ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――なんと、充実した仕事か!



第43話 黒い巨人

 最初に、ピシリ、という微かな音があった。その音の次にわずかな亀裂が広がり、亀裂は亀裂を呼び、やがて水晶全体に蜘蛛の巣状に広がった。

 

 そうして、ソレ(・・)は、生まれ落ちた。

 

『オォオオオオオオオオーーーーッ!!』

 

 姿かたちは、17階層に陣取っていた巨人と同じもの。だが、その黒い体表が、離れていても感じる禍々しさが、ただの階層主ではないことを示していた。

 

 黒いゴライアス。

 

 それが天井の水晶を突き破り、19階層への下り階段を押しつぶす形で出現した。

 

安全階層(セーフティーポイント)無視かよ……」

「有り得ません……」

 

 目の前に顕現した脅威に、半ば放心しつつ、リリも共に呟いた。そうこうするうちに、黒いゴライアスは仲間のモンスターを率い、近場の冒険者(えもの)へと襲い掛かる。どうやら標的になったのは、先程撃退されて森に逃げていた誘拐犯たちらしい。モンスターに襲われ、なすすべなく悲鳴を上げる彼らを見て、ベルが慌てたように叫んだ。

 

「た、助けないと!?」

 

 ……まあ、半ば予想出来たことだ。とりあえず準備を万全にするため、先程消耗した分の精神力回復薬(マジック・ポーション)をナァーザ団長から受け取る。その間に、戦闘衣(バトル・クロス)姿のリューさんが、ベルに質問をする。

 

「本当に、彼等を助けにいくつもりですか?」

 

 ついさっき、ヘスティア様を誘拐してくれた奴らだからな。確かにここで見捨てても誰も文句は言わないだろう。

 

 もっともその質問に対する、ベルの答えは単純だった。

 

「――助けましょう」

 

 ……お人好しの見本みたいな答えだった。

 

「まあ、オレもアイツらを助けるのは賛成だな」

「エド……」

「まだ慰謝料代わりに、アイツらの身ぐるみ剥がしてねえし」

「いや、エド? 冗談だよね? 本気じゃないよね? なんで目を逸らすの?!」

 

 いや、迷惑かけられたんなら、迷惑料や慰謝料を貰うのは当たり前だろう?いわばアイツらは、白紙の契約書に判を押したも同然。取り立ての前に死なれちゃ困る!

 

「まあ、そうですね。ここで恩を売って、あとで十倍返ししてもらうのも有りですし」

「お前ら、強かだなぁ……」

 

 リリの発言にヴェルフまで呆れてたが、ここら辺は当たり前だ。タダより高いものなんてないんだよ。同じく呆れていた桜花たちも含め、全員が武器を取り出す。リューさんも溜息交じりではあったが、参加してくれるようだ。

 

「皆……悪いけど……」

 

 そんな中、その救援集団から一歩下がるのは、ナァーザ団長。……仕方ない。彼女はモンスターに心的外傷(トラウマ)を持っている。こんな深い階層に来られたこと自体驚きなんだから。 

 

「ナァーザ団長は、ミアハ様やヘスティア様と一緒に街の方へ戻ってくれるか。多分あそこを拠点として動くことになるだろうからな」

「そうですね。あの街には交換可能な装備も多数あるでしょうし、あそこから私やほかのサポーターが補充を届けることになります。ミアハ様とヘスティア様はそれらの取りまとめを。ナァーザ団長は、その護衛をお願いできますか?」

 

 この申し出にナァーザ団長が頷き、パーティーは街に戻る組と、襲われている冒険者を助ける組に別れることになった。そして、救援組は、すぐさまその場から出発する。

 

『―――オォオオオオオアアアアアアッ!!』

 

 黒いゴライアスは、圧倒的と言うほか無かった。知能が少し低いのか、手当たり次第に攻撃している印象だが、それを補って余りあるほどの膂力(パワー)がある。足元を逃げ回る冒険者を攻撃するため、周囲の瓦礫や地形まで攻撃しているが、そのたびに地面が激しく揺れるのだ。その上、通常では考えられない攻撃まで備えていた。

 

『――――――ァッ!』

 

 『咆哮(ハウル)』。通常なら格下の相手を竦ませる程度でしかないはずのソレが、衝撃波まで伴って飛来していた。

 

「ちっ! リリ、アイツの気は逸らす! その間に誘拐犯どもは下がらせろ!」

「了解! 無茶はしないでくださいよ!」

「そりゃぁ……出来ねえ相談だ!」

 

 黒ゴライアスの索敵範囲外から、瓦礫を豪腕の錬金術で錬成し、杭にして飛ばす。流石に脇腹にぶち当たれば気付くのか、顔だけがこっちを向いた。そのままリリから離れるように走り、次々と足元の瓦礫を飛ばしていく。

 

『――――――ァッ!』

「おっとぉっ!」

 

 こちらの攻撃を煙たがったのか、『咆哮(ハウル)』が飛んでくるが、咄嗟にスパートをかけ、攻撃をかいくぐる。その間にリューさんが黒ゴライアスへと駆け寄った。

 

「ハアッ!」

 

 繰り出される攻撃は、まさに『疾風』。相手の攻撃を躱し、暴力的なまでの反撃の嵐を叩き込んでいた。

 

「こっちだ、オラァッ!」

『オアッ!?』

「せいっ!!」

 

 近接で攻撃し続けるリューさんを邪魔しないように、豪腕の錬金術で地面からトゲを生じさせる。怯んだところをリューさんが攻撃する。そのまま、黒ゴライアスの隙を探り、ひたすら援護に徹した。

 

 薄々感じていたことだが、リューさんは間違いなく自分やベルよりもはるかに格上の冒険者だ。何でウェイトレスをしているのかは気になるが、いずれ聞く機会もあるだろう。今はただ、目の前の脅威を足止めすることに徹した。

 

 そんなところに、明後日の方向から、鬨の声が上がった。

 

「弓兵、撃てーーーッ! 魔導士連中は詠唱に入れ! それ以外は攻撃だ!!」

 

 どうやら異変に気付いた街の冒険者たちが、援護に来たようだ。その先頭には、≪ヘルメス・ファミリア≫のアスフィさんもいる。彼女は黒ゴライアスへと近づくと、いくつかガラス瓶を投げつけ、それを一気に起爆させた。爆薬か、あれ?

 

「野郎どもぉっ! アンドロメダが囮になるから、心置きなく詠唱を始めろぉ!」

 

 その掛け声とともに、街の冒険者は黒ゴライアスの足元に発生している中層モンスターを掃討する組と、魔法の詠唱を始める組に分かれた。

 

「…………一応こっちも、用意しておくか」

 

 懐から白紙の紙を取り出し、円の中に構築式を書き込む。そうして、黒ゴライアスの方に向かって走り出した。

 

「よいしょっと!」

 

 地面を強く殴りつけ、そこから楔つきの鎖を生じさせる。そして、錬成を続けることで、その楔をまるで生きているかのように操った。

 

「いけぇっ!!」

 

 飛んでいった鎖は、黒ゴライアスの身体に絡みつき、動きを阻害する。その内鎖を二本三本と増やしていき、ついにその足が止まった。

 

「っし!」

 

 周りで中層モンスターと戦っている集団にぶつからないように走り寄り、黒ゴライアスの周囲に円を描くように錬成陣を配置する。飛ばされないように投げナイフで地面に縫い留めた。最後の一枚を置いたところで、後ろから声がかかった。

 

「前衛、退けえぇっ! でかいのぶち込むぞ!」

 

 その声に素直に従い、黒ゴライアスの足元から抜け出す。直後、炎や雷など幾多の魔法が一斉に放たれ、その巨体を覆い隠す。

 

『オォオオオオオアアアッ!?』

 

 さすがにコレは効いたのか、黒ゴライアスが膝をついた。それを横目で確認しつつ、両方の掌に、新たな錬成陣を描いた。右手には『逆三角形に太陽』、左手には『三角形と三日月』の錬成陣を。そして、精神力回復薬(マジック・ポーション)を口に流し込む。

 

「――【ホーエンハイム】」

 

 両手を合わせ、掌の内で六芒星の錬成陣を成す。そのまま地面へと叩きつけると、錬成反応が貼り付けた錬成陣を奔り、青い雷光が円環と六芒星を描き出す。

 

「消し飛びやがれ」

 

 地面が次々にへこみ、そして次の瞬間、まるで地獄の釜のように沸き立った。奔り抜ける爆炎は、『紅』。ゆえに、この錬金術を用いる錬金術師の二つ名は――――『紅蓮』。

 

 耳を覆う爆音の後、黒ゴライアスは周囲の地面ごと弾け飛んだ。余りの威力に、前衛を担っていたアスフィさんとリューさんが駆け込んでくる。

 

「何ッてこと、するんですかッ! 私たちごと消し飛ばす気ですか!」

「あんな威力の攻撃なら、予め言ってほしかったです……」

 

 どうも二人とも、爆発の規模を想定していなかったようで、服のあちこちに煤が見られた。それについては謝るしかない。

 

「いや、本当(わり)い。でも、どうやらまだみたいなんだよな」

「「?」」

 

 二人が振り向いた先。そこには、身体から垂れ下がった肉をまるで巻き戻しみたいにくっ付けていく、手足が消し飛んだ巨人の姿があった。

 




黒ゴライアス第1ラウンド終了!そして、ようやく紅蓮の錬金術が登場しました!破壊の規模がでかすぎるから、使い辛かったんですよねwダンジョンで最大威力でぶっ放すと、落盤とか仲間も怪我したりとか危ないですし。

次回、第2ラウンド。そろそろ両脚の切り札も切り時かな?

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