ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

45 / 64
――効いてる!
――効いてるぞ……!
――がんばれー!エドワード・エルリック!


第45話 薬師、灰被り、そして愚者

 

「ぐ…………」

 

 意識を取り戻した時、エドは自分の状態を理解出来なかった。ただ視界に映るのが木の葉ばかりであること、そして、全て裏側であることから、ああ自分は寝ていたんだな、と思い至るのが精一杯だった。

 

「……ぅ…………」

 

 ふと、自分の足元から幽かな声が聞こえた。そこで、何故か力の入らない身体に喝を入れ、緩慢ではあったが何とか上体をほんの少し持ち上げると、足元に力なく横たわるリリの姿があった。

 

「リリ!? ァ!? ぐ……!」

 

 勢いよく身体を起こしたせいで全身に痛みが走り、再び地面に寝そべった。その際、何故か右腕の感覚が無いので、視線をずらして右側を見てみる。

 

「やっぱりかぁ……」

 

 そこにあるはずの右腕は完全に折れて、二の腕から先が無くなっていた。視線を巡らせると、リリが横たわっている遥か後ろに、中身もろとも襤褸切れの塊となったリリのバックパックと一緒に残骸と化していた。

 

(黒ゴライアスの攻撃に、着地の衝撃に……よく保ったほうだよな)

 

 あの空中での攻撃の際、グリードは右腕を前に突き出していた。つまり『硬化』させた腕の内、捨ててもいい方を『盾』にしていたのだ。飛ばされる中、グリードから再び主導権を貰って、右腕の仕込み小太刀でリリのバックパックの紐を切断。そのまま左腕でリリを抱きかかえ、右腕をバックパックと一緒にクッションにすることで難を逃れたのだ。おかげで死なずにすんだ。

 

「……ッ、っても…………最悪の状況は、継続中かぁ……!」

 

 身体をゆっくり起こしても、胴体に激痛が走る。どうやら肋骨にヒビでも入ったか、ひょっとすると折れているかもしれない。

 

(よう、起きたか?)

「グリードか……」

(悪いが、その怪我は治せねえぜ。知っての通り、残ってるのは俺とお前だけだからな)

「わかってるさ、そんなこと」

 

 現在、自分の中にある『賢者の石』は、自分の分とグリードの分の『二人分』のみ。その気になれば即死の傷も治せるが、その場合どちらかは確実に死ぬ。そんなことを望むべくもない。

 

「エド……!」

 

 そんなところに駆け込んで来たのは、ナァーザ団長。見ると、その手には回復薬(ポーション)を入れたポーチが握られていた。

 

「傷は、大丈夫?」

「オレの方はな。先にリリを診てくれるか」

 

 その言葉に頷き、リリの脈を取り簡単な触診をした後、その小さな身体を抱き起した。

 

「リリ。リリ。起きられる?」

「……ん……ぁ、ナァーザ、団長…………」

 

 起きてすぐはぼんやりしていたリリも、意識が覚醒するにつれ、状況を理解し跳ね起きた。

 

「団長、ゴライアスは?! 戦闘はどうなりましたか!?」

 

 その言葉に、静かにナァーザ団長は木立の向こう側を指さす。そこには未だ戦い続ける巨人と、リューさん、アスフィさんの姿があった。

 

「さっきのダメージも回復済みか。ナァーザ団長、オレ達が倒れてから、どのくらいたってます?」

「多分10分以上……30分は経ってないと思う」

「腕を『分解』で消滅させても30分以内に全快とは、反則ですね……」

 

 アレを倒すなら……やはり魔石を砕くしかない。そうなると今必要なのは、高火力の波状攻撃。

 

「ナァーザ団長、戦場って寝る前の所から移動してます?」

「……多分、森から離れて、中心の大樹側に」

「なら、ベルがいたのは向こうだな。ベルと合流して、作戦を練ろう」

 

 そうして歩き出すにあたり、残骸と化したバックパックから、あの深層産の大剣だけは持って行く。あの分厚い肉の中の魔石を砕くなら、間違いなく必要になるからだ。

 

 森を掻き分け、歩くことしばし。木立の向こうから、二種類の悲鳴じみた叫びが聞こえてきた。

 

「ベル君! しっかりするんだ、ベル君!!」

「桜花?! 起きて、しっかりしてよ、桜花ぁッ!」

 

 森の中の原っぱに出ると、そこにはベルと桜花が全身傷だらけで横たわっていて、その横にヘスティア様と千草が縋りついていた。

 

「……どうして、ここに桜花が?」

「っ、く、お、桜花が、私を助けてもらった借りを返すって言って、盾を持ち出して、彼を庇ったの……」

 

 そういうことか。最後に見た光景はゴライアスの飛ばした岩盤にベルが押しつぶされる場面だったが、そこを桜花が庇ったから、ベルの命はつながったのか。

 

「泣くな、千草。ベルも桜花も、今助けてやる」

 

 左手に枝を一本持ち、二人を囲う形で円を描き、五芒星の構築式を描いていく。そのまま術を発動させようとしたところで、一瞬ふらついた。

 

「……ナァーザ団長、精神力回復薬(マジック・ポーション)くれますか。いや、その前に高等回復薬(ハイポーション)って残ってませんか?」

「……高等回復薬(ハイポーション)は、最初の『咆哮(ハウル)』や不意のモンスターとの遭遇で大怪我を負った人たちが使った。精神力回復薬(マジック・ポーション)は後三本。二属性回復薬(デュアルポーション)も、後一本しか残ってない」

「とりあえず精神力回復薬(マジック・ポーション)一本ください。それで、二属性回復薬(デュアルポーション)は寝ているベルに。渾身の魔法、不発させてるんで、精神疲弊(マインドダウン)起こしてる可能性もあります」

 

 そう言うが早いか、精神力回復薬(マジック・ポーション)を煽り、二人の怪我を癒していく。もっとも傷が深すぎるので、精々骨を繋いで安定させるのが精一杯だった。

 

「……これで病状は安定する。悪いがヘスティア様と千草は、ここで二人が意識を取り戻すまで呼びかけ続けてくれるか」

「言われるまでもないよ!」

「え、エドはどうするの……?」

「ああ。オレたちは――」

 

 答えようとした時、不意に声が響いた。

 

『もし、英雄と呼ばれる資格があるとするならば――』

 

 声のした方へと視線が集中する。そこにいたのは、旅装に身を包んだ一柱の男神。

 

「ヘルメス!?」

 

 ヘスティア様の声には答えず、その男神は続ける。

 

『剣を()った者ではなく、盾をかざした者でもなく、癒しをもたらした者でもない。己を()した者こそが、英雄と呼ばれるのだ。仲間を守れ。女を救え。己を賭けろ。折れても構わん、(くじ)けても()い、大いに泣け。勝者は常に敗者の中にいる。願いを貫き、想いを叫ぶのだ。さすれば――』

 

 その声は朗々と響き渡り、不思議な空気を作り上げていく。そして、その声を届けられたベルの身体に、四肢に、徐々に力が戻っていった。

 

 

『――それが、一番格好のいい英雄(おのこ)だ』

 

 

 声の終わり、ベルが目覚めた。

 

「ベル、くん……」

 

 ヘスティア様が呆然とする中、ベルは震える手足を強引に動かし、立ち上がって見せた。その瞳には、再び煌々と燃え盛る燈火があった。

 

「ヘッ……」

 

 口元をにやけさせつつ、持っていた大剣を渡す。そのまま何も言わずに背を向けた。

 

「――3分」

「……?」

「3分で、黒ゴライアスまでの道を拓いてやる。今度こそ決めろ」

 

 返事は待たず、そのまま歩き出す。その横に、同じくらいの歩幅の少女が追い縋ってきた。

 

「無茶言いますねぇ、エド」

「うるせ。ああまで格好つけられたら、こっちだって格好つけなきゃ収まらねえんだよ」

「男の意地ってやつですか」

(がっはっは! いや、まったく、何の得にもなりゃしねえよなぁ、リリルカ!)

(頭の中でうるせーぞ、グリード!)

(まぁ、安心しときな、エド)

(あ?)

(なんでか、見捨てる気にはなれねぇんだよ、そういうの!)

 

 ……つまりは、力貸してくれるってことか。

 

「……リリ、そこはそっとしておいてあげるべき」

 

 半歩後ろに、ナァーザ団長も歩いていた。その顔には、隠しきれない苦笑が滲んでいる。そして、今度は前方からも声がかかった。

 

「ヘスティアや桜花、千草のことは心配いらぬ。いざとなったら、私が必ずモンスターから逃がして見せよう」

「「「ミアハ様……」」」

 

 どうやら、先程の場面を近くから眺めていたようだ。そのまま近づいてきて、それぞれの頭をギュッと一度抱き締め、頭を撫でる。

 

「今更、戦うな、などは言わぬ。だが、一つだけ。死んではならぬぞ。決して、死んではならぬぞ」

「「「…………」」」

 

 その言葉に、皆沈黙したまま頷く。自分たちの主神(かみ)の限りない慈愛を胸に、戦場へ行く。森の奥、大鐘楼(グランドベル)の荘厳な響きとともに、終止符は近づく。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 黒ゴライアスの正面。前衛を張る者たちは、その鐘の音に、戦いを終わらせる希望を見た。ゆえに、それぞれが隠し持つ切り札を切ろうとしていた。

 

「【――今は遠き森の空。無窮(むきゅう)の夜天に(ちりば)む無限の星々】」

 

 リューが切ったのは、冒険者としての技巧の極地。戦闘と詠唱を同時にこなす離れ業、『並行詠唱』。攻撃、移動、回避、詠唱を長文詠唱で成し遂げるという、第一級冒険者にも匹敵する業。

 

「――『タラリア』」

 

 アスフィが切ったのは、己が夢の結晶。空への憧れがそのまま形となった、この世に二つとない『飛翔靴』。縦横無尽に空を翔け、獲物へと強襲する。

 

「【掛けまくも畏き――いかなるものも打ち破る我が武神(かみ)よ、尊き天よりの導きよ】」

 

 (みこと)が切ったのは、己が主神(かみ)より使用を厳しく禁じられた、正真正銘の禁じ手。昔からの親友の命を救ってくれた少年達(ベルやエド)の一助になるため、彼女は全身全霊を注ぎ込む。

 

「ハアアアアッ!」

「【ルミノス・ウィンド】!」

「【フツノミタマ】!」

 

 アスフィの高速機動からの斬撃、リューの風を纏った無数の星屑、そして(みこと)の重力の檻が決まり、黒いゴライアスは地面に縫い付けられた。それでもその檻の中で、蠢く巨体が見て取れた。

 

「何て怪物ですか!」

「……!」

「檻が……破られ……!」

 

 巨人の圧倒的な能力(ステイタス)の前に、檻が破られようとした時、ひょう(・・・)、と風を切る音とともに、一本の矢が飛来した。

 

『ァ?!』

 

 奇妙な叫び声を挙げ、黒ゴライアスは左の膝を地面に付いていた。

 

「……まだ時間はある。もう少し、そこにいて欲しい……」

 

 声の方向を振り向くと、森の中でも一際高い木の天辺。長弓(ロングボウ)を構えた、一人の犬人(シアンスロープ)が立っていた。それを視認し、襲い掛かろうと、巨人が左手に力を込め、立ち上がろうとする。

 

 その左手、筋肉の全てに、一本ずつ矢が突き刺さった。

 

『ォアアアア?!』

「……無駄だよ。私特製の麻痺毒だから」

 

 そうして、彼女は矢を放つ。巨人が完全に膝を折るまで。

 

「……私は、薬師。あくまで薬を渡すことしかできない人間……」

 

 矢は続く。矢は続く。どこまでも。

 

「……けれど、誰かがもう一度立ち上がるためなら。何かに立ち向かうためなら……」

 

 風を切り、肉を貫き、叫びを上げさせ。

 

「……例え相手が怪物だって、薬をどこまでも届けて見せる」

 

 矢を撃ち尽くした時、巨人は動かぬ四肢を引きずり、檻の中で悶えていた。

 

「行くぞ、リリ」

「はい、エド」

 

 そこへ、森の中から飛び出した者たちがいた。それは、伸び上がる石の柱に身体を固定したエドとリリ。先程吹き飛ばされた時の再現を思わせる状況に、思わずリューとアスフィが息を呑む。

 だが、そんなものは意に介さず、柱を錬成したエドは叫ぶ。

 

(わり)ぃけどよ、黒いの! オレの道の邪魔だから、無理やりにでも退かせるぜ!!」

 

 そして、両脚に取り付けられたファスナーの口から、膝を抜き出した。

 

「なにせこっちは、道が無けりゃ『作る』しか知らない、愚者(バカ)なんでなぁっ!!」

 

 ファスナーから覗いていたのは、太腿に取り付けられた、巨大な『砲口』。頭の中で、グリードの声が響いた。

 

(リリルカを支える左手も、両脚も固定してやる! ぶちかませ、エドッ!!)

「『1.5インチカルバリン砲』、発射(ファイア)ぁッ!!」

『!!?』

 

 エドが両脚に取り付けた最後の切り札、『1.5インチカルバリン砲』。その砲が火を噴き、ゴライアスの頭の上半分を消し飛ばした。

 

「……私は、二人に比べて、まだまだですね」

 

 リリはエドに石の柱の上で抱き留められたまま、自分の右腕を見下ろす。これだって、エドに貰った力だ。自分は、エドからもナァーザ団長からも、貰うばかりで何一つ返せていない。

 

「――だけど。いえ、だからこそ!」

 

 その手の平を開く。そこにあったのは、エドが森を出る直前に渡した物。彼が精神力回復薬(マジック・ポーション)で回復したほとんどすべての精神力を注ぎ込み、結晶化させた小さな球体――――『賢者の石』。

 

「どれだけ、灰を、泥を被ることになろうとも! 必ず、返して見せます!」

 

 石の柱が重力の檻の中に入り、二人に多大な負荷がかかる。それに歯を食い縛って耐え、『賢者の石』を握ったまま、ゴライアスの首へと叩きつけた。

 

『???!! ――――――――!!!』

 

 先程とは比べ物にならない規模で、ゴライアスが灰化し、空に舞っていく。肉も、骨も一緒くたに灰に帰す中、ようやく魔石が露わとなった。

 

「お前等ァ! 死にたくなかったらどけぇええええええええ!!」

 

 その声と共に現れたのは、ヴェルフ。ガクリ、とリリが全精力を使い果たし、脱力したタイミングで、重力の檻から抜け出した。

 

火月(かづき)ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 ヴェルフの叫び。それと同時に、視界一面を焔に焼く、真紅の轟炎が顕現し、ゴライアスを蹂躙した。その手の中で砕けていく一振りの剣に、哀しそうな表情(かお)をするヴェルフ。

 

 そして、ついに、フィナーレを告げる英雄(もの)が現れる。

 

「みんな、道を開けろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 白い閃光と化した白兎(ベル)。風を纏い、ただ迅く、一条の光となる。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

 純白の極光。全てを斬り裂く大斬撃が、ゴライアスの魔石を胴体もろとも消し飛ばし、決着の一撃は成ったのだ。

 




全員攻撃、終了!こういう総力を結集する戦闘って好きなんですけど、どのキャラも等しい見せ場にしなきゃいけないところが難しいですね……

ナァーザさんの戦闘方法……毒薬などの様々な薬を塗った矢を、正確に射抜く方法にしてみました。このスタイルは結構昔からいるんですけど、最近のネトゲでは、どうやら回復用ポーションを矢で届けるという豪の者もいるらしい。何気にピッタリなのでw

次回は予定通りの更新ですが、その後少し休みます。週末、田舎に帰省しますので。予定としては、月曜24時に再開かな?

―追記―
グリードの記載が全くなかったので、加筆しました(7/30 6:45)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。