ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか 作:路地裏の作者
「……ぐ、うっ…………」
三人の人間が横たわる寝床で、エドは魘されていた。目の前に広がるのは、かつて自分と共にいた人たち。父がいた。母がいた。兄がいた。友人がいた、先生がいた、親戚がいた。
――けれど。ある日突然、皆いなくなった。
「――――はっ!」
悪夢はそこで終わり、意識が唐突に覚醒した。
「…………ここは?」
目の前に広がっているのは、布で出来た天井だった。恐らくはテントか何かだろうが、少なくとも見慣れた≪ミアハ・ファミリア≫の自室の天井ではなかった。
「……助かった、みたいですね」
すぐ横から上がった声に振り向くと、隣の寝床にリリが寝かされていて、薄目を開けていた。さらに奥にはヴェルフの姿もある。
「このレベルの布の錬成とは、腕上がったか?」
「私じゃ、ありませんよ。状況からすると、18階層にいた他派閥が助けてくれたんじゃないですか?」
お互い軽口を叩きながら、起き上がる。その辺りで聞き慣れた声と、予想外の声がかかった。
「エド、リリ。起きたの?」
「……怪我は、大丈夫?」
最初に声を掛けてきたのは、あちこち絆創膏を貼ったベル。そしてその次は、金髪金眼、ここオラリオでは最強の一角を担う女性冒険者。
「「『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン……?」」
◇ ◇ ◇
顔を出したベルに詳しい話を聞いたところ、今現在自分たちがいるのは≪ロキ・ファミリア≫のキャンプ地らしく、寝かされていたのも予備のテントの一つだとか。ロキ・ファミリアはダンジョン深層への『遠征』の帰りで、この
「そちらのリトル・ルーキーには既に説明したけど、アイズの知り合いを無下に見捨てるわけにもいかなくてね」
「まあ、そういう事だ。本来、他派閥との過剰な接触は避けるべきなのだが」
「今回については、お主らの運が良かったと思っとくのがいいじゃろ」
正面から、『
「……いえ、今回のこと、本当にありがとうございました」
「そ、そうですね、感謝してもしきれません。ありがとうございました」
そう言って、二人で頭を下げる。あれで命を拾い、手当までしてもらえたのは僥倖だった。ベルが『剣姫』と顔見知りになっていたおかげで、こっちまで救われた。
「こちらは明後日までこの階層に留まる予定だ。それまではあのテントは貸し出すから、ゆっくり傷を癒すと良い」
「? あの、なんで日を空けるのか、聞かせて貰っても?」
今更ロキ・ファミリアほどの強豪が、17階層より上の中層で足踏みする理由もない。何か理由があるのかと思った。
「ああ、実は帰りに何人かの団員が、厄介な毒を喰らってね」
何でも毒を喰らった団員は今現在ダウンしており、その毒を解毒するための解毒薬を足の速い団員に取りに行かせているとか。往復の時間も考えて、ここで帰りを待つのだそうだ。
「……そういう事なら。リリ」
「ええ。お力になれるかも知れませんね」
恩返しの機会は、案外すぐそこに転がっているかもしれない。
◇ ◇ ◇
「リリ。こっちの薬草の計量終わったぞ」
「分かりました。エド、私はこれからそっちの調合に移りますから、こっちの鍋の火加減を見てください」
「了解」
割り当てられていたテントは、簡易的な調合室と化していた。現在、ロキ・ファミリアが持ってきていた薬品や薬剤、リリがバックパックに詰めていた状態異常治療用の薬草を使い、毒に効く薬湯を作っている。
リリがロキ・ファミリアの団員を診断したところ、完治は解毒薬がないと難しいものの、症状の軽減くらいは出来そうだったので、二人がかりで薬湯の作成だ。
「まさか、施薬院所属の薬師だったとはな。しかも『調合』持ちとは。何が幸いになるか分からんものだ」
「まだ見習いの修行中ですけどね。ともあれこれを飲めば、皆さん起き上がるくらいは出来るはずです」
監督役として付いてきていた『
試しに近くのテントでダウンしていた団員に飲ませたところ、苦し気だった呼吸が整い、土気色だった頬に赤みが差してきた。
「……大丈夫なようですね。リヴェリア様、何分、数が多いですので、動ける方で手分けして毒を貰った方に飲ませてあげていただけますか?」
「わかった。ラウル、手配を頼む」
「は、はいっす!」
そうして手分けして飲ませること十分ほど、ほどなくして全員の容態が好転した。薬湯の調合に貢献したリリが手放しで賞賛される中、エドはそっとその場を離れた。
◇ ◇ ◇
「…………」
(まーだ、気にしてやがんのか?)
「ああ……」
どうしても考え込んでしまうのは、自分の記憶のこと。そして、かつての自分の狂態だった。
史上稀に見る大災害。後にそう語られることになる天災で、自分は全てを喪った。父は、いつも身に着けていた時計を付けた『腕』しか見つからなかった。兄は、焼け焦げた炭になって見つかった。最後に、母は……二人の死で狂乱し、自ら命を絶った。
止められなかった。誰一人、そばにいてやることさえ出来なかった。気が付くと、自分の知る人は誰一人いなくなっていた。
結局、それで自分も狂っていった。それからずっと、両親と兄に再び出会うための方法だけを探し求めて、その中の一つに『鋼の錬金術師』に出てくる錬金術もあった。創作だったとしても、その術にひどくひどく魅せられた。その術を手にしたかった。使いたかった。調べたかった。
……家族を、もう一度『作りたかった』。
かつての家族が手に入らないのなら、新たに二度と喪わない家族を作れないか?そんな思いと狂気がないまぜになったまま、進んで、進んで――。
(――その矢先に死んだ、とか…………救えねえな、ホント……)
ようやく、全て思い出した。かつての自分が、狂って、狂って、そんなある日唐突に死んだこと。死んでもなお家族に執着し、錬金術を求めに求めて、あの『扉』に辿り着いたのだと。
(……父さんも、母さんも、兄さんも……もう戻らないんだよな)
死後、三人が自分と同じ道を進んだのなら、間違いなく魂は『洗浄』され、以前のことは欠片も覚えていないだろう。それはもはや、別人と言ってもいい。
(………………それでも、追い求めるのか?)
別人になったはずの魂を引きずり出すか、それとも一から作るのかはともかく、無理やりにでも作り上げて、自分勝手に手元に置くのか?本当に、それが正しいのか?もう分からなくなっていた。
「なあ、グリード……お前は、どう思う?」
(…………)
特に、答えを期待しての問いじゃなかった。ただ袋小路に陥った自分の思考が漏れ出しただけの問いだった。
(……そいつは、後ろの奴に聞いてみるんだな)
「え……?」
「なーに、沈んでるんですか?」
突然の声に振り返ると、そこにはリリがいた。どうやら自分が抜け出したのがバレ、後を追って来たようだった。
「目が覚めてからずっとですけど、何か変ですよ、エド?」
「あ、いや…………」
「何か悩みでもあるんですか?」
その問いに、思わず沈黙してしまう。彼女には、自分がこの世界に生まれ落ちるまでの経緯は話していない。言っても信じてもらえるか分からない。そんな思いが口を重くさせた。
「――――はぁ。何に悩んでるか知らないですけど、言いたくなったら言ってください。その時は必ず相談に乗りますから」
「……なんでだ?」
「ん?」
「なんで、相談に乗ってくれるんだ?」
そう言われて彼女は、一度目を丸くした後、盛大に肩を竦めた。
「私の長年の悩みを、盛大にぶち壊してくれたのは、貴方でしょうに。まあ、しいて言えば、そうですね」
そうして、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
「――――――――『等価交換』、です」
目の前で眩しく微笑んだ後、彼女は背を向け、テントの方へと去っていった。
エドが悩み全開です。彼の元々の動機は、『家族の喪失』。このあたり、原作エドを踏襲しているとも言えます。果たして『奥の奥』の真実にたどり着けるか……?
ここからは、あくまで作者の考え。人間は過去が無ければ生きられない。だけど、過去のための機械になってもいけない。そういう存在だと思います。
例を挙げると、作者はUBWの士郎より、HFの士郎が好きw早く来ないかな~、劇場版!
なんか、最近リリが予期せず勝手に動いてる気がするwまあ、自分でヒロインしてくれるのは有り難いんですがww