掃をすることになった。
一通り準備も清掃も終わったところで、不意にリリが呟いた。
「今頃ミアハ様たち、パーティーの真っ最中ですよね……」
視線の先は玄関の窓。そのはるか向こうにあるパーティー会場の方を向いていた。
「まあ、そうだな。気になるのか?」
「ええ……向こうと話を付けられたかっていうのも心配ですけど。少し別の事も気になるんですよね。パーティーってどんな感じだろう、とか……」
「あー……」
前のファミリアがあんなんじゃ、そんな機会は無いだろうな。そう考え、視線を巡らせると、
「……気分だけでも味わってみるか?」
「え?」
手に持っていたモップを壁に立てかけ、破損していた部品をいくつか取り出し、錬成する。青い光の後に出てきたのは、一つの小さなオルゴール。
「なんです、それ?」
「まあ、待ってな」
ゼンマイをキリキリと巻き上げ、カウンターの上に置いた。するとオルゴールは問題なく動き始め、清らかな音楽を奏で始めた。
「――さて」
音楽が問題なく流れたところでリリの方に歩み寄り、
「私と一曲踊って頂けますか、
そのまま、一秒、二秒、三秒……その体勢のままで、やがてリリが吹き出したのを聞いた。
「ひでえなあ、笑うなよ」
「だ、だって、似合わな、ぷくくっ」
そのまま笑いの波が収まるまで数秒、なんとか止まったところで、リリが手の甲を上にし、片手を差し出した。
「――喜んで」
差し出された手を取り、二人は音楽に合わせて整頓された店内の中心でステップを踏む。二人ともダンス初心者だったせいか、足取りは覚束ず、何度も間違えては苦笑いが漏れた。
――タンタン、右っと
――ここで、ターンですね
それでも何度も何度も音楽を繰り返し、ステップを踏み、何時しか二人の間には会話が消え、ただ互いの瞳だけを見つめるようになった。言葉ではなく瞳を交わすだけで、互いの意思を伝えきるように。
(…………へっ)
そんな二人の睦まじさを、ただグリードだけが見つめていた。
◇ ◇ ◇
「……どういうこと?」
「アポロン……そなた……」
一方、『神の宴』の会場。その中にあって、ナァーザとミアハは舞台上の
「おや、聞こえなかったかな、ミアハ?」
舞台上に立つのは宴の主催者である、神アポロン。その横で控える派閥の団長、ヒュアキントス。そして、先程『神ソーマの名代』として紹介された≪ソーマ・ファミリア≫団長、ザニス・ルストラ。
「我々≪アポロン・ファミリア≫は≪ソーマ・ファミリア≫と『同盟』を組み、≪ヘスティア・ファミリア≫・≪ミアハ・ファミリア≫の『連合軍』に『
平穏は終わり、繰り広げられるは、神々の『代理戦争』。執着と強欲に塗れた者たちの宣戦布告は、
ダンスパーティー終了。作者のもっとも印象深いダンスパーティーの場面は、FF8のスコールとリノアですね。主題歌もメチャクチャ良い歌詞だった……シンデレラと言えば、12時までのお城でのダンスパーティーなので、このシーンはかなり強引でもねじ込みました。
さて、戦争遊戯。原作と違い、『アポロン・ソーマ同盟』VS『ヘスティア・ミアハ連合軍』での戦いとなります。元々このために、ザニスやカヌゥは再登場しました。これにより、戦争の規模が単純に倍化します。