ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか 作:路地裏の作者
第47話 酒場の一件
「「――本当に、お世話になりました……!」」
「いえ、あの……エルリックさん、それにアーデさんも、そろそろ頭を上げていただけませんか?」
地上に帰還して、身体の傷が癒えた後、エドとリリは、『豊穣の女主人』にお礼を言いに来た。主に、救出に来てくれたリューさんに。ちなみに玄関先では、ベルがシルさんに捕まっている。
「あの、これ……≪ミアハ・ファミリア≫特製の風邪薬とかの常備薬、それに膏薬のセットです。酒場のお仕事は、腕とか腰に負担がかかりそうなので……」
「本来
「いえ、そこまでは……私は、シルの想い人であるクラネルさんを助けに行っただけですし」
そう言って、玄関先で話し込む二人を眺める。……どちらかと言えば、妹の恋愛を心配する姉、と言ったところか?
「しかし、そういうことでしたら、今夜にでも帰還と快気祝いを兼ねてウチでお食事はいかがです? クラネルさんを含めて、ウチを利用する頻度が上がると、私も嬉しいので」
「あー……」
「す、すいません、リュー様。今夜は先約がありまして」
そう、今夜は、別の酒場に行く予定がある。実はヴェルフが今回の一件でランクアップしたので、彼の行きつけの酒場でお祝いをする予定なのだ。
「そうですか……では、また今度都合の良い時にいらしてください」
「はい。ありがとうございます」
「今度はミアハ様たちも連れてくるか。じゃあな、ベル。夜に改めてな」
「あ、うん!」
『豊穣の女主人』を出た後、≪タケミカヅチ・ファミリア≫にも挨拶し、ホームへと帰宅。その後、街が夜の顔を見せ始めるころ、リリと二人で改めて出かけた。ちなみにナァーザ団長は、明日の薬の仕込みで調合室にカンヅメになっている。
余り来たことがない裏路地に近い雑多な通りを抜けると、そこに『
先に来ていたヴェルフと合流し、しばらく待つとやがてベルがやって来た。それぞれ飲み物を注文し、ジョッキ二つ、コップ二つを中心で打ち合わせ宴会の始まりとする。
『乾杯!』
掛け声と共に、近くのテーブルに座る酔客からもジョッキを打ち合わせる音がする。こういうノリの良さは、冒険者特有だろう。
「しかし、ヴェルフ様とパーティーを組んでから二週間ほどですか……あっという間でしたが、パーティー解消となると寂しいものがありますね」
「うん……そうだね……」
「まあ、な……」
リリの発言に、ベルも含めてしんみりしていると、背中を強かに叩かれ、ヴェルフ自身から励まされた。
「まったく、お祝いだっつうのに……ベルも捨てられた兎みたいな顔するな。お前たちは恩人だ。用が済んで、じゃあサヨナラ、なんて言わないぞ」
これからも呼びかけがあれば、ダンジョンへ付き合ってくれるといって、ヴェルフは照れたような笑みを浮かべた。それにつられ、ベルも破顔する。そこからは楽しい宴会だった。
「そういえば、今回ベル達はランクアップしなかったのか?」
「うん、僕はまだ」
「私はその……まだ、ですね」
「オレもだな」
実際のところエドとリリは、あの黒いゴライアスへの攻撃やら、17階層までの
あまり人の多い酒場で言う事でもないので、そこからは話題を変え、先日の
「――何だ何だ、どこぞの『兎』が一丁前に有名になったなんて聞こえてくるぞ!」
「へえ! 一体どこのどいつなんですかねぇ?」
先に聞こえた甲高い声には聞き覚えが無かったが、後で聞こえただみ声に聞き覚えがあるような気がして、そちらに視線を向ける。そこには、三日月に杯のエンブレムを付けた中年の狸っぽい
「カヌゥ……さん…………」
リリの掠れた声で思い出した。≪ソーマ・ファミリア≫のカヌゥ。リリから財産を奪い取っていた冒険者だ。
「久しぶりだなぁ、アーデ? ファミリア乗り換えた後、随分調子がいいみたいじゃねぇか」
「いえ……」
「『コソ泥
「……!」
リリは、相手の言葉に言い返せず、うつむいて唇を強く噛んでいる。それを横目でとらえ、ならばとエドの方が口を開いた。
「そっちこそ、大丈夫なのか?」
「あ?」
「この間、お前らが街の花屋で暴行した事実がバレて、派閥の活動自粛になったり、主神の唯一の趣味が取り上げられたりしたんだろ? こんなところで酒飲んでないで、市民への
「! やっぱりテメェか! その件、ギルドへチクッたのは!!」
こちらの台詞に途端に殺気立ち、カヌゥを中心に周りに座っていたソーマ・ファミリアの団員が立ち上がった。七人か。少し数が多い。しかし、バラしてないぞ?エイナさんに、どこを調査すると面白い事実が分かるって、少しだけ示唆しただけだ。
「活動自粛中に、酒場で乱闘か。落ちるとこまで落ちてえのか?」
「問題ねぇよ。さきにウチの派閥を侮辱したのはそっちだ。≪アポロン・ファミリア≫だって、そう証言してくれるさ」
その言葉に、未だに卓から立ち上がらない長身の男を見据える。その男の衣服にも太陽に弓矢のエンブレム。アレが多分、≪アポロン・ファミリア≫のエンブレム。中でも彼は幹部クラスなんだろう。
「にしても、そんなコソ泥庇うなんざ、やっぱ噂は本当みてぇだなぁ」
「? 噂?」
「ああ。『
その意味が脳に達するまで一瞬かかり、届いた瞬間、顔面から燃えるような熱を感じた。
「何言ってんだ、テメーはーーーーッ!!」
Lv.2のスピードを最大限生かし、一瞬で間合いを詰め、そして、足を高々と持ち上げ――――――――ぐしゃり、と『股間』を蹴り上げた。
「○×△□☆!?」
声にならない奇声を上げ、中年狸が蹲る。ふうふう、と息を整え、ふと後ろを振り向くと、こちらを見つめていたリリと目が合った。
「「! ~~、~~~~」」
顔から火を噴くように赤面し、お互いに視線を逸らす。さっきの噂のせいで、とんでもなく恥ずかしかった。
不意にそこでテーブルを砕く大きな音が響いた。視線を向けると、どうやらベルとヴェルフの方でも乱闘になったのか、辺りのテーブルがどかされており、そんな中で二人がさっきのアポロン・ファミリアの幹部と思われる男に殴り倒されていた。
「ありゃぁ、ヒュアキントスだ……」
「Lv.3冒険者じゃねぇか……」
その言葉で思い出す。ヒュアキントス・クリオ。確か、アポロン・ファミリアの団長。自分たちよりもさらに上位の実力の持ち主。追撃をかけるつもりなのか、ヒュアキントスがゆっくりとベルに近づいていったが、そこで再びテーブルを砕く大きな音が響き渡った。
「
そこにいたのは、≪ロキ・ファミリア≫所属、ベート・ローガ。その迫力と威圧によるものなのか、アポロン・ファミリアもソーマ・ファミリアも捨て台詞を残して立ち去り、急に店が静かになった。そして、ベートがゆっくりとこっちへ歩いてくる。
「――調子乗ってんじゃねえぞ、兎野郎にモグラ野郎」
ベルとともに胸倉をつかまれ、そんな台詞を吐かれ、地面に投げ捨てられた。そのまま店を立ち去る背中を眺めながら、ふと思う。
(そう言えば、身長に関しての罵倒が削れてたな)
結局、罵倒なんだから、大した違いでもないか、なんてことを座り込みながら思っていた。
◇ ◇ ◇
「――そうか。やはり≪アポロン・ファミリア≫と≪ソーマ・ファミリア≫は動き出したようだね」
ここは≪ヘルメス・ファミリア≫の執務室。そこでは机に乱雑に積まれた書類には見向きもせず、ただソファに寝そべって、己が腹心の報告を聞く神の姿があった。
「……しかし、ヘルメス様。私には、分かりません。18階層で冒険者を焚き付けたことといい、一体ヘルメス様は、ベル・クラネルに何を求めておいでなのですか?」
彼女にしてみれば、目の前の主神の行動で派閥の予算が大幅に削られたのだ。真意を問いたくもなるだろう。その問い掛けに対し、彼はあくまで薄く笑う。
「そうだなぁ……差し詰め、『次代の英雄』候補クンへの生暖かい期待かな?」
それを聞いた彼女、アスフィは鼻で笑いそうになったが、主神の瞳を見て思い直す。態度は相変わらずだが、その眼は一切笑って等いなかった。
「……本気ですか?」
「おいおい、俺を疑うのかい、アスフィ?」
「……………………はあ」
疲れ切ったように、溜息が漏れる。溜息を吐くと幸せが逃げると言うが、一体この神に会ってから、どれだけの量の幸せを逃してきたやら。
「……しかし、そう言った期待度であれば、彼の仲間もまた期待度は高いのではないですか? 特に『
「んー、まあ、そうなんだけどねぇ……」
ここで珍しくヘルメスは言い淀んだ。その反応に、アスフィは不審を抱く。基本この主神は、言いたくないことは詐欺師のように笑いながら受け流すか、核心以外を言い連ねるかのどちらかだからだ。
「……リリ君の方は、単純に潜在する才能の問題だよ。あの子は、才能が乏しい。恐らく、だからこそ専業のサポーターなんかやってるんだと思うんだけどね」
「成程……」
『
「では、『
「あの子は――――まあ、そうだな。『英雄にたどり着けるか分からない』、これが理由さ」
「? 彼も『
「いや…………」
そこで言葉を切り、主神は顔を伏せた。
「――――あんな不自然な『肉体』で、複数の『魂』なんて抱えたまま、
ヘルメスの懸念は、エド・エルリックの『寿命』だった。あの『肉体』には、自然発生のものからは感じない違和感を感じた。その上、戦いの中で確認した、明らかに人工のものと分かる別個の『魂』。本来一人分の
「……では、彼は、英雄に至る前に、死に至ると?」
「そうは言っていない。『
ヘルメスの見立てでは、多分Lv.3か4になればひとまず大丈夫だろうと思う。もっとも彼の主神である医神ミアハは、自分以上に彼の身体の状態に気付いているだろう。手足を失くした彼がダンジョンに潜ることを反対しなかったのは、恐らくそのせいだ。
「――さて、エド君。君は英雄候補に至れるのか。それとも力尽き屍を晒すことになるのか。要は、チキン・レースさ。果たして君は『
「……ああ。この
観客は、虚空へと嘯く。演者たちの争乱を待ちわび、唇だけをにやりと歪ませた。
カヌゥ再登場!いやぁ、ゲスだから、すごく使いやすい……!もっとも『噂』についてはGJ!
そして、エドにかなりマズイフラグが。当初小人族(パルゥム)になった理由も、材料に欠損が生じたためでしたが、そんな破損した身体で、ホムンクルスを支えられるわけもなく。次のランクアップしないと、死が迫ってきます。
次は『神の宴』ですが……どちらかと言えば、裏イベントになるかと。