ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――成し遂げたい目的があるのだろ。立ち止まっている暇があるのか?


第4話 一年の軌跡

 朝靄がほのかに漂う空き地。そこに、一人の少年がいた。

 

「す――――っ……」

 

 静かに息を整える少年の服装は、極めてラフなもの。黒のズボンとランニング、そして右肩から覗く鋼の色合いが印象深かった。

 

 パアンッ、と音高く両手を打ち鳴らし、地面へとたたきつける。すると前方5メートルほどのところに、地面から土人形がせりあがってきた。

 

 土人形の錬成が終わると、金髪金眼の少年は、目線を人形に合わせ、構える。

 

「――ふっ!」

 

 腰だめに構えていた右腕を、勢いよく叩き込む。正拳突き。そのまま左手を天に向けて跳ね上げ、仮想の敵の攻撃を上へと捌く。そのまま身体を半回転。その場で飛び上がり、後ろ回し蹴りを叩き込み、人形を粉々に砕く!

 

「――っし!!」

 

 あのミアハ・ファミリアに拾われた日から約一年。自身で材料を集め、自作した機械鎧(オートメイル)は、ようやく身体の動きに馴染むものとなった。

 

「おー…………」

 

 不意に、後ろからパチパチ、と拍手が響いた。視線だけをそちらに向けると、この一年で大分見慣れてきた犬耳。朝食の支度をしていた、ナァーザ先輩がいた。

 

「エド、新しい機械鎧(オートメイル)で、もうそんなに動けるんだ。手術して一か月くらいは、痛みと後遺症でひーこら言ってたのに……」

「いや、機械鎧(オートメイル)は最初の装着とリハビリが大変なだけだからな?」

 

 本当に、大変だった。機械鎧(オートメイル)は、本来つけてから自由に動けるまでに、3年はリハビリに費やすというとんでもないもの。まあ神経系に直接電極を突き刺すようなものなので、当たり前と言えば当たり前だが。1年で戦闘までこなせるようになった原作エドは、根性の塊だろう。

 

「最初にあり合わせの手足を作ったと思ったら、そこから改良を重ねて、最後には私の『銀の腕(アガートラム)』に使われていた魔石技術まで導入して……今つけてるそれは、大体どのくらいで慣れるものなの?」

「んー? コイツは、とにかく早期の戦線復帰を目的としたモンだからな。装着部の癒着や拒否反応を抑制する薬品類(ポーション)を併用するとして……半年くらい」

「お~~…………」

 

 この世界に来て一年、社会情勢や文化についても学んできたが、歴史背景としては中世ヨーロッパが一番近く、当然社会保障など存在しなかった。その上で、手足を失くす大怪我を負った場合に、この世界で何より望まれるのは、『早期の社会復帰』だった。

 

 そのためエドは、『真理の扉』で得た機械鎧(オートメイル)の技術に、現代社会で使用される義肢技術や、この世界独自の『銀の腕(アガートラム)』の魔石技術を混ぜ合わせて、全く新しい機械鎧(オートメイル)の作成に取り組んできた。特に人体に直接接触する接続部は魔石を使用して、人体への負担を最小とすることに成功した。

 

「『銀の腕(アガートラム)』の方が……まだ復帰までの期間は早いけど。接続部以外に魔石を使わずに、安価に上がるのはいい……私のは関節部も骨格も、全てが魔法技術による特注だから」

「いや、ナァーザ先輩のソレは、『ディアンケヒト・ファミリア』の最高級品なんだろ? つなげた途端に、普通の腕と変わらず動くとか言うとんでもない代物だし。そっちの方がはるかに復帰も早いから、冒険者にどこまで売れるかはまだ未知数だな」

 

 こうまで機械鎧(オートメイル)の改良に取り組んできたのは、極めて単純な理由。機械鎧(オートメイル)を、『ミアハ・ファミリア』の新商品として売り込むためである。アメストリス国で栄えた機械鎧(オートメイル)技術は、そのまま軍事転用も可能なほど戦闘力が高い。そのため当初はそれを売りに出して『ミアハ・ファミリア』への治療費の返還に充てることも考えたが、戦線復帰に3年もかかる技術など、誰も買わないことが予想された。そのためリハビリ期間の大幅な削減をし、『銀の腕(アガートラム)』より安くすることで、第二級から初級冒険者向けの商品として売り込む予定だった。

 

「……もう少し早くエドが来てくれたら、ファミリア(うち)も落ちぶれなかったんだけど」

「う……」

 

 この話題に入ると、必ずナァーザ先輩は落ち込む。それと言うのも、この『ミアハ・ファミリア』、先輩の『銀の腕(アガートラム)』購入に関して法外な額の借金があるのだ。……他の団員が逃げ出すほどの。

 

「ま、まあ、いいだろ! 今日からは、オレも少しずつ稼いでくるからよ!」

「エド、やっぱり本気で迷宮(ダンジョン)に行くの……?」

 

 そう、今日は何とエドの冒険者登録が終了し、初のダンジョンへと挑む日なのである。先程言った機械鎧(オートメイル)の販売計画も、商売敵の『ディアンケヒト・ファミリア』に借金をしている現状では、最悪向こうからの圧力で販売を中止させられる。そのため、少しでも借金を返し、完済し終わった後に売り出すつもりなのだ。

 

「大丈夫だって。オレには錬金術もあるし、そう簡単にやられねーよ」

「…………分かった。でも昨日言ったように、半年は1階層から2階層までしか行っちゃ駄目だから」

「リハビリと修行込みだからな。分かった。オレも無茶はしねーさ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 あの朝の出来事のあと、朝食を食べ、エドをダンジョンへと送り出した後、ナァーザはいつものように閑古鳥が鳴く店内で物思いに耽っていた。

 

(……エドは、大丈夫かな?)

 

 思い浮かべるのは、一年前の邂逅のすぐ後、治療費返済と、この都市での社会基盤構築のため、自ら主神(ミアハ様)眷族(ファミリア)となることを願い出た少年。今となっては自分の唯一の後輩だ。

 

 当時は主神の一方的な容認と、単純に食費が増えたことで面白くなかったが、ひたむきに機械鎧(オートメイル)の改良に取り組み、真摯に治療費を返そうとする姿勢に次第に緩和された。

 その上、今日からはダンジョンで少しでも稼いで、ファミリアの財政を支えようとしてくれているのだ。そこまでされて嫌うほどナァーザは根性が曲がっていない。

 

(稼ぎも大事だけど……やっぱり自分みたいにならないで欲しい)

 

 自分はかつて、中層で手足をモンスターに食べられて(・・・・・)脱落した人間だ。どうか自分のように、何もかも失うことにはならないで欲しい、と彼女はそればかりを願っていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……ここがダンジョンか」

 

 そんな心配を抱かせているとは露知らず。エドは、遂にダンジョンへと足を向けた。その服装は、黒の上下に赤色のコート。背中には「フラメルの十字架」を背負い、手にはギルド支給品の一つである槍を持っていた。

 

「…………」

 

 一度槍を脇にはさみ、両手を見る。機械鎧(オートメイル)の材料作成で錬金術は使用したが、ダンジョンで戦闘に使うのは初めての経験。知らず鼓動が高鳴った。

 

「――よし! 行くか!」

 

 異世界の錬金術師は、ダンジョンへの一歩を踏み出した。

 




一年間のリハビリ・機械鎧(オートメイル)開発回でした。

原作中ではオートメイルのリハビリは3年かかると言われてますが、正直それだけの期間が空いたら、間違いなくダンまち1巻で18歳のナァーザさんの怪我の時期にぶつかるんですよ。(彼女は、冒険者になって6年後にLv.2になってるので)

そのため、現在の主要な義肢のリハビリ期間がおおむね数か月前後だったので、期間を短縮。開発・リハビリ含め、1年でのダンジョン挑戦となりました。(原作エドほどの根性があるわけでもないので、純粋に技術開発です)
ちなみに『銀の腕(アガートラム)』の元ネタの方は、四日間の戦争中で腕を失くした人物に装着され、結局その装着者が義手に剣持って、敵を倒しまくって戦争に勝利してます……

予定としては次回で第一章終了の予定。そこまでは毎日更新を続けたい……

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