ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――我殺す、ゆえに我あり!!


第37話 嘆きの大壁

「ぜっ、ぜっ……………………」

「はぁ――――、はぁ――――」

 

 フラフラと覚束ない足取りで歩くエドとリリ。呼吸は乱れ、装備の彼方此方に傷やほつれがあり、文字通りボロボロだ。それでも、決して歩みを止めることは出来ない。分かっているのだ。一度足を止めてしまうと、もう再び歩き出すことが出来ないと。

 

 現在の階層は、17階層。二人はあれから先もあちこちでモンスターに襲われ、時には戦い、時には逃げ、そうしてあとたった一つ降りるだけで安全階層(セーフティーポイント)に至るこの階層にたどり着いていた。

 

 ここまで来るのに、何度も死にかけた。ヘルハウンドやアルミラージだけではない。あのランクアップのきっかけにもなったミノタウロスやライガーファング、バグベアーとも戦った。錬金術も錬丹術も総動員して、ようやくこの階層までやって来た。しかしその代償に、彼らの持つ回復薬(ポーション)は底をつき、残りはたった一本の精神力回復薬(マジック・ポーション)と、リリが持つ状態異常に効能を持つ乾燥した薬草類だけになった。

 

 ……正直、諦めそうになったことは何度もあった。けど、その一方で、エドを動かしていたのは、絶対に捨てられない『焦燥感』だった。

 

(…………なんだよ、こりゃぁ……!)

 

 ずっと、ずっと、胃がムカムカしていた。足を止めようとしても、苛むように胸が締め付けられた。止めるな、動け。それだけを身体が訴えていた。そうして、いつか、『求めたもの』へと辿り着け、と身体はまるで機械にでもなったかのように、歩みを止めない。

 

 エドにも、もう分かっていた。自分を今立たせているもの、前へ進ませているものは、かつて失くした前世の想いなのだと。『魂の洗浄』を行われて、それでも染みついていた『妄執』なのだと。けれど、同時に疑問に思う。こんな『呪い』じみたものが、本当に今の自分に必要なのか?今の自分が前世の『妄執』を叶えるための機械なのだとしたら、それは果たして、『生きている』と言えるのか?そういうどうしようもない疑問に支配されていた。

 

(第一…………)

 

 ちらり、と横を見る。そこには自分とほとんど変わらない背丈で、大きなバックパックを背負いながら、ひたすら歩き続ける少女。こちらの視線に気付いたのか、逆にこちらを元気づけるように淡く笑うリリルカ・アーデという少女。彼女だけじゃない。本拠地(ホーム)には、主神として、自分たちを優しく見守って下さるミアハ様。店長として店を支え、全員の帰りを待ってくれるナァーザ団長。皆みんな、掛け替えのない人たち。今、目の前にいるこの人たちを蔑ろにしてまで、かつての自分が追い求めたものを追いかけるのが、果たして本当に正しいのだろうか?

 

 そんなことをつらつらと考えていたから、エドは気付かなかった。リリは、体力が完全に限界を迎えていたから、気付かなかった。

 

 17階層にたどり着いてから、未だ一度も(・・・・・)モンスターに(・・・・・・)遭遇していない(・・・・・・・)ことに。

 

 そうして、彼らはようやくそこへと至った。

 

「これが……」

「『嘆きの大壁』……」

 

 ただ一種類のモンスターしか生み出さない、長大な壁。そして、その奥に、目指してきた18階層へと続く洞穴が見えた。そして、ここにもモンスターがいない。

 

「「…………」」

 

 ゴールが見えたからこそ、今まで感じていた違和感が明確な不安となって這い寄ってきた。二人とも、まるで言葉にしたら現実になってしまうというかのように、何も言わず、ただ洞穴を目指した。広大な空間に響くのは、しばし二人の重い足音だけだった。

 

 そして、大広間の後半に差し掛かった時、不意に後ろから声がかかった。

 

 

「――――エド!! リリ!!」

「お前ら、無事だったか!!」

 

 

 その声に二人そろって振り返る。そこには、あちこちボロボロになってはいるものの、何とか二本の脚で立っているベルと、その手に持った大剣を、杖の代わりにしているヴェルフの姿があった。

 

「っ、お前らこそな!」

「早くこちらに! モンスターがいない内に――――」

 

 まるで、その言葉を合図にしたかのようだった。ばきり(・・・)、と『嘆きの大壁』の中心に、僅かな罅が入った。

 

「「「「――――――――」」」」

 

 その場にいた全員の背筋が凍った。そして、そんな彼らを嘲笑うように、罅は上下左右に広がり、やがて、ぎょろり、と巨人の瞳が覗いた。

 

『オォォオオオオオオォォォ!!』

 

 『迷宮の孤王(モンスターレックス)』ゴライアス。17階層を守護する為、定期的に生まれ落ちる階層主。そんな最悪の怪物が、まるで二組の仲間を分断するように立ち塞がった。

 

「…………くッ!」

 

 状況は見ての通り、最悪。そんな中でエドは、何とか打開策を見出そうとしていた。この巨人を、倒す必要などないのだ。ただ、ベルとヴェルフが通り抜ける間だけ、邪魔させなければいいのだ。周囲を観察し、最適解を探し――――ふと、ゴライアスが砕いて落ちた大壁の破片が目に入った。

 

「!!」

 

 途端に駆け出し、大壁の破片に血印を施す。最後の一本の精神力回復薬(マジック・ポーション)を煽りながら、パァンと手を合わせ、破片を一気に錬成した。前回を超えるスピード、前回を超える大きさで。描かれた血印を内部に備えた5M程の(ソレ)は、人よりはるかに大きい巨人の、胸くらいまでの大きさを備えていた。

 

「これが、『切り札』――――『(ジャイアント)アルフォンス』だ!!」

 

 再び手を合わせ、魂を一時的に移し替える。ガクリと倒れかける身体を、即座に出てきたグリードが支えた。そうして、大広間の入り口側で、ベル達に迫っていたゴライアスを見据える。

 

『うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 鎧が咆哮し、ゴライアスへと組み付く。そのまま『嘆きの大壁』へと戻そうとするかのように押さえ込んだ。

 

『っ、今のうちだ! 早く通れ!』

「オラッ! お前ら、こっちへ来い!!」

「ベル様、ヴェルフ様、急いで!!」

 

 エド、グリード、リリの三人分の呼びかけに、少し呆然としていたベルとヴェルフが我を取り戻す。

 

「分かった、急いで、ヴェルフ!」

「ああ、くそ、後で説明しろよ!」

 

 最後の力を振り絞っての全力疾走。二人とも身体中の痛みをこらえるように、今できる精一杯で走り続けた。

 

『オォォォォオオオオオオ!!』

 

 ゴライアスは足元に見える小さな存在を害そうと、必死になって目の前の鎧を殴り、蹴りつけた。兜がひしゃげ、胴がへこみ、腕が取れても、その鎧は決して放そうとはしない。

 

『行かせるわけ…………ねぇだろぉぉぉぉぉっ!!』

 

 どれだけ打たれても、離れない。とうとう入口の方にいた二人がもう一組にたどり着こうとした時、ゴライアスは煩わしくなったのか、思い切り両手を振り上げ――鎧の胴体へと打ち下ろした。

 

 

 その衝撃は、鎧を突き抜け――――――内側の血印へ、僅かに『罅』を入れた。

 

 

『う――――――――? あぁあああああああああああああああ!!?』

 

 

 瞬間、エドの中を、膨大な情報の荒波が駆け抜けた。自分がいた。女性がいた。男性がいた。青年がいた。多くの、多くの、今は知らない誰かがいた。

 

『ああああああああああああ――――――…………』

 

 長く、長く続いた叫びが終わった時、今まで何ともなかった巨大な鎧は、ガラガラと音を立てて崩れた。

 

「エド?!」

「待て、ガキ! アイツなら、『中』に戻って来た! 戻らねえで、走り続けろ!!」

 

 思わず振り返ろうとしたベルを引き戻したのは、グリード。ベルも一瞬躊躇したが、その言葉を信じ、再び走り続けた。

 

『オォォォオオオオ!』

 

 後ろからは、ゴライアスの咆哮と重い足音が響き渡る。人間以上の歩幅を持つ巨人の指先が遂に触れようとした時、一行は前へと飛んだ。

 

「うおおっ!」

「うわあっ!」

「きゃあっ!」

「オラッ!!」

 

 巨人の掌が洞穴の入り口を崩す中、彼ら四人は18階層への階段を転がり落ち、身体を何度も打ち付け、意識を失った。

 




エドの切り札、『Gアルフォンス』!!気分的には第一巻のときの『神の鉄槌』に、シャンバラのアルの錬金術の合わせ技……wまあ、見た目はどっかのG秋葉様ですけどね!持ちキャラのネコアルクカオスでも琥珀でも、たどり着いたことがないなw

そして、前回ナァーザさんのフラグを立てておきながら、エドの記憶フラグの回収に……洗浄されて記憶失ってるから、直接魂へのショックが入りましたwエドのアイデンティティの話なので、前書きはある意味強烈な自我のヒトですww

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